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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


§§§Vergiss mein nicht§§§


 ガラじゃないって言われるかもしれないけれど…それでも…いい。
これは、あくまで俺が、そうしたいと思ったからのことだし、
笑われるかもしれない…ンいや、100%指差して笑いそうな奴が約一名いるけど…いいさ。
だってこれは、俺があいつらに伝えたい思…

「蓮ー!そっち行ったぞー!」
「へぶっ!?」
 物思いにふけっていた相澤 蓮は、顔面に何かを食らって盛大に後方へ倒れこむ。
「にゃあああ?!蓮ちゃんっ!?嵐くん、手加減しないと駄目なのだ!!」
「いや、だから俺”そっち行った”って言ったじゃん」
「遅いんだよっ!!」
 蓮は起き上がりながら、べりっと顔に張り付いていたものを剥がす。
掌に感じたぬめっとした感触に視線を向けると、タコがぽりぽり頭を掻きながら頭を下げていた。(ように見えた)
「うをっ?!な、なんでタコッ?!」
「え?だってビーチバレーやろうって言い出したのは蓮ちゃんなのだ?」
「ボールなんかなかったから適当に捜して見つけたのがソレ」
「とぉ〜〜〜っても可愛いのだv」
 にこにこと笑顔で、棗 火之歌は蓮の手の上のタコをぽんぽんと叩く。
今にも墨を吐き出しそうな顔つきのソレが可愛いとは蓮にはちょっと思えないのだが…
愛おしそうにソレを撫でている火之歌の様子は可愛いな〜なんて思ってみたりして。
「スケベジジイか、お前は」
「ほわっ!?嫌だな〜嵐。俺はまだまだ若いつもりだぜっ!」
「目つきがエロジジイ」
 くくっと楽しげに喉で笑いながら、蓮の目を指差す向坂 嵐。
蓮は思わず両手を顔にあてて、頬のたるみやら目じりをたるみが無いか確認してしまう。
「蓮ちゃんはまだまだ元気で若いのだ!火之歌が保証するのだ♪」
「ありがとよ、火之歌」
 蓮は目を細めて微笑みながら、火之歌の髪をさらりと触れながらその頭を撫でる。
えへへへっと嬉しそうな声を出して、火之歌は蓮にぎゅっと抱きついた。
嵐は、幸せそうなノロケな空気を見て、笑いながら海の方へと歩き始めた。

 海…そう、俺達がいるここは海。夕暮れ間近の、静かなビーチ。
夏から秋へと変わりそうな季節だから海水浴の客ももうほとんど居ない。
チラホラいるのはサーファーというところ。
 ここへ二人を誘ったのは、他でもない、俺。
いやいや、ゴメン。それはちょっとウソだ。
ここへ誘ったわけじゃなく、本当は行きつけの居酒屋だとか、どこかのカフェだとか色々と考えていたんだが…
ちょっと財布の中身と相談して失敗、安い店を探して歩いてみても見つからず、
結局、二人を連れてウロウロしてしまった結果…ここに辿り着いたわけ。
 二人ともこんな俺の失態に嫌な顔一つせず、近くのコンビニで酒やつまみを買い込んで、
ビーチでの大宴会としゃれ込むことになったんだが…。
 楽しい時間もいつかは終わる。
それに、俺は今日…二人に…言わなければいけない事があって…誘ったんだから…

 ジーンズを膝上に捲り上げて、波打つ砂浜へ向かう嵐を追い、蓮と火之歌も歩き始める。
仕事着であるズボンのすそを同じように膝まで上げ、
火之歌はスカートを持ち上げて抱えながら、ばしゃばしゃと楽しげに海水に足を浸した。
「ひゃー!なんだか冷たいのだ〜」
「もう真夏ってわけじゃないしな」
「そっかー、そうだよなぁ…夏ももう終わりか…」
「またジジくさい…」
「え?俺そんなにジジくさい?そんなに老けた?」
「嵐くん!蓮ちゃんはジジイじゃないのだ!失礼なのだぞ!」
「悪ぃ悪ぃ」
「そーだぞ嵐くん!失礼じゃないか!」
「お前は言うな」

 本当は、はやいところ本題に入りたいけど、切り出せない…俺。
こんな他愛ないやりとりをするのが楽しくてさ…終わっちまうのが…寂しい。
いや、寂しいなんてしんみりしてしまうのがジジくさいって事か?

 蓮の考えている事を、嵐や火之歌が知るはずもなく…
水平線に消えていく太陽を見送りながら、嵐は浜辺に戻りビニール袋を探って酒を探し、
火之歌はもう一つの袋の中からお菓子を取り出して楽しそうに微笑む。
お酒大好きな二人は「夕日に乾杯」とビール缶やチューハイ缶をコツンと合わせてぐいっと飲む。
「蓮ちゃんも飲むのだー!」
「いや、俺は後で…」
「俺らの酒、飲めないって言わないよな?」
 ニヤリと笑って、嵐は蓮に向かってビールをひょいっと投げつける。
二人のペースに合わせて飲んでたんじゃあ、100%先に酔いつぶれてしまうのは自分だと言う事がはっきりわかる。
かといって、蓮も酒が嫌いというわけじゃない。
「飲まねぇわけないだろーっ!夜にカンパーイ!」
「わはははっ!蓮ちゃんかっくいーのだ!火之歌もカンパイなのだー!」
 もうすっかり沈んでいる太陽にさよなら、そしてやって来た夜に向けて蓮はビールを持つ腕を高々に、
そして声も高々と叫んだのだった。
―――案の定、その後まっ先に酔いつぶれて砂浜に撃沈したのは蓮だった。

 酒はいいよな…現実を忘れることが出来る事もあるし…もちろん飲みすぎはよくねぇけど。
別に、俺がこれから言おうとしてる事ってのは、悪いことってわけじゃない。
そりゃ人によりゃあすごく悲しい事だけどさ…仕事してたら経験する事って誰でもあるだろうし。
一大決心ってわけでもねーのに、改まって言おうとしてる俺っておかしいのかな?
 いや、でもいいんだ…俺がそうしたいんだし…

「蓮ちゃん、蓮ちゃん、花火やろうなのだ」
「んあ…?」
「ほら!ロケット花火ぴゅー!」
「こらー!火之歌ー!!花火は人に向けちゃいけません―――!!」
「あ、ごめんなのだ」
 撃沈していた蓮の目の前に突き出された導火線に火花の散っているロケット花火を見て、
一撃で酔いも吹っ飛び蓮はずざっと後ずさり。火之歌はペロッと下を出して、蓮にぺこりと頭を下げた。
花火はやがてぴゅーっと音を立てて、夜空へと吸い込まれていく。
 見上げた空には、いくつかの星が瞬いて…見下ろした砂浜上の、嵐の手元には…線香花火が瞬いていた。
「蓮ちゃんも花火やるのだ♪いっぱいあるのだ」
「……あ、ああ…」
 いつの間に買い込んでいたのか、吹き上げに打ち上げに手持ちに…各種花火が揃っている。
よく見ると、「半額」の札がついてあり、おそらく夏が終わり店もセールで売り出していたのだろう。
 蓮はがさがさと袋の中から、嵐と同じ線香花火を引っ張り出して、着火用のローソクで火をつけた。
パチパチとはぜる火を見ていたら、気持ちも落ち着きなんだか癒やされる。
「なあ、蓮。もっと派手にやろうぜ」
「へ?」
「線香花火は締めだろ」
「火之歌もそう思うのだ…蓮ちゃん、打ち上げやろうなのだ!」
「ほら」
 嵐はポケットの中から愛用のライターを取り出して、蓮に投げて渡す。
火之歌に笑顔で見つめられ、蓮は少し戸惑いながらも打ち上げ花火を何本か手にしてその場から少し離れる。
実は打ち上げに火をつけるのはちょっと怖いビビリの蓮。
「蓮ちゃん、その次は吹き上げなのだ♪」
「…りょーかい!」
 しかし、次々に用意される花火と、楽しげな火之歌の顔、そして…どこか自分達を見守るような眼差しの嵐。
それらを見ていたら、あれこれ考えるよりも今を楽しもうという気分になってくる。
「火之歌、危ないから嵐の横に行ってろよ!」
「了解なのだ!」
 蓮は火之歌の避難を確認して、打ち上げ花火の導火線に火をつけた。
じじじじっと音をたてて導火線が燃えて、しゅぼっと言う音と共に筒の中から火の玉が飛び出す。
最近は安物でもなかなかの見栄えのものが増えている事もあり、火の玉は天空で火の華となり広がった。
「すごいすごい!綺麗なのだー!」
「次は十連発花火だぜ!」
「蓮ちゃんガンバレなのだー!」
 打ち上げるのも、それを見るのも楽しくなって、三人とも笑顔になる。
火之歌や嵐もじっと見上げているよりも動きたくなって、蓮のそばへやって来て、
花火を真下から見上げたり、吹き上げ花火の周囲で踊ってみたりと、絶える事無い笑顔の花が咲く。
 一体何個買っていたのかと言いたくなるほどの数を打ち上げ、吹き上げながら、
手持ち花火もどんどん消化していき、あたりが火薬の香りに包まれて、炎の熱気で気温が上がる。
 汗も浮かんで体温も上がり、そのたびに嵐と火之歌はビールで喉を潤していた。

 サイコーに楽しい…楽しくってしょうがない。
だけど、いつまでもこうやってはしゃいでるわけにもいかないんだ…俺は。
明日から俺は、遠くに旅立つ。
二人を置いて…遠くに旅立つ。
 だからその事を、ちゃんと二人に…伝えておきたい。

「…な、なあ…あのさ…」
 ひとしきり騒いで、休憩していた嵐と火之歌に、蓮は意を決して話を切り出す。
ビーチに何本か設置されている街灯が、そんな三人の姿を夜の暗闇に浮かび上がらせる。
蓮は二人の砂と煙のせいでちょっと汚れた顔を見ると、なんだかぐっとくるものがあり、
それを誤魔化すようにうつむいてごそごそとスーツのポケットに手を突っ込んで”あるもの”を探す。
 二人に渡したいと思って手に入れたもの。
「これ、二人に持っといてもらいたいなーって思ってさ」
「なに…しおり?」
「可愛いのだ!」
「ジジイじゃなくて乙女ちっくか?」
「ま、まあ…なんっつーかその…とりあえずこれ!もらってくれよ、な!」
 そう言って、蓮は火之歌にクリームレッドの栞を、嵐にはクリームピンクの栞を差し出す。
「嬉しいのだ…連ちゃんからのプレゼント…大事にするのだ…」
「っておい!待て!火之歌のレッドは良いとして、なんで俺がピンク?!」
「え?いやー、だってよぉ…俺のイメージじゃ火之歌はレッドで、嵐はピンクだったし…」
「テメー…捨てるぞ?」
「わー!待って嵐クンっ!これは魔女のくれたとってもありがたーい栞なんだからっ!」
「魔女?お前やっぱ乙女ちっ…」
「違ーうっ!断じて違う!まあ話せば長いから端折るけど…!そういうんじゃなくって…!!」
 慌てふためく蓮だったが、嵐は言葉とは裏腹に、ひょいと蓮からピンクの栞を取り、
そこに押し花のようにしてある花に目を向ける。
「………Vergiss mein nicht?」
 嵐より先に、ぽつりと呟いたのは火之歌だった。
「なんだって?」
「えっ?この花のことなのだ。あ、えっと…日本ではなんて言うのか忘れちゃったのだ…ええっと…」
「勿忘草、な」
「そう、それなのだ!でも蓮ちゃん…この花…」
「う…ああ…えっとな…実は俺、また長期出張に出なきゃいけなくなったんだよな…
それでさ、俺、あらたまってこんな事言うのもどうかと思ったんだけど…」
 蓮はふうっと大きく息をして、二人の顔を交互に見つめ。
「俺、二人のことが大好きなんだ。こんなに誰かを好きになった事って無いと思う」
「蓮ちゃん…」
「だから…俺のこと忘れないでくれよなっ!出張が一体どれくらいになんのか検討もつかねーんだけどさ…
その間、俺のこと…二人に忘れないで居てほしいって思っ…」
「馬っ鹿じゃねーの」
「あ、嵐?」
 しんみりと別れの言葉を告げていた蓮の言葉を聞き終わる前に、嵐がつっけんどんな言い方で言う。
「嵐くん、蓮ちゃんは馬鹿じゃないのだ!蓮ちゃんは火之歌たちの事を…」
「馬鹿だ…わざわざそんな事しなくても…忘れるわけねぇんだから」
 ふいっと顔を横に向けながら言う嵐の頬は、心なしか紅く染まっているように見える。
「……嵐…」
「第一、ただの出張だろ?今生の別れじゃあるまいし…」
 縁起悪ぃんだよ、と、小さく付け加えるように呟いた。
「蓮ちゃん…火之歌は蓮ちゃんが遠くに行っている間は寂しいのだ」
「火之歌…」
「でも蓮ちゃんは必ず帰ってくるのを知ってるのだ…火之歌のためにおみやげいっぱい持って!
ちゃんと嵐くんと二人で待ってるのだ…だから…忘れたりなんかしないのだ、ぞ?」

 あ、やべぇ…俺、泣きそう。いや、駄目だぞ、泣いたらみっともないだろ。
上を向くんだ。上を向いたら涙がこぼれないって九ちゃんも言ってるしよ…!でも…でもさ…
俺、今、むちゃくちゃ嬉しい。
どうしたらいいんだろう…俺、すっげー幸せものじゃん?
最高の親友と最高の恋人に囲まれててさ…

「蓮ちゃん…泣いてるのか?」
「…え?俺が…そんなまさか…」
「泣いてるのだ…寂しいのか?どこか痛いのか?」
「ちが…違うけどっ…俺……」
「なあ、蓮。お前が言うべき言葉って、それじゃないだろ?」
「嵐…」
 辛気臭い顔するなよ、と嵐は蓮に笑いかける。
自分が泣いていたら火之歌だって嵐だって心配してしまう…蓮はそう思って、
ぐいっと拳で涙をぬぐい、へへっと二人に笑いかけた。
「…だよな、しんみりしてる場合じゃないよな!」
「ったくだぜ」
「蓮ちゃん鼻水でてるのだ…はい、ちーんするのだ」
「えっ?!いいっていいって、自分でやるから…」
 火之歌が自分のハンカチを差し出して蓮の鼻先に近づけようとするのを照れながら断り、
自分の服のポケットに入っていたポケットティッシュを取り出してずびっとかむ。
それをまたぐしゃぐしゃっと丸めてポケットに突っ込んで、蓮は立ち上がった。
「よーっし!残ってる花火、全部やっちまおう!!」
「はーい!大大大、大賛成なのだ♪」
「そうこなくっちゃ…な」
 火之歌は満面の笑顔で、嵐は静かな笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がる。
そして、三人それぞれの顔をじっと見つめた後、ぷっと同時に吹きだして、
何故か声をあげて笑いはじめたのだった。



 徹夜で花火&飲み大会を続けた浜辺は、もう夜明けを迎えていた。
防波堤の向こう側には、もうかなりの量の車が出勤しようと飛ばしていた。
 砂だらけ、汗だらけ、煤だらけになった蓮は、ゆっくりと立ち上がってジャケットを羽織り、
乱れた髪の毛を少し乱暴に手でかきあげてくるりと振り返った。
そこに立つのは、微笑み並ぶ親友と恋人の姿。
「火之歌…嵐…それじゃあ俺…行ってきますっ!」
 蓮はびしっと敬礼して、飛びっきりの笑顔で元気に告げる。
「行ってらっしゃいなのだ!」
「気をつけて、な」
 火之歌も同じように満面の笑顔で、嵐は少し照れくさそうに視線を流しながらそれに答えた。
蓮は笑顔のままで、もう一度「行ってくる」と告げるとそのまま走り出す。
振り返らずに、真っ直ぐに前だけを向いて。
 海岸を背にして走っていた蓮はふと、ポケットに入ったままの嵐のライターの存在に気づく。
返したと思っていたのに…返しそびれてたのか…と、一瞬戻ろうかと思う。
だけど、また次にあった時に返せば良いと…そこまで考えて、蓮は立ち止まり振り返る。
「あいつ…もしかして…」 
きっと、嵐もそのつもりで蓮にライターを渡したんじゃないだろうかと。
彼なりの蓮へのメッセージのつもりなんじゃないだろうかと。
「くっそ〜…最後の最後に泣かせやがって!」
 蓮はふたたび流れそうになる鼻水をずずっと吸い込んで、もう姿の見えない親友に怒鳴りつける。
「火之歌のこと、頼んだからなぁ〜〜〜!!火之歌〜待っててくれよぉ〜〜〜!!」
 そしてその隣にいるであろう恋人へ愛のメッセージを告げて、蓮は再び走り出す。
真っ直ぐに、自分の目の前にある現実へと向かって。

 翌日、蓮は出張先へと向けて飛び立った。
いつ帰ってくるのかわからない出張になる…蓮はそう思っていたのだが、
1週間で終わる可能性もあると言う事実を、蓮の会社の上司だけが知っていたのだった。

―――果たして蓮はいつ帰ってくるのだろうか…それは今のところ、本人ですらわからない。








§§§終§§§



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