コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


■茶々さん裏道に入る■



 いい加減買い替えよう買い替えようと思い続けて、しかし未だそれが叶わぬまま使われている黒電話が普段と同じくやかましく鳴り響く。はいはい、と電話にか、電話の向こうにか、小さく返事をしながらシュライン・エマが受話器を取ってまず聞いたのは絶叫だった。

『茶々さんそっち行ってませんかー!?』

 シュラインの耳は良い。
 ヴォイスコントロールなぞ特技とするからには耳だって良くて当然だ。
 その良い耳に鼓膜を突き破る勢いの絶叫が予告無しに叩き込まれて、思わず手をついたのは草間の机。
 長年の付き合いの相手が気遣わしげに見上げるのに微笑み、書きかけの調査報告書を指で示して続行を訴える。渋い顔で草間がペンを持ち直すのを見て、シュラインも身体を起こした。その間も受話器の向こうでは切羽詰った声。
『茶々さんが!あの小さい子供みたいな!』
「判ってるわ。判ってるから落ち着いて」
『ふっと出掛けるのはいつもの事ですけど、戻るのが遅いんです!』
「だから落ち着きなさい」
『…………はい』
 すわった声に気圧された電話の向こう、これはアルバートだ。
 子供が絡むと途端に冷静でなくなる知人を思い出し、やれやれと溜息をつく。草間がまた手を止めて面白そうに見ているのに気付いて、再度書類を指で示した。ほら、さっさと書いて。
 シュラインと兄の声無き遣り取りに零がくすくす笑うのにも、わざとらしく顰め面を向ける。
 何気ない興信所の日常のまま、アルバートの説明を聞くとシュラインは作っていた料理を手早く器に盛るとラップをかけた。食事時までに戻れなければ食べておいて貰おう。
「武彦さん、零ちゃん。茶々さんが戻らないらしいから、探してくるわ」
「はい」
「それなら俺も」
「武彦さんは報告書を書き上げてね」
「……はい」
「遅くなったら、作ってあるご飯先に食べてくれていいから」
「わかりました。気をつけて下さいね」
「気をつけてな」
「ありがとう。いってきます」
 いってらっしゃい、と重なる声を聞きながら興信所の扉を閉める。
 まだまだ外の陽射しは厳しいが、ようやく風が秋を感じさせる事も多くなってきていた。


** *** *


 要は迷子な訳だ。
 茶々さんは、屋内をひょいひょいと気侭に移動出来るからその気になればこっそり出て行く事は可能だし、基本的に危険な行動は取らないから普段は勝手に出かけて勝手に戻っても問題は無い。
 ただ、稀にこういう状況があるから困る。
 基本的に茶々さんは迷子になりやすい。草間興信所以外の目的地にはまともに辿り着けない。畢竟、周囲のというかアルバートの不安は帰宅が遅いだけで限界を超える。とはいえ彼が茶々さん絡みで不安を覚えるとまず外さないので、何事かが起きた、という結論には間違いなく至るというわけ。

 それにしても、と靴音高く足早に進むシュラインは苦笑する。
 先にマンションに回って姿が見えない時間を聞こうと思えば、朱春以外の住人は総出で捜索に出ていると言う。そして朱春が茶々さんの不在に気付いたのはアルバートが騒ぎ出した今日の明け方。たいていはそういう形で茶々さんの不在が発覚するのでおかしくない。おかしいのは、毎回「大丈夫でしょ」等と言いながら捜索に参加する住人達である。いや、おかしいというのは言い方が悪い。微笑ましい、これだった。
 笑みを浮かべたまま、適当な店に入ると良さげなミルクを買う。蜂蜜は、朱春が茶々さん用に常備している分を預かって来た。ついでに目撃情報を訊くあたり、抜かりない。
「さぁ……ちょっと見てない、いや」
「見ましたか?」
「子供じゃないが、目を引くのも知りたいんだなお客さん」
「ええ。人でも物でも」
「うん。ちょっと感じの悪い二人が居たな。妙というか、関わっちゃいけない類のヤツだが」
 相手の言葉に少し考える。茶々さんは、シュラインが時折事務所で会った記憶からすれば余り知らない相手についていくタイプには見えなかった。だがそれ以上に時折とんでもないものに興味を示したではないかそういえば!
「どっちに行きました?」
「この店出た状態で右だね」
「ありがとう」
 毎度、という声も聞こえないままシュラインはまた歩き出す。歩道を蹴りだす勢いで進み、途中の店で茶々さんと、二人組の事を訪ねて、また進み……繰り返せば少しずつ裏道にあたる人通りの少ない方へと入る事になった。
 ミルクを買う前にアルバートに会い、状況を確認したがせめて買ってからなら良かったのに。
 携帯も持たずに飛び出した知人を思い出して少し嘆息する。道端で話した後、何気なく振り返ればアルバートは若い男に何やら詰め寄って宥められている様子だった。彼の知り合いだとすれば不運な事だ。
「茶々さん?」
 周囲を窺いつつ小さな赤毛の妖精を探して呼ばわっていく。
 こつ、と特にはっきりと耳に届く靴音。
「……茶々さん?」
 気配を探して歩く内に、優秀な耳が誰かの声を拾った。男だ。複数の。
 そちらへと向かう間に荒っぽい声が上がったと思えば、ちょうどその場所へ辿り着いたシュラインが見たのは振り返るアルバートと足元の茶々さん。それから艶のある黒髪の男の後姿だった。

「アルバートさん」
「ああ、シュラインさん。すいません。見つかったのは先程で」
「いえ、それはいいのだけれど、彼は知り合いでいいのかしら」
「仕事の知り合いです。日ノ宮さん……はペンネームか」
 アルバートの仕事と言えば出版関係。この状況には不似合いだがアトラスあたりを考えればそうでもないか。
 考えて、視線を向ける先には二人組を軽くあしらっている男の姿。
 するするとしなやかに腕を伸ばしてとんとんと一突き。それで男達の動きを止めてしまった。
「たいしたものだわ」
「ありがとう」
 思わず洩らした言葉に、男が振り返る。落ち着いた雰囲気の割には、若々しかった。
 またすぐに男達に向き直り、あれこれと諌めるような調子で話しかけている。脅しのようね、と実際のところを正確にシュラインは読み取って、実年齢百歳超過の妖精さんではあるが、見た目幼い子供な茶々さんの耳には入れるまいと引き離す事にした。
 用意してきたミルクを出す。ぴょ、と茶々さんの目が丸くなる。
 預かってきた蜂蜜を出す。ぴょぴょ、と茶々さんの目が輝いた。
 思わず動物にするように舌を鳴らしかけて、危ういところで堪えたシュライン・エマ。幸いアルバートも茶々さんも変化無く、茶々さんに至っては食べていいのかな、飲んでいいのかな、としきりに様子を窺っている。
「お腹空いてるでしょう?食べていいのよ」
 ぱぁ、と顔を輝かせてアルバートを仰ぐ。すぐにシュラインの方に駆けて来て、小さな手にミルクを受け取った。
「ありがとう、シュライン」
「いえいえ。朝からずっとあの人達の後をついて回っていたの?」
「はい。なんだか皆と違ったです」
「……そう」
 ちょっと妖精さんに危険人物の見分け方誰か教えた方が良いんじゃないかしら。
 ちらりと思いながらも、それを表情に出す事はしない。
 目の前でしゃがんで、幸せそうに蜂蜜をちょっと指先で掬ってみる茶々さんに微笑みながらシュラインは後でアルバートに言い聞かせておこう、と心に決めた。手は茶々さんの赤毛を梳きつつ頭を撫でくり回している。
 そんな状況には不似合いなほのぼのした空間に割って入る声。
「ちゃんと忘れず伝えるようにね」
「日ノ宮さん、徹底してますね」
「後顧の憂いは断っておくべきだよ」
 涼しげな声の割にはなかなか物騒な雰囲気満載だ。
 茶々さんの向こうに見える光景にシュラインは目を細めてみる。こけつまろびつ遠くなる男二人に見知らぬ男性は一体何をしたのやら。
 注視してしまっただろうか。相手の視線もこちらに向いた。
「アルバートさん。彼女は?」
「シュラインさん。興信所の所員さんで、茶々さんを探してくれていたんです。シュラインさん、こちら月宮和さん。さっきのはペンネームなので」
「わかったわ。初めまして」
「初めましてシュラインさん。月宮和です」
「シュライン・エマです。茶々さんを助けて下さってありがとう」
「いや。アルバートさんと行き会ったので」
 そういえば、もしやシュラインがアルバートと状況を確認し合った後に絡まれていたのはこの人ではなかろうか。
 ちらと視線を向けると、アルバート、居心地悪そうに視線を逸らした。
「それにしても見事ですね。どうやってあの二人を?」
「実は彼らの上の人間を知っていたんですよ」
「そうですか」
 突っ込んでいいネタでも無さそう、と世間話レベルのままでその話は終える。
 言葉が途切れたところで同時に茶々さんに目が行った。茶々さんも、ミルクと蜂蜜から意識を離して二人を見上げている。相変わらず大きな金色の瞳だ。
「無事でよかったね」
 そう言って伸ばされた月宮和の手に、一瞬首を竦めて恐れた様子を見せる。
 大丈夫、とアルバートとシュラインが同時に言って、それで顔をもう一度上げた。
「月宮和。アルバートさんの友達なんだ」
「はい。和、ありがとうです」
「どういたしまして」
「シュラインもありがとうです」
「ほんと、無事で良かったわ」
 和が再び手を伸ばすと、今度は茶々さんも素直に頭を撫でられている。恥ずかしそうに。
 ともあれ、何事も無く見つけ出せて良かった。
 シュラインはまだ高い陽を見て安堵の息をつく。食事の時間までには帰れそうだわ、と。


** *** *


 後日。
 興信所付でシュライン宛に小さな封筒が届いた。
 ふわふわ柔らかい中身の不確かな封筒に切手は無く、ただ「シュライン・エマ様」と。
 警戒しつつも封を切る。出てきたのは包まれた小さな鍵一つと小さな便箋。

『いつもお世話になっております。適当な一室にてお使い下さい――クライン・マンション大家』

 大家さんちゃんと居たのね、とか。
 契約書も無いけれど大丈夫かしら、とか。

 しばらく便箋を広げて考えた後、とりあえずその少しばかり古めかしい鍵をしまいこんだ。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4779/月宮和/男性/48/小説家:退魔師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

・はじめまして、ライター珠洲です。迷子捜索ありがとうございます。
・茶々さんシナリオは基本個別(というかどんなシナリオも個別大量発生ですが!)なのですが、メイン置換えノベルにして書いてみております。視点と発見あたりの展開が違う程度で。こちらでは月宮様が先に発見、シュライン様がフォローというか茶々さんの面倒見る形の展開ですね。
・シュライン様もゴーストライターされていますが、今回は初対面とさせて頂いております。後日「会った事ありましたね」となっているかもしれませんね。

・シュライン・エマ様
 繰り返して参加下さりありがとうございます。ついに大家のヘルプカウントに引っ掛かって鍵進呈されました。じ、事務所の古い記録だとかを放り込んでみるといいかもしれません。消える可能性もありますが。
 例によって草間が登場している冒頭です。この異界でのスタンスは「長い付き合い過ぎて結婚だとか考える時期を通り越してしまった二人。傍に居るのが当たり前」という感じかなと思われます。ライターがそういうの好きなので。
 茶々さんがまた事務所の掃除に行くかと思われますが、ミルク添えてがっちり働かせてあげて下さいませ。ありがとうございました!