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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■月見兎はどこ行った■



 月がじわじわと太り満ちていくのは繰り返しの事であるけれど、この時期はやはり月見だと思えば普段とは違う気持ちで空を見る。昼間でも空模様によっては遠慮がちに現れている月がまた……いや、正直かつ簡潔に言おう。
 浮かれているのだ。
 帰り道で見上げた空にひっそりと浮かんだ昼の月があまりに見事で、もうすぐ満月だと思うと櫻紫桜はなにやら心を弾ませたのである。そうして知らず月見を題材にした唱歌の類を小声で奏でつつ帰宅して。
「……え」
 それは居た。
 一見ひよこに見える夜の満月の色。ふわふわと柔らかな毛が尚更ひよこを思わせたが、瞬きしてもその造形は変わらない。丸い尻尾。長い耳。紫桜の知るものとの差異を言うなら色はともかく他はただ一点。
 サイズだけ。
 脱ぎかけた制服。かけた手もそのままに部屋の隅に居るそれと見詰め合う。
 ふると小さく鼻を動かしてそれが身じろいだ。それで紫桜も我に返ると改めてそれを見る。
 変わらない。何度見ても変わらない。
「うさぎ、なのか?」
 よくよく見ればひよこよりも更に小さいそれは確かに兎であった。

「――と、言うわけで今一匹居ます」
 呆然と小粒兎と対面していた紫桜に連絡してきたのは、無論草間武彦である。
 当然だ。この状況で連絡を寄越すのはまず草間。おそらく関係者の間では確定事項の筈。
 なにかと関わる本人否定な怪奇探偵は結局いつだってこの手の奇妙なネタを引っ張ってくるのだから。
「いいですよ。時間はありますから」
 電話の向こうで何やら話す声。どうやら興信所には所員であるシュライン・エマも居る様子。
 相変わらず上手く扱われているな、なんて紫桜は思ったりしないけれど二人の遣り取りが映像さえ伴いそうで口元を綻ばせた。その間にも向こうであれこれと話している。零とは違う声もしたようだから、誰か巻き込まれたかもしれない。
『ごめんなさい。武彦さんたらこの期に及んで楽しようとしてるのよ』
「気にしないで下さい。ええと、俺はどうしましょう?」
『まずマンションに集まって打ち合わせてから散りましょう。そこに一匹いるのよね』
「はい」
 ふと見れば紫桜の足元でもそもそと動いている。油断したら踏み潰しそうだ。
『逃げないようにして連れて来てね。茶々さんの能力伝染っちゃってるらしいから』
 はい?と聞き返す前にあちらでまた何やら言い交わす声がしてシュラインの『往生際が悪いわよ武彦さん』という声を最後に電話は切れた。ツーツーツー……と響く音が少し虚しい。
 しばらく手元を見て、それから足元を見る。ぷるぷる震える小粒兎が紫桜を見上げていた。
 逃げる様子もとんと無い。屈んで拾い上げても手の平の上でぷるぷる毛を揺らすだけで大人しく。
「……お前、部屋を瞬間移動出来るのか」
 なんと話しかけようかと考えて、結局それで済ませた。
 小粒兎は相変わらず小さく揺れている。その非常にコンパクトな作り物じみた生物を慎重に持ち上げて。
 鼻をひくつかせて紫桜の手をチェックするばかりの様子に逃げそうもないと安堵の息を洩らすがさてどうしよう。籠を探すには手間だし、と思案して結局彼は脱ぎかけた制服の胸ポケットに入れた。小さな耳と頭が暫くもそもそ落ち着かなく動いていたがそれも収まる。
 その間に家を出てマンション向かっていた紫桜。
 くすぐったさに頬を噛むのが収まる頃には随分と距離も稼ぎ、じきに出迎えの男二人――アルバートと坂上、それから小さな妖精さんが遠目に姿を現した。
 そうして初対面の源由梨なる少女とも挨拶を交わし、まず茶々さんに兎を見せる。
 紫桜が最後だったらしく住人も草間興信所の面々もマンションの入口で群れ成していた次第だ。
「この兎ですか?」
「はい。月見兎です」
 差し出した手の平の上に小さな兎。そこに顔を寄せる(外見は)幼い妖精さん。鼻先に兎が顔を寄せると可愛らしい事この上ないが、何故だか兎は紫桜の手から移動しない。既に茶々さんの頭に一匹居るというのに。
「合体して一匹にはならないんだな」
「分裂したらそのままみたいね」
「本当にひよこより小さいんですね。かわいい」
 興信所組がそれぞれに話す。確かに同じ一体であった筈の兎達は頭と手の平の上でそれぞれお互いを伺うばかりでくっつく気配が無い。ん?と首を傾げて茶々さんが何事か訊ねるもやはり兎はぷるぷる震えるばかりである。
「とりあえず俺が預かっておいて大丈夫なら」
「多分逃げないです」
 ……多分、という辺りが不安だがまあ問題無いだろう。
 手の平の小粒兎をここまでの道と同じように胸ポケットに入れた。ちょっこりと顔と前足の先だけ覗く膨らみが非常にファンシーである。難点は兎が動くとかなりくすぐったい事。
 今の遣り取りでちょうど月見兎(分裂)のサイズと外観も一同確認出来たし、とシュラインがぱんぱんと手を打って注意を引く。手分けして捜さないといけないのだからある程度の相談は必須だった。


** *** *


 さて捜索だ、とめいめいが歩き出しかけたところで茶々さんと二人足を止めたのは小さな兎のせい。
 胸ポケットの中、赤毛に埋もれて、それぞれにそれはもう小さな頭を上向けて目を瞬かせ。その姿につられて一緒に上を仰いで――先日の落下万歳な記憶については頭を振って誤魔化しておく――それから茶々さんと顔を見合わせた。
「上、居るです」
 やっぱり、と茶々さんの言葉に頷いて振り返った他の面々に声をかける。
 アルバートは幾らか心配そうだったけれど坂上の「マンションの中なら大丈夫だよ。櫻くんもいるし」という言葉に外へ出て行って茶々さんと二人。
「お月見で呼ぶ兎なんですよね」
「はい。いつもお団子と一緒に居るです」
「そうか……じゃあ団子で呼んでみましょうか」
「呼ぶですか?」
「うん。一緒にお月見する茶々さん作なら尚更馴染みもあると思うし」
「朱春も作ったです」
 それでも同じですよ、と茶々さんが一体幾つ持っていて何処から出すのか不思議な団子を入れた包みを受け取って広げる。傍らの小さな子供の姿の妖精さんが作ったとは思えない見事な出来栄えの団子であった。
 胸ポケットと頭上で小粒兎二匹が身を乗り出す。
 その様子にこれは効果がありそうだと思いつつ、くすぐったくて堪らないので月見兎を下ろしてやればすぐさま団子に寄って寛いで……食べる訳ではないらしい。まあ分裂した程の兎だし気にする事でもなかろうか。
 しばしそうしてぼんやり腰を下ろして待っていたのだが、ぶっちゃけ手持ち無沙汰だ。
 ついつい月見歌を小声で歌ってしまい、またしても兎がこちらを窺っている。それどころか今度は茶々さんまでもが窺っているのに紫桜が気付く頃には目の前に満月色の兎が。
「三匹に」
「来たです」
「来ましたね」
 ふわふわの毛を揺らして何事も無かったかのように、まるで最初から居ましたよと言わんばかりの様子で団子の傍らで仲間と触れ合う月色が一匹。いやいや君居なかったでしょ、と言いたいくらいに自然に増えていた。
 ふいと兎達が顔を上げる。見詰めるのは紫桜。
 小動物三匹がじぃい、と見てくるのになにやら気圧されて茶々さんに問うように顔を向ければこちらはこちらできゅっと首を傾げて紫桜を見た。なんだかその目も兎みたいに小動物です茶々さん。
「歌、ないですか?」
「え」
「兎、お月見の歌待ってるです」
 ……ああ、と納得しながら気恥ずかしくちょっと目線を逸らしてみる。
 どうやら歌を気に入ってくれたらしいが、つまり最初の一匹も紫桜の歌につられて来たのか。
「歌、待ってるです」
「月見のですか?」
「はい。歌聴くです。紫桜歌うです」
 じぃと見詰める大きな金色の瞳。既視感、いやこれには見覚えが。
「ええと、じゃあ」
 断りきれない。子供と小動物には基本的に人は弱い。無論紫桜も例外ではなく、いつぞやの箒探しに付き合ったように視線に負けて咳払いを一つ。よくよく見れば少しばかり照れ臭そうな様子であった。
 マンションに、遠慮がちではあるがよく通る声が月見歌を広げていく。
 紫桜の前で兎が三匹。隣で見た目子供が一人。
 ちょっと一息ついたところで茶々さんが月見団子を差し出してくる。見詰めると「おやつです」と珍しく満面の笑顔。まあ、甘い物は嫌いではないし、なんとなくこれは歌のご褒美かなと思わせるものがあったので有り難く頂く事にする。紫桜が団子を摘んで食べるのをそれはそれは小さな兎達が一緒に見上げていたりして、絵としては非常に可愛らしい場面であったが生憎それを見る者は居ない。
 その頃ちょうど、外に出た者達がそれぞれ兎を見つけて戻ろうとしていた訳で一足お先に紫桜は休憩というかお月見を始めているようなものだった。


** *** *


「散歩でもしたくなったのかなあ」
「あー……そんなとこですか」
 陽が沈み、月が昇ってそれは十五夜。
 その光の下で一同が見守る光景は、都合七匹の小粒兎が妖精さん作の月見団子を布団のようにしてすぴすぴすよすよ。そんな場面。
 草間が「団子に毛が」とか言い出したりもしたが静かに差し出されたてんこ盛りの団子に沈黙した。別に意地汚い訳では無いが、おそらく彼としては言わずにおれない部分だったのだろう。食べ物なのに、と今も思い出したようには視線を向けている。
 そんな彼の隣で微笑むシュライン。更に隣には連絡して呼んだ零。
 茶々さんは静かに兎を覗き込んでいて、アルバートがそれを見て幸せそうに笑っている。
 由梨はと言えば月を見、飾られた団子とススキを見、手にしたメモにあれこれと書き込みながらすぐに手を止めてまた月を見る。きらきら瞳が光を反射しているのは誰も同じ。
 兎達の傍で紫桜が無意識にだろう、そっと月見歌。
 ぴょっと反応したのは小粒な月見兎達と茶々さんだった。
 今度はすぐに歌を止めて様子を見る。と、茶々さんが兎になにやら顔を寄せて話していたかと思えば兎達がちょろちょろと散って移動……また逃げるのか、と瞬間身構えた面々であるが彼らの見守る前で兎達がちょろちょろ、ちょこちょこ、ぴるぴる、とにかく小動物のあの動きで移動して。
「え?」「あら」「なにぃ!」「わぁ」
 ぱちぱちと茶々さんの拍手。何を祝っているんだ茶々さん。
 マンション住人と零の前でそれぞれに兎が一匹ずつ頭に乗った者達がそれぞれの反応を返している。
 自分に乗った兎と草間に乗った兎を同時に摘み上げて手に乗せたシュラインはまだ笑顔だ。
「気に入ってくれたの?」
「ちっさいの戻らないです。かわいそうだからお世話いるです」
 直訳すれば「面倒一匹くらい見てあげてね」という事か。
 世話自体はいいけれど餌代なんかがかかるわよね、と既に計算を開始したシュラインの背を押すように茶々が更に言う。
「ご飯あんまりいらないです」
 他の二人にもこれは効果があった。
 餌代かからないならいいかな、と思わせてとどめに坂上の一言。
「それ普通の兎じゃないから、獣医さん必要ないしねえ」


 ――さて、どうなったかと言えば。
 紫桜の部屋で小さな小さな兎は時折歌を強請ってまとわりついて来るらしい。可愛らしいし和むけれど、足元に来ると踏み潰しそうでやっぱり怖いですよと言う彼の表情はしかし他人から見れば飼主馬鹿と共通した何かがあると言う事だった。まんま飼主馬鹿でなくて良かったというべきか。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5453/櫻紫桜/男性/15/高校生】
【5705/源由梨/女性/16/神聖都学園の高校生 】

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■         ライター通信          ■
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・はじめまして。こんにちは。ライター珠洲です。
 どうしようかなどうしようかなと延々悩んだ結果、月見兎(プチ)は一匹ずつ押し付ける事とあいなりました。
 餌とかその手の行動が要らない子ですのでご安心を。別にあげたらあげたで食べますけどね。生無線ペットとしても活用出来るやも!逃げますけどね。室内でどっか行きますけどね。
 という訳で今回は最後の月見だけ一緒で後はそれぞれの視点っぽく流しています。考えた通りの捕獲になっているかどうか、ちょっと心配ですがどうぞお納め下さいませ。ありがとうございました。

・櫻紫桜様
 茶々さんと一緒に屋上に跳んで頂こうかと思ったのですが、折角ですから一匹目を呼び寄せた歌ネタで引っ張りました。兎捜索自体は一番手早く楽に済んだみたいです。代わりに兎達に歌。茶々さんと兎達に「歌の人」と認識された可能性というか少なくとも兎にはそう認識されてますね。お団子食べつつのお月見は楽しめましたでしょうか。土産は月見兎(プチ)で!歌ってあげて下さいな。