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どんな花を咲かせましょう?〜門屋・将太郎編〜
■Opening
「咲きませんね」
花屋の店員・鈴木エアは、冷蔵庫の中でため息をついた。
咲かないのだ、仕入れてきた花が。ツボミの状態で仕入れてきた花も、普通ならば二・三日もすれば花開く。しかし、この花はいっこうにツボミが開く気配が無い。
咲いていない花は、売れない。しかし、大量のツボミを捨ててしまうのも忍びない。結局、店内の冷蔵庫の奥で、場所を取り続けているのが現状。
『くすくす……人間って、恋をするんだって』
難しい顔をするエアの隣で黙って突っ立っていたのは、フラワーコーディネーターの木曽原シュウ。
そのシュウの耳に、かすかに、声が届いた。
『くすくす……聞きたいな、聞きたいな』
『くすくす……恋の話、聞かせてくれるまで、花は咲かせてあ〜げ無い』
■01
「それでは、よろしくお願いします」
ぺこりとひとつお辞儀をし、鈴木エアは冷蔵庫を出て行った。
彼女に片手で返事を返し、残された門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)は軽く辺りを見回す。店のディスプレイ用とは違う、通されたのは在庫をストックしておくための冷蔵庫だった。照明器具は電球が一つだけ。暗い庫内には、バケツに入れられた花が所狭しと並んでいた。
『くすくす……誰? 誰? 誰か来たよ』
『見たこと無い人間〜』
『誰? 誰? だ〜れ?』
静かなはずの庫内に飛び交う囁き。門屋は、そのツボミ達の前で立ち止まり、用意された椅子に腰を落ちつけた。
「花が恋の話を聞きたいだって?」
『聞きたい! 聞きたい!』
『聞かせて! 聞かせて!』
『くすくす……』
交わされる『会話』。門屋は、ある相談者の事を思い出していた。
■02
「好きな……人が居るんです」
彼女は、やっとそれだけを口にしたと言う風に俯いてしまった。消え去りそうな声。門屋はそれでも静かに彼女の言葉を聞いていた。
「どうすれば……良いのでしょうか?」
「……思いを伝えられない、と?」
門屋の問いに迷いながらも小さく頷く彼女。
伝わらないだろうな、と。門屋は彼女を見ていた。ただ、見ているだけでは、静かに思っているだけでは、と。門屋の思考が彼女に伝わらないのと同じように、彼女の思いも伝わらないのだろう。
けれど、彼女はこのままではいけない、と。そう感じたからこそ門屋に問う。震えながら両手を握り締め、どうすれば良いのかと彼女は問う。
その様子に、門屋は考える。相談に訪れたと言う事は、彼女は自らの意志で進むと決めたと言う事だ。ならば、後は少しだけ背中を押してやれば良い。彼女のすべき事は、きっと彼女の中にある。
「何もしないうちから諦めるつもりか?」
門屋の言葉に、彼女ははっと顔を上げ、それから静かに瞬きをした。
■03
『彼女は諦めなかったのかな? かな?』
『じゃあ、何したの? 何したの?』
『くすくす……花粉を飛ばしたんだよぅ』
『くすくす……違うよ、違うよ、花びらに色をつけたんだよぅ』
――花びらに色をつけた、か
ツボミ達の合の手に、門屋は唇の端を少しだけ持ち上げた。
「ああ……、実際、まるで別人のようなメイクをしてきたんだぜ」
今でも鮮明に思い出す事が出来る。次に彼女がカウンセリングに訪れた時の事だ。丁寧に整えられた眉。涼やかな目許に潤んだ唇。美しく変った彼女を見て、門屋はたいそう驚いた。
そのメイクにまだ慣れていないのか、時折恥ずかしそうに髪に手をやる仕草。しかし、彼女はその時はっきりと門屋と向き合った。
「まずは、見た目を変えてみようかと、思って」
私、頑張ります、と。微笑む彼女から、あふれる思いが伝わってきた。ああ、彼女はあれから前に進んだのだなと、門屋は一つ頷いた。
事実、それから彼女は頑張ったらしい。料理の腕を磨き、ファッションに気を配り。いつしか、それが彼女の自信に繋がって行ったようだった。
■04
『ねぇねぇ、彼女はどうなったの? どうなったの?』
『教えて、教えて、気になる、気になる』
門屋の話に聞き入っていたツボミ達が、また騒がしく囁きはじめる。涼しい庫内で、門屋は一人足を組替えた。
「ああ、彼女はそれから、思い切って男に告白した」
彼女の笑顔が忘れられない。初めてカウンセリングに訪れた時の、俯いて震えていた女性は、もうどこにも居なかった。
『告白?』
『告白?!』
『告白、告白』
その言葉に、ツボミ達は色めき立った。二人はどうなったのか? 男は何と答えたのか? あふれる囁きに、門屋は答える。
「そいつも彼女のことが好きだったんだと」
『どうして?どうして?』
『綺麗なメイクをしたからかな?』
『美味しい食べ物を作れたからだよ』
『着ている服が似合ってたんだ』
口々に、好きな事を囁くツボミ達。一呼吸置いて、門屋はこう締めくくった。
「一生懸命頑張っている姿が好き、という理由でな」
幸せそうに微笑む彼女を思い出す。
彼女と男が『私達、結婚します』と二人で報告に訪れたのは、それからしばらく後だった。
■05
「……こんなもんでいいか?」
急に静かになった庫内。門屋はゆっくりと辺りを見回した。
いつの間にか、ツボミ達の囁きは無くなっている。その代わり、現れたのは光の束。
いや。
門屋は、目を細めた。
暗い庫内に、浮かび上がる鮮やかなオレンジ。それは、もしや――? 立ちあがり、その花束に近づいた。
「まぁ、ありがとうございます」
しかし、背後から驚きの声。水遣りを終えたのだろうか。鈴木エアが、門屋の肩越しにオレンジの花達を覗き込む。門屋は、自分が役目を果たせた事に気が付いた。
■Ending
オレンジの花を一本受け取る。透明なセロファンで丁寧にラッピングされたその花は、嬉しそうに笑っていた。
「本当に、ありがとうございました」
笑顔で礼の言葉を口にする鈴木エア。
しかし、門屋は何となく、その姿に違和感を持った。――何だと言うのか?
『くすくす……』
オレンジの花の囁き。それに誘われる様に、エアの目を盗み見る。
(……花に向かってぶつぶつ呟いてた……しかも恋だとか何だとか……)
暗い……いや、門屋を警戒するような心の声が聞こえて来た。
一瞬で、事情を理解する。
「まさか、あの店員……お前達の声……」
『そうだよぅ、エアには聞こえない、アタシ達の声』
残念、残念と。セロファンの中で花は楽しそうに笑い続けた。
――そ、それじゃあ、俺は花に向かって呟く……怪しい……
いや、考えてはダメだ。それ以上は良くない。
花は開き、門屋は役目をまっとうしたと言うのに。その心に、何とな〜く、暗〜い影が一つ落ちたのだった。
<end>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 1522 / 門屋・将太郎 / 男性 / 28歳 / 臨床心理士 】
【 NPC / 鈴木・エア 】
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■ ライター通信 ■
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門屋将太郎様
はじめまして、ライターのかぎです。
この度は、異界ノベルへのご参加ありがとうございました。門屋様のお話に花達は非常に満足していた様です。オレンジの花はささやかなお礼ですので、お受け取りください。たまに話し掛けてやると笑います。
では、また機会がございましたらよろしくお願いします。
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