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<東京怪談・PCゲームノベル>


クリア・ワード


 彼、紅月双葉と言う男を説明する方法は数多く存在する。
 黒い髪に茶色の瞳。
 職業神父。
 常日頃から身につけている手袋。
 冷静沈着な性格に涼しげな微笑のイメージ。
 他にももっとある。
 親しい人には色々とはっきりと言う事。
 手袋や見えない箇所にある傷。
 そして……。
 今の双葉の性格を決定的にした昔の出来事。
 すべては『今』の双葉の説明だ。
 これからどう変わっていくか、どう変えていくかは……これからの行動次第だ。



 日常の様々な雑務をこなす最中、そろそろ時間だと時計に視線を移す。
 今朝電話越しに交わした話では、届け物があるのだそうだ。
 時間はあるから取りに行こうかとも申し出たのだが、その話をしている最中に客が来てしまったのが伝わったのか……。
 くすくすと笑いつつ、届けに行きますと電話越しに告げられていた。
 それからにぎやかな客をあしらい、何とか落ち着いた頃にはちょうど時間だった。
 静に開かれた戸の気配を感じ取り振り返る。
「こんにちは」
「ようこそ、リージェスさん」
「お届け物です、時間通りに付いて良かった」
 ホッとしたように笑うリージェスに、双葉が奥へどうぞと案内する。
「休んで行かれますか」
「ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げてから微笑むリージェスに、双葉もいつもとは違う暖かみのある笑みを返し食堂に案内した。
「直ぐにお茶を入れますね」
「私もお手伝いします」
「いいえ、今日はゆっくりしていてください」
「あ、ありがとうございます。」
 かしこまった風に2度目の礼を言うリージェスに、双葉は微笑みながら台所の方へと向かう。
 一人になり、ホッと息をついた事に軽い落胆を覚える。
 女性が側にいるとどうしても緊張してしまうのだ。
 彼女には大分慣れたはずなのに、それでもこの状態である。
 手際よく仕度をしながら、湯が沸くまでの間に頭を過ぎったのは自らの体質のこと。
 あの出来事は、今もトラウマになって根深い所で枷となって双葉の行動を阻んでいる。
 このままでは良くないとは解っていても、決して焦ってはいけないのは自分がよく解っていた。
 急いだとしても良くない結果になるのは身にしみていたから。
「………」
 ティーセットをトレーに乗せながら、物事を前向きに考えてみようと思い立ったのだ。
 本来であれば苦手であるはずのタイプなのに、彼女の生まれ持った立ち振る舞いや性格のためかそうとは感じないのである。
 彼女なら。
 彼女とならば……。
 事情を話し、女性恐怖症の克服のために協力してもらうことは出来ないだろうか?
 全ては、協力を受けてもらえてからの話になるのだが。
「話だけでもしてみますか」
 トレーを手に、双葉はリージェス嬢の待つ食堂へと戻る。



 静に座って待っていたリージェスが、双葉を見て小さくお辞儀したのを見てほほえましいと笑みをこぼす。
「お待たせしました」
「いいえ、良い香りですね。ありがとうございます」
 用意したのはダージリンティーとお茶請けのモンブラン。
 向かい合わせの席に座りおいしそうに食べているのを見てから、双葉も紅茶を口に運ぶ。
 ほのかな甘みが心地よい暖かさを伴って喉の奥へと逃れ込んでくる。
「おいしいです」
「良かった、沢山ありますから。食べきれなかったらおみやげにどうぞ」
 確か箱も奥にしまってあったはずだ。
「そんな、悪いです?」
「いえ、味わってくれた方が作った人も喜びますから」
「そうですか、ありがとうございます」
 嬉しそうなリージェスは、彼女もまた人と接するのに緊張している風だったのである。
 始めてあった時は、お互いのことを知らなかったが為に、嫌われているのかと思わせてしまったりもした。
 勿論そのあと直ぐに事情を話して、嫌ってなど居ないと解ってもらったのだが。
 お茶を飲みながら思い出したりしてはいたが、それでは話が進まない。
「あの、お願いがあるのですが」
「何でしょう?」
 笑顔のリージェスには、何かを言う前から頷いてしまいそうだとすら思えた。
 そうだとしてもやはり照れてしまいそうではある。
「出来たらで構わないのですが……」
「はい」
 意を決したように、双葉が告げる。
 たった一言でも、覚悟という物は必要だったのだ。
「体質改善のお手伝いを頼めないかと思いまして」
「体質?」
「女性恐怖症なんです、昔……込み入った事情がありまして」
 説明する間、リージェスは少し首をかしげながらも直ぐに事情を察してくれる。
「はい、私に出来ることでしたら」
「ありがとうございます」
 とは言った物の、さて何から始めようか。
 会話は、こうして出来ている。
 では、次は?
 具体的にどうするかを決めていたわけではない。
 僅かながらこうしてみてはとは頭を過ぎる物の実行に移したり、口に出したりするのもどうかと思えてならなかったのだ。
「………?」
 ふと降りた沈黙にリージェスが小首をかしげる。
「いえ、どうするかを考えてまして」
 困ったように笑う双葉に、リージェスが何か思いついたようにそれならと手を合わせた。
「隣に座ってみるのはどうでしょうか?」
「なるほど」
 他意のない物言いに納得し頷く。
 ティーカップとケーキ皿を持ってこちら側へとくるリージェス。
「どうぞ」
「おじゃまします」
「はい」
 妙なやりとりだとは思いつつも、こういう場合の会話として他にうかばないのが現状だ。
 双葉も椅子を引いて、隣同士に腰掛けた。
「………」
「大丈夫ですか?」
「はい、普段とあまり変わりないようです」
 落ち着いて居れさえすれば、何もないのは双葉本人がよく知っているが……やはり隣に座り距離が縮むことで、上手く思考が働かなくなっているらしい。
 このままではいけないと思い直し、双葉が新たに出したのはこんな案だった。
「この状態で話をするのも効果的だと思うのですが……?」
「そうですね、きっとゆっくりの方が良いと思います」
 双葉を見上げて柔らかく微笑むリージェス。
 彼女もゆっくりでいいと言ってくれるのなら、少しずつであったとしても双葉も前に進む事が出来る。
「では、同じ話になりますが」
「はい」
 話のは許可を取る時にした話をもう一度、少しだけ詳しくして繰り返す。
「この火傷も、その時に付けられた物なんです」
 ゆっくりと話す双葉の話を、リージェスは静に耳を傾けていてくれた。
 こうしてゆっくりと流れる時間は、次第に緊張とは縁遠い物へと変化していく。
「私のことばかり話していまってすみません」
「いいえ」
 左右に首を振るリージェスに見上げられどきりとするが、それは決して嫌な物ではない。
 それどころか……。
「触れてみても、構いませんか?」
「え?」
 小首をかしげられ、しまったと思いつつ言葉を付け足す。
「その、手を……ダメなら構いませんが」
 いくら何でもあの言い方はなかっただろう、もっと他に言い方はなかったのだろうかと色々と考え始めた双葉に、快く応じてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます……」
 相手がリージェス嬢で良かったと本当にそう思う。
 この状況、客観的に見ればかなりおかしな状況であるはずだ。
 幸い一番からかいに来そうな人物はお帰り願った後である。
 ホッとしつつも、双葉は気を取り直し差し出された手に、手袋を取ってから手を伸ばす。
 白くて華奢な少女の手。
「………」
「………」
 事の成り行きを真剣に見守っているリージェスに僅かに笑いかけ、静に手を重ねた。
 指先から伝わるのは、暖かく柔らかな感触。
 双葉が思っていたよりもずっと小さくて細い手だった。
「………」
 早くなる鼓動は、とても懐かしい感情なのだと……少しずつ気づき始めている。
 とても暖かくて。
 とても優しくて。
 そして……。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
 思考が別の所に飛んでいたことに気づき、思わず息をのむ。
「大丈夫、大丈夫です」
 重ねていただけの手をゆっくりと握りしめる。
「大丈夫」
 繰り返した双葉の手を、リージェスがそっと握り替えす。
「良かった……」
「ありがとうございます」
「いいえ、お役に立てて嬉しいです」
 心臓の鼓動は早く鳴り続けたままで、握ったままの手を離す事も名残惜しい気がしてならなかった。
「もう少しだけ、こうしていても構いませんか?」
「……はい、私でよければ」
 照れたような笑顔に、双葉もくすぐったそうな表情で笑い返す。
「今度は、違う話題にしましょうか」
「はい」
 ふれ合ったままの時間が続いたのは、もう少しだけだが……それはとても有意義な一時だった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3747/紅月・双葉/男性/28才/神父(元エクソシスト)】

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。

予想以上に甘くなってしまった気がしますが……
如何でしょうか?
たどたどしい感じが伝われが良いなと思ってみたりしてたりします。