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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


夢幻螺旋//幽玄空間


 轟音。
 遠くで何かが崩れ落ちた。
 其れと同時に襲い掛かる震動。
 巨大な都市が丸ごと一つ揺さぶられる。
 ――其れは一瞬。
 然し都市内に居た人間の動作と思考を停止させるには充分だった。



 突然の震動に足を取られた人々は、揺れが止まった事を確認すると恐る恐る顔を上げた。
 そして信じられない光景を目の当たりにする。
 延々と続いていたビル群が途中で消え果て、遠景が見た事も無い風景に変わっていた。
 彼の一瞬の揺れの間に何が起こったのか――。
 誰もが疑問に思い始めた時、上空から黒い影が落ちた。
「何だ……っ、」
「人、間……か、」
 其れは紺の給仕服に身を包んだ巨大な女。
 人々の見上げる視線の先に居たのは、此方を微笑み見下ろす彼女。
 人間と云う生き物は、自身の理解の範疇を越える事が起こった場合先ず思考も動作も停止する。
 先程の地震の時もそうだが、今目の前に現れた非常識な存在を人々は唯見上げる事しか出来なかった。
 其処へ、給仕服の女が口を開く。
『皆、私の玩具です。』
 悪意も敵意も無い。
 強いて云うなら、其れこそ新しい玩具を手に入れて嬉しくて仕方がないと云った子供の様な声音であった。
「……っひ、」
 其処で漸く自分達の置かれた状態を理解し始めた幾人かが息を飲む。
 そして其れは、響き渡る悲鳴の合唱の引鉄と為った。


  * * *


 ――アレは、私……、
 人々が悲鳴を上げ乍走り出す中で、エリス・シュナイダーは上空の巨大な女を見て小さく呟いた。
 眉根を寄せて女を見上げる。
 サイズと服の違いこそ有れ、其れは紛れも無く自身と同じ容姿。
 周囲の者がエリスに気附かなかったのは、屹度外出用のスーツを着ていたからだ。
 此で普段通り彼の給仕服を着ていたら直ぐに見附かり、人々に詰め寄られていただろう。
 ……エリス自身、何が起こっているのかも解らないのに。
 確かに此はエリスの能力。
 人や物の大きさを変える事。
 其れで遊んでいたのも事実。
 然し、今の彼女が“遊ばれる”立場に在るのは明白だった。



 クスクスと響く上空からの笑い声。
 彼女の大きな手が伸びて来て、其の指が愛おしそうに軽く高層ビルを突く。
 然し唯其れだけの衝撃で、現代建築の粋を集めて作られただろう建物は、儚くも崩れ落ちていった。
 舞い上がり立ち込める粉塵に、運悪く周囲に居た人々は巻き込まれる。
『あら……少し強過ぎたでしょうか……、』
 空から落ちてくる声は、其れでも何処か愉しそうで。
 ちっぽけな人々の安否等意に介さない。
『さあ、汚れて仕舞ったから片附けなくては不可ませんね。』
 彼女はビルの残骸に顔を近づけると、息を吹き掛けて塵を飛ばす。
 其れはささやかな吐息。
 然し地上の人々にとっては耐え難い暴風。
 吹き抜ける其れはビルの残骸だけでなく、恐怖に怯え傷附いた人々をも吹き飛ばす。
 そして其の勢いは衰えず、周囲に停まっていた車を、電車も易々とひっくり返し、街路樹を薙ぎ倒して行く。
「……厭……、いや……っ、」
 崩れたビルから比較的離れた処に居たエリスでも、身を屈めて近くの壁に貼り附いていなければ耐えられない程の威力だった。
 エリスは風が収まった後も、其の場に坐り込んでガタガタと震えていた。
 ――厭だ、怖い、怖い、怖い怖い怖い……っ。
 もう一人の自分が唯只管に恐怖の対象と為り、迫って来る。
『此で綺麗になりましたね。』
 満足げな声にも身を震わせて。
 其の声音に悪意は無い。
 寧ろ悪意が無いからこそ、より一層の恐怖を感じる。
 得体の知れないモノへの恐怖。理解出来ないからこその……。
 ――逃げなくちゃ……。
 混濁した頭が選び出す選択肢。
 でも、何処へ。
『そうですね……嗚呼、此と此の位置を入れ替えましょう。』
 ――屹度其の方が素敵です。
 良い事を思い附いた、と云わんばかりの声は地上に更なる混乱を呼ぶ。
 人々は悲鳴を上げ乍走り出す。
 “逃げる”
 そんな言葉は此処には存在し得ない。
 何故なら、何処へ向かおうとも既に彼女の掌の上なのだから。
『此のビルと……、』
 そんな呟きと共にシンプルなデザインの高層ビルが基盤ごと持ち上がる。
 今度はちゃんと力加減をしたのか、其のビルが彼女の手の中で崩れる事は無かった。
『此、ですね。』
「……ッ、」
 じりじりと後退していたエリスの目前で、今度は低めでデザイン過多気味な建物が持ち上がる。
 降って来る瓦礫を避ける様に、エリスは腕を上げて走った。
 暫くすると僅かな地震が起こり、振り向けば先程迄在ったモノとは全く別のビルが背後に据えられていた。
『矢張り、此方の方が左右のバランスが取れて綺麗ですね。』
 またも天から落ちて来る満足げな声。
 逃げられない。
 其れは解っている。
 解っていても、エリスは走り続けた。
 周りにも、顔に恐怖を張り附けた人々が狂った様に走っている。
「……助けて……誰か、助け……っ、」
 壊れたテープの様に、人々の口から漏れ、繰り返される譫言。
 救いを求める声。
 然し手を差し伸べる救世主等居無いと、エリスは知っていた。
 其れでも、求めずには居られない状況だったのだ。
「誰か……た……ひぃっ、」
 走るエリスの直ぐ後ろで若い女性の悲鳴が上がる。
『ぁ、駄目ですよ、暴れては……。落として仕舞いますから。』
 助けを求める女性に伸ばされた手は、勿論救世主のモノでは無く。
 巨大な手に拾い上げられた女性は、其の忠告を聞く迄も無く足が竦んで動けなくなった。
 良く見れば其の掌には他にもサラリーマンやら女子高生、屈強そうな青年、と脈絡の無い数人が乗せられている。
 そして其の誰もが頭を抱え、小さく蹲っていた。
 其の姿は丸で死刑宣告を聞かされた囚人であるかの様に。
『貴方は此処です。貴方は……此処。嗚呼、動いちゃ駄目ですよ。』
 彼女はそう云い乍一人一人を思い思いの場処へと配置していく。
 最早此処は彼女の箱庭だった。
 彼女の王国だった。
 愛おしげに其れを見詰める彼女は、唯一にして絶対の支配者。
『ふふ……ふふふふふ……あはははは……っ。』
 響き渡る笑い声。
 無邪気さ故に、其の中に狂気を垣間見た。
 耳を劈く高笑は止まらない。
 何時迄も何時迄も響き渡り、決して……。


  * * *


「……頭、痛い……。」
 エリスは普段通り定刻に起きると、小さく呟いた。
 ――何か夢を見ていた気がするのだけど……。
 内容は一向に思い出せない侭、緩慢に起き上がる。
 不図気が向いてテレビのスイッチを入れた。
『――昨夜の……で……州から……が忽然と消え……、』
 アナウンサーが必死の形相で消えた都市に就いて語っている。
 幾度かチャンネルを変えてみたが何処も同じ様な内容だった。
 消えた都市の行き先は。
「……ふふ。」
 エリスは視線を部屋の片隅に移す。
 視線の先には精巧に作られた……否、“正しく其のモノの”ミニチュアが並んでいた。
 ――彼の街は迚も愉しかった。
 彼の都市には未だ他の遊び方が残っているだろう。
 そうだ、他の街とパーツを取り替えてみるのも良いかも知れない。
 ……飽きたら亦新しい街を造れば良い。
 そんな事を想像し、エリスはクスクスと笑う。

 其の笑い声は、何時しか夢の中の其れと同じ響きに為っていた。



 ――And that's all......?