コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


anniversary song


 何の用かはわからない。草間興信所から呼び出しでいつもの雑居ビルへと足を踏み入れる。そしていつものあの扉を開く。するといつも事務机に備えつけてあるガタのきた椅子に座っているはずの草間探偵の姿がない。その前に置かれたソファーの前に妹の零が静かに立ち上がって微笑んだ。彼女は来客を目の前に呼び、「お座りください」と言うと主もいない部屋の中で声を響かせる。あまり見慣れない光景だ。仕事の連絡はいつも彼女だが、まさか仕事の説明まで彼女がするなんて……最近、その辺のプロセスを変えたのかもしれない。
 確かに彼女は依頼の話をした。しかし依頼料は一切出ないという。それどころか出費があるかもしれないとまで言われた。零は相手が席を立たない、首を傾げないタイミングで話を進めた。しばらくして彼女は自分を指差す。そして静かに言った……今回の依頼人は私です、と。

 零はここの厄介になるようになっていろんなことを覚えた。電話の対応やメモの取り方、今では買い物もできる。そんな中、最近になって彼女はこの興信所に特別な日があることを知った。そう、この興信所が創設された記念すべき日である。今まで兄はそれをおおっぴらにすることもなく、その日は行きつけの喫茶店でコーヒーを飲んで静かにそれを祝っていたようだ。まだハードボイルドの意味がよくわからない零にとって、記念日を何気なく過ごすのは何か寂しい気がしていた。自分がそれを企画してしまうと、兄の気持ちに水を差すかもしれない……そんな不安が彼女の表情から見て取れた。
 だから今回、兄に黙って人を呼んだのだ。自分なりのやり方でいいから、一週間後に控えた記念日を祝ってあげてほしい。誰と打ち合せる必要もない。自分が思うままに祝ってあげてほしい。彼女の微笑みには楽しさと寂しさが同居しているようにも見えた。そこまで話すと、彼女は去年の兄の足跡を書いたメモを渡した。

 「兄妹なんだから、本当はお願いすることじゃないかもしれませんけど……もしよかったらで結構です。よろしくお願いします。」

 零は気づいていない。その日は自分も兄と一緒に祝われるべき日であることを。


 そして、瞬く間に日は過ぎて記念日になった。
 零がそんな気持ちを最後に打ち明けたのは、草間興信所最古参の事務員であるシュライン・エマだった。いつも顔を合わせている人間にほど、この種の暖かい気持ちはなかなか打ち明けられないものである。彼女はタイムリミットが来る前に零からそれを言ってもらえて感謝した。これなら自分もいろいろな準備をすることができるから。
 時計の針は仲良くその身を重ねようとしている。すでに所長はこの部屋から姿を消していた。おそらく近くの定食屋で軽く食事した後、腹ごなしに喫茶店へ行くのだろう。シュラインには彼の行動パターンが手に取るようにわかる。突然に依頼主が来た場合、まずここから当たるのがもはや定石となっていた。だが彼女はあえて草間がそこにいるかどうかを確認せず、事務机の引き出しの奥に忍ばせてあるタバコの箱をおもむろに出す。そしてゆっくりと零の方に向き直ると、それを彼女の前に差し出した。その銘柄は兄が金さえあれば好んで買っているものと同じだった。

 「零ちゃん。人のために尽くそうとしてここを作った武彦さんは確かに立派よ。でもね、今ここでがんばってる人と一緒に祝福されるのも必要なことだと思うの。固ゆで卵を気取るのは夜でもゆっくりできることだし、所長さんとして日頃がんばってる武彦さんに零ちゃんの口から一言でいいから伝えたら?」
 「私が……ですか?」
 「今からここを出ると、いつもの喫茶店にいるはずだから。あの煉瓦造りのしゃれたとこね。武彦さんがいたら『タバコ忘れてるわよ』でもなんでも言って、話のきっかけにすればいいじゃない。その間の仕事は私がやっておくから。零ちゃんはすぐそこに行きなさいな。」

 シュラインはそんな策を彼女に授けると、いつものように椅子に座って仕事を始めた。大事そうにタバコを持つ零は「ありがとうございます」とお礼を言うと、エプロンをはずし台所近くの木造の椅子にかけて外に出る。
 扉が無機質な音を何度か奏でると、興信所に静寂がやってきた。部屋の片隅でシュラインは今までのことを思い、小さくクスリと笑う。いくら掃除しても乱雑なままのこの小汚い興信所にも誕生日というものがあるのかと思うと、なぜか感慨深く見えてしまうのだから不思議だ。今日は別に大きな仕事もないのだが、なぜか気持ちが落ち着かない。彼女はいつものようにペンを持っていたが、使わなくなったプリントの裏にただただいい加減な形の円を書き続けているだけ。「ここは任せておいて」と言ったはいいが、この調子では並みの仕事もできそうにない。今日の草間興信所はもはや開店休業寸前にまで追い込まれていた。
 そんな状態を察しもせず、賑やかな一団が興信所の前へやってきた。彼らはベルを鳴らした後も賑やかに話している。明らかに依頼人ではないが、無関係な人間でもなさそうだ。シュラインは幼さを残した声に誘われるように興信所の扉を開く。彼女の目の前には3人の少年が立っていた。なぜか皆そろって笑顔だ。シュラインは疑問と困惑の表情で彼らに問いかける。「彼ら」と一括りで表現しているが、彼女にはこの3人が誰であるかすでにわかっていた。

 「そんな大荷物抱えてどうしたの? ここに住みつくくらいなら、どこかアパートでも借りてくれるかしら?」
 「やだなぁ、シュラインさ〜ん。ボクです、施祇 刹利です。お隣が櫻 紫桜さんで、こちらのオーバーオールの子が豪徳寺 嵐さん。」
 「ご丁寧な紹介ありがとう。でもあんたたちのこと知らなきゃ、こんな冗談なんか言わないわよ。」
 「我輩、ざっと刹利や紫桜の10倍は生きてるんだな。身なりはまったく同じくらいだが、我輩だからなせる業なんだな。」

 シュラインは彼らを邪険に扱うことはせず、いつもの調子で接していた。ここで邪険にしてもいいことなどひとつもない。次に難題が転がり込んだときに人集めで苦労するのは草間や零、そして自分なのだ。彼女は次第に『どうせ仕事にも手がつかないので訪ねてきてくれてちょうどよかった』とまで思うようになった。しかし、そんな気持ちもすぐに吹っ飛ぶ。

 「で、何よその荷物は。」
 「零さんから今日が興信所の記念日だからって聞いたんで、俺たちなりの祝福をしようと集まったんです。」
 「ボクがその辺の道具の修繕をしてる間に、紫桜くんが興信所の掃除をすることになってます。」
 「キレイになったところでレッツパーティーなんだな!」

 どうやら零はお世話になっている人たちに自分と同じことを話していたらしい。そんなことを夢にも思わなかったシュラインは大いに驚いた。どうやら自分が最後に話を聞いた人間らしい。彼女は「しょうがないわね」とうつむきながら小さく微笑んだ。顔を上げれば楽しそうな表情をした子どもたちがいる。提案が提案なので、シュラインはさっそくこき使おうと柄にもなく指を鳴らした。

 「じゃあ掃除は紫桜くんと刹利くんに、盛り上げは嵐に頼むわ。壊れ物があったら刹利くんに修繕をお願いすればいいのね。で、嵐くん。あんたはお駄賃いくら欲しいの?」
 「今日に限ってはそんなものいらないんだな。」
 「えっ……ま、まぁ普段なら怪しいと思うところだけど、今日は勘弁しとくわ。」

 いつものごとく想像している文句を言ったも同然のシュラインの前で頬を赤くして膨らます嵐。これでは初対面の人間に守銭奴のイメージを与えてしまうではないかと内心焦ったが、彼女と同じように今日のところは気持ちを押えた。なんと言ってもこのパーティーは事務員であるシュラインのためでもあるのだから。こうして有志が開催するパーティーの準備が始まった。


 行きつけの喫茶店に入ろうとする草間の背後から不意に呼び止める声がする。聞き覚えのある声だったが、ここでは絶対に聞くことのない声に彼は戸惑いながら振り向く。すると妹の零が両の手で大事そうにタバコの箱を持って立っているではないか。少しだけぎこちない妹の笑顔を見てすべてを悟った草間はドアノブから手を離し、安らかな笑みを浮かべながら静かに近づく。そしてタバコを受け取ると、零の背中を押して喫茶店に誘おうとした。

 「オレンジジュースで……いいか?」
 「はい、兄さん。」

 ハードボイルドも今日は看板を下ろそう。草間はそう思った。たまには兄妹で話すのもいいかもしれない。そう思って中に入った。零は初めて入る店だったが、中を覗いて思うところがあった。少し西に傾いた太陽の光がブラインドの隙間から差し込んでくる店内の様子は興信所と同じ趣がある。中には草間よりも年のいったマスターがグラスを拭き、テーブルにはちらほら客も入っていたが繁盛している様子はない。セピア色の雰囲気を醸し出す静かな空間……零は少し兄の好みがわかったような気がした。
 草間は照れくさいが妹と向かい合おうと思ってテーブルへと足を向けた。するとある男性がカウンターで手招きをしている。誰かと思ってじーっと凝視すること数秒、その正体がわかった。彼は自分と同じ『怪奇』の二つ名で呼ばれることの多い刑事・青島 萩だった。結局ふたりはカウンターに座ることにし、草間を中心に並んだ。萩は火のついたタバコをくわえ、たまに煙を店内に泳がせる。

 「萩さん、こんにちわ。」
 「草間さんをドッキリさせてやろうと思ってたら、今年に限って零ちゃんがいてビックリさせられたよ。」
 「去年は定食屋でバッタリなんてネタだったから今年はどうかと思ったら……こんなところにいたか。」
 「最近、タバコの吸える場所が減ってきたからね〜。草間さんなんかホント探しやすいったらないよ。」

 草間が「職権乱用して俺の居場所をつきとめてるんじゃないだろうな?」と聞けば、「草間さんを探すのにそんな手間のかかることなんかしないし、今日はちゃんと有給使ってるさ」と萩が続けた。零は横でクスクスと笑う。萩が「なんで笑うんだ?」と問うと、シュラインも同じことを言っていたと素直に白状するではないか。これにはさすがの草間も白旗を上げるしかなかった。
 萩の横を等間隔にコーヒーとオレンジジュースが並ぶ。乾杯という雰囲気も言葉もなかったが、萩は軽くコーヒーカップを上げて屈託のない笑顔をふたりに見せた。草間もそれに応じ、零も嬉しそうな表情でそれを真似る。言葉はいらない。ただそれだけをすると全員がそれを口にもっていく。まるで何かの儀式のようなことをしていると、シュラインの名を聞いた萩が思い出したかのように草間に聞いた。

 「この後は俺の代わりに誰かが主催するドッキリパーティーだったりしてな!」
 「俺は望まずして怪奇に関係する事件を引き受けることが多い。てめぇで解決できないから報酬で釣って連中に押しつけてるだけだ。本当に感謝しなきゃいけないのは俺なんだよ。そうやって考えると、シュラインも零もよく次から次へと人探しができると感心してるところだ。」
 「兄さん……」

 あまり見たことのない兄の顔。零は少しだけ戸惑った。こんな時はなんと声をかければいいのだろう。きっとシュラインならわかるのだろうが、今の彼女にはかける言葉が見当たらなかった。彼女はただ黙って話を聞いた。

 「草間さんさ……この不景気の時代に床屋がこう言って笑うんだよ。『どんな世の中になっても髪の毛はなくならないから儲けは減らない』ってさ。それと同じで人間もこの世からは消えない。この世なんてものも消えることはないだろう。だから怪奇現象もなくならない。なくならないから俺たちはメシが食える。それってなんか、皮肉な話だよな。」
 「まったくだ。その中で俺はいつも連中におんぶに抱っこ。自分でも仕事はしてるが、こんなに楽してていいのかと思うくらいだ。きっとがっちり稼いでるとでも思われてるんだろうな。報酬でしか感謝を表せないというのも、それはそれで苦労する。」
 「そんなもんかな。世の中、そこまで冷めちゃいないって。怪奇刑事さんや不思議青年さんなんかでも事件に関わった人たちから感謝されてるんだぜ? ははは。」

 自分を実例にして説明したら背中がこそばゆかったのだろうのか……萩は言葉の最後で笑いながら草間を諭した。その時、チラッと草間の表情を伺う。彼は別に自分を卑下するわけでもなく、己の未熟さを恥じているわけでもなかった。ただ穏やかな表情でコーヒーを口に含もうとしている。『ハードボイルドも大変だね』と思いつつ、萩は短くなったタバコを灰皿でもみ消すと新しい一本を取り出して口にくわえた。すると草間が彼の視線に気づいていたのか、すっとライターを目の前に差し出す。

 「ははは、悪い悪い。じゃあ頂きましょうか。」
 「気にするな。ところでお前さっき『有給使ってる』って言ったよな。どうだ、今日は客もいないしゆっくりしていかないか?」
 「いいねー。じゃあお邪魔しようかな。その前に、俺からプレゼント。草間さんには携帯灰皿、零ちゃんにはオルゴールだ。今じゃ都内にくわえタバコで罰金のとこがあるから、そういう時は本当に便利だぜ。」
 「タバコ吸うだけで懐が痛む時代か。たまらないな。そういうことなら喜んで頂いておく。」
 「萩さん、いつもありがとうございます。」
 「さてさて、シュライン女史が何か仕掛けてると面白いんだが……ま、その辺はあえて聞かずにコーヒー飲み終わったら興信所へ行きますか。」

 萩は確信があった。必ず興信所で何かが起こる。能力を使わなくてもそれくらいの予想はつく。萩はふたりの驚く顔を想像しながらカップを口に近づけるのだった。褐色の水面に映る自分の顔は……笑っていた。


 3人が喫茶店を出た頃、興信所内の掃除はほとんど終わりかけていた。もうそろそろデカい猫になってソファーで寝そべっている嵐の出番なのだが、ここまで来てある問題が発生した。掃除を手伝っていた紫桜がシュラインのテキパキした指示に混乱し、途中からある場所に用途不明の書類を置き始めたのが不幸の始まりだった。一緒に仕事をする約束の刹利は転がっていたガラクタをかき集めて部屋の隅に陣取り、何やら能力を操りながら今も工作を続けている。そのせいで紫桜の作業量が一気に2倍になってしまい、心に余裕がなくなってしまったのだ。シュラインも零と仕事する時は彼女にペースを合わせるようにしているのだが、今日は高校生ということもあってついいろいろ言ってしまったのも一因である。
 実は紫桜が書類置き場に使っていたのは草間の机だったのだ。これでは掃除した意味がないし、掃除したことにならない。平謝りする紫桜に「いいのよ、別に気にしなくても」と声をかけるシュラインは山積みになった書類の内容を丁寧に確認し始めた。彼女にしてみれば中身を改めたいものを一箇所にまとめてくれているのだからこれはこれでよかったのだ。そして今度はきちんと紫桜にどこへ保管するかなどの指示を送る。大きいままだと邪魔になると踏んだ嵐は元の子どもの姿に戻り、とりあえず暇つぶしに刹利の工作を見物することにした。なんと彼は立派な工具を使って掛け時計を作っているではないか。商売人の嵐はその時計の出来よりも工具の方に視線が釘づけになった。

 「いい工具なんだな。これを我輩に譲るんだな!」
 「別にボクはいいですけど……これ時計が完成したら灰になりますよ?」
 「ニャ、ニャンと!」
 「もう使えなくなった工具に過剰な力を与えて使えるようにしてるだけですから。たいていのものはその付与された力に耐え切れなくなって消えちゃうんです。」
 「我輩……なんかガッカリなんだな。逃がした魚は泳ぎがうまかったんだな。」

 刹利の能力を聞き、肩を落とす嵐の耳に興信所の扉を軽く何度か叩く音が聞こえた。さっと視線を紫桜に向けるが、まだ作業は終わりそうにない。シュラインに来客の事実を伝えようとするが、書類の中から重要な小切手が見つかったらしく、その出所を探るのに一生懸命だ。嵐が担当するパーティー準備は今すぐにでも終えることができるのだが、まだそれに着手するわけにはいかない。とにかく何もかもが中途半端になってしまっていた。嵐は腹を括った。どうにでもなれと開き直った。なぜやけくそになったのか。そう、扉の向こうにいるのがここの主人である可能性があったからだ。
 しかし扉から顔を出したのはメガネをした少女だった。手にはいくつかの紙袋とビニール袋を下げている。どうやらもてなす側ではなく、迎える側の人間がやってきたようだ。彼女は興信所の中が修羅場になっていることを察しつつも、丁寧にお辞儀をして自己紹介を始める。

 「シュラインさん、どうも。皆さん初めまして。私は神聖都学園高等部の源 由梨と申します。」
 「あら、由梨ちゃんじゃない。ちょっとごめんね、もうちょっとで書類が片付くから……武彦さん、そりゃ先方から振り込みないわよ。自分が小切手で依頼料もらってるんじゃない。ぶつぶつ……」
 「あ、お忙しそうですね……今日は設立パーティーだって聞いたので私なりにいろいろと準備をしてきました。こっちがチーズケーキで、こっちがオレンジジュースです。」
 「我輩がそれをテーブルの上まで運ぶんだな〜。我輩、今のところ唯一の暇人だからな。時にシュラインさんの作業はどのくらいで終わるのかな?」
 「あとは捨てる書類ばかりだから心配ないわよ。まぁ終わったも同然ね。あ、紫桜くん、必要な書類は私の机に置いてね。不必要なものはごみ袋に捨てて構わないわ。明日にでも全部シュレッダーにかけるから。」
 「はい、わかりました。」

 仕事が一段落つき、紫桜もようやく肩の荷が下りたと安堵の表情を見せる。一方の刹利は工具でちくちくしたまま動こうともしない。そろそろ準備をと考えた嵐は金モールをつけた看板に色紙で作った輪の飾りを次元回廊から引っ張り出していた……その時、由梨はこの状況を推理した。興信所に入った時に見せたみんなの表情はなぜか強張っていた。ということは、今回のパーティーは草間たちには秘密にしているのだろう。しかし準備は始まっている。機を逃せば祝福するみんなの気持ちが萎えてしまうかもしれない。目の前でパーティーの準備が始まりつつある中、由梨は草間を呼びに行くことを決断した。

 「シュラインさん、私は草間さんを探してきます。やっぱりこういうパーティーはタイミングが大切ですから。」
 「私が計画したわけじゃないんだけどね。なんか零ちゃんがそういう話をしてたみたい。」
 「でも草間さん、どこに行ったのかな……私の推理だとこういう日は『自分の原点を見つめなおそう!』と思ってレンタルビデオ屋さんで探偵に関するドラマを借りに行ってると思います。」
 「えーっと、たしか草間さんは行きつけの喫茶店にコーヒーを飲みに行ってるんだよね?」

 刹利が何気なく場の空気が一気に冷たくなった。思わずシュラインが趣味にいそしむ彼の背中に向かって睨みつけたほどだ。嵐も危うく看板を落としそうになった。いや、いっそのこと落とした方が雰囲気は和んだかもしれないが……だが、由梨はそんなことを気にする女の子ではなかった。

 「え、ハズレでした? 私の推理ってあんまり当たらないですから。でも外にいるのは正解でしたね。全部外れてなくてよかった。じゃあ私も飾り付けを手伝いますね。」
 「あー、そこら辺にある紐に気をつけるんだな。それは仕掛けなんだな。今やってもつまんないんだな。」
 「あら、いつのまにか私の足元にもあるわ。嵐のことだからいろいろやるんでしょうけど。」
 「そーゆーことなんだな。とりあえず紫桜には悪いが看板を立てるのを手伝って欲しいんだな。シュラインさんと由梨さんはコップとかの準備をお願いしたいんだな。」
 「掃除したかと思えば、今度はパーティーの準備ね。ああ、忙しいわ。」

 シュラインたちが台所に入ると、ノックもなく扉が開いた。ついにパーティーの主役の登場だ。嵐は器用に足を使って一本の紐を引っ張ると、どこからかクラッカーが鳴り響き、中から七色の鳥や蝶が部屋の中を舞い踊る。これには草間や零、そして萩もビックリした。看板には萩が予想した通りの文字が並んでいる。彼はこれ見よがしに指差した。

 「怪奇探偵さん。俺の言ったこと、理解してくれたかな?」
 「……とってもな。」
 「皆さん……嵐さんも刹利さんも紫桜さんも本当にありがとうございます。」
 「お、お前、まさか連中に今日のこと話してたのか?」
 「ご、ごめんなさい。自分ではどうすればいいかわからなくて……」

 どちらかといえば呆れたような調子で話す草間を諌めたのはコップをお盆に載せて運んでいるシュラインだった。その後ろを由梨が続く。

 「まーまー、零ちゃんに悪意があったわけじゃないんだから。今日くらいは賑やかに過ごしてもいいんじゃない?」
 「私たちだって何かの見返りが欲しくて来たわけじゃありません。普段からの感謝を形にしたくてここに来たんです。」

 萩は草間の耳元で「諦めろ」と囁くと、一応は納得した表情で何度か頷く。パーティーはそれを合図に始まった。由梨が持ってきたチーズケーキを8等分に切ってみんなに渡し、あの喫茶店とは打って変わって派手な乾杯をした。すると華やかな音楽を演奏する妖怪楽団が部屋の端から端までを歩きながら演奏する。もちろんこれらの演出は嵐が次元回廊を使って手配したものだ。嵐自身も叩くと金や銀の光が飛び散るタンバリンで場を盛り上げる。そしてテーブルにはチーズケーキだけでなく、不思議な木の実が大きなザルに盛られていた。紫桜がひとつつまんでかじってみると、なんとも甘ーい味が口の中に広がる。この世界の味で表現するならイチゴ味といったところか。ケーキだけでは物足りない食べ盛りの刹利は一口で食べようとした……が。

 「カリコリコリ……ムグッ!!」
 「イチゴ味で『ムグッ』はないでしょう?」
 「あがっ、あがががっ、し、塩辛っ! まるでもうこれ岩塩のような……あががっ!」
 「あ、言い忘れてたんだが、それは同じ味のものはふたつとしてないんだな。中には青汁みたいな味のするのもあるんだな。」
 「キっ、キミねぇ、そういうことは先に言ってよ……うわー、ヒドい目に遭った!」
 「外見と中身が違うという時点で私はもう警戒してましたよ。刹利さんが飛びついてくれて助かりました♪」
 「由梨さんって賢いんだな……」
 「さっき彼女の推理に水差したバチが当たったんじゃないの〜?」

 シュラインはそう言いながら木の実をかじるが、今度は梅干味! 周囲にあまり見せたことのない顔を披露する羽目になってしまった。それを見た萩や零、そして草間までもが腹を抱えて大笑いする。『何で自分がこんな目に……』と刹利と同じ気持ちになったシュラインは必死にジュースを流しこんで味をごまかしていた。
 零は立て続けにオレンジジュースを飲むことになってしまったが、彼女は別にそれを苦にしなかった。むしろ由梨に感謝していた。零は「これからこの日が来た時はオレンジジュースを飲もう」と決心したのだ。兄と同じようにこの日を忘れないように一年に一度の習慣をつけようと決めた。それが由梨の耳に届くのはもう少し未来のことである。萩は予想通りのドッキリパーティーに酔いしれ、すっかり嵐の仕掛けにハマっていた。あの不思議なタンバリンを叩いてみたり、紫桜がプレゼントとして用意した紅茶とブランデーのブランデーだけを飲んだりともう子どものようにはしゃいでいた。

 宴は夜まで続いた。しかし楽しい時間にも終わりは来る。それぞれ帰宅しなくてはいけない時間になって、プレゼントの贈呈が始まった。刹利はガラクタを組み立てて作った掛け時計をプレゼント。しかし時間になると出てくる肝心の鳩が作れなかったという。そこでシュラインと相談した結果、零が作った小さなウサギのぬいぐるみを代わりに入れたそうだ。時計は普段の生活でふたりが見やすい位置に設置された。紫桜からはメッセージカードつきの花束、そして嵐は草間に年代物の懐中時計、零には七宝焼きのブローチを手渡す。どちらも年季の入ったアイテムである。

 「あの……メッセージは俺が帰った後に読んでください。」
 「ああ、わかってるさ。そこまで無粋な真似はしない。」
 「これは我輩がまだ招き猫の焼き物として店に置かれていた時、主人が持っていたものなんだな。今は主も店もなくなったから新しい人に渡すんだな。付喪神になるくらい大切に使ってほしいんだな。」
 「今から百年か。長いから子々孫々まで受け継ぐことにするか。零は心配ないだろう。物を粗末にする奴じゃないからな。」
 「おーーーい、草間さーーーん。俺の携帯灰皿も百年使ってくれーーー!」
 「萩……お前、酔ってるな? ちゃんと家に帰れよ。今日は久しぶりにきれいな事務所で飲みたいんでな。」

 そして草間が短く「ありがとう」といい、その場で立ち上がり深々と頭を下げた。近くにいるシュラインでもなかなか見ることのない姿にパーティーらしさは一気に吹き飛んでしまう。その時ばかりは拍手も何もなく、ただ全員が満面の笑みでそれに応えた。そして……宴は終わり、皆が帰路についた。


 「ハードボイルドは封印したの?」

 パーティーの片づけを終えたシュラインが零よりも先にソファーに座った。今日の草間は今までにあまり見たことのない態度ばかりだったこともあって、彼女はあまり落ち着かなかったようだ。戸惑いの表情をする事務員に向かって、草間は言った。

 「喫茶店の前で零を見た時、急にあの日を意識した。あの時から俺はずっと取り乱してたのかもしれない。萩がいたからそれっぽくいられたが、あそこにいなかったらと思うと本当にぞっとする。」
 「零ちゃんの感謝が武彦さんに伝わって本当によかったわ。じゃあ私の感謝もこれで伝わるかしら?」

 シュラインは小さな花束を草間の目の前に差し出した。すると彼は照れくさそうに頭を掻き始める。これが必死に隠し続けてきたぞっとする態度なのだろうか。それを見たシュラインは小悪魔の笑みを浮かべながら言った。

 「明日になればまたいつもの武彦さんなのかしらぁ?」
 「しっ……知らん。」
 「ふふふ、見てて飽きないから今日はお小言なしね。本当はお説教しなくちゃいけないくらいのものが掃除中に見つかったんだけど、それは明日のお楽しみにしておくわ。」
 「ここ数日は遊ばれそうだな、お前や零には。ところでこの七宝焼きのブローチ、焼いた部分がキラキラ光るんだよな。ホントあいつは変なもの持ってるなぁ。」

 テーブルには零が嵐からもらったブローチがあったが、これがまた何ともいえない光を放っていた。どうやら光を受けると発光するようだ。シュラインは少し考えた後で何かひらめいたらしく、ポンと手を叩いた。しかし草間にはその原因がわからない。

 「武彦さん、あの懐中時計は子々孫々まで伝える必要ないみたい。ためしに今日寝る前にでたらめな時間に合わせておくといいわ。明日、朝起きれば必ず私の言った意味がわかるわよ。」
 「おい、それってもしかして……」
 「でも私はプレゼントはそのまま受け取っておくのが礼儀だと思うわ。これは持論だけど……ね、武彦さん?」

 草間は動きにはしなかったが、心の中で頷いた。そして今は素直に彼らの気持ちを忘れないように胸に刻み込む努力をした。どんなアルコールにでも消せないぬくもりを胸に、彼はまたここから仕事を始めるのだ。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

1570/青島・萩     /男性/ 29歳/刑事(主に怪奇・霊・不思議事件担当)
0086/シュライン・エマ /女性/ 26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
4378/豪徳寺・嵐    /男性/144歳/何でも卸問屋
5453/櫻・紫桜     /男性/ 15歳/普通の高校生、のはず
5705/源・由梨     /女性/ 16歳/神聖都学園の高校生
5307/施祇・刹利    /男性/ 18歳/過剰付与師

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

皆さんこんばんわ、市川 智彦です。納品までにお時間を頂き、本当に申し訳ありません。
いつも私がお世話になっている草間興信所に関するエピソードを書かせていただきました。
これを書いている最中、個人的な記念日がたくさんありました。そんな気持ちとともに。

シュラインさんはいつもありがとうございます! 今回は一風変わった依頼でしたね。
365日もある日常の中の1コマでしたが、草間興信所にとっては本当に重要な1コマ。
「これまで」を「これから」に繋げるストーリーになってくれたら幸いです。

今回は本当にありがとうございました。今度からはまた楽しい依頼を出していきますね。
また通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界などでお会いしましょう!