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<東京怪談・PCゲームノベル>


楼籠景射


 武器である事。
 それが基本であり、到達点であると目の前の男は言った。
 気配を消すことも。
 感情を消すことも。
 動きを止めるさせることも。
 人を殺すことすら……。
 それら全て『使い方』にすぎないのだ。
「前置きがすぎましたね」
「いや、いい」
 全ての発端は、ここで北斗が修行を申し出たことだ。
「技術は、全て使い方次第なんです」
「覚えとく」
 立ち上がった夜倉木に身構える北斗。
 組み手の前にもう一つ頼んでいた事がある。
 限りなく、実践に近づけて欲しいと言ったのだ。



 その結果。
 北斗が言った言葉を、こんな時に限って夜倉木は忠実に実行に移したのだ。
 もう少し手加減して欲しいと言っておけば良かったとは後の祭りだし、それではここに来た意味がないことは重々承知している。
 つまりはそれぐらいは厳しいと言うことだ。
 純粋な体術のみというルールで始めた組み手は、直ぐにとてもやりにくい相手と戦っているのだと思い知らされる。
「……っ!」
 背後からの打撃を受け流そうと半身をずらす。
 その僅かなタイムラグの間に左腕に膝をたたき込まれ、床へと思い切り打ち付けられた。
「いっ、く……!」
 鈍くしびれる腕を押さえながら、その間に乱れた呼吸を整える。
 ずっと、同じ場所ばかりを狙われているのだ。
 弱点だと知られているからだけではない。
 そうすることで、ここだけに注意をすれば他への注意が留守になるし、他も気にすれば左腕が狙われる。
 単純で、とてもやりずらい。
「くっそ……」
 くらくらする頭を抱え起きあがると、無表情のまま見下ろされる。
 無言のまま待たれているのだと思うと悔しさを感じると同時に、精々このチャンスを利用させてもらおうといま北斗に出来る攻撃の手段を考え始めた。
 今この状態で攻撃を受けないようにするのなら、間合いをとるか反対にぎりぎりまで近づくかだ。
 前者は体術のみであるから意味がない。
 必然的に後者を選ぶことになるが、死角へ行くことは相手の方が上だと思い知らされている。
 選ぶ手は一つだった。
 目を細め、勢いよく飛び起き間合いへと飛び込む。
 ボクシングのような構えで飛び込むが、ボディ狙いで終わりではない。
 全身を使いぶつかるように密着すると同時に掴みかかり、渾身の力で頭突きをかまそうと………。
「………!?」
 全身に突然かかる浮遊感。
 天井と床が反転した次の瞬間。

 ドン!

「かはっ!?」
 背中を強く打ち目の前が真っ白になる。
 同時に呼吸もまともに出来ない。
「……っ! ―――っ!?」
 背骨から肺に突き抜けかのような痛みに転げ回る。
「大げさですね、それほど酷いことはしていませんよ」
「うっ、かは、ごほっ!?」
 淡々とした口調を投げかけられる頃には<どうにか息は出来るようにはなっていたが、胸元を押さえて寝転がる北斗の直ぐ横で話しかけてくる。
「骨も折ってませんし、ひびが入るようなこともしてませんよ」
「うっ、くそ……なっとくいかな、いっ。げほごほっ!」
 咳き込む度に悪化することに気づき、口を押さえながら数秒の間息を止め何とか持ち直す。
「あー……苦しかった」
 大の字になって寝転がる北斗に、夜倉木はため息を付きつつ眉を寄せた。
「この程度で音を上げてるようじゃ到底続きませんよ。やめたかったらいつでもどうぞ」
「やめるなんて言ってない」
 むっとしつつ、上半身だけを起こそうとする北斗の耳にとんでもない台詞をさらりと告げる。
「一族の人間の中には修行と称して見知らぬ土地につれてかれるぐらいですから」
「……は?」
「高校の頃、中国の辺境で目が覚めたときはどうしようかと思いました。パスポートも持ってませんでしたし」
「いや、うん……予想外な人生送ってるんだな」
 それ以外にコメントのしようがなかったのだ。
 北斗も修行と称して色々あっただけに、うっすらとだが解ってしまう。
 滝に落とされたりそれはもう色々な事があったのだ。
 座り直しながら、気になった事を問いかける。
「さっき何やったんだ? 気づいたら世界が反転して床に叩き付けられてたんだけど?」
「単純な事ですよ。両肩はあいてましたから、そこを掴んで頭越しに投げただけです」
「………」
 背丈や体重を考えるとかなりの力業である訳だが……深く考えるだけ無駄だろう。
「咄嗟の判断は悪くないと思います、体術だけでなかったら結果は違ってたと思いますし」
 褒め言葉とも取れる台詞を羅列され、驚きに目を見開いたのも束の間。
「最も基礎を怠ってるようですから、その甘さは残りますね発想は良くても、それを実行できなかったら無意味です」
 ずばり嫌なところを付いてくる。
「……基礎って言われてもな、具体的には?」
「出来ることなら無意識に体が動く状態になれば一番良い」
 簡単に言ってのけるが、そこに至るまでどれほどかかるというのか。
「まあそれは……」
 歯切れの悪い返答ではあったが、納得できる要素は多々ある。
「だな、肝に命じとく。でも多少は考えてたけど、後は体が動くままに任せてたぜ」
 作戦めいた思考はほんの少ししかなかったのだ。
 純粋に反射や経験であるとは自信を持って言える。
 そんな北斗に、夜倉木はトンと左腕を指しつつ告げた。
「癖とは違います。ケガをした所為か何かの理由で意識してるようでしたから、狙ってくださいと言ってるような物ですよ」
「……うっ。けど、庇ってるつもりはねぇぜ」
「それが原因ですよ『何ともない考える事』の時点で意識しているのと同じです」
「……?」
 解る気はするが混乱してきた。
「言い方を変えましょう。攻撃する方にしてみれば、ケガしたときの記憶を一瞬でも思い起こさせたら俺の勝ちだったわけです」
 フラッシュバック。
 浮かんだのはそんな言葉だった。
 戦いの最中にそれが起こればどうなるかは、北斗にだって容易く解る。
「質悪いなあんた」
 ケガをしたとを見抜かれる様な動きをしていたのは紛れもなく事実である。
「弱点を責めるのは俺達にとっては普通の事です。さっきの事でそうは思いませんか?」
「さっき?」
「俺が肩を持って投げた時の事です。実際にはいい手だと思いますよ、あれだけ接近すれば俺の動きも封じる事は可能でしたし」
「じゃあ何で……」
「相手が力業だけで来た場合、それに対抗できる技術か経験があれば対処できるんですよ」
 言いたいことは何となく解ってきた。
「つまり俺がまだまだだって?」
「そうです。もう少し背中や目に見えない位置に気を配れたなら、対処できたはずです」
「それが足りない所か……」
「今はこれぐらいですね」
 強調された前2文字に、腕をさすりながらため息を付く。
 しばらくの課題は、左腕に向けていた意識を全身へ向けられる様に調整する事だと解っただけでも収穫だろう。
 とても、難しい気がしないでもないが。
「あと……もう一つ」
「ん?」
「実践形式にはしましたが、足りなかったようですね。本当に危機に直面しなければ、組み手では本気を出せてないようです」
「……それって」
 不穏当な発言である気がして、訝しむように見上げる。
「まあ死合いと言うわけにも行きませんし、この程度でいいと思いますよ」
 道場の端に向かい、鞄の中から小さな箱を投げてよこす。
「打ち身が多いはずです、長引かせたくなければ今のうちに手当てした方が良いですよ」
「解ってる」
 痛い所から始めようと考え、直ぐに痛むのは全身だと気づく。
 少し考えてから、肩や左腕や肩から治療をし始める。
 手間取っている北斗を眺めながらなされた問いかけは、とても唐突な内容だった。
「今までで死にかけた事は?」
 手を止め、不思議な物をみるような目でみあげる。
「思ったんだけど、質問される回数多くねぇか?」
「誰かの影響かも知れませんね」
 あっさりとかわされた様な、それとも全く別の何かが関わっているような……そんな手応えを受け、やる気を失いかけるもそれでも答えを考え始めた。
「まあいいけど……二、三回はある」
 死にかけた経験は、直ぐに鮮明な記憶となって蘇ってくる。
 その時の痛みも、恐怖も。
 体の芯から冷えていく様な感覚と真逆に、流れるの全てが血が煮えたぎるような不可思議な錯覚に至ったことも容易に思い出せた。
 このまま死ぬのかという考えが頭を過ぎった瞬間、何よりも恐ろしかったのは……。
「……ゾッとした」
 思い出すだけで、腹の底が鈍く痛みだす。
 『それ』は途方もない苦痛だった。
「俺は……」
 痛みよりも。
 暗くなる視界よりも。
 周り全ての音が聞こえなくなるよりも遙かに。
 もっと。
 ずっと……。
 辛くて苦しいことだった。
「俺は、置いていけない。一人じゃ逝けない」
「………」
 今は仮定にすぎないとしても。
 もし万が一その時が訪れてしまったら、一体どうなってしまうのだろう。
「絶対に、死ぬなんて出来ない」
 想像もしたくない。
 ふらつく体に活を入れ、立ち上がる。
 体の痛みも疲労も、全てが軽減されていた。
 確かに、気の持ちようでどうにかなる程度の物でしかなかったのだろう。
 射抜くような北斗の視線を外し、夜倉木が歩き出す。
「それだけ解ってるならいいんです」
 背を向ける夜倉木に今度は北斗が問いかける。
「あんたはどうなんだ?」
 初めから足音をほとんどさせない歩き方だった。
 それ故。
 遠ざかっていこうとする背を見ていなければ、足を止めたと気づかなかったかも知れない。
「……」
「………」
 ほんの数秒の沈黙は、北斗が何かを考えるのには短すぎた。
「いま、本当に死にたくないと思う理由は一つです」
「………っ、それ!」
 問いかけにすらならない言葉に、答えを返されるわけもなく。
「少し休憩します、5分したら再開です」
 扉に付くまで夜倉木は一度も振り向くことはなかったが、外へ出るその刹那。
 ほんの、少しだけ振り返り、

「     」

 何かを呟いたような気はしたが……。
 その言葉を聞き取る事は叶わぬままだった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)】

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。

シリアス書いた後のコメントを
笑いに持って行きたくなるのはどうした物でしょうか?

カギ括弧は謎のままです。
何時か明かされるときが来るのでしょうか?
それも謎のままです。