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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


■Eternal Friend−我は忘れず、君も忘れじ−■

 ぴしゃり、

    ぴしゃり

 ───ワタサなイ

 真夜中の学校の廊下を、水音と共にしゃがれた声が響き渡る。
 どこかへ向けるように───移動していく。
 やがて止まったのは、1階の階段の前。

 ぴしゃり、ぴしゃ、………

 ───ワたさナイ
 ───ワタシの ワタシ だけの シンユウ ともダチ

 音と声は、「どこかへ」向けて更に移動する───。

 ぴしゃり、

    ぴしゃ、……───



 草間零はその日、神聖都学園の友人と門の前で待ち合わせをしていた。
 今日は興信所の買い物の前に、久しぶりに自分の時間が持てた。
 最初は反対していた兄の武彦だったが、その友人が女の子だと分かり、破顔して「いってこい、いってこい、楽しんでこいよ」と嬉しがったものだ。どんな兄でも、やはり妹に友達が出来ると嬉しいものらしい。
「───お待たせ、ごめんねー遅くなっちゃって。実はね、学校の七不思議の話題で、それに出てくる女の子の幽霊の気持ちを当てなくちゃ帰さないってマニアのコがいてねー」
 やっと零の前に現れたショートカットの、いかにも心身ともに健康そうな少女───篠原・魔鬼(しのはら・まき)が名前と真逆な無邪気な笑顔を向けてきた。
 なんでも、最近できた「新しい怪談」だそうで、ここのところ毎晩学校の廊下が水浸しになっていることと、忘れ物を取りに真夜中の学校にやってきた生徒が、この学校の制服を着た少女の透けた姿を見た、声も聞いたということで話題になっているらしい。
「幽霊の気持ち、か……」
 零は、一通り聞いてからつぶやく。
「ここだけの話だけど」
 と、そんな零に、こっそりと魔鬼が悪戯っぽくささやく。
「まだ学校が表ざたにはしてないけど、行方不明になってる子がいるの。もう1週間になるかな? その子がね、最後にいた教室に、悪魔召還の本が置いてあったって、だいぶ古びたやつ」
「えっ……」
 驚いた零は、なんとなくほうっておけず、帰ってからその話を武彦にしたのだった。




■水の悪魔■

 夏休みが終わって、何週目かの土曜の昼過ぎである。
 今日は部活も休みの日に当たるようで、校舎には殆ど生徒も残っていなかった。
「いや、まったくもって申し訳ありません。『こんなこと』にまさか解決の為にあなた達のような人間が現れるとは思ってもいなかったもので」
 行方不明になり学校側が表ざたにしていない、という生徒について、零から話を聞いて神聖都学園にやってきた亜矢坂9・すばる(あやさかないん・─)、斎藤・智恵子(さいとう・ちえこ)、シュライン・エマの三人を前に、校長は頭を下げた。
 話を聞いたあとにその一言を言われ、三人は思わず顔を見合わせた。
「変な話ですね」
 校長室を出た智恵子が、廊下に出てシュラインとすばるに同意を求める。
「行方不明になった生徒がいるのに、『どんな名前の、どんな生徒』が行方不明になったのかは分からない、なんて」
「生徒名簿からひとり『消えている』と確信したその教室の生徒達全員、そしてその担任の証言からということだったから、何かしらの『力』が働いていると考える」
 すばるが、ともすれば冷たくも思える口調で相槌を打つ。
「力───そういえばその教室、ちょうど悪魔召還の本が置いてあった、と言われている教室よね」
 シュラインの言葉に頷き、「行ってみましょう」と智恵子の声で、三人はその足で1階の教室に向かった。



 コンコン、と半開きになった教室の扉をノックする。
 ガラッとその扉を開けたのは、今まさに帰ろうとしていた女子高生である。
 ノックの格好をしていたシュラインと目を合わせてぱちくりし、
「この学校の保護者さんですか?」
 と、尋ねてきた。
「私達は、行方不明になったという生徒の件でお伺いしたのです」
 丁寧に、智恵子は自己紹介のあとでそう言う。その間にすばるが教室内を一瞥し、
「使われていないような教室だ。まるで」
 と、適切な感想を言った。
「この教室は、例のことがあってから生徒全員、別の教室に移ったんです。授業に影響があるといけないからって───」
 自分がここにいたのは、時々、掃除に来る係にされたからだ、と彼女は言った。
「何故あなたが?」
 シュラインが尋ねると、少女は言いにくそうに口ごもっていたが、小さな声でつぶやくように言った。
「わたし───行方不明になった生徒と、一番仲が良かった───『気がする』って言ったからです」
 名前も分からなくなってしまった、だが確かに存在を覚えている、行方不明になってしまった「生徒」。一番胸の痛みを感じたのは、生徒達の中で彼女だけだった。
「悪魔召還本て、どのへんにあったか御存知ですか?」
 智恵子の言葉に、彼女は、「一番後ろの列の、一番窓側の席、その机の上です」と指し示した。
「入ってもいいかしら」
 少し探るように瞳を見つめてくるシュラインから視線をそらすように、少女は「どうぞ」と身体をどけた。
 中に入る三人を心配そうに見ている少女に、
「大丈夫です、何も荒事をするためにきたわけではないので……安心してくださいね」
 と、智恵子が優しく声をかける。
 ふと、すばるが名を尋ねた。
「あなたの名前は?」
 ───あき。空と書いて、あきです。
 そう言って、少女は掃除用具を持ったまま片付けに、どこかに去っていった。
 するり、と冷たい机の上を、シュラインの手が滑る。智恵子の手もその隣を撫でた。
「ここに、本が───」
 智恵子が小さくつぶやく。
 彼女は魔法をかじっているので、何か感じるものはないかと少し目を閉じていた。その耳に、
「この席の人間が使った、と考えるのが妥当だと思う」
 と、席に名札の跡はないか等見ていたすばるの声が滑り込む。
「最初に召還本を見つけた生徒って、今の空さんかしら。だとしたら、もう少し話を聞きたいわ。もう帰っちゃったかしら」
 シュラインは嫌な予感がしてたまらなかった。
 この件を零から聞かされた時から、ふと思いついた映像が頭から離れないのだ。
「彼女なら、あそこに。サーチ済みだ」
 すばるが指で示した場所は、窓の外。
 夕暮れがプールサイドに当たっている───ここから少し高いところにあるプールサイドに、空は立っていた。
「水……」
 今回のネックと思われるひとつに、「水」がある。
 シュラインの喉が緊張で乾いていく。彼女には霊感というものはないが、「嫌な予感」がびりびりと頭痛のようにひどくなっていた。
 す、とすばるが窓を開けて、目を細める。
「彼女が持っているものは、本ではないか? 処分しようとでもいうのか。何のために」
「と、とにかく処分は阻止したほうが、いいですよね?」
 ただならぬ少女、空の雰囲気を、智恵子も感じ取っている。
 ざわざわと立つ鳥肌を抑えつつ、智恵子は一生懸命に神経を集中させ、魔法を発動させた。
 少女の手の中にあった本がパッと消え、それこそ魔法のように智恵子の手の中に現れた。
 空は、いきなり消えてしまった本に驚き、きょろきょろと辺りを見渡している。
 今のうちに、と、智恵子とすばる、シュラインは本を開く。

 ぺら、

 まるで意思を持つように、あるページが全員の視界内に入ってきた。
 開けばすぐにそのページにいくほど、このページに執着していた─── 一体持ち主は誰だったのだろう。
「これは……悪魔との契約を破棄するページね」
 古めかしい字体で書かれている、読みにくい文字を読み取り、シュライン。
「……私の想像していたことと、全然違う結果になりそうです……」
 唖然としながらも読み進めていた智恵子の指が、ふと、呪文のところで止まった。
「ここ……ここだけ読めません。なんて書いてあるのでしょう……」
 それは魔法を学ぶ智恵子にも読めない文字だった。
 語学に長けているシュラインにも、見覚えのない文字だ。
 その時、シュラインが戸口を振り返った。
 さっきとは違う女生徒が立っている。
「あたしの悪魔が機嫌悪くしちゃうから、」
 こつん、と入ってくる少女の口元は妖しく微笑んでいる。
「この件から手を引くか───消えてくれない?」
「幽霊の気持ちを聞いたマニアの子、というのは誰か知らないか」
 嘲るかのような少女の物憂げな口調を冷たい、目に見えない板で弾くようなすばるの理知的な声。
「ああ───あたし」
 幾分鼻白んだ感じで、少女はポニーテールの先っぽを弄りながら、それでも口元の笑みは崩さずに言った。
「それ、あたしのコト」
 そして誰が口を開くよりも早く、口早に何かの呪文を唱えていく。
「「「!」」」
 シュラインはすばると智恵子を後ろにかばった。
 呪文が終わる───しゅうしゅうと本から黒い煙が立ち昇ったかと思うと、雲のように塊となって天井に達した。
「逃げてください!」
 青白い顔をして息を切らしながら、少女に体当たりするようにして教室に入ってきたのは、プールサイドに立っていた少女、空。
 だがその時すばるの口も、開いていた。
「……、…、…………、……」
 今の呪文の逆転、正逆発声。
 普通の人間には割りと不可能な方法だが、すばるにはそれが出来るのだ。
 黒い煙は戸惑ったようにうろうろしていたが、やがて再び本の中に消えた。
「空、なんで邪魔したの!? あんたのためにやってるのに!」
「わたしはもう、やめたいの!」
 泣き叫ぶような空。だがポニーテールの少女は彼女を睨みつける。
「裏切れないよ、あんたはあたしを。だってあたしは、あんたのために、『あんた達』のために悪魔をよんだんだから」
「あの、言い争いは……」
 やめましょう、とおずおずと言おうとした智恵子の言葉を、何かの音が遮った。
 小さな───だが、誰の耳にも届かぬことを許さないような、そんな、「静かな凶暴な」音が。



■身体を分かち合っても■

 ぴしゃ、

   ぴしゃり

 ───ワタさなイ
 ───しんユウ ただヒトリ の

「この……声」
 シュラインの耳だからこそ、その小さな声までも聞こえたのかもしれない。
「えっ……声って、例の幽霊さんが言っているっていう、あの声ですか?」
 智恵子の問いに、すばるは「時間」を確認する。
 ついさっきまで、夕暮れだったはずだ。
 この学園内の時間だけが狂っているのか───教室の壁にかかった時計は、8時をさしている。
 窓の外も廊下も、真っ暗だった。
「無理に本なんかに押し込めたから、怒ったんだよ、あの子が!」
 ポニーテールの少女が、どこかに走っていく。
 待って、と空が追いかけていく。
 シュラインは、彼女達が「音と声」に向けて走っていくのを確認し、智恵子とすばると頷きあい、教室を出た。
 一階の階段前に行くにつれ、廊下に落ちている水滴の量が多くなっていく。
 水の移動───廊下の水溜り、その湿った跡を観察していた智恵子が、確信を持って言った。
「微妙に湿った位置や、『水の気配』が一日ごとにずれているのを感じます。壁の前で止まっていたのが、階段を上がって───」
「今は、ここか」
 すばるが、とん、とつま先で廊下、その踊り場の床を弾く。
 踊り場を、開け放たれた窓から月が照らしている。
 水溜りはそこで途切れていた。
「窓───?」
 覗いてみると、目の前にはちょうどプールサイドが見渡せる。人影が見えて、シュラインはハッとした。
「な───どうして零ちゃんが!」
「えっ!?」
 プールサイドに向けて走り出すシュラインを追うように、すばると智恵子が続く。階段を降り、下駄箱を通って外に出て、プールにあがる階段をまた昇り。
 はたしてそこには、零が笑顔で───お弁当を広げていた。
「零ちゃん、何してるの」
 極力優しい声で、シュライン。
「あ、シュラインさん」
 零は振り返る。
 その瞳は虚ろにもなっていないし、ほかにおかしな色も見られない。
「魔鬼さんが、今日は学校で泊り込みして肝試ししなくちゃいけない罰ゲームになったからって、ひとりじゃ可哀想ですし、わたしも来たんです。肝試しの前に腹ごしらえと思って、お弁当食べているところでした。皆さんもどうですか?」
 そんなことよく武彦さんが許したわね、という言葉を、シュラインは言うことができなかった。
 ───今、零はなんと言った?
「あの」
 智恵子も、同じ事を思ったようで、恐る恐るというふうに尋ねた。
「魔鬼さん、って……よろしければ、私達にもご紹介して頂けませんか? 零さんのお友達、でしたよね」
「あ、はい。すみません、気がつかなくて」
 零は慌てたように立ち上がり、サンドウィッチをひとつ食べ終えた「彼女」の肩をぽんぽんと叩き、立ち上がらせた。
「魔鬼さん、そちらが、わたしの兄さん達がお世話になっている方達で、こちらは、わたしのお友達の魔鬼さんです」
 振り向いた魔鬼は。
 明るい笑顔で、「初めまして」とぴょこんと挨拶をした。
 ───今までシュラインや智恵子、そしてすばるが追っていたはずの、空の顔で。



 月の光が、こんなにも憎く思えたことはない。
 切なく思えたことはない。
 ああ、でもわたしは確かにこの世に在ることができるのだ。
 こうして水の中でたゆたっていれば、そう、
                    いつまででも。



「零ちゃん、こっちへいらっしゃい」
 シュラインの手は、震えていたかもしれない。予感が的中したかもしれない、という確信を持った、それから連想される、恐らく零が哀しむであろう結末を哀しんで。
「二重人格ではない。もうひとつの物体を水の中に感じる。『それ』が鍵だとすばるは判断する」
 すばるの声には、彼女の身体的とも言うべき特徴として抑揚がない。その瞳は、プールの真ん中に注がれていた。
「魔鬼さんは、空さんだったんですね。双子、だったんですか? それとも今も双子で、空さんとは別人なのですか?」
 一縷の望みを持って、智恵子はへたり込みたくなるのを懸命に堪えた。今、嫌なほどに感じるプールからの、そして魔鬼からの「違和感」に、初めて自分が魔法をかじっていたことを恨んだ。こんなに哀しいことが分かってしまうのなら、こんな力持たなかったほうがよかったのかもしれない。
「魔鬼は空の、『生まれるはずだった』双子の姉さんだよ」
 三人の背後に、コツンと靴音を立ててポニーテールの少女が立つ。何故かとても、疲労しているように見えた。
「魔鬼は生まれずに死んだ、でも空は魔鬼の『存在』を感じ続けた。あたしにも霊感があるからか、感じられた。あたし達は───親友になった」
 幽霊にもなれなかった、哀しい魂と。
「実体をもちたくなるのは当たり前。空は喜んで魔鬼に、望むときに身体を貸すことを約束した。それは、あたしがよんだ悪魔だから出来たこと」
「あなたの呼んだ悪魔は、あなたの魂を要求してはこなかったのか?」
 すばるが尋ねると、少女はクスッと笑った。
「ああ、してきたよ。あたしだって魂なんかくれてやるつもりはなかった、でも」
 こぽこぽ、と泡立ち始めたプールの水面を耳の良いシュラインが睨みつけているのに気づき、少女は更に自嘲するように微笑んだ。
「でもさ、仕方ないじゃない。まさか幽霊になれなかった空の双子の魂が、そのまんま『あたし達に会っている時の記憶がまったくない悪魔』だったなんてさ」

 ザバァッ───

 零が小さく悲鳴を上げ、かくんと倒れ掛かった魔鬼の身体を夢中で支える。───ウソのように、軽かった。
「今からでもいい、」
 シュラインが、頭を抱えている智恵子を抱きしめているのを目の端に確認しつつ、すばるが言った。
「すぐに契約の破棄を」
 人間としての意識は、人間の、空の身体の中にいる時だけ。
 そして、「そう」でない魂だけの、今は。
 一般人の目にその身体が見えるほど、ポニーテールの少女から奪った生気で力を満たした魔鬼の魂の姿が、あった。




■忘却は水の底へ■

 透けるように美しい、水そのもののような───水の精霊と間違うほどの肢体の少女が、プールの真上に水滴を滴らせながら、ゆっくりと首を回して全員を確認するように見つめていく。
「多分、もう契約の破棄だけでは無理です」
 なんとか声を押し出しながら、智恵子。
「この魂をここまでこの世にひきつけたのは、二人の人間の強い想いです。人の強い想いは、何よりも強いんです」
「…………そうね」
 シュラインが、零の腕の中で意識を取り戻す空と、未だ倒れずにいるポニーテールの少女とを一度交互に見る。
「そうかもしれないわ」
「ポニーテール少女、そして空の、魔鬼への想いを断ち切るのが最善と判断」
 すばるが言うと、「それはできないよ」とポニーテールの少女が膝をつきながら応じる。
「どうして断ち切れる。あたし達は『みんな』、赤ん坊の頃からの幼馴染だったんだよ。あたしの魂だけ持ってけばいい、あたしが魔鬼は悪魔だって分かるようなことをしなけりゃ、あたしの力で魔鬼は『生徒の一人』としてこの学園の皆に、錯覚でも受け入れられていたんだ。幽霊がどうのって馬鹿騒ぎするヤツも魔鬼を馬鹿にするヤツも出てくることがなかったんだ」
 ───幽霊の気持ちが、分かる───?
 それは、この少女の問いかけではなかったのだ。
 クイズのようにごまかしてはいても、自分への罪の杭として胸に突き刺した言葉に違いない。
 ゴォッと音がした時には、すばるの姿が消えていた。かわりにあるのは、大量の水溜り。
「すばるさん!」
「すばるさん!?」
 シュラインと智恵子は青褪めたが、瞬時に水の攻撃から逃げたすばるが、遠く離れたプールサイドに降り立つのを認めて、ホッとした。
「悪魔を友達に欲しい人がいて、だからこんなことが起きているのだと思っていました」
 智恵子が、自分の力で立ち上がる。
「でも、本当はこんなに、ツラいことでした」
 見据えなければならない。
 意識も何ももたず、ただ悪魔の性というだけで攻撃し続け、本当の親友も双子の妹も屠ろうとしている、この哀しい魂を。
「忘れちゃいけないんだ」
 ポニーテールの少女が、倒れる瞬間、
「悪魔を親友にしたんじゃない。あたしは、魔鬼だったから親友になったんだ」
 最期に、笑った。



 あくま───
 そう わたしは「あくま」だから生まれることを拒絶された家の者に拒絶された憎むはずだった
 でも妹は拒絶しなかった 赤ん坊の頃からわたしが見えていた魂の世界の水に流されそうになるわたしを見て泣いてくれた
 だからわたしはこの世に在ることができた



「無駄ではないはず」
 すばるは出来る限りのことを考えた。
 今、自分にできることを。
 契約破棄の呪文を唱えても、恐らく今は遅い。
 ただ人間の技術に頼るしかなかった。
 携帯で救急車を呼んだ───救急隊員が今この状況で、学園の敷地内に入ることができるのか分からなかったが。
「決して無駄ではないはずだ」
 求める結果のために、何かをするということは。たとえ、それがどんなに小さな意味しか持っていなくとも。



 学んだのは人の心優しさふれあい慈しむことそして決して裏切りのない友情
 心を持っていなかったわたしにはどれも新鮮でいつの間にかわたしにも心ができた気がしてだから身体を望んだ 魔法がとけることも知らずに
 そう かけがえのない親友がかけてくれた優しい魔法がとけてわたしが「わたしの本当のこと」を「本当の本性」を知ってしまうことも知らずに



 腕が、胸が痛い。
 こんなに強い結界を張ったのは、初めてだ。
 智恵子はだが、自分の魔法で作った結界がどれだけ強力かは分からなかったが、自分に今できることはこれしかないのだと思った。
「まだ───」
 まだ、泣いてはいけない。
 泣きたくても、まだ泣いてはいけない。
 この胸の痛みが、涙へと繋がるものかは、はたして分からなかったけれど。



 わたしの醜いこの名前もあなた達は受け入れてくれた
 身体を「分けて」もらえるようになってより一層水を求めるようになったわたしをかばって
 執着していたのはわたしのほう
 あなた達二人に
 この世への生に
 渇望してしまった

      だから もう わたしは───



 どくん、どくんと。
 自分の心臓の音を、近くに感じる。
 水の属性のものが相手ならば、と、液体窒素を持ってきていた。
 だが、シュラインはそれを使えないでいた。
(私が『殺して』いい魂じゃない)
 では、誰が?
 色々な思いが交錯していたシュラインは、いつの間にか持ち物に水の手がのびて、液体窒素が抜き取られる瞬間に───気づいた。



「駄目よ! 死んだら駄目!」
 シュラインの強い声に、ぴくりと、液体窒素の瓶を握っていた水の透き通った手が止まる。
「誰かのために犠牲になるなんて、そんなの間違ってるわ! 何にも解決できっこない!」
「私も、───私もそう思います! 私は、あなたみたいな魂が黙って消えるのも、誰かが死ぬことも、両方哀しいです!」
 智恵子が、結界を支えるかのように両手をまだ前に突き出しながら、懸命に呼びかける。
 ふと、すばるは今まで無意識のうちに握りしめたままになっていた悪魔召還の本を見下ろした。月のもと、ぱらぱらとめくってみる。
 ───ああ……あった。やっと見つけた。
「方法はひとつ。
 永遠の忘却、そして永遠の友情と愛情」
「そんなことが、できるのですか」
 零が、縋るように身を乗り出す。
 すばるはシュラインと智恵子、零と空、そしてポニーテールの少女のいる結界の中に入れてもらうと、とあるページを指し示した。
 意識のある者は全員目で合図し、最後に水の魂を見上げた。
 かすかに、震えているような魂は、思念で問いかけてきた。
<本当に、いいのか>
 小さな小さな、けれどはっきりとした声。
<わたしは生き続けても、いいのか>
「あなたは悪いことなんて、何もしてません」
 零は泣いていた。
「わたしとだって、友達になってくれました……」
 ───人としての記憶が、今この魂にないことはわかっていたけれど。
 そしてすばるはポニーテールの少女の前に立ち。
 智恵子は空の前に立ち。
 シュラインは水の魂の前に立って。
 同時に、暗記した短い呪文を唱えた。
 空は目を閉じ、水の魂はゆらゆらとプールの底のもっと底に潜り、すばると智恵子とシュラインも。
 ───眠りに、落ちたのだった。



■我は忘れず、君も忘れじ■

「依頼料は出ないのですけど……いつでも遊びにきてくださったら、わたし、できるだけおもてなしをしますから」
 零のそんな言葉を、三人は辞退した。
 あれから、魔鬼という水の魂、篠原空、そして水越恵美(みずこし・えみ)という名前だったポニーテールの少女は、三人が唱えた「忘却と永遠(とわ)の眠り」の呪文により、それぞれがそれぞれのことを忘れ、水の魂であった魔鬼は加えて眠りについた。
 零にとっては、貴重なひとりの友人をなくしたばかりか、酷な結果を見せてしまったことになる。
「忘却って、本当に全部何もかも、忘れてしまうんでしょうか」
「恐らく、一生」
「でも、生まれ変わったらきっと───」
 後日学園を訪れた智恵子とすばる、そしてシュラインは、学園の正面にあるオープンカフェで紅茶や珈琲を飲んでいた。
 下校時刻も近く、零は毎日この時間になると校門に花束を置きにいくのを欠かさない。
「たゆたいたゆたう水の唄 湖畔の調べに耳をすまさば 幾々年の愛しき繋ぎを……」
 どこか慈しむ表情で、そんな不思議な唄を唄いながら空が出てきた。零と目が合い、どちらかが口を開く瞬間、「ねえ、その唄さ」と肩を叩かれ、空の気はそっちにうつった。
 水越恵美だった。
「その唄、なにか懐かしいんだよね。ちっちゃい頃から誰かに教わってたような、誰かをすごく愛しく思う気がする」
「わたしも、そうなの。この唄、わたしの家に古くから伝わる唄で───あ、わたし、空。篠原空」
「あたしは恵美。水越恵美。なんだか、仲良くなれそうだね」
<たゆたいたゆたう水の唄 思い起こすは愛しき調べ───>
「「「!」」」
 確かに、その時。
 魔鬼の声が聞こえた気がして、三人は零と共にどこかを見上げた。
 穏やかな風が、するりと暖かくすり抜けていった気がする。
 たたっと、零が戻ってくる。
「わたし、昔の人の詩で、好きな一節、思い出しました」
 夕焼けが、目に暖かい。
「我は忘れず、君も忘れじっていうんです」
 零はまぶしいほどに、笑っていた。



《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2748/亜矢坂9・すばる (あやさかないん・すばる)/女性/1歳/日本国文武火学省特務機関特命生徒
4567/斎藤・智恵子 (さいとう・ちえこ)/女性/16歳/高校生
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、色々な意味で皆様のプレイングが生かせなかったかな、と少し反省点もあります。まずそのことをお詫び致します。
水の悪魔、ということで所謂一般で言う「悪魔」というものの規定外でもあり、人間としての規定外でもあった「魂」が「正体」だったわけですが───反響がとても心配な作品でもありましたが、個人設定やプレイングを生かしつつ書いた結果がこのノベルですので、個人的にはとても満足のいくものとなっています。因みに、最後、零が言った詩の一節は、かの有名な詩人のひとりの詩の一節です。昔からこの一節が大好きで、過去何度もこれをネタに作品を書いていました(笑)。

■亜矢坂9・すばる様:初のご参加、有り難うございますv 今回、装備してきてくださったものが殆ど役に立っていなくてすみません;ただ、すばるさんご自身に立ち回りをして頂いたり頭を使っていただいたりしたので、正直いつもより疲れたのではないかな、と心配でもあります;
■斎藤・智恵子様:初のご参加、有り難うございますv 魔法も学んでいる、とのことでしたので、今回一番力を使って頂きました智恵子さんですが、どうもわたしの中では「びくびくしながらも芯が強い」イメージがあったようで、その面が強く出てしまったかと思われます;ここは違うよ、というところなどありましたら仰ってくださいね;今後の参考に致します。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 液体窒素を最後に使うかどうするか、ということが今回一番悩んでいたところでもあります。真実はシュラインさんの予想にほぼ近かったので物語を進めやすかったのですが、やはりPC様にたとえ悪魔といえど悪い存在であれ殺しをしてほしくないなというヘンなポリシーを持っていましたので、あんな形を取らせて頂きました。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。今回は、やっぱり題名にもありますとおり、「忘れても絶対に魂の底では忘れられない友情・愛情」が書きたかったのだと思います。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/09/16 Makito Touko