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<東京怪談・PCゲームノベル>


王禅寺〜お蔵の中には〜

●再会
「よう、万夜ちゃん。元気にしてたかい?」
 朝も早い時間に王禅寺を訪ねてきた藍原和馬を、王禅寺万夜はジャージ姿で出迎えた。
「藍原さん、すみません……先日もお世話になったばっかりなのに」
 万夜がどこか恥ずかしそうに、歯切れが悪いのは、先日盛大に和馬に迷惑をかけているからだ。東京は有明の海まで買い物に付き合ってもらったあげく、会場で卒倒して、背負われて帰ってきた。
 その醜態を思い出してのことなのだろうが……
 和馬自身も、その時のことを思い出して、苦笑を浮かべた。
 卒倒した原因もさることながら、万夜が卒倒した後のことをちゃんと知ったなら、こんな『恥ずかしい』程度で済むかどうかわからない――そう思って。泣くかもしれない。いや、きっと泣くだろう。思春期の心に傷を残すのはしのびない。
 言わないであげるのが、大人の優しさというものだ。
 にっこりと笑って。
「あー、あんまり気にするなよ」
「本当に……姉さんには、怒っておきましたから」
 恐縮する万夜の頭に、和馬はポンと手を置いた。
「いいって、いいって……で?」
 どこだい? と、和馬は境内を見回す。
「お蔵は、裏なんです」
 こちらへ、と万夜は先に立って歩き始めた。
 それについていくように、和馬も万夜の後ろについて歩いていく。
 途中で、万夜が一度振り返った。
「着替えなくってもいいですか?」
「多分ね。そんなに埃だらけかい?」
「いえ……そんなに、埃はないと思うんだけど。こないだ、片付けたばっかりだし」
 和馬の問いに答える万夜は、やっぱり少し歯切れが悪かった。
 本当につい先日にも、こんな大掃除をしているのだと、万夜は言った。
 そもそも和馬が、この話を聞いたのは人伝だった。
 寺の蔵の大掃除を手伝って欲しいという、そんな依頼。
 普通ではない場所で聞いたので、やや普通ではないということは察することができたが……それだけ聞いたなら、のんびりしたお願いだ。しかしのんびりしたお願いの割には、どこか切羽詰った様子でもあった。それは王禅寺がいわくつきの品物を、いくつも預かっているからだろう。
 そんな物ばかり詰め込んであるためか、蔵自体もどこかおかしくなっているらしい。それが普通ではないというところで。そしておかしいことはわかっていても、どこがどうしておかしいかは、寺の者にもわかってはいないようだった。
 今回も蔵の中にあったはずのものが、どうしても見つからないのだという。それで、蔵の中を一切合財片付け直す大掃除なのだそうだ。問題なのは、こんなことを何度も何度も繰り返しているということだろうか。

●白壁の蔵
「ここなんですけど」
 重厚な、いかにも古い蔵という見た目の、白壁の建物だった。
 錠前を外して重そうな戸を横に引き開け、万夜は中へと和馬を呼び入れた。
 外が明るいせいか、中は最初酷く暗く見えた。普段和馬は五感が鋭く、空間把握は得意なほうだ。だから、暗くてもそう困ることはないのだが……その暗い蔵は、空間の奥行きが、奇妙な気がした。外から見た以上に奥がある気がする。
 ぱっと、明かりが点く。電灯は、普通のもののようだった。
 明かりが点くと、蔵の中は普通に見えた。
 棚や床にさまざまな大きさの箱が積まれているような状態ではあるが、見た感じ、わりあい整理整頓されている。
「なんだ、綺麗じゃないか」
「はあ……」
 和馬の感想に、万夜は曖昧な笑みを浮かべた。
 でも、探し物は見つからないのだ。誰かが隠してしまったかのように。
「とにかく、掃除して、探すので……一応、今までも、最後まで見つからなかったことはないんだよ」
 大概、とんでもないところから出て来るのだが。入るはずのない箱の中や、蔵の最奥から。時には、大きな何かの下敷きになっていたりとかして。
 はは、と、和馬はまた苦笑を浮かべた。
 聞くだけで、おかしいということは、きっと素人にだってわかるだろう。
 あとは、どうおかしいかと、どうしておかしいかだ。
「じゃあ、さっさと始めるとしよう。万夜ちゃん、俺は何をすればいいのかな?」
「あ、まず重いものを動かすの手伝って欲しいんです」
 まずこれを、と、入口近くにあった大きな木箱を万夜は示した。
「よしきた。力仕事なら任せてくれ」
 普段は、力仕事は近所のお兄さんが手伝っているらしい。今日は用事で手伝いに来れないのだと言って、万夜は木箱の片側を持とうとする。
「ああ、これくらいなら、俺一人で平気だから」
 万夜ちゃんは小さい物を運びなよ、と、万夜の手から取り上げるように和馬は木箱を持った。持ってみると確かに、ずっしりと重い。もちろん、和馬には楽々持てる程度の重さだが、奥まで運び込むのがおっくうで入口近くに置かれていたのだろう。
「すみません! ええと、外に運び出してもらえますか?」
 その腕力に万夜はややびっくりしたように目を見開きながらも……万夜も不思議の中で暮らす子だからか、すぐに普通の顔になって、和馬に木箱の行く先を教える。ある程度は外に出さないと、奥のものを広げられないからだ。
「了解」
 和馬は木箱を持って、蔵の外に出た。昇り行く太陽が、今日はちょっと暑くなりそうだと告げている。
 外に木箱を置いて、よく見ると、木箱の蓋は封印されていた。昔ながらの札が四方四ヶ所に貼られている。
 さすがに、こんな中には入り込まないだろう。ただ邪魔なので運び出しただけかと思って、和馬が蔵の中へ戻ろうとすると。
 ちょうど小箱を数個重ねて抱えた万夜と行きあった。
「それ、開けちゃちゃってください」
 そして箱を開けろと言う。
「万夜ちゃん、こいつ開けんのか?」
 振り返って、和馬は木箱を見やった。
「ええ……変なところに入ってたりするんだよね」
 それじゃ封印の意味がないじゃないかと思ったが、そういうものだと言うなら仕方がない。
「この札、破いていいのかい」
 念のため、それは確認して。
「代わりはあるんで平気です」
 そうか、と和馬は爪で札を切った。封印の解ける、独特の感触が伝わってきた気がした。
 蓋を開けて中を見ると、和馬はわずかに拍子抜けした。封印なぞされているから何かと思ったら、中身はいわゆる狸の置物だ。もっとも、やっぱり封印などされている以上は、ただの置物ではないのだろうが。
 中身は、それだけだった。
「狸の置物が入ってるけど」
「そうですか。じゃあ、次を……」
 中身はそれで正しいようだった。
 和馬は中に戻って、次に大きな箱を探した。そのときに思い立って腕時計を外し、棚に置いた。
 つけていると壊れそうだから、というのではない。
 悪戯っ子の気配がするのだ。位置を変えたり、物を隠すような、子どもの悪戯の気配がする。
 人の困る顔を見て、楽しんでいるのなら……
 わざと何かを置いておけば、釣れるかもしれない。
 腕時計を置くと、和馬はそしらぬ顔で紐で括られた次の箱を持った。そして腕時計に背を向ける。
 神経は後ろに向かっていた。わざと紐の部分を持って、いつでも片手は離せるようにして。
 そして気配は、和馬が数歩歩いたところで感じ取れた。
 大股で一気に一歩でその距離を戻り、その気配に向かって片手を突き出す。
 ごく幼い手が、闇の中から生えていた。
 腕時計を握ろうとしていたそれは、和馬の行動に慌てたように腕時計を取り落とし、闇の中に逃げようとする。
 和馬はそれを捕らえた……と思ったが、向こうの遁走が一瞬速かったようだ。闇のあった場所がただの棚の奥の壁に変わって、和馬は強かにそこに指を突いてしまった。
 かたーん、と腕時計が落ちる音がしたのは、その後のことだった。
「あ、くそ」
 小声で悪態をつく。
「どうしたんですか? 和馬さん」
 音に驚いて、万夜が来る。
「ちょっと失敗しちまった」
 むう、という顔で棚を睨みつける和馬に、万夜は首を傾げていた。

●失せ物の行方
 結局探し物はなんと、最初に和馬が封印を切った木箱の中から出てきた。和馬が見たときには、確かになかったのだから……
 嫌がらせだ、と、和馬は確信した。
 いつかとっ捕まえて説教だと心に決めて、出した物を蔵に戻すと。
 もう終わった時には、昼を回っていた。
 万夜と二人、やや遅い昼食を取りに行こうかという話になる。
 苦労はしても、ひとまず必要なものが見つかって、万夜はほっとしたようだった。
「お約束なので、ごちそうしますね。和馬さんには、そんな大したものではないかもしれないですけど」
 何がいいですか、と笑顔で聞いてくる。
「万夜ちゃんの好きな物でいいぜ。俺、車だし、どっかちょっと遠くでも平気だしな」
「好きな物……」
「うん、何がいい?」
 和馬が繰り返し訊くと、万夜はやっぱり少し恥ずかしそうに答えた。
「……ハンバーグでも、いいですか」
 こういうところは、まだ本当に子どものようだ。
「オーケー、いい店知ってるから、そこ行こう」
 和馬はウインクして、車のキーをポケットから出した。

「そんなことがあったんですか」
 じゅうっと鉄板で肉の焼ける音がしている。客の目の前で仕上げをしてくれるハンバーグ専門のレストランで、和馬は蔵であったことを万夜に話した。
「何か居るのはわかってたんですけど……何がいるのか、全然わからなかったんです」
 気配が少なく、速いせいだ。重い荷物を持っているというハンディキャップはあったが、和馬の五感と速さで捕らえられなかったのだから、その辺りは普通らしい万夜には無理な話だろう。
 わかったことと言えば、多分蔵の中がどこかと繋がっているだろうということと、『幼い手』の主が悪戯をしているだろうということだけではあったが。
「次はとっ捕まえてやるさ」
  焼きたての肉を口に運びながら、和馬は飄としながらも、言葉にはやや力がこもっていた。
「お願いします」
 にこりと万夜は笑って、それから本当に嬉しそうにハンバーグを口にする。
「美味しい!」
「だろ?」
 万夜が本当に喜んでいるので……
 今日のところは勘弁してやろう、と、和馬は心の中で幼い手に告げた。


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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【1533/藍原・和馬 (あいはら・かずま)/男/920歳/何でも屋】

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         ライター通信         
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 引き続き、ありがとうございました。ぎりぎりですみません〜。
 実はフリー物のつもりで設置したものだったのですが、折角なので情報が出た分は組み込んでOPを作りなおしますね。ご縁があったら、またよろしくお願いします。