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<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて


 まるで見知らぬ場所であった。
 見渡す限り、ぼうやりとした薄闇ばかりが安穏と広がっている。目を上へと向ければ、其処には墨で塗り込められたような空が広がっているばかり。架かる月も瞬く星の影も無い、文字通りの漆黒だ。
 叶月人は何時もの様に着慣れたカソックを身に纏い、暫くそうやって足を留めていた。が、そうして足を留めているのにも飽きたのか、やがて迷う事なく薄闇の中を歩き進めた。
 視界の全てを塞いでしまう程の闇ではなく、夜目に慣れれば自ずとその景観を確かめる事さえ出来るようになるであろう程の闇。尤も、月人のその眼であれば、如何なる闇の中にあってもたちどころに見切ってしまうのだろうけれど。
 見れば、月人が今有るその場所は、懐古を誘うような大路の上であった。古の時世に賑わいを見せた都の大路を彷彿とさせる其れは、道幅は20メートル程であろうか。舗装等も特には施されてはおらず、あちらこちらででこぼことした石を覗かせている。
 路脇にはぽつりぽつりと点在している家屋の姿が見える。茅葺やら瓦やらの屋根に、庭先からひょろりと伸びているのは薄や松、梅、中には竹等というものも見うけられた。
 窓にはガラスではなく、立て掛けられた板の姿が見えている。
 茫洋とした薄闇の中に広がっている懐古な風景に、月人は知らずその頬を緩めてみせた。

 思えば、保育園での勤めを終えて、教会での雑務もこなし、そうして何時ものように一人帰路についていたはずである。
 気が付けば何時の間にやらこの場所に居た。
 怪異、と称するに値するものであるかもしれない。
 が、然し。
 月人は、寧ろこの状況をひどく愉しんでいるかの如く、大路を進む。
 その心を沸き立てているものは、この場所の其処彼処に漂う”人ならざるものの気配”であるのだろう。
 
 迷う事なく大路を進み、そうして月人は再びその足を留めた。
 眼前に広がったのは、大路が幾つか重なっている部分――辻である。
 大路は、月人が歩んできたものの他、三つ程同様のものがあるようだ。四つの大路がぶつかった場所、四つ辻の真ん中で、月人はふむと小さく呟いた。
 四つ辻より少しばかり離れた場所に、一軒の鄙びた家屋の姿が見えたのだ。
 それは矢張り板張りのものである、朽ちて半ば半壊していると云っても過言では無いその佇まいは、一見すればとてもではないが人が住めるような場所には見えない。
 然し、その家屋からは、確かに灯りが一筋顔を覗かせているのだ。その上、時折噺声やら笑い声やらまでもが洩れ聞こえてもくる。
 月人は僅かに首を傾げてみせた後、ゆっくりとその家屋へと足を向け、洩れ出ている灯り越しに中を覗きこんでみた。
 ぼうやりとした灯りの中、その中に居たその面々は、人間のものとは明らかに異なるものであった。
「……これは……」
 呟く口元に笑みが滲む。
 中に居た面々は、その何れもが、魑魅――妖怪と称される存在であったのだ。
「ここは妖怪が住む場所なのか……」
 呟き、改めて周りの景観を確かめる。
 しっとりとした夜の気配を含んだ風が流れ、月人の髪をふわりと揺らした。
 ――――と、その時。
 ぺたり、ぺたりと歩み寄って来る何者かの気配を感じ、月人は不意に其方の方に目を向けた。 
 果たして其処に居たのは、全身を緑色で覆われ、ひょろりとした細身の、
「河童……?」
 訊ねると、河童はぼりぼりと腹を掻いた後、うんうんと頷き、ゆったりと片手をあげて笑みを浮かべた。
「あンれえ、お客だね。そんなトコで覗いてないで、ささっと中へ入ったらいいよォ」
 河童は呑気な口調でそう述べながら月人の隣へと近寄り、慣れた手つきで戸板に手をかける。立てつけの悪そうな戸板はガタガタと大きく軋んだが、その開閉のコツを、どうやら河童は心得てもいるらしい。大きな軋みを立てた割には、戸板は難なく開かれたのだ。
 中にいた妖怪達の視線が一斉に月人へと向けられる。然しその視線は何れも好意的なものであり、また、人懐こく浮かべる満面の笑顔でもあった。
「お邪魔します」
 ぺこりと頭を下げて中に踏み入ると、後ろで河童が戸板を閉める音がした。
「おんやあ、こりゃまた別嬪さんが来たねえ」
「あンたぁ、何を飲むかい」
「ンなところに突っ立ってねえで、さっさとこっちへおいでえな」
 妖怪達は口々にそう述べて月人を手招く。中には既に酒の用意をしているものなどもいる。
「いえ、私は……」
 差し伸べられたお猪口をやんわりと断わろうとした、その時。
「ハ、ハハ。ほら、皆さん。お客さんが困っておいでですよ。ささ、お客さん、此方へどうぞ」
 穏やかな声音が月人を呼び招いた。
 その声の主をと見遣れば、それは一番奥の席に腰を下ろしていた和装の男のものであった。
「お客さん、ここへは初めてですよねぇ」
 男はそう口にしながら腰をあげ、急須と湯呑を手に取って茶の用意をし始めた。
 その男の隣に着き、妖怪達が勧めてくれた椅子に腰掛けながら、月人はやんわりと微笑み、頷いた。
「ええ、初めてです。――しかし、ここは中々に居心地が良い場所ですね」
「ハハ、そいつは良かった。まあ、ここに寄ってくるのは気の善い連中ばかりですからね。害意なんかもまるで無いから、あるのは呑気な空気ばかりですよ」
 男は月人の言葉に微笑みながら、縁のない眼鏡の腹を指の先で押し上げた。その奥で、思慮深げな黒い眼がゆらりと細められている。
「ええ、確かに。……ああ、申し遅れました。私は叶月人と申します」
 男が差し出した湯呑を受け取り、軽い会釈を一つ。
 男は月人の名乗りを受けて頷くと、腕を袖の内へと隠し、口を開けた。
「俺の事は、まぁ、詫助とでも呼んでください。この茶屋に来る連中は皆そう呼びますから」
 穏やかに笑い、切り分けた芋羊羹を差し伸べる。
「詫助さん、ですね。――此方は茶屋なんですか?」
「ハ、ハハ。そうは見えませんか? まあ茶屋と云いますか、酒場みたいなモンですけどもね。まあ、お客によりけりで、何なりとお出ししてますよ」
 月人の問いかけに詫助はゆったりと笑って頷いた。
「叶クンは? その服装、何処ぞの教会の?」
 詫助の言葉に、月人は微笑んで頷く。
「はい。小さな教会で、牧師をさせてもらっています」
「牧師さんかあ」
「それと、付属の保育園で保父もしているんです」
「保育園! ああ、成る程。お寺やら教会やらの敷地内で、たまあに見かけますねえ。夏の盛りも過ぎた頃ですし、もう運動会の季節でしょう」
「ええ! 毎日かけっこやらお遊戯やらの練習で」
 満面の笑みを浮かべる。
 その笑みを確かめて、詫助もまた微笑んだ。
「叶クンは子供が好きなんですねえ」
 穏やかな声音で告げられたその言葉に、月人は大きく頷き、言葉を続けた。
「子供達が持つ無垢な気は、それだけで世界を清浄化していけるような……ああ、いや、違うな。私はただ、あの子達と触れ合うのが好きなんですよ」
 楽しげにそう話す月人に、詫助は小さく頷いて耳を傾ける。
「――楽しそうなお話ですね。ここへは滅多に小さな子は迷いこんでは来ないから、皆も叶クンのお話に興味があるようですよ」
「……?」
 詫助の言葉に、月人は少しばかり首を傾げて振り向いた。
 月人の話に目を輝かせている妖怪達の顔が並んでいる。
「皆、人間の子供達と遊びたがっているんですよ。昔は彼等も人間の世界へ出入り出来てもいましたが、最近では、やっぱりね」
 詫助が肩を竦めてそう告げた。
 月人は、しばし妖怪達のその面々を見遣り、それから頬を緩めて頷いた。
「私の話でよければ、幾らでも」
 告げると、妖怪達は嬉しそうに騒ぎ立て、各々椅子を引き寄せて月人の前へと陣取り始める。
「……楽しい夜になりそうですね」
 詫助がやんわりと笑った。
 月人は零れ出る笑みを隠そうともせずに、園の子供達の姿を思い浮かべた。

「そうですね。……何からお話しましょうか」
 




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4800 / 叶・月人 / 男性/ 26歳 / 牧師兼保育園の先生】


NPC:詫助

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■         ライター通信          ■
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いつもお世話さまです。
この度はゲームノベルへのご参加、まことにありがとうございました!
 
今回のノベル中、月人さまはいつもよりも少しくだけた感じになりました。
日頃シリアスな印象の強いPCさまであるだけに、なんだか違った面を書けたような
気がして、書き手としてはとても楽しく書かせていただけました^^

このゲームノベルのシナリオは、1話完結の形をとってはおりますが、今後引き続き
ご参加いただけました時にも引き続けていけるような作りとなっております。
もしもお気に召していただけましたら、またお声などいただければと思います。

今回はありがとうございました。
またお会い出来るのを祈りつつ。