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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


しおまねき

A.その日、あなたは草間興信所に居た。
 所長の草間武彦は追われている書類をよそに、飛び込み依頼を巡
り、どこかの所長だと言う犬と口論中だ。
 ただ、あなたには分かっていた。草間はその依頼を引き受けるだ
ろうと。
「子供の素行調査くらい楽勝だろ? 探偵とか探偵なんだしさ」
 その言葉が出るまでもない。怪奇探偵に暇などないのだから。

B.その日、あなたは草間零と賑わう商店街に買出しに来ていた。
 さて帰ろうとした時、最近興信所で見かける黒服の男が幼い
男の子と手をつないで歩いていくのに気づいた。
「ねえ、パパ。いつになったらここに海が来るの?
 見せてくれるって約束でしょ?」
 男の返事は聞こえなかったが、急に手を振り解いた男の子が
雑踏に消えていく。
 あなたにはそれが寂しげに恐ろしげに見えた。まるで夕闇の
ように。

●商店街にて (>B)
 テンポの良い呼びかけ。すれ違う人々の雑談。ラジオの声。
 丁度、時間が時間だからか。商店街は人と音に溢れていた。
「あと、何を買います?」 「雑貨関係はまだ大丈夫のはずだし‥‥」
 草間零の問いにシュライン・エマ(−・−)は思案を巡らせた。
 草間興信所の古参として、備品等は把握している。なぜか。
「保存用の食べ物‥‥は、色々あるから」
 勿論、冷蔵庫の備えにも抜かりない。なぜか。
「アレ、ぐらいかしら?」
 二本の指で何かを挟んで口元から遠ざける仕草。
「甘やかしちゃダメです。」
 むくれた顔を作る零に、シュラインは思わず苦笑した。
 誰にどう吹き込まれたのか、ここ最近の零は草間の禁煙を推進中。
「隠してたのがないって、沈んでたけど?」
「演技です。机の引き出しの後ろのがバレないように」
「ソファーの隙間じゃないの?」
「それはトランプと交換しておきました」

「さ、そろそろ」
 八百屋の奥さんとの雑談を切り上げようと、零を促した時だった。
「ねえ、パパ。いつになるの?」
 子供の声。
 商店街だから、特に不思議がることもないはずが、何故か耳に引っかかった。
 少し向こうで交差する人の波の中。赤い帽子に半ズボンの男の子。
 そんな男の子が黒服の男と手を繋いで跳ねるように歩いて行く。
「あれ、五色さんですよね?」 「じゃないかって思うけど」
 今どき珍しいミラーシェイドがひっかかりはする。
「いつになったらここに海が来るの? 見せてくれるって約束でしょ?」
 大きく響く声に、立ち止まった男が何かを言う。
 雑踏にまぎれてさすがのシュラインにも聞き取れなかったが、すぐに見当は付いた。
「そのうちっていつなの? すぐっていつなの? いつなのさ!」
 一際大きく叫ぶと、手を振り解いて走り出した。
 残った男はそこに立っていた。
 立ち止まっているのに誰も何も言わず、ただ人の波が流れていく。

(う〜ん、何だか‥‥)
 状況にはまる言葉を捜す。
「はい?」 「ん。ちょっとね」
 頭を振った男が全く違う方向に歩き出す。
 それを目で追いながら。シュラインは携帯電話を取り出していた。
(奇妙、かな‥‥となると)
 本人は嫌がるだろうが、電話した方がいいだろうと、判断。
 勿論、連絡先は。

●犬と探偵と電話
『ほうほう、なるほどな』
 電話の声は、気味が悪いくらいに弾んでいた。
「武彦さん、もしかして」
 長い付き合いだからこその理解。
「またそそのかされたんじゃないでしょうね?」
『な、なにを言うんだ。飛び込みの仕事が入っただけだぞ』
「飛び込みの、お仕事」
 ため息をつく零に目配せ。
『ああ。だから別にそそのかされたとか言うんじゃなくて‥‥』
「探偵の、お仕事?」
 電話の向こうの凍りつく草間が見えた気がした。
「ちょっと代わってくれる? いるんでしょ、え〜っと?」
『‥‥ああ、犬と代わる』

『てなわけで、素行調査なわけさね、奥さん』
 悪びれているのか、草間が面白いのか。
 口調が定まらない犬の説明は、さらに不明確だった。
「‥‥浮気調査?」
 ようやく形になったものを口に出す。
『ちっがう!』
 紙のなだれる音が微かにした。
『だから! バカが最近ふらついていて、その原因が子供で』
「犬さんは構ってくれなくて寂しい、と」
『‥‥噛むぞ』
 第二次なだれ音勃発。
「いいけど。要はその子供を調べて欲しいのね?」
『そう‥‥なのかな?』
「なのかな?」
『あのね、どっちかって言うと、『始末よろしく』?』
「うちは興信所であって、仕置き人じゃないんだけど」
『探偵は任せろっていきまいてたですよ?』
「武彦さんと代わりなさい」

 商店街でも人の目を集めるのは簡単なことだった。

●井戸端
 商店街の一角にある喫茶店。待ち人たちは案外早かった。
「遅くなりやした、姐さん」 「その呼び方、やめて」
 ペットの持ち込みも含まれる視線を受け流しつつ、ぬるいコーヒーを飲む。
「んじゃあ、姐御」
「一応、お店の人たちに話は聞いておいたわ」
「無視すんなよおう」
「‥‥で、何が分かった?」
 灰皿の争奪戦を繰り広げつつ草間。
「それなんだけど」

『見たことないけどねえ』
 情報通と言われる乾物屋の奥さんが首を傾げる。
『でも、お父さんの方は知ってるよ。確か』
 商店街共通の認識。

「やっぱり五色君じゃないかって。ただ口調が違うかったらしいけど」
「気になるの、それ?」
 講義の蹴りに飽きたらしく零の手にじゃれる犬。
「一応、ね。私たちが見たときもマラソン選手みたいなサングラスしてたし」
「変装、か?」
 真面目な顔で草間。
「まさか。そんなので正体を隠せるなんて誰が考えるんだよ」
「そうなのよね。今どき、その程度で変装って言うのもね」
「分からないぞ。案外、ばれな、っち!」
「兄さん。ここは禁煙席です」
 煙草をくわえた草間を零が遠慮なしではたく。
「分かったよ‥‥奴だ!」
 しぶしぶ煙草をしまう草間の動きが止まった。そして予備動作なしで席から飛び出す。
「奴?」 「奴!」
 シュラインたちも草間を追って喫茶店から飛び出した。
 余談だが、一応領収書は貰った。零が。

●人と、人の外
「遅かったな」
 彼は雑居ビルの屋上で夕日を見ていた。聞こえた声は五色とは全く違う音だった。
「ああ。道が混んでいたもんでな」
「ふっ、実は階段でヘバってたのだよ」
「黙れ、犬!」 「‥‥本当のことじゃないかあ」
「それで? 招待した理由は?」
 格闘を始める犬と草間を無視して、シュラインは腕を組んだ。
「いや、理由はない」
「あのね」
「理由はないが、一つ聞いておきたくて、な」
 男が振り向いた。口元の笑みはどこか寂しげに見える。
「残った思いはどこに行く」
「意味が分からないわ」
「聞いてたはずだ。あれは、あの子は海を知らない。だが海を欲する」
「連れて行けばいいでしょ? 海ならそう遠くないし」
 ミラーシェイドを見据えたまま、答える。
「そうだな。だが、残った思いはどうなる?」
「いや、だから」
「あの子に、海を見せる。その思いはどこに行く! 私はどこに行くというのか!」
「どこにも行かずここに留まる。それが嫌なら消えて散れ」
 男が踏み出すより早く、犬がシュラインの前に出た。
「残留思念?」
 ざっと整理した状況を口にする。
「うん。でも、思念じゃなくて」
 頷く犬。と同時に風が凪いだ。男の首が落ち、血が噴出す。
「実体なんやな、これが」
 血まみれ刀を手に研究員が宙に立っていた。

「始末は済んだ。後は探偵どもだけや」
「お疲れ」
「お疲れって‥‥ちょっと待ちなさい!」
 血まみれの現場。たとえ初めてでないにしても、その凄惨さに意識が揺れる。
「説明して。一応でいいから」
 気づけば、草間は昏倒していた。零はたどり着かない。
「一応も何も見たまんまっすよ?」
 へらり。いつもの笑みだが、血まみれ。
「だね。そしてボクらからすればとてつもなく邪魔なんだ」
「なら、なら、武彦さんに依頼したのは?」
「戯れ、かな。言ったでしょ? 始末して欲しいって」
 犬が一歩進み出る。
「もっとも、男が生産体だとは思わなかったけど、ね」
「調べてる途中で出て行くからや」
 血刃が振り上げられた。

●しおまねき
(‥‥寝て、た?)
 シュラインはぼんやりと事務所の時計を見上げた。朝、六時前。
 窓から差し込む日差しが、今日の晴天を約束している。
(なら‥‥うん。そうしよう)
 何故浮かんだのか分からない考えに思わず苦笑する。
 そう。
 みんなで海を見に行こう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 シュライン・エマ (しゅらいん・えま) 26歳 女性 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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■         ライター通信          ■
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 どうも平林です。この度は参加いただきありがとうございました。
 何より遅くなったことをお詫びします。申し訳ございません。
 さて。今回のようなOP形式。一度やってみたかったので試してみることにしました。
  『OPからPCがいたらすんなり書き出せるのではないか』
 という浅ましい考えだったのですが、楽しいもののこれがまた‥‥しゃべりすぎだよ、犬。
 では、ここいらで。いずれいずこかの空の下、再びお会いできれば幸いです。
(ススキの穂?/平林康助)
追記:いや、本当にすみませんでした。
 「黒服の男=五色?」は、その線で動く方もいるかな、と。そのわりに‥‥ですが(苦笑)。
 あ、あとタイトルはただの連想です。むう、蟹の怪物対奴らの方が良かったか?