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<東京怪談・PCゲームノベル>


■シェイプチェンジ■



「おはようございまーっす!」
「……おはよう」
 シュライン・エマがいつものように開けた扉の向こうにはピンクの猫が居た。
 そこで狼狽しないのが草間興信所所員というものだが、咄嗟に言葉に詰まったのは見逃して貰いたい。
「おはようございます。シュラインさん」
「おはよう零ちゃん。武彦さんは何処かしら」
 見回すも姿は見えない。いつもなら、シュラインが出勤してくる時間にはぶっきらぼうに手を挙げて出迎えてくれるのに。
 不安を覚えながら室内を見回す。机の前には居ない、応接セットの辺りにも居ない……どうしてソファの前に犬が。
 シュラインの視線が止まったのに気付いたのだろう。頭をソファに乗せていた犬が尻尾をぱたりと振って頭半分振り返った。その鳶色がかった黒い瞳はもしや。いや間違いない。
「武彦さん」
「……おはようさん」
「また朝霧ちゃんに引っ掛かったのね」
「……零まで参加したんだよ」
 悪足掻きじみた反論をして、ぷいと戻した頭。耳が微かに倒れている。
 その毛、四肢、耳、いやもう部分を挙げるまでもなく全身これ見事に犬であった。


** *** *


 犬となった草間がそのまま不貞寝しようとするのを押し止めていそいそとシュラインが用意したのはブラッシング道具一式。何処から用意したのか、とは聞いてはいけない。この掃除しても掃除しても、雑然と物の転がる事務所内である。在るのが不思議な物が幾らでも転がっているに決まっているのだから。
「それはそうとね、朝霧ちゃん」
「はーい」
 ピンクの猫が楽しそうに返事をする。元が人間では揺れる尻尾も感情の指針にはならないだろう。
 ぱたぱたぱたぱた、景気良く尻尾を振り回しつつ朝霧は事務机にちょこなんと座っていた。
「そもそもどうしてこんなマシュマロ作ったの?」
「あ、えーっとですねえ」
 言いかけたピンクの猫の声を遮るように、丁寧なノック。ブザーは煩いからと遠慮しているらしい。
 それから扉が開いて現れたのは折り目正しい青少年の代表とでも言うべき櫻紫桜であった。
「こんにちは、草間さんは」
「お出掛け中でーっす!初めまして!これどうぞ?」
「え?あ、ありがとうございます」
「美味しいですよ」
「うん。美味しいですよ〜」
 お前が言葉を遮られるのは珍しかったな。そう後で草間が笑ったのだけれど、このときは目の前で関係の無い、ただ時折仕事を手伝ってくれたりする若人が、ピンクの猫の(零まで混ざって!)勧める菓子の餌食になるのを許してしまった。あまりに勢いが良すぎて制止し損ねたのである。
 あっさりと化けてしまう紫桜。
 救いは衣服ごと変身している事だと思うがその辺りは製作者の拘りだろうか。
 ともあれ、シュラインの見守る前で、青少年はそのサイズを目一杯縮めて猫になったのであった。
「……なるほど。よく判りました」
 しばらく静かに己の毛並みや肉球を見つめた後、紫桜は至極冷静に頷いた。猫が頷くと賢そうである。
 そのまま時折耳や尻尾を揺らしつつ朝霧と会話していたが、振り返るとシュラインの元へ。
「丸一日はこのままらしいので、俺は少し出掛けて来ます。特に用は無かったんですが、草間さんが戻ったらよろしくお伝え下さい」
「いえ、武彦さんなら」
「ここだよ」
 むすっとした声の犬。何気なく倒れ気味のままの耳が精神状態を示している。
 紫桜猫はしばし犬を見詰め、無言で髭を震わせて、それだけ。非常に大人だ。
「……ああ。じゃあもう、俺行きますね」
「車に気をつけてね」
「車に気をつけろよ」
 武彦と仲良くハモって言うのに尻尾で返事して、零が開けた扉から紫桜はするりと出て行った。
 ――非常に冷静な青少年。動じない精神は、将来有望である。


** *** *


「じゃあつまり童話に代表される真実の愛で呪いが解ける、という展開を考えた結果なのね」
「そうなんですよ〜、でも本気で呪いレベルっていうのも困るから、ちょっと可愛いわね何コレって感じで後々好印象を与えるような代物に!」
「……そう」
 ざっざっ、と一見ペットの毛並みを手入れしている妙齢の女性の姿であるのだが、ブラッシングされているのが実際は人間の男である事を思えば別の見方も出来そうな状況の中。
 要領を得ているのか得ていないのか微妙な、しかし喋る勢いで時間を短縮している朝霧の説明を聞いてシュラインは苦く笑った。その瞬間である。
「こんにっちは〜!」
 第二の犠牲者が来た。いや彼の場合は、シュラインや草間が考えたそれは当てはまらない。
 金髪を揺らしつつおどけた仕草で現れた桐生暁。ぐるりと室内を見回しておやと首を捻る。そうして事務机の上のピンク色した猫を見てひとしきり賑やかに話したと思えば。
「俺も一緒ににゃんこしちゃうよ〜!」
 助手のごとき草間零から素早く一つ放り込み嚥下する暁の姿。
 紫桜の時とは別の意味で呆然と見るシュライン。その傍らでブラッシングされていた草間が「躊躇が無い!」と何に怒っているのか牙を剥き出して喚いていた。その声に暁が振り返る。
「あ、草間さんそこに居たんだ〜、って犬だし!」
「零ちゃんが食べさせたんだよ〜」
「流石の草間さんも零ちゃんには負けたんだ!」
 ははは、と笑いながら暁は猫になった。
 それを見ながら疲れた気持ちでシュラインと草間、大人二人は息を吐く。
「俺がおかしいのか?あいつらがおかしいのか?紫桜だってたいして驚きゃしなかったし!」
「武彦さん……」
 若いモンにはついていけん的な調子で再びソファに頭を乗せて呻く草間の背を、労わるようにシュラインが撫でた。気持ち良いのだろうか。尻尾の付け根辺りからぴくぴくと震えているのに小さく笑う。
「なんだ?」
「いいえ。でもしばらくは私に付き合ってくれると嬉しいわ」
 暁訪問前の、朝霧による早口説明からすれば丸一日、運が悪いと二、三日は変身したままだ。
 明日になっても戻らないなら朝霧に薬を作って貰わなくてはいけないが今はまだゆっくりしてもいいのではなかろうか。
 長い付き合いの女性に、犬独特の潤んだ瞳を僅かに向けて草間はぴすと――本人はふん、としたつもりだろう――鼻を鳴らしてまたソファに頭を埋めた。
「今、付き合ってるだろうが」

 そこで穏やかに過ごせれば非常に微笑ましい終わり方になったのだろう。
 しかしそうはいかない要素が事務机の上にいまや二つあるのだ。
 根元は黒い金色の毛並みをした暁猫が草間にじゃれてちょっかいかけるのは見逃した。その間に朝霧に、草間にはわざわざ女性を捕まえなくていいのだと言い聞かせる事も出来たのだから。
 ちなみに「あ、そっか。シュラインさん居てるから捕まえるレベルのアイテムはいりませんね!」と言われて咄嗟に返す言葉に詰まったシュラインである。かろうじて「アイテム自体控えてくれる?」と伝えたが、通じているのかいないのか。
「それにね朝霧ちゃん」
「はい?」
「こういう変身ものって実際あると変身解けない方が良かったりする事多そうだし、可愛いのは確かだけど朝霧ちゃんの意図と外れちゃうと思うの」
「う、う〜ん?」
「変身自体は、時々なら楽しそうなんだけれど、ね」
「そっかぁ。じゃあ単純に気晴らしアイテムで考えますね」
「そうして頂戴」
 きちんと話せば一応は控えてくれる魔女志望娘。収まる事は無いけれど。
 とりあえずはほっと息をつく、そんなシュラインの耳に響くのは草間の悲鳴だ。
「おいお前なぁ!どこからこんな板ッ切れ出して来たんだ!」
「隅っこに転がってたよん」
「しかもなんだこの歪な字は!」
「猫でも結構書けるもんだよね〜」
 振り返った先には草間犬によじ登り、板切れをぶら下げようとする暁猫の姿。
 よくよく見れば板切れには『お困りの際には草間興信所へ』と書いてある。
「きゃー!楽しそう!所長さん宣伝行くの!?」
 すかさず混ざる朝霧。彼女と暁は非常にテンションが似ているのではなかろうか。
「誰が行くか!」
「え〜行こうよ草間さーん。一緒に事務所の宣伝しましょ〜」
「そうだそうだ!手伝いますよー!」
「いらん!」
 ぎゃーぎゃーわーわーにゃーにゃーぎゃんぎゃん……エンドレス。
「…………」
 それがシュラインの限界だった。
 無言で立ち上がると手際よく小さな旗を作り上げ、板と同じ文章を油性マジックででかでかと書く。そうしてそれを問答無用で暁猫の首と前腕を通して結びつけ、朝霧猫共々首根っこをつまみ上げた。
「く、苦しい!苦しいって!」
「猫にこれ駄目!駄目だから!」
「宣伝は二人で頑張ってね」
 にっこりと、持ち上げた両者に冷え冷えとした笑顔を向けた後ビルの通路に放り出す。見事な着地を見る前に、事務所の扉は容赦無く閉ざして。
 かちり。
 鍵までかけた。


** *** *


 疲れた、と言わんばかりにいまやソファに乗り上がりぐったり寝そべる草間の隣に腰掛ける。
 今しがたの賑やか二人組放り出しでシュライン自身も疲労を感じるが、まずは愛すべき所長(現在犬)に労いをかけて、ブラッシングを再開することにした。首周りを丁寧に、少しずつ梳かしていくと気持ち良さそうに目を細める草間。
「素直なのね武彦さん」
「……なにがだ」
「なんだか凄く満足だ、って顔になってるわよ」
 意外だったのか、鼻先を少しばかりひくつかせて「そうか?」と返すのに笑って頷く。
 どちらかと言えば大型犬サイズの草間がソファを占拠している隙間にシュラインが腰掛ければ、周囲の雑然とした光景を覗いては何やら別世界じみている。穏やかな空間であった。
 それにしても、とシュラインは思う。
 たいした事ではないのだ。ないのだけれど。
(煙草代が浮いていいかもしれないわね)
 日頃の草間の喫煙量を思えば、それくらいは考えてしまっても許して欲しい。
 気付かれてはいないが、ついついそんな事を思案する侘びにと背中ももう一度ブラッシングしておこう。癒される気持ちでシュラインは、ようやく草間との穏やかな時間を手に入れた。

「お待たせしました。プリンありましたよ……あら」
「二匹なら宣伝に出たわ、熱心ね」
「そうなんですか。じゃあしまっておこうかな」

 ぱたぱた足音を響かせて出てきた零に微笑んで――草間と並んで満足満足。

「だってね武彦さん。世話する時間取れないの判ってるから、動物飼えないでしょう?」
「……悪いと思ってるよ」
「いいのよ。ただ折角だから、満喫させて貰いたいの」
「好きにしとけ」
「ふふ、ありがとう」

 マンションから落下万歳な目に遭った紫桜が二人を見て入るに入れなかったり、宣伝の後の二匹が出歯亀したりするのはもうしばらく時間が過ぎてからの事であるし、零も心得たもので奥で作業に入っている。今はシュラインのちょっとした楽しみを遮るものは無い。
(マシュマロ、改良に成功したら少し貰おうかしら)
 ふかふかと指に優しい草間犬の毛を堪能しながら、そんな事まで考えた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4782/桐生暁/男性/17/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【5453/櫻紫桜/男性/15/高校生】

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■         ライター通信          ■
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・こんにちは。ライターの珠洲です。わりと好き勝手な展開にしてみました……!
・事務所起点でそれぞれの行動、を大まかな流れにしたつもりです。ほぼ個別状態だとか逆に個別部分あまり無しだとかありますが、それぞれ会話から接近遭遇から出張り方は違いますが登場されています。
・毎度の事ですが、かなりいい加減なネタにお付き合い下さり感謝しきりです。ありがとうございました。

・シュライン・エマ様
 草間氏とは和みの一時を過ごせず苦労して頂きました。終始事務所だった為にこうなっておりますが、他のお二方のノベルのラストで会話だけの仲良し風景があります。あれでも仲良し風景のつもりです。零は、ちょっと良い感じの時には奥に引っ込んでるお嬢さんだと思ってますので邪魔は入らなかったと思われます。
 マシュマロは朝霧が改良したらお届けになるのかもしれませんね。