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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■月見兎はどこ行った■



 喜べ食費が少なくて済むぞ、と買物から戻るなり愛すべき興信所所長・草間武彦に笑顔で宣言された。
 てっきり自分に内緒で買ったロトでも当たったのかと思えば依頼という事で。
「まあ誰か適当なヤツにでも任せてだな」
 ひととおり内容を説明した後、上機嫌で任せる(押し付けるに内心で変換しておいた)相手を物色するべくアドレス帳を取り出す草間。
 その姿に瞼を押さえつつシュライン・エマは深く――それはもうとても深く溜息をついた。
「武彦さん」
「ん?なんだ」
「働かざるもの食うべからずって聖書の言葉知ってる?」
 にーっこり。
 それはもう麗しい形に唇を撓めながらシュラインはそれだけを問う。
 長い付き合いなのだ。それだけでいい。
 彼女の前に座す草間武彦は、公私共に頼れ且つ頭の上がらないパートナーのその笑顔に静かに頷いた。
 が、しかし放っておけば意味が無い。無論シュラインはそれを把握しているわけで。
「じゃあ一人二人応援を頼んでね。押し付けちゃ駄目よ」
 伸ばしかけたまま静止していた草間の腕を黒電話へと誘導する。釘を刺すのも忘れずに、そこで背後を振り返ったのは零に応対を任せたままだった客人の為。
 源由梨という礼儀正しい学生代表のような少女は、いつもと同じように創作活動の参考になりそうな冊子を読む体勢のままシュライン達を見ていた。確認するような視線に笑顔で答えて。
「私もお手伝いします。ちょうど暇でしたし……夢がありますから」
「ありがとう。じゃあお願いするわ」
 零ちゃんは留守番お願いね、と普段と同じ流れで話す女性陣。
 その間に草間は何度かダイヤルを回して不意に頓狂な声を上げた。
「は?そこに居る?」
 室内の視線が集中し、草間は指を一本立ててそれに答える。この場合は一匹、でいいだろうか。
「あ?勝手に居た?……まあいいか。ちょうどいい、手伝え」
 色好い返事を貰ったらしく笑顔になる。これで協力は三名。アルバートと茶々さん、坂上も捜している事だし充分だろう。
 草間も同じように思ったらしい。シュラインが至近距離に居るというのにぽろり。
「じゃあお前に任せて、っと!」
「武彦さん」
「いや冗談だって!」
「駄目よ武彦さん。働きたくないなら食べちゃ駄目。食べたいなら武彦さんも動く――ほら、代わるから武彦さんは小動物用のケージを奥から出して来て頂戴」
 それから満月の写真も資料から出して、お団子もね。
 シュラインの笑顔の底にある迫力に押されて草間は素直に立ち上がると奥へ消えた。「団子はマンションにあるだろうが」とそれだけをなんとか返しつつ。
 しょぼくれた背中を見送って、シュラインは受話器を口元に寄せた。
「ごめんなさい。武彦さんたらこの期に及んで楽しようとしてるのよ」
『気にしないで下さい』
 返った声は由梨に続く協力者はこれまた礼儀正しい学生の代表のもの。櫻紫桜であるらしい。
 彼なら大丈夫だろうと思いつつマンション集合の旨を説明し、通話を終える。
 奥で草間がケージ発掘に苦戦するのを見かねて零が手伝っている様に苦笑し、由梨はと言えば何事か思案中。そうだ、彼女にも茶々さんから兎に伝染った能力説明しておかないと。
「写真も出した?」
「出したよ。団子はマンションで貰おう」
「わかったわ」
 多少埃っぽい空気を纏って戻ってきた草間。そのまま草間にケージを任せて由梨にも声をかけると事務所を出る。
 さほど歩かず辿り着いたマンション。入口では見知った男二人――坂上とアルバート、それから小さな妖精さん。茶々さんの頭の上には不思議な色合いの小動物が居て長い耳で兎と知れた。茶々さんは既に両手に可愛らしい包みを持って、挨拶を終えるなり腕を伸ばして差し出してきた。
「はいお団子です」
「ありがとう茶々さん……これ朝霧ちゃんの作じゃないわよね」
 シュラインの言葉に引き攣るのは草間だ。彼はしばしば朝霧なる魔女志望娘の被害に遭っている。
「茶々作ったです」
「そうだったわね。ごめんなさい」
 妖精の赤毛からちらちら動くのは満月色の長い耳。しかし兎は姿を現さない。
 草間とシュラインは記憶を頼れば外観程度は問題無いが、由梨が初めて見る兎だ。彼女の確認は必要だし、なにより実際のサイズを知っておく方が目星を付ける参考になるというものである。まあ見れないなら仕方が無い。紫桜が一匹連れて来るのを待とう。
 由梨にも茶々がおっかなびっくり――人見知り気味の妖精さんであるので仕方が無い――団子を渡している姿を横目にシュラインは立ち上がるとメモを広げた。聞き込みは改めてするつもりで往路のそれは最小限、とういうか目に付いた相手にさっと聞いただけであるが充分情報が入っている。
「屋内だけの移動なのは茶々さんと同じか。ひよこみたいな影、って結構散ってるわね」
 それなりの人数になっていて良かったわ、とメモから目を上げた先に遠目にも背筋の伸びているのがわかる一人の若者。
 最後のメンバーである櫻紫桜の姿が見えて、その胸ポケットから覗く小さな月見兎が逃げる様子も無く収まっているのになんとなし笑みを誘われた。


** *** *


 さて捜索だ、と勢い込んだ途端に一匹がマンション屋上に居るみたい、となり茶々と紫桜がそれにかかっている。
 マンションの屋上、と形容し難い声音で洩らしたのは草間だったか紫桜だったか。何故に茶々と紫桜かと問えば小粒になった月見兎が傍に居るからなんとなく、だろうか。気付いたのも兎達のお陰であるし。
「今頃とんでもない事になってないといいわね」
「ん?」
「マンションの屋上に引っ張り込まれたら大変だもの」
「……ああ、そうだったな」
 生温い、と表現するのが見事にはまる顔付きで草間が視点を遠くに置く。あの不思議マンションは何が起こるやら知れたものではないのだから。
 もっとも住人であるところの茶々さんが一緒に居るしあちらは大丈夫だろう。
「アルバート達のが俺は心配だがね」
「あら。あの二人は武彦さんみたいにさぼろうとしてないわよ」
「今はさぼってないだろ」
「そうね。ちゃんとケージ持ってくれてるわね」
 かなわないなあという面持ちで草間が頭を掻いた。
 途中の一本ずれた筋にある小さなビルに入ったという情報が有りアルバートと坂上にそちらを任せたのである。今頃出入り口でそれぞれに月見団子を台に供えてぼんやり佇む妙な男が見られるだろう。いや、事前に周囲の人にはシュラインが「ペットの捜索で」と面倒かける謝罪をしているのでいいのだけれど。
「屋内は避けて茶々さんに渡してくれるでしょうし。あとこっちは花屋さんね」
「八百屋はいいんだったか?」
「源さんが回ってくれるわ」
 そうか、と煙草を取り出しかける手を制したのは別に消費する煙草代を憂えての事でも、健康を心配しての事でもない。とりあえず今回は。
「だめよ武彦さん。煙で兎が逃げた隠れする事もあるでしょう」
「…………」
 うーとかあーとか言いかけて、結局素直に草間は煙草を火を点けずに咥えると空を仰いだ。
 喫煙者に厳しい世の中だとでも内心で嘆いているのかもしれない。考えてみてシュラインは微笑む。
「いらっしゃいませぇ」
 草間は外で停止したが、入った花屋はやはり時期的にススキの類も揃えてある。
 何気なく周囲を見回し、すいとススキに顔を寄せれば。
「お月見だものね。適当に束ねて欲しいんだけど」
 無理に腕を伸ばして捕獲にはかからない。店員に話しかけつつ横目で窺った先ではススキを見上げて耳を揺らす小さな小さな月見兎。さて、釣れるかしら。
「えらく簡単だなおい」
「もう少し、お店から離れましょ」
 出てくるなりの草間の言葉に成果を悟る。
 きっと今シュラインの背後には満月色したひよこ紛いなサイズの兎が居る筈だ。ススキをさわさわと揺らしつつ歩けば面白そうに振り返る草間。子供みたいだと唇を綻ばせつつ暫く歩いてからおもむろに振り返ればやはり居た。
 店内のススキより揺れ動くススキに招かれたらしいその小さな月見兎がじっとススキ越しにシュラインを見る。
 ケージへの移動はむしろ進んで入ってくれた。「紫桜みたいにポケットでよかったかもな」と言うのに頷きかけながら中を覗けば、茶々さんから預かった月見団子に頭を突っ込んでご満悦な姿。
 紫桜の話を思い出して月見歌を口ずさむ。
 帰路で立ち寄ったアルバートと坂上についても風呂敷包みを広げれば同じく団子に埋もれる兎の姿。そちらもそっとケージに移せば二匹捕獲完了、と。
「確か全部で七匹だったわよね」
「の、筈だ」
 紫桜と茶々がそれぞれ一匹。マンションに一匹。ここに二匹。
 残る二匹は一度戻りながら由梨に確認してみるとして、四人はマンションへ歩き出した。


** *** *


「散歩でもしたくなったのかなあ」
「あー……そんなとこですか」
 陽が沈み、月が昇ってそれは十五夜。
 その光の下で一同が見守る光景は、都合七匹の小粒兎が妖精さん作の月見団子を布団のようにしてすぴすぴすよすよ。そんな場面。
 草間が「団子に毛が」とか言い出したりもしたが静かに差し出されたてんこ盛りの団子に沈黙した。別に意地汚い訳では無いが、おそらく彼としては言わずにおれない部分だったのだろう。食べ物なのに、と今も思い出したようには視線を向けている。
 そんな彼の隣で微笑むシュライン。更に隣には連絡して呼んだ零。
 茶々さんは静かに兎を覗き込んでいて、アルバートがそれを見て幸せそうに笑っている。
 由梨はと言えば月を見、飾られた団子とススキを見、手にしたメモにあれこれと書き込みながらすぐに手を止めてまた月を見る。きらきら瞳が光を反射しているのは誰も同じ。
 兎達の傍で紫桜が無意識にだろう、そっと月見歌。
 ぴょっと反応したのは小粒な月見兎達と茶々さんだった。
 今度はすぐに歌を止めて様子を見る。と、茶々さんが兎になにやら顔を寄せて話していたかと思えば兎達がちょろちょろと散って移動……また逃げるのか、と瞬間身構えた面々であるが彼らの見守る前で兎達がちょろちょろ、ちょこちょこ、ぴるぴる、とにかく小動物のあの動きで移動して。
「え?」「あら」「なにぃ!」「わぁ」
 ぱちぱちと茶々さんの拍手。何を祝っているんだ茶々さん。
 マンション住人と零の前でそれぞれに兎が一匹ずつ頭に乗った者達がそれぞれの反応を返している。
 自分に乗った兎と草間に乗った兎を同時に摘み上げて手に乗せたシュラインはまだ笑顔だ。
「気に入ってくれたの?」
「ちっさいの戻らないです。かわいそうだからお世話いるです」
 直訳すれば「面倒一匹くらい見てあげてね」という事か。
 世話自体はいいけれど餌代なんかがかかるわよね、と既にやりくり計算を開始したシュラインの背を押すように茶々が更に言う。
「ご飯あんまりいらないです」
 他の二人にもこれは効果があった。
 餌代かからないならいいかな、と思わせてとどめに坂上の一言。
「それ普通の兎じゃないから、獣医さん必要ないしねえ」


 ――さて、どうなったかと言えば。
 興信所でシュラインが仕事をしている時には、二匹の月見兎(プチ)が黒電話の前でぷるぷる動いて少し心を癒しているらしい。草間が受話器に手を伸ばす前、鳴り響くビルに慌てて給湯室へ瞬間移動して零のお世話になるのもご愛嬌というところだった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5453/櫻紫桜/男性/15/高校生】
【5705/源由梨/女性/16/神聖都学園の高校生 】

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■         ライター通信          ■
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・はじめまして。こんにちは。ライター珠洲です。
 どうしようかなどうしようかなと延々悩んだ結果、月見兎(プチ)は一匹ずつ押し付ける事とあいなりました。
 餌とかその手の行動が要らない子ですのでご安心を。別にあげたらあげたで食べますけどね。生無線ペットとしても活用出来るやも!逃げますけどね。室内でどっか行きますけどね。
 という訳で今回は最後の月見だけ一緒で後はそれぞれの視点っぽく流しています。考えた通りの捕獲になっているかどうか、ちょっと心配ですがどうぞお納め下さいませ。ありがとうございました。

・シュライン・エマ様
 素晴らしい草間氏の操縦ぶりだなぁと感心しつつプレイングを拝見しました。というか草間氏が私の中ではなんだかへたれになりつつあるようなないような……げふん。簡潔明瞭、的確なプレイングも今回に限らず下さって「あ!これも情報いるか!」と気付かされる事多いです。活かせているかはなんとも、ですが。
 草間氏とのスタンスは考えておられた通りでしょうか。尻に敷かれる旦那風味な気もしますが、こんな草間氏もありだと思って下されば有り難いです。