コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


++   行方   ++




《オープニング》


 あのね、この石はね?

 不意に現れた子供がたたっと走りより、行く手を塞ぐように目の前で足を止める。

 この石はね、想いを呼び覚ますの。

「どこでそんな難しい言葉覚えてきたんだよ、おまえ」
 草間武彦は煙草の煙をすぱっと吐き出しながら、どこか無表情な子供の方をじっと見据える。
「子供はもう家に帰る時間だぜ?」
 彼は子供の頭をぽんぽんと軽く撫でる。子供は不思議そうな顔をしながら、すっと石を差し出した。
「………あ? なんだ、それは?」
 後から遅れてやってきた少女が、不思議そうな顔をしながら彼の横から子供の顔をじっと見つめる。
「お兄さん、その子供は……?」
 草間零がそう訊ねると、武彦は「さぁてなぁ…」と気の無い返答を返しながら零の方に視線をやると、重たそうに抱えられた荷物を手にとった。
「……ありがとうございます」
 少し嬉しそうに微笑む零。

 あのね、この石はね?

 この石はね、想いを呼び覚ますの。

 この石はね、貴方に夢を見せるの。

 でもね、それはね……全部、僕の夢。

 ねぇ、お兄さん、お姉さん。

 この石を手にとって?

 そうしたら僕、お家へ帰るから……

「………?」
 草間武彦は子供に言われるがままにその石に手を伸ばす。


 零は子供の頭を優しく撫で付けると、ふと武彦の方へと視線をやった。
「お兄さん……?」
 先程までそこに居たはずの草間武彦の姿はなく、代わりに彼が先程持ってくれた荷物だけがぽつんと置かれていた。
「え………?」

 ねぇ、お姉さん………この石を手にとって?

 子供は無表情のまま零にその石を差し出した。
 零はじっと子供を見据えながら――ゆっくりと、その石に手を伸ばしたのだった。

 ねぇ、貴方も……この石を手にとって?

 暫らくして、妙な噂に立ち昇り始めた。
 夕暮れ頃、どこからとも無く子供が現れ、そして、その子供は必ず同じ事を口にするそうだ。
「この石を手にとって」
 ――――と。



《導き》


 ちっちっち………

 時間は虚しく過ぎてゆく。
 室内にはマウスのかちかちという音だけが響き渡っていた。
 例の噂――子供の、噂。
 シュライン・エマはネットで例の噂が出た辺りや、噂が出始めた頃の夕方時間の行方不明者などを調べていた。
 噂話というだけはあって、しっかりとした確信を得ることのできるような情報はなかなか掴む事ができない。
 微かな苛立ちは、焦りと共にシュラインの指の動きを荒くさせた。

 りりりん……
 不意に鳴り響いた電話の受信音に、シュラインはぴくりとマウス操作の手を止め、電話を手に取る。

「はい、草間興信所……何かわかったのかしら?」

 受話器を手に取るなり名乗った相手にそう口を開く。
 電話口の相手はシュラインが既に幾度も連絡を取り交わしている相手だった。

『詳しい情報は今の所入っていませんね…』
「………そう」

 二言、三言…電話口の相手と会話をし、これまでも幾度となく繰り返した同じ内容の会話を切り出されそうになった所で電話を置く。

「ふぅ……全く…警察も、役に立たないわね……」

 ―――怪奇現象なら、仕方の無い事でしょうけれど…

「……武彦さんに零ちゃん、出かけた時間を考えると……やっぱり噂の子供が関わってるのかしら」

 「もし霊なら零ちゃんが気付くでしょうけどね…」シュラインはそう小さく呟くと、席から立ち上がる。
 彼女は引出しから都市の地図を取り出すと、これまでの情報収集によって仕入れた情報を元に「噂の子供」の情報が錯綜する地点を搾り出す。

「最初は、ここの辺りに集中していたわね……」

 石が多くありそうな場所、病院の有無を確認しながら蛍光ペンでさらさらとマークをつけていく。
 次第に広がり行く点は、ゆるゆると移動しながらもある一点を中心に孤を描くように広がって行く―――

「さて……どうしたものかしらね」

 シュラインは、その円の中心部に存在する一点を指先で撫でつけるように押さえると、加減、神妙な面持ちで目を細めた。




《行くべき場所》


 足下でざらりとした感触。
 砂利を踏んだハイヒールの下で砂埃が舞い上がる。
 シュラインは白い建物をじっと見上げると、ふぅっと息を吐く。
 彼女はそのまま意を決したかのように足を踏み出した。

「………」

 こうまで予想通りだと、拍子抜けする―――そんな事を思いながら、シュラインはその施設に足を踏み入れた。
 白塗りの壁が清潔感を漂わせ、中からは消毒薬の香りが漂ってくる。
 その香りに導かれるかのように、彼女はハイヒールの音を高らかに響かせながら入り込んでゆく。
 突き当たりの事務員に声を掛けると、彼女は噂が出始めた頃に事故か病気かで意識のなくなった人の調査を開始した。
 もちろん年齢は一切考慮に入れない。
 これまでの数々の経験が、彼女に取るべき行動を自ずと教えていた。

 ―――もしかすると、「その人」が本物の件の石を持っているかもしれないわね

 シュラインは心の内でそう呟きながら、事務員が他の看護婦達に話を振っているのをじっと眺めみる。

「この頃の意識不明者……? そんな人、いたっけ?」
「事故でも病気でも構わないんですって、誰か居たかしら?」
「あぁ、三丁目の山田さんは?」
「………あれって、確かにある意味意識不明だけど、痴呆でしょ! そういう事じゃなくってぇ〜」

 賑やかな笑い声が響く。
 解ってはいたが…この手の相手に緊張感を求めても仕方の無い事だ。

「居ないのなら、いいのよ」

 シュラインは諦めたようにそう言うと、「そうですか?」と、にこりと微笑んだ看護婦達に別れを告げる。
 あの円の中央に位置した院内に、意識不明者は出ていない……シュラインは微かに捜査の行き詰まりを感じた。

「もう……最後の手を使うしか…ないのかしらね」

 ぼそりと呟くように言うと、彼女は病院を後にした。
 未だ舗装されていない砂利道を歩き、病院の門を出ようとする。
 そんな彼女の視界に、小さな少年の姿が目に入った。

「君、こんな所で一体何をしているの?」

 シュラインはそう口にすると、こちらを見て、少し首を傾げながら薄らと微笑んだ子供を目にして首を傾げる。
 子供がシュラインの方へと向き直ったのをみると、彼女は少年のもとへと歩み寄った。

「ねぇ、あなた……」


 あのね、この石はね?

 その言葉に、シュラインの問い掛けはぴたりと止んだ。

 この石はね、想いを呼び覚ますの。

「…………そう」

 この石はね、貴方に夢を見せるの。

 でもね、それはね……全部、僕の夢。

 ねぇ、お姉さん。

 この石を手にとって?

 そうしたら僕、お家へ帰るから……

「あなた、何故家に帰らないのかしら?」

 シュラインの問い掛けに、子供は首を傾げる。

 この石を手にとって?

 そうしたら僕、お家へ帰るから……

 子供の口からは同じ返答しか帰っては来ない。
 シュラインは吐息を零すと、子供の差し出した手の平に乗っている石に手を伸ばす。

 ゆっくりと ゆっくりと

 ―――私の場合、想いは武彦さん達か…少なくとも、武彦さんは浮かぶもの。
 子供の夢の中なら……繋がっているはず。
 二人とも 無事でいて……

 伸ばされた手がその石に触れた瞬間―――
 シュラインの視界一杯に暗闇が広がった。

「………一体、何?」

 シュラインはそう呟くと、目の前に居た筈の少年が姿を消しているのに気がついて、慌てて辺りを見回す。

 一体何が起こったというのか―――暗闇に視覚を奪われたシュラインの目には、暗闇以外の何も映らなかった。

「あぁ……一体どうしたら…」

 想いを 呼び覚ますの。

 少年の言葉が脳裏を過る。
「想いを、呼び覚ます……私の想いが、足りないとでも言うのかしらね」
 シュラインは憮然とした表情のまますっと立ち上がった。
 見つからないというのなら、探しに向かうまで―――見つけられないなんて、そんなはずは無い。
 彼女の瞳の中に宿るものは、ただただ永遠に続く闇ばかりでは無かった。

「武彦さんっ零ちゃんっ」

 お願い、返事をして
 いつも、どれだけ素っ気無くたって
 こんな時にまで 返事が無いのは―――とても、不安になるから

「武彦さんっ」

 絶対にここに居る筈―――自分が、あの石に触れて「想い」を呼び覚ましたのだから。
 シュラインは絶対の意志を秘めた瞳でその人物の名を叫んだ。


 この石は ね……

 この石は 想いを 呼び覚ます

 思い浮かべて 貴方の行きたい場所

 この石はね… 貴方に 夢 を見せる

 でも それはね   全部 僕の夢

 そして 貴女の 夢

 ねぇ お姉さん

 この石を手にとって

 この石で 貴女の夢の中へ 帰ろう

 そうしたら僕も お家へ帰るから……


 少年の呟きにも似た言葉を聴きながら、シュラインははっとした。
 いつの間にか暗闇から逃れ、自分が膝を付き、手を置いている地面、その一面に敷き詰められた石―――
 それらはどれもが、少年が手にしている石と、同じ物に見えた。

「…これ以上……「私たち」をどこに連れて行こうって言うの……? 私は……私の帰る場所は、夢の中なんかじゃ…ないのよ」

 シュラインの言葉は、一面の闇の中へとすっと吸い込まれて、掻き消されてしまった。




《帰るべき、場所》


「………ライン」

「………?」

「シュライン」

 薄らと開かれたシュラインの瞳の中に草間の顔が浮かび上がる。
 一体どうしたのだろうか……さっきまで、呼んだって少しも返事を返さなかったくせに……この人は。
 彼女はそう思いながらもゆっくりと瞼を開き、草間の顔をじっと見上げる。

「どうした、疲れてるのか? そろそろあがってもいいぞ」
「………え?」
「珍しいですね、シュラインさんが居眠りなんて」

 零の言葉に草間が頷く。

「………居眠り?」
「気付いてなかったんですね。ずっと眠っていたんですよ」
「そんな事…」

 ない――そう言おうとして、シュラインは手の中に握られている石に初めて気がついた。

「その石、なんだ?」

 草間にそう問われて、彼女は思わず手を引き攣らせる。
 どうしてこの手に握られているのかはわからない。けれど…もし、まだこの石が何らかの力を持っていて、二人を引きずり込んでしまったら―――?
 そんな考えに囚われているうちに、シュラインの手から石が零れ落ちた。

「あっ」
「………おっ」
「武彦さんっ触らないで!!」

 かんっ……

 床に弾かれた石は、宙に粉を散らせながらいくつかに砕ける。

「あ……」
「…………」

 シュラインは砕けた石を見てほっとした表情を浮かべた。
 しかし、その隣では草間が呆然と煙草の煙を燻らせながら砕けた石を見詰めていた。

「もう、お兄さんが驚かせるからですよ…」
「………………済まん」

 草間が加減申し訳無さそうにそう呟く。

「え? 大丈夫、いいのよ。砕けた方が……」

 シュラインはそう言いながら微笑むと、草間と零、二人の顔をじっと見詰めた。

「……無事で、良かったわ」
「「………?」」

 首を傾げる二人を見て、シュライン・エマの唇には小さな微笑が生まれた。




――――FIN.


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
          ライター通信
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 初めまして、シュライン・エマさん。ライターの芽李<メイ>と申します。
 この度は『行方』にご参加頂きまして誠にありがとうございました。
 事前調査並びに石、子供の世界での探索、ご苦労様でした。
 まぁ色々とありましたが、お陰様で二人とも無事に自分達の居るべき世界へと帰れたようです。
 プレイング、シュラインさんの強い想いの感じ取れるお言葉ばかりでした。
 どうぞこのまま草間・武彦氏と愛を語り合ってくださいませ…(謎)。
 それでは、いつかまたお会いできる日を楽しみにしております。