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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■うさみみうさあしうさしっぽ■

「どうですか? 美味しいですか? 自信を持ってこのお月見の日に私の会社が売り出した月見団子ですよ♪」
「……充分分かってるよ、んなこた」
 珍しく、この日、草間武彦は生涯の宿敵と信じてやまない、生野・英治郎(しょうの・えいじろう)の差し出された一見普通の月見団子を黙々と、これまた運悪い時に興信所に集まっていた面子と共に食べていた。
 確かに美味しいが、顔は状況が状況なだけに、苦虫を噛み潰したような表情だ。
「私の発明した薬味のひとつも入ってるんですよー♪」
「分かってるって」
 こんな状況になったのは、ひとえに、零が「残暑お見舞いに」と差し入れにやってきたという彼の妹である電波系美女、ユッケ・英実(─・ひでみ)を招きいれ、この月見団子を食べさせられ、消えうせてしまったことによる。
 英実によれば、「わたしは体質が特異だから……効かなかったのかもしれないわ……この、うさぎ印のお団子で作ったお月見団子……」ということで、耐性(?)のない零(というか一般人)は、英実の言うところによると「お団子の世界」に行っているという。
 実のところ、その世界がどんなものなのかハッキリ分かっていないのだが、バレンタインの時よろしく英治郎の会社が慌てて売れ残っていた月見団子を回収したものの、消えうせて団子世界に行った一般人───この場合の「一般人」とは、生野兄妹を除いた全員である───も連れ戻すため、武彦とその仲間達はこうして食べているのだった。
 そうしているうちに、一人、二人と消えていき、武彦の視界もまた興信所内から不思議な薄い黄色の世界に変わっていた。
「ここは───どこだ?」
 あちこちで、白ウサギたちがえっさ、ほいさとお餅や団子を作り、粉を作ったりしている。
「あ、またお客さん? 今年は多いなー」
 エプロンをつけたウサギの一匹が武彦達に気づき、額の汗をふかふかの手で拭いながら二足歩行でやってくる。───器用なウサギだ。
「ここは、月世界の餅と団子工場だよ。でも、最近悪さをする黒ウサギのシーダのせいで、犠牲者が増えててねー」
「ま、まさか零もその犠牲者とやらになってないだろうな」
 どんな犠牲なのかは分からないが、武彦は思わずウサギの胸倉、エプロンごと掴み上げる。
「く、苦しいお客さん」
「お客じゃない! 犠牲者ってなんなんだ!? そういやここに来てるはずのほかの一般人、俺の仲間以外見当たらないじゃないか!」
 なんとか武彦から逃れたウサギ、息を整えて説明した。
「シーダはこの果ての森に住んでるんだよ。そこで王国を作ろうとしてるのさ。嫌がらせってだけで、俺達がせっかく丹精こめて粉から作り上げたお餅やお団子も能力で腐らせちゃうし、謎のきのこは沸くし」
 それでね、と続ける。
「そういう現象が起こり始めると、シーダを止めない限り、人間だろーがなんだろーが、全員ウサギの姿にだんだん近づいてって、しまいにはホントにウサギになっちゃうんだよ。喋れはするけどね。それで、そのまま地球に見世物として売り飛ばされるんだ」
 我々は元からいるこの世界のウサギだから、我々とは違うんだよ、ホントの地球ウサギに近いウサギなんだよ、と続ける。
「ってことは……なにか、俺達にそのシーダってヤツを宥めるかとっ捕まえてやめさせるかしないとってことか」
 げんなりとする武彦に、「うん、そうだね」と白ウサギが頷いた、その時。
 ぽん、と可愛らしい音がして、早速武彦にうさしっぽが生えた。
「………………英治郎ーっ!!!!!」
 早く貴様もこい! とどこかへ怒鳴る、武彦だった。



■なに見てはねる■

「いいな、なにがあっても全員離れるなよ」
 英治郎を待ちきれずに、妹可愛さ&心配さで強行軍を決意した武彦は、全員が揃っているのを確認して念を押す。
 離れ離れになれば二次遭難になってしまう。
「あ、それならいい考えがありますよー」
 と、ウサギ達がひょいひょいと武彦達の足元を飛び跳ねて何かしていたが、気がつくと二人三脚のようにゴムのような質で出来ている紐で二人一組で足を結ばれていた。
「……今年の正月を思い出して嫌な気分なんだが仕方ない」
 零のためならばなんでも出来る、見上げた兄である。
 武彦は一本の紐を持ち、全員に渡しながら言った。
「いいか、これは絶対に離すなよ。命綱だと思え!」
 そして、初瀬・日和(はつせ・ひより)と共に耳がはえた時のために備えて帽子をかぶり、位置的に彼女と二人三脚されてしまって少し頬を染めながらそれを隠すようにあちこち(しっかり武彦もフレームに入れて)写真を撮っていた羽角・悠宇(はすみ・ゆう)の頭をパコンと叩く。
「聞いてんのか、羽角」
「まあまあ、武彦さん。年頃の男の子なんだし、仕方ないわよ」
 こちらはよく依頼で一緒になるため仲良しの海原・みなも(うなばら・─)と二人三脚の、シュライン・エマが武彦に耳打ちする。
「シュラインさん達はいいけど、男同士の二人三脚ってムサいなー」
 物珍しげに生えた自分のうさしっぽをふかふかと触りながら、桐生・暁(きりゅう・あき)がちらりと自分と二人三脚になった、機嫌を悪くしている門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)をちらりと見る。
「美味い団子と思って食ったのはいいが……何でウサギのしっぽが急に生えるんだよ! 腹立つ!」
 この中で一番まともな反応だ、と誰もが思った。
 だが今の武彦の頭には零救出の三文字しかない。
「案外似合っていますよ?」
 みなもの率直な感想に、将太郎はいや、とかぶりを振る。
「着流し着てたら変人扱いだ。とにかく、その黒ウサギのシーダって奴を懲らしめるしかないな。宥めは無用っ! 悪いことをすれば自分に跳ね返ってくるってことを思い知らせてやる。さっさと行こうぜ、草間さん」
「とと、待った待った」
 急に歩き出そうとした将太郎に足を引っ張られてもう片方の足で身体を支えつつ、暁。そして、ちょいちょいとみなもが話しているほうを指し示す。
「一応相談してからって話みたいだからさ、まー、ウサギにされちゃたまんないし、女の子だけでも助けてあげなくちゃね」
 暁は幾分しっぽに慣れてきたらしい。
 武彦もみなもが喋っているほうに耳を傾ける。なんの策もなしに行けば、それこそ黒ウサギ、シーダの思う壺かもしれない。
「シーダさんってなんで、そんなことをしているのでしょうか。とりあえず、ウサギさんたちにもう少し詳しい事情や、なんでシーダさんだけそういう芸風を身につけることができたのか、なんかをお聞きしたいです」
「私も聞きたいわ、どうして王国を作ろうとしたのかってところに鍵があると思うのよね。それと、この状況に至るまではシーダはどんなことをしてたのか、ウサギさん達に確認したいの。黒ウサギがシーダだけだったなら、それが淋しくてっていうのも考えられるしね」
 みなもに続いて、シュライン。
 シャッターを押すのをやめて、悠宇もふと考え付いたことを口にした。
「なんでシーダってヤツは仲間から抜けるような事になった訳? なにか原因があって、それを解消すればなんとかなるんじゃないか? 喧嘩してうまく仲直りできなかったとか、教えたい事があるのに上手に話せないとか……素直になれないヤツなのかも?」
 そこでぽむっと悠宇をはじめ、全員の頭に───うさみみが生えた。
「一刻を争うってわけね」
 シュラインが、ため息をついて手短に近くのウサギ達を呼ぶ。
 全員がウサギ達に自分達の聞きたいことや疑問、もしも「こうこうこうなったらの場合」はどうしたらいいか等を聞いた。
 よいしょ、と日和はウサギ達に用意してもらったお茶の道具が入っているピクニックバッグを持ち上げる。
「謎のキノコって、これとこれと……ふんふん……」
 シュラインは作業用手袋を借り、小さいそれになんとか入るだけ手を突っ込んで、シーダがはやしたというキノコを全種類、こちらもバッグを借りて慎重に詰め込んだ。
「なんか、俺達の世界で言うフツーのキノコなんじゃない? それ」
 覗きこんでいた暁の言葉に、シュラインが「そうみたい、完全に同じかは調理してみないと分からないけれど」と応える。
「今入れたもの、どことなく舞茸に似てるな。その前に入れたのはしめじに似てるしな……」
 何か引っかかりを感じたものの、どうにもうまく「結論」が出てこなくて首を傾げる、将太郎。最初はシーダに会ったらやることはひとつと内容も考えていた将太郎だったが、彼も人の意見をまったく聞かないほど馬鹿ではない。ウサギ達の話を小耳に挟んでいるうち、何かもやもやともう少しで思いつきそうなのである。
「うまく料理してシーダに食べさせたらどうなんだろ?」
 ぽつりと暁が言うと、
「シーダさんがもし、意地を張ってるのならお料理して皆で食べる、というのもいいかもしれませんね」
 みなもは大真面目である。
「ウサギ達のほうにも問題あるみたいだしな」
 今まで、ウサギ達の言い分を聞いてメモにとっていた悠宇が、ウサギ達には聞こえないようにひそひそ小声で言う。
 ウサギ達の言い分とは。

 ▲シーダはこの世界で初めて生まれた「黒ウサギ」で、凶運をこの世界にもたらすと言われ、子供の頃から苛められてきた。
 ▲子供のウサギ達を大人のウサギ達が宥めるようになった時には、既にシーダは「見てはいけない魔法の書」を開け、色々な術を使えるようになり、誰に対しても敵意を向けるようになった。
 ▲受け入れようとしたウサギもいることにはいたが、黒ウサギに触れると死神がつくだの疫病神が乗り移るだの言われてきたため、誰もシーダに触るウサギはいなかった。
 ▲親は早くに死んでしまったため、それもシーダのせいだと言われ、誰もかばってくれない中、シーダは「ウサギ達の恩恵」で育てられた。
 ▲その恩も忘れ、今では地球の一般人も巻き添えにして王国なんて作ろうとしているなど、言語道断である。

 ───と、いうことだった。
「ひねくれたほうもひねくれたほうだが、原因の奴らもなんだかな」
 将太郎は、眉間にしわを寄せて悠宇のメモを見せてもらいながらつぶやく。
 これは一言、あとでウサギ共に説教してやらんと、と言う彼の傍らで、ちゃっかり、キノコを調理をするとしたらこの調味料も、とか色々バッグに詰め込んでいる暁である。
「必要じゃない存在なんていないのに」
 と言いつつも、シーダに攻撃されることも考え、茸胞子での攻撃の対策として消毒液も手に持っているシュライン。内心、お団子でヘンになった零ちゃんじゃなくてよかった、とホッとしている。
「よし、と。これで動きやすいはずですよ、草間さん」
「お前、これは自分の趣味じゃないのか」
 武彦の耳に、邪魔そうだからとビロードのリボンを結び終えたご機嫌そうな天然娘、日和には武彦の嫌味も通じない。
「黒いからって白に受け入れられないって事はない、と信じたいですっ!」
 こちらは気合が入りまくっている、みなも。
「ところで悠宇さんてなんでグラサンかけちゃってんの? 上着も長くてしっぽ見えないし」
 暁に突っ込まれ、
「男子たるものウサギ耳や尻尾をつけて浮かれているわけにはいかないしな」
 と、ハッキリ言えば自分のポリシーに合わないということなのだろうが、悠宇はカッコつけて言う。
「んじゃ、行くぞ!」
 武彦の掛け声に、いちにいの、で全員が足をそろえて其々が武彦と自分とを繋ぐ紐をしっかり手に巻きつけつつ走り出す。
 ───だが、どういうことか、夢中になって走っていた武彦が、紐がやけに軽いと気づいて振り向いた時には───6本の紐の先についていたのは仲間達ではなく、6本の人参だった。
「み、みんなどこいったーっ!?」
 まさか人参に変化してしまったのかと人参を慌てて拾い集める武彦だったが、視界が突然橙色に染まった。



■ウサギの住家は人参の中?■

 みなもがぼうっとしていたのは、ほんのつかの間だった。
 確かにシュラインと足並みそろえて武彦の後を追っていたはずだったのに、視界が橙色に染まったと思ったらあっという間になにやら橙色の何もない世界にいたのだ。
「ここは───どこでしょう」
 壁も家具も景色もない。ただ、橙色が続いているだけだ。
 と。
 遠くのほうに、何かが見えた気がして、みなもはそろそろと近寄った。
 そこには、黒ウサギができたてのお餅を持って、白ウサギ達にあげようとしているところだった。
 黒ウサギはシーダなのだろうが、どう見ても、まだコウサギだ。
「ばーか、疫病神なんかがつくったお餅なんかたべられるかよー」
「身の程わきまえてくれよなー、おんなじ世界にいられるのだって『おんけい』ってやつなんだぞ、お前なんかにほどこしってやつうけられる覚えないぞ」
 白ウサギはそうして、何度も言葉で黒ウサギをぶっている。身体に触らないようお餅を取り上げては、「浄化しようぜ」と地面に埋めている。
「やめなさい! なんて馬鹿なことをしているのですか!?」
 みなもが叫ぶと、白ウサギ達は驚いたように駆け去っていく。
 多分、黒ウサギは「施し」なんかのつもりでお餅をあげようとしていたのではない。
「───仲良くしようと、思ったの……ですよね?」
 そう言いながらみなもが振り返り、そっと黒ウサギの手を握った瞬間。
 唐突に、みなもは橙色の世界から解放された。



 武彦もシュラインも日和も悠宇も暁もみなもも将太郎も。
 全員がほぼ、同じ瞬間に「戻って」きたらしい。
 そこは元の、ウサギの世界───森の入り口だった。
「おや、この『元通り胡椒』、効きますねえ。ただならぬ人参と思ったから使ってみたんですが、もしかして私に助けられましたか? 皆さん」
 と、傍若無人ににこにこと眼鏡を押し上げているのは、その特異な体質がゆえだろう、うさみみもうさしっぽも生えていない、遅ればせながらといった感じでこの世界に到着した英治郎だった。
「あー……なんか黒ウサギ……多分シーダっぽいコウサギの昔の出来事をこの目で見ていた気がするんだが」
 武彦がぼんやりと思い返しながら───遅いぞ英治郎、とどつきながらも「皆は?」と尋ねてくる。
 そして全員が全員、不思議な「人参の中」で見たこと、経験したことを話し合った。
「一概に一方的な意見だけ聞いて判断しては、駄目ね。やっぱり」
 シュラインはそして、森の中を見る。
「? どうかしましたか? 暁さん」
 胸を痛めていた日和、同じように胸に手を当てぼうっとしていた暁に気づき声をかけたが、すぐに暁は「元の笑顔」に戻る。
「多分、この森の中の『もの』全部、シーダさんの意識や思い出を吸い込んでいるのでしょうね」
 みなもが、冷静に判断する。
「最初はシーダだけ改心させりゃいいと思ってたけど、謝り倒させるのは白ウサギ達のほうらしいな」
 とは、将太郎。
「同感。俺達が見たのって、間違いなくシーダの過去の出来事って思っていいよな」
 んで、俺達が間接的に干渉したってわけだ、と、悠宇。
 武彦も、似たようなものを見たらしい。
「ええと、皆さんシーダさんというウサギさんのところに行くのなら、早いほうがいいと思いますよ?」
 場にそぐわないような明るい声を出したのは、言わずもがな、英治郎である。
「何故って、この森。この世界での『夜』がきて、月が昇りだすと、植物達が暴れるらしいですから」
 にこにこと言った英治郎は、少しの沈黙の後、6人から「それを早く言え」と怒鳴られたのであった。



 まあまあ、シーダさんの住処は大きな人参を改造したところらしいですから、きっと目立ちますよという英治郎を先頭に立て、文字通り暴れて襲ってきてぶつかったり噛み付いてきたりする植物や果物や野菜達から逃げ回ったり手当てをしたりする、武彦とその仲間達。
 やがてやっとこさ、大きな、煙突がついている人参を縦にした形の家に辿り着いた。



■そして平和なウサギ世界■

 人参の家は、しんと静まり返っていた。
 コンコン、とノックしてみた武彦だが、キィ、と木で出来た扉が中に向けて開いてしまったので、「お邪魔するよ」と足を踏み入れる。
 続いて、シュライン、日和、悠宇、暁、みなも、将太郎、しんがりを恐らく何があっても「大丈夫」だろうと全員一致の英治郎。
「どなたですか?」
 聞き知った声と共に、階段をそろりと降りてきた者がいる。
 思わず武彦が「零!」と声を上げると、はたして彼の妹の零───だと思われる小さな白ウサギが慌てたように飛び跳ね、武彦の口をその小さな身体でもって塞いだ。
「ぜ、零さん、その身体は……」
 日和が青褪めつつ尋ねると、零は「しっ」と全員の顔を見つめて、ゆっくりと耳で器用に小屋の中を指し示していく。
 そこには、たくさんの布団、そしてくうくうと気持ちよさそうに眠っている白ウサギ達───身体にかけられている服からして、「人間の世界の一般人」なのだろう───が、いた。
「シーダさんが、おきちゃいます。やっと眠ったところなんです」
 零が言う。
 とりあえず部屋の隅のほうに全員移動し、英治郎が携帯していた小さな蝋燭をつけた。
 何故怪談話の時よろしく蝋燭なのか。それは英治郎だからだろう。
「シーダさん、子供の頃からまともに眠れたことがなかった、っていうんです。シーダさんてすごく優しいんですよ、不器用ですけど。その証拠に、こうして一般人の方がこの世界に紛れ込んでくると、完全なウサギになったら白ウサギさん達に悪い人間達との取引で見世物として取引されてしまうのに、こうして全員匿ってるんです。元の世界への戻し方が分からないだけで……」
「ちょっと待て」
 将太郎が、確認もこめて片手を挙げ、待ったをかける。
「白ウサギ達が言うには、シーダのせいで人間も喋るウサギ化しちまうし、餅も団子も腐ったり謎のキノコも沸くって話だったが、もしかしなくても逆なのか?」
「勿論です! あのお餅やお団子だって、元からのこのウサギの世界のお餅やお団子じゃないそうなんです」
 零のその言葉に、シュラインが聞きとがめる。
「零ちゃん、それも、あの工場の現役の白ウサギさん達が、もしかしなくても悪い人間ていう人たちとの取引のために作り変えている、とか?」
 こくん、と零が頷く。
 そこで一瞬全員の視線が英治郎を見たが、英治郎は「無邪気な悪意」はあってもそういったタイプの悪人ではない。
「やだなあ、皆さん。私がその悪人なら、白ウサギさん達にもっとうまいウソをつくようにしますし、解決しちゃいそうな皆さんをここに送り込んだりなんてしませんよ」
 それもそうだ。
「それに、私の生きがいは武彦とその仲間達の反応を見ることなんですから♪」
 それも───そうだ。
「言い切ったわ」
「言い切りましたね」
「やっぱりそうだったのか……っていつの間にか俺達も入ってるのか」
「この前初めて会ったけど、生野さんてそういうタイプだよねー、憎めないタチっていうか」
「生野さんて、そういう人です」
「俺は今日初めて会ったが、ここまで清々しく言い放たれるとかえって好感だ」
 シュラインと日和、悠宇と暁、みなもと将太郎はひそひそと頷きあう。
 ひとり、ぴくぴくと青筋を立てていた武彦だが、どうにか気合でその青筋を引っ込ませ、
「巻き込まれた一般人や零を元に戻せる対策と、シーダと白ウサギ達を仲良くさせる対策。この二つを考えよう」
 と、実に建設的な意見が出たのだが、そこで零が、ふともっともなことを言った。
「さっき皆さんから聞いた、シーダさんの過去の出来事を見たっていう人参から出たとき、生野さんが発明した『元通り胡椒』を使ったって言いましたよね? ウサギさんやわたしは、それで戻せるんじゃないですか?」
 もっと言えばうさみみやうさしっぽが生えている武彦達の姿も戻せるのでは、と言うのである。
「あ、ええと、一般人の皆さんはいいと思うの。でもね」
 シュラインが、可能性として、のひとつを言う。
「『元に戻す』ってことは、中には元は動物だったとか神様だったとかいう人もいるかもしれないし。ヘタをしたら、武彦さんの仲間だもの、せっかく人間の姿に化けているのにっていう人もいるかもしれないしね」
「そういえば、そうですよね。私と悠宇は完全な人間ですけれど……」
 日和も、頷く。
「まあ、私が来るのが遅れたのは、この発明品が出来上がるのを待っていたわけでもあるのですが、これを一般の皆様に使用するのは皆様がおきてからのほうがいいかと思われますよ?」
 なにしろウサギから戻ったら、服が布団の上にかけてあるということは裸の姿で戻ってしまうわけですからね、と英治郎は爽やかに笑う。
 思わず赤くなる日和とみなも。シュラインにぺちっと手の甲を叩かれ、
「痛いですー」
 と泣きまねをする英治郎だが、誰も取り合わない。
 もっと聞くところによると、シーダは禁断の魔法の書を使ったせいで悪い魔法使いがとりついてしまい、もはや自分の意志でコントロールできなくなり、もうだいぶ前からこの森の中で静かに暮らしているのだという。
 王国だのなんだのというのは、白ウサギ達のウソにすぎないということが、明らかになった。
「悪い魔法使いをどうするか、かあ」
 暁が考えていたが、みなもが難しそうに顎に手を当てる。
「とりつくぐらいの悪い魔法使いなら、説得しても聞きそうにないですよね」
「キツく説得しても無駄でしょうね」
 シュラインも、同じことを考えている。そしてふと、出掛けに暁が言っていた「調理したら〜」というのを思い出し、零に、「静かに調理するから」と台所の場所を教えてもらい、「手伝います」「どうせなら野菜も入れましょう」と日和やみなもと共にキノコを持って入っていく。
 かなり使われていない調理器具だったので、最初はそれらを洗うことから始まったが、全員で話している間にシュラインと日和は、英治郎の「元通り胡椒」で普通の野菜の状態に戻した、外の野菜もいれた美味しそうなキノコと野菜のスープを作り上げた。
「あ、美味しいですね」
 英治郎にまず食べさせてみたのだが、みなもに「生野さんが特異体質の可能性を考えたら、毒見役は向かないのじゃないでしょうか」ともっともなことを言われ───現に白ウサギ達の作った粉で自分で作った団子も効かなかったのだから───結局武彦が正式な毒見役となった。
「いや、本気で美味しいぞ」
 これはイケる、という武彦は腹ペコだったせいもあり、一皿全部平らげてしまった。
 朝までまだ間があるし、ということで「シーダにあげる分」を残して全員まず腹ごしらえをし、魔法使いを追い払うには、と作戦会議をした。
 そして、明け方になった。



 トントン、と階段を降りてくる黒ウサギが一匹。
 身体中古傷だらけなのが痛々しい。
「今日はいい夢が見られたな……生まれて初めてかもしれないな……」
 ぽそぽそとつぶやきながら、外から人参を一抱えも持って小屋に出たり入ったりしている。
「その夢って、もしかしてあたしも出てきましたか?」
 突然、後ろから声をかけられ、シーダは驚いて振り向いた。
 みなもにそして、暁、将太郎が前に立ち、武彦に英治郎、シュライン、日和、悠宇が二列目に立っている。零はシュラインの腕の中に保護されていた。
「お、お前達、どこから、どうやって……お、おれはただ……」
 怯えるようなシーダに、みなもが、持っていたスープを差し出す。
「これ、あたし達が作ったんです。食べてくれませんか?」
「え?」
 シーダは心底、驚いたようだった。
 誰かから他意なしに料理を作ってもらうなど、なかったことだ。
 だが、なかなか受け取らない。
「やっぱ、素直になれないのかな」
 悠宇がそっと日和に耳打ちするが、
「魔法使いさんが、食べさせないのかも」
 と、返事が返ってくる。
「心音が高まったわ」
 耳を澄ませていたシュラインがそう言った途端、みなもが能力でもって、キノコと野菜のエキス、そして全員で食べた後新たに加えた英治郎の「元通り胡椒」をたっぷり吸ったスープを操り、突進する蛇のごとく、小さく開いていたシーダの口の中に侵入させた。
 ごくん、
 シーダが飲み込むが早いか、背中の辺りからいかにも悪そうな顔つきをした魔法使いの老婆が出てきた。
「やっぱ、シーダの中に入ってたんだな」
 悠宇が言い、
「門屋、桐生、頼んだ」
 と武彦が言った。
 途端、暁はにこっと極上の微笑みを老婆に向けた。彼の能力のひとつ───「魅力」である。
 クスリと笑い、言った。
「えーっと……お願いがあるんだけど、魔法使いさん?」
 だがこちらも伊達に悪い魔法使いと言われてはいない。魅力に耐えようと必死になっている。そこへ、将太郎がその目を見て弱点を見抜き、次々に挙げ連ねていく。その間を見計らって、暁の「甘いお願い」である。
「───まさに飴と鞭ね」
 シュラインがそう感想を漏らした途端、
「うぅ……」
 シーダが倒れ、魔法使いはとうとうすっかりと消えうせたのであった。



 その後、起きてきた「元一般人の白ウサギ達」に事情を話し、ここに残りたいという者を除いて───どうやら長くいすぎて、人間世界でも独り者だし、とシーダとはすっかり家族のようになってしまった人間達もいたのだ───「元通り胡椒」で全員もとの姿に戻った。
 そして武彦達は彼らとシーダ達を連れ、白ウサギ達の元へと戻ったのだが───。
「き、キミ達、ホントにかえってきたのか!」
 あてが外れた、というふうな白ウサギ達の反応は、想像していたので誰一人驚かない。
 そこからは英治郎の出番で。
 実は全員外見が真っ黒になってしまう発明品もこの人持ってきてるのよ、とか。
 この人ってなんでも小さくする発明も持ってるんですよ、とか。
 シュラインやら日和やらがそことなく英治郎(の発明品)をダシに使ったおかげと、極めつけは。
「それとなあ、シーダにとりついてた魔法使いの目を見て分かったことがあるんだが」
 との、将太郎の言葉だった。
 それは、魔法使いの目を見て、弱点を挙げ連ねている間に将太郎の能力によって彼自身も図らずも分かってしまったことなのだが。
 シーダの両親も魔法使いによって殺され、シーダはウサギの世界の負の感情を一気に受けた禁断の書に封じられていた魔法使いを増徴させた力によって、黒いウサギに生まれてしまった───いわば、このウサギの世界での「犠牲者」なのだった。
 これには、さすがに白ウサギ達も胸が痛んだようだった。
 中には、シーダの両親の元からの友人だったウサギもいて、おいおいと泣いた。
「ごめんよ、シーダ」
「ぼく達が悪かったよ、なんでもしてくれ」
「ぼく達のせいで、黒くうまれてきただなんて……そんなこともしらないで、ぼく達は……」
 シーダは戸惑っていて、一言も彼らに言葉をかけられないでいたのだが、シュラインが、ぽん、とその背中を押した。
「今日は9月18日。今年の中秋の名月よ」
 みなもが、後に続く。
「そうです、仲直りには宴会が一番です」
 日和が、持っていたお茶の道具を広げる。
「うさぎさんといえば、三時のお茶会。って、これって不思議の国のアリスみたいですけど、皆さんでお月見しませんか?」
 悠宇が、カメラを構える。
「タイマーばっちりOK!」
 暁が、いつの間にやら英治郎から貸してもらったらしい「元通り胡椒」を工場中のお餅やお団子にふりかけ、「ほんもののウサギの作る伝統のお餅やお団子」に戻している。
「お月見の用意もばっちりだよー♪」
 将太郎が、空を見上げる。
「この世界は、夜じゃなくても色々な星が見えるんだな」
 その通り、空には明るいのに、色とりどりの美しい星達。
 来たばかりの時には、そんな余裕もなかったので気づかなかった武彦達なのだが。
 そして、シーダは初めて白ウサギ達に触れられ、暖かい言葉をかわしあい。
 涙したのだった。
「えーっと、この禁断の書は処分しますね」
 と、ライターで禁断の書を焼く英治郎だが。
「ところで……武彦とその素敵な仲間達。気づきませんか?」
 と、妙なことを言う。
 え? と振り返る零も含めた7人に。
 英治郎は、にこにこと───言った。
「もうかなーり前から、喋るウサギさんに変化してますよ?」
 倒れたシーダをここまで連れてくるまでは、確かにまだ人間の姿だったはずだ。
 それが、いつの間にか───。
「貴様、何故もっと早く教えなかった英治郎!」
「いえ、皆さんあまりに感動的なシーンでしたので、口を出すのもはばかられ……」
「うう、兄さん、これっていつ元に戻るんでしょう」
「大丈夫よ零ちゃん、きっと何か対策があるはず」
「っていうシュラインさんも、なに見つかりにくいトコに快適そうな巣穴掘ってんの!」
「元に戻ったら、やっぱり皆、裸になっているのでしょうか」
「みなもさん、そんな……考えたくないです、恥ずかしい……」
「あはは、ウサギになっちゃったなー俺。似合う?」
「全員ウサギになったら、大騒ぎだろうなとは思ってたが……案の定か」
 武彦に零、シュライン、悠宇、みなも、日和、暁、将太郎が次々に思い思いのことを騒ぎ出す。
 将太郎は内心、俺がウサギになったら綺麗な姉ちゃんに構ってもらえるかもと思っているが、わざわざ口に出す真似はしない。暁も「この姿になっちまったら仕方ないし、ホンモノのウサギみたく遊びまくってやる!」と、白ウサギ達からやり方を教わり、なんとかかんとかお餅をつこうと頑張ったりしている。
 その後、武彦達が人間の姿にどうにかして戻った時には、悠宇が持ってきたはずのカメラで、何故か。
 「謎の薬剤師」という銘入りの「ウサギ世界のアルバム」と題したアルバムが、世間で販売されていたのであった。




《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
4782/桐生・暁 (きりゅう・あき)/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当
1252/海原・みなも (うなばら・みなも)/女性/13歳/中学生
1522/門屋・将太郎 (かどや・しょうたろう)/男性/28歳/臨床心理士
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、生野氏による草間武彦受難シリーズ、第15弾です。お月見(9月18日)に間に合ってよかったです♪
今回は皆様、かなりシーダのことを考えてきてくださったので、とても嬉しく思いましたv
英治郎が発見した「ねこうさぎ(異界のNPC欄に既に登録済みですが)」を前回同様今回、今後ちょくちょく出るかもしれないという前提で出そうかとも思いましたが、なんとなく流れ的に出せなくなってしまい(爆)、出せずに終わりました……ああ、せっかくウサギ世界だったのに(笑)。
今回は受難シリーズにしては少し切なさも入っていたかもしれませんが、たまにはこんなのもいいかな、と。
また、今回は皆様、「人参の中」での出来事が、少しではありますが個別となっておりますので、興味がありましたら是非、他の方のも見てみてくださいね♪

■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 分かりにくかったと思うのですが、「人参の中でのシーダの印象」で、シュラインさんの行動が「シーダがとってもらいたかった、求めていた『母親の存在』」なのでした。個人的に、ラストで零ちゃんを宥めながらも巣穴を掘っているシーンが好きだったりします(笑)。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv お茶の道具もせっかく持ってきていただいたのに、その効力を発揮できたのは自分達がウサギになってしまったあと、という形になりましたが、きっと日和さんならそれでも美味しく頂いたのではないかな、と思っています。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 今回はウサギになってしまったため、最後はいつもと違って謎の薬剤師───いえ、生野氏にアルバムを販売されてしまった悠宇さんですが、日和さんとの二人三脚の時の描写を個人的にもっと書きたかったというのが本音です(笑)。
■桐生・暁様:いつもご参加、有り難うございますv はたして暁ウサギさんはお餅をつくことができたのか、非常に興味深いところではありますが、ご想像にお任せ、ということで(笑)。人参の中での出来事では、微妙に暁さんの過去を間接的に思い起こさせたのではないかな、と主観で人参から出た時の反応になりました。
■海原・みなも様:たびたびのご参加、有り難うございますv みなもさんはわたしのなかでは、やっぱりどこか天然が入っていてもしっかり者、というイメージがあるので、今回もそんな感じで書いてみました。特に人参の中ではその面が強く出ていると思います。「やめなさい」よりは「なにしているのですか」という系の台詞かな、とも思いましたが……如何でしたでしょうか。
■門屋・将太郎様:初のご参加、有り難うございますv 生野氏ワールドへようこそ、という感じでしたが、いきなり幻滅でしたらすみません(爆)。人参の中での場面、そして魔法使いを追い出す場面等々、「カネダさんモード」がうまく書けなかったのですが、多分魔法使い撃退の場面ではカネダさんモードに入っていたと思います。完全に悪い黒ウサギさんではなかったので、シーダに対してはこの場合はこういう風にはならないだろう、と設定を見ながら書かせて頂きました。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」というか、ひとときの「和み」(もっと望むならば今回は笑いも)を草間武彦氏に提供して頂きまして、皆様にも彼にもとても感謝しております(笑)。
次回受難シリーズはちょっと早いですが、ハロウィンネタにしようかなと考えています。また、生野氏の全身図が出来上がりましたので、お暇な方は異界のNPCの生野氏を見てやってくださいませ☆ まさに美貌の謎の薬剤師、この顔で今までのことや今回のことをしていたのです……(笑)

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/09/13 Makito Touko