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<東京怪談・PCゲームノベル>


■シェイプチェンジ■



 草間興信所の近くを通ると、挨拶でもして行こうかな、と思う。
 何事か起きていれば手伝えるかもしれない、と思えば尚の事顔を出しておこうかと考える櫻紫桜は訪問率はなかなかに高い草間の知り合いであった。
 そしてこの日も彼は草間興信所に足を伸ばし、几帳面にノックをして零の返事を待ってから扉を開けたのである。

 まず、目に入ったのはピンクの猫。
 事務机とセットなのは普段なら煙草を咥えた草間武彦であるのだが、本日は違った。
 一瞬戸惑いはしたものの、本人否定しつつ「怪奇探偵」と称される草間武彦の事務所である。ピンクの猫がいるくらいは普通だろう。そう思いそのまま足を踏み入れる。
「こんにちは、草間さんは」
「お出掛け中でーっす!初めまして!」
 人の言葉を話すのには流石に驚いた。だがそれに反応する前にさらに話し掛けられてなにやら猫のペースに。
「これどうぞ?」
「え?あ、ありがとうございます」
「美味しいですよ」
「うん。美味しいですよ〜」
 まして零が微笑んだりしているのだ。悪い物ではないだろうと考えて紫桜はありがたく、猫が器用に爪で引っ掛けた袋からマシュマロをひとつ頂いた。ふんわりと、優しい甘さである。思わず笑顔も溢れようというものだ。
「本当だ。美味しいですね」
「なんたって手作りですから」
「へぇ。シュラインさんですか?」
 そのシュライン・エマはといえば、なにやら応接セットの辺りからこちらを困った様子で見ている。
 困った、というのか、出遅れた感じだな、と思って珍しいその姿をちらと視界に納めた。そんな紫桜の耳に零の声。
「いいえ、朝霧ちゃんです」
「誰ですかそれ」
「はいはいあたしでーっす!」
「え」
 猫?ピンクの猫が作った?
 いくらなんでもそれは無理じゃないのか、と思う間もなく紫桜の身体に妙な頼りなさが感じられて一瞬の暗転の後。
「……なるほど。よく判りました」
 気がつけば猫。黒猫。身体を捩って見た背中から尻尾からまんま猫。肉球もばっちりである。黒猫の肉球はやはり黒いのか。じっと手を見る。いや違う。
 しかし紫桜の混乱はごく微少なもの且つ一瞬だった。冷静に己の状態を見て、人の言葉が話せるのであればまだマシだろうと判断すると彼は朝霧なるピンクの猫へ向き直る。
「もしかして、クライン・マンションの方ですか」
「うんそう〜塚本朝霧15歳!魔女志望でっす!」
「……ああ、リンゴの」
「あ、知ってるんだ!これはねぇ新作!まぁ丸一日は変身したまんまですよ!」
「丸一日……マンションの人は俺がこのまま伺っても大丈夫でしょうか」
「平気デショ。だって茶々さんなんか妖精さんだし〜」
 そういえばそうだった。そもそも人間じゃない妖精さんも居たのであった。
 じゃあ大丈夫かな、と呟いて今度は応接セットに向かう。訪ねておいて挨拶もなく立ち去るのは失礼だと考えたのだ。
 迎えるシュラインの表情に途方に暮れた色が有る。それが新鮮だなと思いながら声をかけた。
「丸一日はこのままらしいので、俺は少し出掛けて来ます。特に用は無かったんですが、草間さんが戻ったらよろしくお伝え下さい」
「いえ、武彦さんなら」
「ここだよ」
「……ああ」
 言いにくそうなシュラインの言葉に続いてむすっとした声の犬。何気なく倒れ気味のままの耳が精神状態を示している。
 そうか。そりゃあリンゴの製作者だとすれば草間が被害を受けていないわけもない。そう思うのは酷いだろうか。いやいや酷くない筈だ。話に聞く彼の巻き込まれっぷりから考えれば普通の感想だ。
「じゃあもう、俺行きますね」
「車に気をつけてね」
「車に気をつけろよ」
 とりあえず、なにやら珍妙な状態ではあるが寄り道以前の目的を達成しようと紫桜はハモる声に送られて興信所を後にした。
 普段とは違う視界は新鮮だ。するすると人の足元をすり抜けて歩道の端を歩いていく。
 途中で見覚えのある金髪の学生を見かけたが、他の人間も通る場所では呼びかけも出来ない。どうしようかな、と思う間に彼――桐生暁は興信所のある雑居ビルへと入ってしまった。つまりピンクな猫のトラップがある興信所なわけで。
(無理にでも近付いて教えた方が良かったかな)
 瞬間、紫桜としてはそう考えたのだけれど。
「うわ!何これ朝霧ちゃん!?可愛いな〜!俺も一緒ににゃんこしちゃうよ〜!」
「…………」
 よく通る声には聞き覚えがあり、というかたった今歩き去った知人のものであり。
 ぱたん、と尻尾を一振りして紫桜はそのまま進む事にした。
(今頃猫になってるんだろうな)

 人間、色々居るものだ。


** *** *


 そしてマンションの中。一体此処はどこだったろう。
 挨拶に来て、管理人の朱春に言われた方向に歩いた筈が何故か巨大な猫と遭遇している。
 人間の子供位はある猫が二本足で立っている前に紫桜は居るのだ。
「こんにちは、お若いの」
「こんにちは」
 驚きながらも、日頃の礼儀正しさのお陰で挨拶は勝手に口から零れた。
 紫桜の返答に満足そうに笑って、その猫はひょいとお辞儀までしてみせる。流石に四本足で歩いている今の紫桜にそれは出来ない。仕方無いからと頭だけ下げればそれがまたお気に召したか笑い声。
「お前さんは生粋の猫じゃないね」
「お分かりになるんですか」
「わかるとも。これでも私は王様のお側付だからねえ」
「お側付」
 なんだそれは。王様って猫なのか。猫の王様なのか。それってつまり。
「ケット・シー」
「おや物知りだね」
 いえ名前位は誰でも知ってます。
 言おうと思ったけれど、その前に首根っこを掴まれて息が詰まった。きゅ、と気道ごと引き摺られる感覚がして巷の猫の苦労を思い知る紫桜である。
 さて、その首根っこを摘んだ自分も猫の筈の相手はだが、摘んだ紫桜をそのままにひょいひょいと軽く階段を上り始めた。苦しいながら周囲を見る。外から見る限りでは三階建てに見えたマンション。自分はそういえば何階に居たのか。
 その疑問に行き当たり、猫の毛の下で嫌な汗が滲むのを自覚した。
(三階で遭った筈だ!)
 今自分は何処に運ばれているのだ。抵抗するべきなのか、しかし息が詰まって身動きさえままならない。突っ張るように伸びた四本足からして小刻みに揺らすのがせいぜいなのだがどうすればいい。
「心配しなくても、戻れる場所に連れて行ってあげるだけだよ少年」
「……ぇ」
 詰まる息の中で微かに返した声は猫に届いた。
 巨大な猫はにんまり笑って摘み上げた紫桜を見ると、そら、と空いた手で一方を示す。
 そこは、ホールだった。
 左右は壁であった筈なのにテラスのようにせり出した場所。精緻な装飾の手摺の向こうに舞台があってもおかしくない。そんな空間に気がつけば移動していたのだ。
「ここからね、こうして跳べばエントランスだ」
 言いながら猫が紫桜を動かした先は、その空間。床も何も無い部分。
 状況を理解すると同時、首の圧迫が失せて――

「まあねえ。ここから繋がっている時に来ちゃったのがお気の毒」

 そんな言葉が段々と遠くなる中、気絶しそうな勢いで周囲が上に移動して行く。違う、紫桜が下に移動しているのだ。つまり、要するに、落ちている訳で。
(お気の毒で済む話じゃない!)
 なんだか心で叫びまくりな櫻紫桜である。
 くるくると勝手にバランスを取って上下を調節する猫の身体。動物って素晴らしい。
「元の姿で来るならマタタビ酒でも持ってきなさい」
 勝手な発言が何故かはっきりと耳に届いて。

「……無事でよかったね」
 もしかしたら有り得ない高所からの落下だったのは気のせいだろうか。でもやっぱり足先が肉球から痺れている。
 踏ん張るようにして着地の衝撃を誤魔化す紫桜の前に金色の猫。半眼になっていて目付きがなんだか非常に悪い。その目が紫で、そして隣でしゃがんでいる赤毛の妖精さん。
 と、いうことは。
「アルバートさん」
「お疲れ様」
「紫桜、猫です」
 目を丸くして第一声がそれですか。
 上から降ってきた事については何もなしですか。
「猫の王様に会ったです?」
 妖精さん、流石にちょっと不思議である。
 きょとんと首を傾げての続いた言葉がこれなのだから。
「いえ、猫の王様には……お側付とかいう大きな猫には会いました」
 そして思い切り空中から放り出されました。
 アルバート猫はそのあたり察しているらしい。同情するような視線を投げて来るのに耳だけ揺らしておく。
 それにしても、アルバートもマシュマロ食べていたとは。
 考えたその事を素直に問えば、返って来たのはただ一言。

「住人がまず被害に遭うものだよ」

 そうですか、とだけこちらも返した。


** *** *


 なんだか無駄に磨り減ったなとぼんやり思いつつビルに戻る。
 何が磨り減ったって、なんというか、神経が。
 それでも猫の優雅な足取りは崩さない櫻紫桜。きっと元の姿であっても、疲労を隠して凛と立っている事だろう。
 途中の歩道から妙な二匹を見掛けたが――宣伝の小さな旗を下げて幼女にまとわりついていたピンクと金のカラーリングにしばらく思案した後、結局そのまま通り過ぎたのは別に他人というか他猫のふりをしようと思ったわけではない。
 ただちょっと。
 そう、ただちょっともう面倒だっただけだ。
 出た時と同じようにするすると通って辿り着いた草間興信所前。
 薄暗い廊下に洩れる事務所の光がいやに沁みた。
 そっと扉を叩いて、肉球で音が消えたので控えめに爪で掻く。すぐに零が扉を開けて出迎えてくれるのに、律儀に頭を下げて隙間から入る。自然と足音を忍ばせる形で踏み入った紫桜。
「しばらく時間を潰させて――」
 もらえますか、と言いかけた声は不自然に途切れた。
 移動している途中で視界に入った光景に、思わず逆走して入口近くまで戻る。その姿を怪訝そうに零が見下ろすので、足音どころか声も殺して紫桜はそっと囁いた。聞こえるか、聞こえないか、くらいの音。
「お邪魔になりそうなので、その」
「ああ――じゃあ給湯室でお茶如何ですか」
「はい」
 察して零が誘ってくれるので、今度はそちらに視線を投げないようにして遠慮しいしい奥の部屋へ。
 珍しく寛いで二人共が、戻った紫桜に気付かない。

「なんだか新鮮な気分だわ」
「下手なマッサージよりいいなこれ」
 それは犬となった草間武彦と、彼に世話を焼いては楽しそうに笑うシュライン・エマ。

 帰る時に挨拶すればいいか、と尻尾を揺らして給湯室に紫桜も消えて。
 これでまた二人の世界。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4782/桐生暁/男性/17/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【5453/櫻紫桜/男性/15/高校生】

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■         ライター通信          ■
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・こんにちは。ライターの珠洲です。わりと好き勝手な展開にしてみました……!
・事務所起点でそれぞれの行動、を大まかな流れにしたつもりです。ほぼ個別状態だとか逆に個別部分あまり無しだとかありますが、それぞれ会話から接近遭遇から出張り方は違いますが登場されています。
・毎度の事ですが、かなりいい加減なネタにお付き合い下さり感謝しきりです。ありがとうございました。

・櫻紫桜様
 挨拶の前に迷子なうえ住人は救出に来ませんでした……落下万歳な巨大猫との遭遇イベントて感じです。一応折角なのでアルバート猫と茶々さんにご登場は願ってみてます。最初は猫の大群に追い回されるネタだったんですが、あんまり長くなるのでオチの落下万歳だけにしたという……脱兎。
 実は朝霧に名乗って頂いていないので(きちんと名乗って下さっていそうな気もするのですが)人間に戻った時にでも名前教えてあげておいて下さいませ。彼女は基本的にトラブル巻き起こす側ですが悪意は無いので知り合っても害はありません。草間氏レベルの被害を受ける覚悟はいりますけどね!