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<東京怪談・PCゲームノベル>


■シェイプチェンジ■



「こんにっちは〜!」
 天気もいいし、気分もいい。
 鼻歌でも歌いだしそうにしつつ桐生暁は草間興信所の扉を開いた。
 ちょっと一服しつつ構ってもらおうかな、程度の感覚で覗いたのだが指定席とも言うべき事務机には見慣れた人物が居ない。かわりにそこには小さな袋を持った零と猫。ピンクの。
「草間さん居ないんだ〜ってか見覚えのあるピンクが!」
「にゃー」
 実は、ピンクを見てとあるマンションの元気な女子高生を思い出したのだけれど猫はまんま猫の鳴き声、いや少しわざとらしい気もするなと思いつつ覗き込む。
「……朝霧ちゃんですか〜」
「朝霧だにゃー」
「うわ!何これ朝霧ちゃん!?可愛いな〜!」
「にゃっはっは」
 いやいややはり女子高生本人だ。魔女志望娘の塚本朝霧である。
 なかなか賑やかなこのお嬢さんと暁は先日知り合ったばかりだが、仲良く騒げる相手だとお互いに認定済。
 無論、本日も暁がこのまま大人しく朝霧猫を眺めて終わる訳は無い。
「俺も一緒ににゃんこしちゃうよ〜!」
 と、こうなるに決まっている。
 にこにこと満面の笑みで自分を指差すと、朝霧猫の尻尾がぱたぱたくるくる賑やかに動く。うわいいな、俺もやりたい。そう思ったのかどうかは定かではないが、朝霧が零を見上げてヒゲまでぴくぴく動かした後の言葉に否やは無かった。
「じゃあ零ちゃんが持ってるマシュマロを貰って〜」
「はい、どうぞ」
「ども〜」
 朝霧の助手みたいにして差し出す草間零から素早く一つマシュマロを受け取ると口の中へ。
 おいし〜、とか言いつつ食べている暁の耳に「躊躇が無い!」と草間の声が聞こえて、そちらへと顔を向ける。なんだ席を外していただけか、と思ったのだが見遣った先にはシュライン・エマと犬が一匹。ペットだろうか、ブラッシングの途中――そんな訳は無い。
「あ、草間さんそこに居たんだ〜、って犬だし!」
 そう。草間が真っ先に被害を受けているに決まっているではないか。
 にゃはは、と猫ちっくな笑い方で座りっぱなしの朝霧が笑う。
「零ちゃんが食べさせたんだよ〜」
「流石の草間さんも零ちゃんには負けたんだ!」
 若いお嬢さん方に負ける草間武彦の姿を思い浮かべ、ついつい笑う間に視界が暗くなって暁も猫になった。金色に紅い瞳の猫である。
「……金色?」
「金色……かなぁ」
「なんだか根元黒いですね」
「やっぱ元が黒髪だからか〜」
「猫耳の時は髪の毛で根元隠れてたんだね〜」
「う〜む、これはこれで味があるとするか!」
「そうだそうだ!」
 猫になった途端、事務机に跳び上がって(これがまた軽々と動いて猫の跳躍力って素晴らしいと思ったり)朝霧と一緒に毛色チェック。元の色がばれる仕組みらしい。
 尻尾を動かしたり、肉球を自分で突付いてみたり、元気な暁猫を零が微笑ましそうに見ていた。
 ひとしきり朝霧と猫チェックをした後、暁がそんな零へと目を向けたのはプリンの為だ。正確には友人の猫がおやつにプリンを食べていた事を思い出したので、実行しようと思ったのである。いや、更に正確を期するならばこうだろう。
「おやつちょーだい?」
「ちょーだい?」
 可愛らしく小首傾げて耳をふるふる。姿勢は勿論、子猫のあの微妙に不安定っぽい開いた座り方。一緒に付き合う朝霧。並んでポーズ決めて零を見た。
 おやつプリーズ。
 同じ室内にシュラインが居る以上、本来ならば「だめよ」と即座に制止がかかるところなのだが、彼女は彼女で犬となった草間のブラッシングに余念が無い。ちらりと窺った表情は非常に幸せそうだった。きっとアルファ波が出ている。
 ――いける。
 以心伝心。もはやこの手のネタは打ち合わせるまでも無い気がする暁と朝霧の両者。
 零が小首を傾げて思案しつつ既に冷蔵庫に向かったのを見てアイコンタクト。


** *** *


「失敗したな〜」
「失敗だねぇ」
 しかし二人いや二匹はプリンにありつくことなく外を歩いていた。
 今頃零がきょろきょろと探していることだろう。そしてシュラインにこう言われるのだ。
『あの二匹なら宣伝に出たわ、熱心ね』
 シュラインの冷たい微笑を思い出すだけで背中の毛がぶわぁっ!と逆立つ気がする。あれは怖かった。
 おやつが出てくる僅かな時間を持て余し、暇潰しにと草間に暁がちょっかいをかけたのである。朝霧は一緒に下りたところでシュラインに捕まってなにやらマシュマロについて説得されていた。そうしてアレコレとじゃれて楽しみ、草間に興信所宣伝の札をぶら下げようとした所で世話女房……いやいや、シュライン・エマ女史の堪忍袋の緒が切れた。
『宣伝は二人で頑張ってね』
 首根っこをつまんで宙ぶらりん。放り出されて着地した時には無情にも事務所の扉は鍵までかけられて。
 残るは廊下にぽつねんと佇む猫二匹。投げられる前に結び付けられた『お困りの際には草間興信所へ』の文字が書かれた小さな旗を背に負う暁。旗はシュラインの即興手作り。隣で朝霧がふとそれを見上げて「折角だから宣伝行こっか」と言って今に至る。
 ――つくづく前向きというか、めげない若者達であった。

 ピンクの猫は珍しい。
 逆プリンカラーの猫も珍しい。
 しかも片方は宣伝の小さな旗を付けている。
 これで注目を浴びない方が可笑しいというものだ。
「目立ってるな〜」
「目立ってるねぇ」
 発覚した現実がある。
 外見猫であるがこの二名、猫の言葉が判らないし意味を持って話せない。怪しげに「にゃー」と鳴くのが関の山。
 聞こえるか、聞こえないか、際どい音量で内緒話しつつ歩く羽目に陥っていた。
「ピンク目立つね」
「逆プリン目立つね」
「……宣伝にはなってるよな〜」
「凄くなってるねー……普通の依頼は来ない気はするけど」
「だよな〜、こんな宣伝じゃまた妙な依頼が……いっか、どうせ怪奇探偵だしな」
「怪奇探偵ならいいよね」
 草間が聞けば眉間にcm単位の深さで皺を刻んでくれそうな事を言い放つ二匹。
 猫独特の視界を堪能しつつ宣伝も真面目にこなしているので、文句は言われないとは思われる。するする、にゃあにゃあ、適当な相手に擦り寄ってアピール。主に若い女性な辺りが片方の好みを象徴しているようないないような。宣伝した相手全部が依頼に行けば、間違いなくシュラインには睨まれるだろうチョイスであった。
 しばらくそうして移動する間に、ふと暁が足を止める。
 つられて朝霧も足を止めて暁の顔の向く方を見れば小さな子供。
「あれ?泣いてるね」
「迷子かな〜」
 人の足の間をすり抜けてしまえばすぐに子供の傍には辿り着いた。
 随分と長く泣いていたのか声が途切れがちで、しゃくりあげる肩も力無い。
 その小さな足に触れるか触れないかの距離を暁が通って行く。二度三度と繰り返せば子供の嗚咽も収まり、下がった手の下から涙で光る黒々とした瞳が現れて、根元だけが黒い金の猫を見下ろした。
「にゃ〜」
「ねこさん」
「そう。私は魔法の国から来た猫」
「はなしてる!」
 子供の感情の変化は早い。目の前で見上げてくる猫が言葉を話すのに、好奇心から瞳を煌かせるとすぐに屈みこんだ。ちょいと手を乗せて涙を舐めてみると、くすぐったそうに笑う。
「綺麗な瞳に涙は似合わないよ」
「ちょっとまだ通用しない年だと思うな〜」
「朝霧ちゃん突っ込んじゃダメ!にゃ?」
「ピンクだ!」
「そうそう。ピンクにゃのあたし〜」
「俺の友達にゃんだにゃ〜……なんか慣れてきたぞ」
「ナイス順応性」
 小声で二人会話を織り交ぜつつ、子供の興味を惹きまくっている。
 子供はといえば、今泣いたカラスが……という言葉があった筈だ。まさにその状態で、泣いていたのはどうしたと思う程楽しそうに言葉を話す猫達を見ているのである。
「ところでお嬢さん。君は迷子かな〜?」
「迷子かなー?」
 しかして本題だ、と適当な所で切り出すと、また子供は見る間に涙を浮かべて。
 慌てて宥めながら聞き出したところ、まんま迷子で親とはぐれてしまったという……他に説明の仕様がないよね、とは後の朝霧談。泣き状態に戻った子供を前に、思案する二匹であるが、結局探しに出るだとか、もう少し道の真ん中で泣いて貰うだとか、その程度しか不可能である。だって今猫だし。この辺りは人間の方がいいかもね、とは興信所に戻ってからの二人の会話。
「しかしまぁ、あれだね。俺もよく迷子になったよ」
「そうなの?」
「うん。手帳とかにさ〜住所と電話番号書いて持ち歩いてた!」
 今はもう切ない記憶であるけれど、明るく暁は話すのだ。
 寂しくないように、目立つようにと一緒に子供にまとわりついて、少女の親が見つけ出すまで。


** *** *


 迷子保護は、思ったよりも時間がかかり遅くなった。
 それでも無事を喜び、効果時間が長くてよかったね、とお互いに言いながら興信所に戻る二匹。
 宣伝してきたからご褒美チョーダイ?とやってみようかという発想もあるが、なにより暁の背中の宣伝旗はがっちり結ばれていて猫では外せなかったのである。人間に戻る時につけたままだと、千切れるならよし、下手すれば絞まる。
「骨が折れちゃうにゃ〜」
「肉がボンレスハムになっちゃうにゃ〜」
 お気楽に予想しながら器用に扉の端に爪をかけ、力を入れれば微かに軋んだものの静かに動いた。
 放り出された後に誰かが出入りしたらしい、と判断してこっそり潜り込んで二匹が見たものは。

「うーん、半日程度で調節出来る位がいいかしら」
「……お前また変身させるつもりか」
「たまには付き合ってくれてもいいと思うわよ」
「……たまには、な」
「ふふ。ばっちりブラッシングしてあげるから」
「ありがとよ」

 奥の部屋で揺れている黒い尻尾――桐生クンの前に来た知らない男の子なの〜、と朝霧が言うのを確認するに櫻紫桜のようだ――と零の姿。
 それから応接ソファでいちゃつく草間犬とシュライン・エマ女史。
 しばらく無言で後者二名(というか一人と一匹)を眺め、暁と朝霧はお互いを見ないまま言葉を交わした。
「ラブラブだね〜」
「ラブラブですね〜」
 そしてそのまま見物体勢に。



 ……人、それを出歯亀と言う。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4782/桐生暁/男性/17/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【5453/櫻紫桜/男性/15/高校生】

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■         ライター通信          ■
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・こんにちは。ライターの珠洲です。わりと好き勝手な展開にしてみました……!
・事務所起点でそれぞれの行動、を大まかな流れにしたつもりです。ほぼ個別状態だとか逆に個別部分あまり無しだとかありますが、それぞれ会話から接近遭遇から出張り方は違いますが登場されています。
・毎度の事ですが、かなりいい加減なネタにお付き合い下さり感謝しきりです。ありがとうございました。

・桐生暁様
 残念ながら、草間犬と一緒に宣伝は出来ませんでしたが、多分労働報酬としてプリンは貰えたと思います。
 暁様のお話はついつい会話が多発して、NPC朝霧出ると更に会話のキャッチボールが長引きそうになりまして、途中で「何行目だこの会話!」という感じで修正しておりました。迷子を気にかける辺りに何気ない優しさが出ていますね。そういうのがちょっと嬉しいライターでした。