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<東京怪談ノベル(シングル)>


来栖 麗菜


メビオス零




 ここは何処かの国、そしてビルの乱立する都市区画。
 空は曇っていて、星も月も見えない。街中と言っても、ここの辺りのビルはあまり活動的ではなく、深夜残業の類はしていないのか、ビルの何処にも光は見えない。
 そんな区画なのだから、そこで銃撃戦が起ころうがなんだろうが、住民にはあまり関係ない話であろう。遊ぶ場所もないようなところに、そんな深夜に居る必要はない。実際、それまでは極希にマフィアの類が争っていたとしても、精々窓ガラスが割られているぐらいの被害しか出ていないのだ。
 ―――誰も残らない深夜の街。極々希にしか起こらない戦闘行為―――
 …………なのだから、そこのそれに巻き込まれたとしたら、余程の不運………でなければ、よほど“運命”に嫌われているとしか言えないだろう……

(…………どうして持ってきてしまったんだろう………?)

 静かに建っているビルの一つに隠れてから、“それ”は手に持って抱えて来た者を呆然と、そして不思議そうに見つめていた。
 腕の中にいるのは、一人の女性。苦しそうに喘ぎながら、力の籠もっていない手を腹部に置いている。そこからは黒い血…………暗闇の所為であるのだが、黒い染みがビッシリと下半身に向かって流れ落ち、見栄えの良い服から美しさを奪っていっていた。
 通常なら、既に出血多量で失血死しているはずなのだが、執念か………ブツブツと途切れ途切れに何かを呟いて、必死に死ぬまいとしている。

(………どうしてこうなったのか)

 これまでの出来事を、少しだけ回想してみる………






 とある研究所(本人にはどうでも良い事なので、名前を記憶していない)で開発された要人暗殺用のバイオロイドである自分は、研究所にとって不都合となる人材を暗殺するために研究所を単身で出発し、見事その任を果たしたのだ。だが要人暗殺には成功したものの、脱出に失敗。誰にも気付かれることなく去らなければならない所を見つかり、激しい銃撃戦を繰り広げる事となってしまった。
 ………ここまではまだ解る。まだ自分は経験不足であり、人間で言う“応用力”にも欠けている。
 自我が無い(厳密に言うと、必要最低限の事以外は考えられないように出来ている)のだから仕方ないのだが、それが原因で、銃撃戦が起こる事が間々あった。
 銃撃戦になったときには、出来るだけ敵を上手く撒く事が出来て、民間人が居ない所が良い。暗殺のために必然的に深夜と言う条件があるのだから、要するに何処かの山奥か、仕事が終わって誰も居なくなったビル区画へと逃げるのが最適だ。
 幸い自分の能力を使用すれば、昼間まで隠れて、誰かを取り込んで逃げる事が出来る。
 だが今回の敵は思いの外しつこく、このビル区画でも銃撃戦をする事になった。まだ辺りには敵が何人もの組を作って巡回し、こちらを探しているのである。
 話を戻すついでに結果を言うと…………その“誰も居ない”というほぼ確定している場所に、運悪く民間人が居た……それだけだ。
 “時間”“場所”、その他の要素を掛け合わせても誰も居ないはずの場所にいた彼女は、銃撃戦に巻き込まれ、流れ弾によって致命傷を負ったのだ。
 そして、どういう訳か自分は彼女を見捨てる事が出来ず、ほとんど反射的に倒れ込む彼女を抱きかかえ、身を隠しているのだった………





(愚かな選択でしかない筈なのだがな……)

 ビルの床に点々と落ちている血痕を視界に収めて、改めて自分が行った事の愚かさを知る。これでは隠れている場所がバレバレだ。今は夜の暗闇の御陰でバレていないようだが、それでも何れは誰かが見つけるだろう。
 彼女を連れている限り、この状況は悪くなる一方だ。
 腕で事切れる寸前の女性を見つめ、呟く。

「もはや助からないのだしな。ここから逃げるための策の一つとなって貰うぞ」

 小さく呟くと、女性の胸に手を当て、融合を開始した。
 文字通り二人の体が重なり、解け合い始めていく。
 途端、その変化が訪れた。

(……なんだ?これは………)

 今まで何回も様々な人間と融合を繰り返してきた自分にとって、彼女との融合は不可思議なものだった。後になって思うと、彼女を連れて来ているときから気付くべきだったのかも知れない。
 ―――銃撃戦での、コアブロックの損傷―――
 弾丸が掠め、小さな、極小の傷を作っている。あまりにも小さな傷のために気が付きもしなかったが、精密な機械であり、自分の中核を為している物………
 融合した瞬間、その中核の傷に、“何か”が流れ込んでくる。
 今までに体験した事のない感覚に戸惑っている暇すらなく、誰かの意識が、自分の思考の中で木霊する………

(まだ……やる事があるの……)
(なんだ?誰だ?)

 解け合った体の中で、誰かの声が小さく響き渡る。無視して体を融合し合わせる事も出来たのに、融合を続けながらも、言葉に耳を貸してしまう……

(まだ………死ねない…………私には……やりたい………事が…)

 ほぼ死に体である彼女の意識は途切れ途切れであり、“声”を拾い上げる事が段々と難しくなってきた。だが融合が進むに連れて、声が聞こえなくなっていくのと反比例し、彼女の記憶・想いが流れ込んでくる………

(これは………)

 溶け込んでくる女性の意識。それを読み取り、段々と自分のモノへと変えていく……
 その行程の間で、このバイオロイドを作った者達にはまったく想定外の事が起こりつつあった………

(そうか。やりたい事とは……)

 彼女のやりたい事が、まるで自分がやりたい事のように感じられる。この時、融合する事で彼女の意識、記憶………全てを取り込み、本来あり得ない筈の自我が目覚めていっていたのだ。
 彼女のやりたい事は、既に自分のやりたい事へと、ハッキリ変わっていた。
 それは無念の最後を迎えた女の執念なのか………なんにせよ、それは今まで自分の意志を持たなかった哀れなバイオロイドの運命に、今まで無かったモノを与える事になる。




 ………誰も居なくなったビルに、数人の黒服達が入ってくる。それぞれが手に銃を持ち、足下にポツポツと落ちている血を辿って、静かに音を立てずに歩いていく。

「ここに居るのか?」
「解らん。だがここに居るのなら、必ず始末しろ」
「言われなくても……居たぞ」

 黒服達は、階段の影で蹲っている女性へと歩み寄った。いつでも銃を撃てるようにトリガーに指を掛け、蹲っている女性に話しかけようとした。
 だが黒服が何かを言う前に、女性が頭を上げる。

「ァ………」
「オイ、こいつか?」
「いや。俺が見たのは違う奴だ。………流れ弾に当たったんだろう。トドメでも刺してっ!?」

 黒服が女性に向かって引き金を引こうとする。だが黒服達の油断は、一瞬にして驚愕に変わり………そして終わった。
 突きつけられた銃は一瞬でひっくり返され、逆に黒服達に銃を順番に突きつけ、引き金を引いた。
 素人だと思って油断していた黒服達は、呆気なく撃ち倒された。倒れ込んだ黒服達から銃を奪い、血に濡れた服を素早く交換する。
 ……まだ息のあった黒服が、自分から銃を奪った女性に向かって、小さく訊く……

「…誰だ……お前」

 途切れながら小さく呟かれた言葉に反応し、女性が振り返る。遠くから聞こえてくる足音に耳を澄ましながら、一言だけ言葉を紡いだ。

「来栖 麗菜」

 それだけ言い、引き金を引いてトドメを刺してからその場を駆けていく……

(そう、私は来栖 麗菜だ)

 目指すはトップモデルとなる事。それが、この女性の目標だった。生涯を通じて達成しようとしていたこの目標は、融合したバイオロイドである自分に大きく影響を及ぼし、目覚めた自我へと強く訴えかけたのだ。

「来栖麗菜……私はあなたと成った。ならば私は、あなたに代わり、その目標を達成させてみせよう」

 そう言いきる麗菜……ビルの外から入って来ようとする黒服達から身を隠し、脱出する。そして生まれた研究所ではなく、来栖麗菜としての記憶にあった何処かへと、走っていった……




 彼女の目的が達成されるのは遠い未来になるだろう。だがそれでも、彼女の意志は困難をはね除けて、目標へと駆けていく……







 暗い闇夜に白い月
 雲の合間から漏れる月光に照らされて
 来栖 麗菜の物語は、ここから始まるのだ……






fin











■参加PC■
5731 来栖・麗菜 (くるす・れいな)

■ライター通信■
 初めまして、メビオス零です。初参加作品として発注して下さいまして、誠にありがとう御座います。
 さて、今回の作品はどうでしたでしょうか?自分としては最後辺りを書いてるときに「ァ……」なんて思ってたりしているので、ちょっと不安だったりします。途中話は逸れるはよく解らなくなるわ……う〜〜〜〜〜〜〜む……えらいこっちゃ(^_^;)
 ゲームノベルの方へも来て貰って、誠にありがとう御座います。他に参加してくれる人も居なかったので、正直ホッとしました。
 一人でドタバタ引っかき回される事になるんですが……楽しんで書きますので、お楽しみに(^_^)
 ではこの辺りで改めまして……今回のご発注、誠にありがとう御座いました。またのご依頼を頂けたときには、もっと精進した作品をお届けしたいと思います。(・_・)(._.)