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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

 ああ、まだあんなところが汚れている。船室の中を掃除していた斎藤智恵子は天井を見上げ、その煤けた色に眉をしかめた。パイプ好きの船長が機関車のように煙を吹かすせいだった。大きな椅子を引きずってきて、靴を脱ぐとその上に爪先立つ。それでもまだ、少し足りない。雑巾を持った手が、震えながらさまよう。
「チエコ!」
もうちょっとと腕を伸ばした瞬間、船室の扉が開いて名前を呼ばれた。大きな声に心臓が飛び出しそうになり、智恵子はバランスを崩して椅子から足を踏み外す。
「きゃっ」
だが寸前、声をかけた長身の水夫が手を伸ばしまるで猫の仔を掴むように智恵子の腰帯を捕まえた。吊り下げられて、智恵子の足が空中で遊ぶ。
「なにやってんだ」
「す、すいません・・・」
「全員甲板に集合って、声がかかってたろ。早く来い」
来い、と言いながらその水夫は智恵子をぶら下げたまま歩いていた。まるで荷物扱いだが、結局はそのほうが早いのである。智恵子が自発的に動くのを待っていると日が暮れる、なにしろぶら下げられていても
「あの・・・船長さん、なんのご用でしょう?私、まだお掃除終わってないんですが・・・」
と、最初に与えられた自分の仕事を心配しているのである。一つのことを頼まれると、それが終わるまで動けない生真面目な性分なのだ。
「船長さんとの約束なんです。一ヶ月続けてお掃除とお洗濯とお料理をすれば、自由にしてくれるって」
智恵子はこの船に買われた奴隷である。奴隷だからといって非人道的な扱いを受けているわけではなかったが、それでも自由になりたかった。だから船長と約束を交わしたのだけれど、しかし海の上で一ヶ月続けて洗濯をするということの難しさがどれくらいかわかっていなかった。変わりやすい海の天気は、一週間でさえ連続で晴れていることなど稀だった。
「お掃除・・・」
それでも智恵子は諦めない。諦めず、掃除を続けようとするから、水夫は猫の仔を運ぶように荷物を運ぶように智恵子を甲板へ連れて行くしかないのである。

「遅かったな」
「すいません」
水夫は智恵子をぶら下げたまま、誰のせいだとも弁解せずに謝った。彼らにはこういう、潔さがあった。言葉や態度はぶっきらぼうなのだけれど、全てに一本芯の通ったようなところがある。最初は彼らの乱暴な言行に怯えていた智恵子だった、しかし今ではたまに触れる優しさを見逃さないようになっていた。
「これで全員揃ったな・・・よし、みんな西を見ろ」
もしこれが智恵子一人に言われたのであれば見当違いを向きかねなかったが、甲板の上には十人からの水夫が集まっていたので、彼らに倣えばよかった。いや、倣うというよりも常に行動がワンテンポ遅い智恵子なので、自然とそうなるのだ。
 西を向くと小さな島が見えた。高い山が二つ連なっておりシルエットがひょうたんを連想させるのだが、外国人ばかりのこの船で口にしてみたところで誰にもわかってはもらえないだろう。だがとにかく、そういう島があった。
「あれが今回の目的地である宝島だ」
いつだって船長は、前触れなしに重要な発言をする。物事はまず結論から、という人なのだ。だから智恵子はいつだって一瞬間を置いて、そして言葉を心の中で繰り返さなければならない。おかげでいつも、喜びには乗り遅れてしまう。なにぼんやりしてるんだ、と痛いほどに肩を叩かれる。
「もっと喜べよ、チエコ。もうすぐ宝が手に入るんだぞ」
「は・・・はい、喜んでます」
「今日はあの島が見えるところまで船を進めてそこで錨を下ろす。島の探索は明日の朝だ。以上」
全員を集めたわりには、伝達事項は簡潔であった。恐らく船長は、島を見つけた喜びというのを皆で分かち合いたかったに違いない。本人自身は喜びを露わにしていなかったが部下たちの喜ぶ顔を見てやりたい、船長はそういう人なのである。
「それじゃ夕飯頼むぜ、チエコ」
「明日の朝は早いから、朝食の準備も忘れるなよ。それと、弁当もな」
「は・・・はいっ」
なんだか、いきなり忙しくなってしまった。これでは掃除の続きは無理みたいだと智恵子は嘆いた。これでまた、約束が一ヶ月伸びてしまう。宝島を見つけたことはやっぱり嬉しいのだけれど、自由の身にもなりたかった。

 そして翌日の朝。日が昇る瞬間から今日はいい天気になりそうだという光が射してきた。船員全員の朝食の仕度を終えた智恵子は腰から垂れた長い布でメガネを拭くと、背筋を伸ばし爪先立った。幼い頃からバレエを習っているので、トゥシューズをはかなくても足は形よくぴんと伸びる。こうするといつも、少しだけ背が伸びたような気がして心地いい。
「どんな宝物があるのかしら、あの島」
「気になるか」
「せ・・・船長さん」
いつの間にか音もなく、船長が真後ろに立っていて智恵子を驚かせた。危うく、作ったばかりのボウルいっぱいのサラダをひっくり返しそうになる。気をつけろと船長はその大きな手で智恵子の腕を捕まえながら
「気になるならお前も行くか」
また相変わらず唐突な物言いで智恵子を二度驚かせたのだった。
 船長の言葉は決して冗談でなく、智恵子は他の水夫たちと共に小舟で宝島へ上陸した。船の上ではいつも裸足だったので、朝日を受ける砂が扱った。ないよりはましだからと予備のブーツをはかされたのだが、サイズはぶかぶかでおまけに着ている服にも似合っていなかった。
「変なの」
智恵子は小さく笑い、船長と長身の水夫とに挟まれながら島の奥へと進んだ。
 ところどころ虫食いの跡がある古びた地図によると、宝は島で一番高い山の頂上に隠されているらしかった。島には山が二つあって、どちらも似たような高さだったので船長は水夫を二組に分け一の山二の山をそれぞれ目指すことにした。智恵子は、二の山を登ることになった。
「大丈夫でしょうか?」
昨日見た記憶では、二の山のほうが心なしか高かった気がする。だからひょうたんを連想したのだれど、島に立った今ではどちらが高いかなどまるでわからない。とにかくどちらも、果てしなく高そうだとしか思えなかった。
「大丈夫だろ」
長身の水夫は、面倒くさがりなのか適当な返事しかしない。しかし船長は返事すらしない。どうしようもなく、智恵子はただついていくしかできなかった。

 山はとにかく険しく、ことあるたび智恵子は水夫と船長とに助けられた。サイズの合わないブーツで断崖を歩くことは危険だったのでそのときには水夫に担がれ、毒蛇に噛まれそうになったときには船長がナイフで切り払ってくれた。
「すいません」
どんどん、智恵子は肩身が狭くなっていく。そして比例するように、どうかこっちの山こそが宝の隠し場所でありますようにと願うようになっていた。こんなにまで世話になって、そして無駄足だったとしたらもうたまらない。
「そろそろ頂上です」
先行を務めていた身の軽い水夫が手で合図していた、智恵子はひたすら祈りつづけた。
 ようやくに辿りついた頂上は、まるで巨大なへらかなにかで先端を削り取ったかのように平らで開けており、中央にはさらに抉ったような大きな穴があった。近づくとなにやら暑い、どうやら噴火口のようである。山は、休火山だった。
「すごいぞ、おい」
船長が智恵子にも見せようと手招きをした。水夫に安全綱のつもりか腰帯を掴んでもらいつつ、恐る恐る智恵子は火口に目を注ぐ。真っ赤な溶岩が沸き立ち、奥のほうからは絶えず煙が噴き出していた。さらに目を凝らしてみると、煙の隙間でなにかがきらりと光るのがわかった。なんだろう、と智恵子が思っていると
「船長、あっちから合図が」
水夫の声に言いそびれてしまった。
 こちらの組が頂上を制覇したのと同じ頃、一の山にも別隊が到着していた。お互い手旗で細かなやり取りを交わしていたが、そのうち驚くべき情報が飛び込んできた。
「船長。あっちに怪しい洞窟があるそうです」
「なんだと」
船長の目の色が変わった。同時に、智恵子の背筋がさっと凍りついた。ああ、やっぱり宝はあっちの山にあったのだ。間違えてしまったのだ。
 だが、まだ絶望するには少し早かった。
「ですが入口に仕掛けがあって、中に入れないらしく・・・」
「仕掛けか」
「案外開ける鍵が、こっちの山にあるかもしれませんね」
鍵、と聞いて智恵子の頭に閃くものがあった。そう、さっきの噴火口である。煙の奥になにかが見えた。
「あの、船長さん」

「・・・確かに見えるな」
噴火口の煙が薄くなるのを待って皆で確かめたところ、確かに底のほうに金属でできた踏み台らしきものがあった。あれを踏めば、きっと仕掛けは作動するのだろう。誰が作ったのかはわからないが大層な仕掛けだ。
「どうします?岩でも落としますか」
「いや、距離が遠すぎる」
確かに装置は、火口の縁から大分離れた浮き島の上に作られていた。岩はあんなところまでは飛べない、岩は。
 そのとき智恵子は今だ、と直感した。今しかない、と思った。
「船長さん」
走りやすいようにブーツを脱いで、ズボンの裾を捲り上げる。
「私が行きます」
「チエコ!?」
バレエを習っていたおかげで、跳躍力には自信があった。自分がみんなを助けられるのは今しかなかった。ずっと助けられてばかりだったのだから、助けなければならなかった。
「もしもまた会えたら、どんな宝だったか教えてくださいね」
もしもまた会えたら。その意味を船長は智恵子の思う通りには取らないだろう。なぜならこの世界は智恵子にとっては仮想だが、船長にとっては現実だからだ。
「さよなら」
この言葉は本当の意味になる。
 泣き顔を見られないように、智恵子は走り出した。水夫がいつものように智恵子の腰帯を捕まえようとしたが、布は緩やかにその手の中をすり抜けていった。最後に智恵子が聞いたのは、皆が自分を呼ぶ
「チエコ!」
という声だった。
 こうして智恵子の物語は終わった。

■体験レポート 斎藤智恵子
最初は半信半疑だったんですけど、中に入ってみるとまるで本物のようなリアルさにはびっくりしてしまいました。最後、現実に戻ってきたときには大泣きしていました・・・。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4567/ 斎藤智恵子/女性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
このノベルは基本的に一人用でしたので、いつも誰かしらNPCを
登場させるのですが、ついつい女の子には大きな水夫さんを
つけてしまいます。
智恵子さまがぶら下げられるところが、密かに気に入ってます・・・。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。