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<東京怪談・PCゲームノベル>


診察室 “Letzt Nacht” **case.狐憑き


「嗚呼、今日和。……依頼を受けて下さる方ですね。」
 其の声に風早・静貴は顔を上げ、そして心の中で少しだけ驚いた。
 院長が来ると云われていたので、どんな小父さんか、将亦御爺さんかと無意識に思っていたらしい。
 予想よりも若く、然もハーフだからか独特の雰囲気を持った其の人に一瞬目を奪われた。
「秋乃侑里です、宜しく。」
 低めの心地良い声で告げられ、名刺を渡される。
 静貴は其れを受け取ると、一礼した。
「風早静貴です。此方こそ……。……其れで、早速ですが、御話を聞かせて頂けますか、」


     * * *


 ――要は、患者さんに憑いた狐を祓えば良いんだよね……、
 依頼者の侑里に事の経緯と、患者の経過状態を聞いた静貴は相応の準備を整えてから再度病院を訪問した。
 受付で名乗ると、看護士さんが丁寧に病室迄案内して呉れた。
 ――狐祓いの符も戴いたし、対策も考えた……から、手順通りに出来れば大丈夫……。
 そう云い聞かせて、扉の前で深呼吸をする。
 軽く扉をノックすると、中からどうぞ、と聞こえてきたのは男性の声。
 あれ、と軽く疑問に思いつつ中へ入ると、眠る患者――此が今回の被害者である宮島佐和子だが――の横に侑里が居た。
「ぁ……秋乃、さん。」
 其の姿を認めると、静貴はぺこりと頭を下げた。
 其れに合わせて侑里も軽く会釈をする。
「御苦労様。今日は宜しく御願いします。」
「はい、此方も出来るだけ被害を押さえられる様に尽力したいと思い、ます……。」
 実家から廻されたとは云え、仕事は仕事だ。きちんとこなさなければ為らない。
 と云うのは解っているのだが、静貴自身の性格や雰囲気の所為か何処か自信無さげに為って仕舞う。
 然し、そんな静貴を見て侑里は微笑んだ。
「もう薬も切れている頃ですし、そろそろ起きると思います。」
「あ、はい……。」
「邪魔者は退散した方が良いですね、」
 苦笑する侑里に静貴は慌てる。
「邪魔者だなんて、そんな……。……でも、そう……ですね、何が有るか解りませんから。」
 今迄の話に因ると、未だ然程凶暴性は現れて居無いらしいが、静貴の様な術師を前にすると如何為るかは解らない。
 其れに、狐の力が予想以上であった場合、侑里を護り乍と云うのは難しいだろう。
 其の言葉に侑里は頷いて、扉に手を掛ける。
「無茶はしない程度に、頑張って下さい。」
 其れだけ云い残して、扉が閉まった。
 静貴はもう一度深呼吸をすると、視線を扉からベッドの上の佐和子に移した。
 すると佐和子は丁度目を覚ました様で、ゆっくりと辺りを見廻した。
「……ぇと、宮島佐和子さん……ですよ、ね。」
 静貴は佐和子に警戒されない様に柔らかく丁寧に確認する。
 佐和子はぼんやりとした視線を送った後、不思議そうにだがちゃんと答えた。
「ええ、そうです……けど、貴方は、」
「えぇと……今は、名乗れませんが。怪しい者では、無いです。」
 相手の狐が何れ程の力を持っているのかは解らないが、名前を知られていると不利に為る可能性が有る。
「佐和子さんに憑いた狐を、祓いに来ました。」
 其れを聞いた佐和子の表情が柔らかくなった。
「嗚呼、秋乃先生に聞いています……。宜しく、御願いします……。」
 少しだが、頭を下げる様な仕草をした佐和子を見て静貴は一先ず安心した。
 取り敢えず、此で宿主には拒否されない。
 狐憑きに限らず、斯う云った憑き物の場合悪い時には宿主である人物が霊と同調や心酔して仕舞い、祓いを拒む事が有るのだ。
「はい、……其れでは、幾つか質問させて下さい。」


     * * *


「……解りました、有難う、御座います。一寸、休憩しましょうか……。」
 そう云って静貴は微笑む。佐和子もこくりと頷いた。
 ――うー……ん。
 幾度かの問いで解った事は、友人達が面白半分に始めたこっくりさんに霊感持ちだからとの理由で強引に参加させられたと云う事の発端と、多分其の佐和子が本当に霊を惹き付けて仕舞ったのだろうと云う原因。
 そして、呼び出された其れが、チャンネルの合った佐和子に憑いて仕舞ったと云う結果だった。
 現在の状況に就いては、気分は見目程悪くないらしい。意識もしっかりしている。
 ――未だそんなに悪影響は出てない、のかなぁ……。
 実際、佐和子と話をしていても殆ど邪気が感じられなかった。
 ――矢っ張、実際狐と接してみないと……。
「あの、佐和、子……さん……。」
 如何云う状況で狐が出るのかを聞こうとした静貴は其処で動きを止めた。
「何でしょう。」
 佐和子は何も無かったかの様に微笑んでいる。
 然し、夕日で伸びた彼女の影に、尻尾が揺れている。
「……あの、尻尾出てますけど。」
 静貴はぽつりと指摘した。
 今喋っているのは狐の方だ。佐和子を真似ているらしいが雰囲気が丸で違う。
 そして何より、静貴の指摘に慌てている。
 ――如何しよう。此の狐…………凄い間抜けかも知れない。
 いっそ愛らしさ迄感じる行動に、そんな考えが過ぎる。
 然し、静貴は其れでも気を緩めずに狐と対峙する。
「えぇと、御名前を、教えて貰えるかな、」
 其の問いに、佐和子を装う事を止めたのか、狐が首を傾げて答えた。
「名前なんか無いよ。」
「無い、の……、」
 其の答えに静貴は拍子抜けする反面、少し喜んだ。
 名前が無いと云う事は、最低位の下級霊であり、亦悪霊に成り立てと云う事だ。
 此なら、手荒な事をしなくても済むかも知れない。
「君は、何で佐和子さんに憑いてるの、何か目的が有ったりするの、」
 狐自身から離れて呉れるのが一番だと考え、交渉の余地を探す。
「目的も無い。唯居心地が良いから居るだけさ。」
 しれっと答える狐に、静貴は少し困った。
「でも、君がずっと其処に居ると困るんだけど。」
「やだ。」
 丸で駄々っ子の様な其の様に静貴は溜息混じりに呟いた。
「うーん……油揚げ20枚で手を打って呉れたらなぁ……。」
 勿論半分位は冗談だったのだが、其の科白に狐の尻尾がぴくりと動いた。
 リーズナブルな悪霊である。
 静貴は其処を見逃さなかった。
「ね、佐和子さんから離れて呉れたら油揚げ上げるよ……。」
 狐に拐かされる話は良く聞くが、狐を拐かす話は珍しい。
 狐はぱたぱたと尾を振って耐えているらしかった。
 静貴は其処へ止めを刺す。
「25枚にしても良いよ。」
「……ッ、」
 其れを聞いた狐――躯は佐和子だが――が顔を覆って崩れ落ちる。心なしか影の尻尾もへにゃんとしていた。
 終わった、と思って溜息を吐いた静貴に、然し、狐が顔を上げて斯う云った。
「あの、でも……離れ方解らないんだけど。」
「えぇ……っ。」
 最後の最後迄手の掛かる霊である。
「如何しよう……狐祓いの符で何とか為るかな……。」
 静貴は荷物の中から神社で戴いて来た符を取り出す。
「……一寸、痛いかも知れないけど……。」
 ちょん、と符を佐和子の額に触れさせる。
 すると激しい電光が奔った。
「う……上手く行ったと、思いたい……。」
 突然の光に眼をちかちかさせ乍静貴が呟く。
 目の慣れてきた頃に、佐和子の方を確認すると、僅かに顔色が良く為って居る様だった。
 此なら大丈夫だろう、と安心して、狐の方を探す。
 ざっと見廻して見附からずに焦った時に、足下で何かが動いた気配がした。
 静貴が視線を遣ると、其処には縫い包みの様な子狐がぱたぱたと尾を振りつつ丸い瞳で見上げていた。
 ――ぁ、此矢っ張り、油揚げ上げないと帰らないんじゃぁ……。
 静貴は冷や汗をかいた。

 ――もう一寸だけ、苦労は続きそうだ。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[ 5682:風早・静貴 / 男性 / 19歳 / 大学生 ]

[ NPC:秋乃・侑里 / 男性 / 28歳 / 精神科医兼私設病院院長 ]

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■         ライター通信          ■
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初めまして、徒野です。
此の度は『狐憑き』に御参加頂き誠に有難う御座いました。

思ったより、狐が、弱く為って仕舞いました。否、迷惑の掛け具合は一人前でしたけども。
話が仄々っぽい笑いの方向に流れて仕舞いましたが宜しかったでしょうか。
此の作品の一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。

――亦御眼に掛かれます様に。御機嫌よう。