|
光の玉
●捜索願い
「失礼します……あの、草間探偵事務所はこちらで良かったでしょうか?」
恐る恐る扉を開けて入ってきたのは若い少女だった。
近所にある有名女子高の制服に身を包み、腰まである長い黒髪を束にして後ろに縛っている。
今時珍しい……学生らしい姿だな、と草間武彦(くさま・たけひこ)は心の中で呟いた。
この事務所に来る者にも学生の身分の者は多いが、その大抵は常人以上の姿形をしている者が多い。
己の学生生活をふと思い出し、感慨深い面持ちでいる武彦に、傍にいた草間零(くさま・れい)が囁くように小突いた。
「兄さん。お客様をお通しして。私、お茶を淹れてきます」
「あ、ああ……」
きょとんと小首を傾げる少女を武彦は奥のソファへと案内する。
不意に、少女から甘い花の香りが漂ってきた。
どこかで嗅いだことがあるような、そんな懐かしい香りだ。覚えはあっても思い出せない。デパートかどこかで嗅いだ香水の香りだろうかと武彦は特に気にも止めずにいた。
「それで、何の依頼でしょうか?」
「あの……人を探して欲しいのです。友達のカナちゃんが、先週から行方不明になっていて……いつも登校の時に見かけていたのですが、急にぱたりと行方が分からなくなったんです」
「人捜しか。それだけだと少し難しいな……そのカナさんが行方不明になった前日。何か変わったことはありませんでしたか?」
武彦の質問に、少女は「分からない」と首を振った。
「カナちゃんは部活をやってるので、登校の時位しか一緒じゃないんです。変わったことと言われても……そういえば、『今日は朝練があるから先に行くね』って、いつもは通らない池の淵公園脇の路地を曲がっていきました。それ以来、見かけてないので……もしかしたらそこで何かあったのかも知れません」
池の淵公園というと、近所にある小さな公園だ。公園といっても、小さな池があるだけの広場で、利用者もそれほどいない。迷う場所でもないし、家出をする理由もないことから、何かしらの事件に巻き込まれたと考えるのが普通だろう。
「池の淵公園ですかー。そういえば……最近変な噂がありますよね」
新茶のはいった湯のみを机に置きながら零が言う。
「ほら、白い光の玉みたいな物が時々見えるそうですよ。触った人の時間を吸い取るとか、命を奪うとか……」
「時間を吸い取る光か……何か関係あるかもしれないな。まずはその方向から調べていくとするか」
結局は心霊関係に世話になるのか、と武彦は大きく息を吐き出した。
依頼人を「後は自分達に任せて欲しい」と帰した後、武彦は手帳に記された電話番号にダイアルをした。
「……ああ、俺だ。少し手伝って欲しいことがあるんだ……」
●ゴーストネット管理人の事情
「……なるほどね、それじゃその方向でお願いするわ。引き続き調査をよろしくね」
頼んだわよ、と言いながらシュライン・エマは電話を切った。
ふと壁時計に目を向けると、昼の2時を回っている。
遅い昼休みになるが、少し休憩をいれようとシュラインは席を立った。
丁度その時だ。
携帯のメール着信音が鳴り響いた。送り主はゴーストネット管理人、瀬名雫(せな・しずく)からだ。
学生である彼女は、この時間はまだ授業中のはず。緊急に何か発見したのだろう。
「まったく、ちゃんと授業に集中しなくちゃだめじゃない」
苦笑を浮かべながらも、シュラインはメールを開けて中を読み始める。
女学生らしい、絵文字を巧みに使った短い文章の挨拶文に続いて、ゴーストネット内のURLが記されていた。
『この辺りの記事なら参考になると思うよ!』
「……連絡入れたの、確か今朝だったはずよね。いつ調べたのかしら……」
最近は学校の視聴覚室や図書室にもネット環境が整備されているし、携帯端末からもサイトのチェックが可能だ。
恐らく授業の合間をぬって、こっそりとサイト内にある報告ページを確認しにいったのだろう。
ちゃんと勉強をしなさい、と叱りつつも感謝のメールを返し、シュラインは早速、興信所のパソコンに電源を入れた。
「えーっと……URLは……『http://……』あった。これね」
展開されたページの記事をじっくりと読み、プリントのボタンをクリックさせる。
プリンターの軽快なリズムを聞きながら、シュラインはお気に入りのカップを取りに奥の部屋へと向かっていった。
●舞い踊る水霊達
誰一人いない静かな公園。
秋の涼やかな風に揺らされ、公園の木々が物悲しげな葉音を鳴らしていた。
公園の傍にある池のほとりに車椅子を近づけさせ、セレスティ・カーニンガムはじっと水面を眺めていた。
セレスティが小さく呟く度に水面が僅かに揺れる。
だが、水面は静かに波打つだけで、それ以上の変化は見られなかった。
さりげなく、セレスティの傍らにいた執事らしき男性が、車椅子のグリップに手を乗せる。
「……もう少しだけ試させてもらえますか?」
穏やかにセレスティが言うと、執事は半歩後ろに下がった。
「そうですね。あともう10分……日暮れ時は霊達が騒ぎ出す時間……何か変化があるかもしれません」
そう言いながら、セレスティは緩やかに右手を振った。セレスティの手の動きに合わせて、水面に小さな渦が起こり始めた。
数分程、水面を踊らせた後、セレスティは小さく息を吐きながら呟く。
少しだけ顔をあげて、視力の殆どない瞳で公園の木々を見上げた。
「……ふむ……この辺りの精霊はずいぶんと素直ですね……」
ハンドリムを器用に回し、車椅子をくるりと方向転換させる。
が、今日はここまでが限界のようだ。
木々の近くへは寄らせまいと、いつの間にか執事がしっかりとグリップを握りしめていた。
心配性の部下にも困ったものだと肩をすくめながらセレスティは苦笑いを浮かべた。
そろそろ屋敷にいくつか連絡も来てるだろう。
「では、戻りましょうか」
セレスティは車椅子に身体を預け、静かに瞳を閉じた。
●光の正体を探りに
「白い光の玉の噂、か。オーブとはまた違う奴なのか?」
プリントアウトされた用紙を眺め、梅・海鷹(めい・はいいん)はぽつりと呟いた。
写真撮影をしていると、時々白い光の玉のような物が写ることがある。
それらは大抵レンズの汚れであったり、屈折による光のいたずらが原因であることが殆どだ。
だが、中には一般的な常識に当てはまらない不可思議な光が写し出される時がある。
様々な仮説が立てられているが、良く言われるものが「霊体」の1つ、すなわち「オーブ」だ。
所長である武彦は霊現象が関わっていることを強く否定しているが、身近な存在を否定して真相が分からなくなっては本末転倒である。
「零ちゃんの情報だと、正体はオーブの線が濃いそうよ。それより問題は、その光の玉がカナちゃんとどの程度関係があるかどうか、でしょ?」
手に持っていた用紙から視線を移し、シュラインはぐるりと辺りを見回した。
「噂によれば、光は朝の日の出から昼の10時位までの間……天気が良く、風の無い時によく見られるそうね」
時計の針は午前7時を回った所だ。
近くの民家から朝の支度の音がぱたぱたと聞こえてくる。
漂ってくる芳しい味噌の香り……みそ汁でも作っているのだろうか。
あと30分もすれば、登下校の学生達で周辺はにわかに騒がしくなるだろう。
小さな発見を見逃さずに調べるのであれば、今がチャンスだ。
「しかし……普通幽霊を見る、なんていうと夜中や夕方が多いもんだけどな」
「あら、朝方に見かけるというのも結構あるものよ。時の変わり目、季節の変わり目……狭間の時によく見ることが出来るそうよ」
シュライン自身も、過去何度か霊絡みの事件と対面している。
その多くがやはり夜での出来事だが、日中での出来事も少なくはない。
「なるほどな……さて、と始めてみるとするか」
海鷹は徐に鞄から戌の仮面を取り出した。
慣れた手つきで仮面に付けられた紐を後ろで結わえ、海鷹は犬がそうするように四つんばいになって地面を嗅ぎ始めた。
一瞬、ぎょっとしながらもそれを見守るシュライン。
地面を嗅ぎながら辺りを歩き回る海鷹を眺めながら、ふとシュラインは言葉をもらした。
「……そういえば、あの子来ないわね……」
「あの子?」
「依頼主の子よ。毎日探しに来てるそうだから、今日辺りも来てると思ったんだけど……」
「学生なら学業が本分だろ? 学校の帰りによるんじゃないか?」
「……ええと、それなんだけど……」
不意に海鷹が顔を上げた。辺りの匂いを確認しながらゆっくりと立ち上がる。
「この匂い……興信所に残ってたやつと同じものだ」
つられてシュラインも辺りの匂いを探ってみるが、先程のみそ汁の香りが漂ってくる程度しか感じられない。
「こっちだ」
海鷹は公園に覆い茂る木々を掻き分け、路地のある方へと向かっていった。
●光の玉と公園の関係
落ち葉の舞う桜並木に混じって、白い百合のような大きな花が咲いていた。
鮮やかな緑の葉に彩られる様に咲く花からは、くちなしに似た甘く芳しい香りが放たれている。
「確かこれは……ジンジャーリリーね。なるほど、武彦さんが香水と間違えるわけだわ」
香水によく使われている香りなのだとシュラインは言う。
「ジンジャー……生姜の花なのか?」
「一応生姜科の花ではあるけど、多分想像してるのとは違うわよ」
そう言ってシュラインはくすりと笑みを浮かべる。
かさりと背後から小さな物音が聞こえ、シュラインはすぐさま表情を戻して後ろを振り返った。
「あら。あんたも来てたのね」
「こちらを通りかかった時にお2人の声が聞こえてきましたので……」
ぺこりと挨拶をし、セレスティはハンドリムを軽やかに回した。
滑るように車椅子が2人の元へ走ってきた。
あまり整備されていない路であるにも関わらず、動きに全く支障はないようだ。
車椅子の手入れをしっかりと施しているか、足回り部分を強化させているのだろう。
花の前で車椅子を止め、自分の肩ほどもある花を慈しむように見つめた。
「別名、花縮砂(はなしゅくしゃ)。生姜科シュクシャ属の花ですね。花言葉は……信頼、豊かな心。友を思うにぴったりの花ですね」
やっぱり、とシュラインは独り呟いた。
「何がだ?」
「ううん、何でもないわ。ここにこの花があるとなると、カナちゃんはこの道を良く使っていたわけね」
確かに道のすぐ先に小さな脇道がある。恐らくカナはこの角を曲がり、何かに遭遇したのだろう。
「ん……? 何かいるぞ」
脇道から白い玉のようなものがふわふわと飛んできた。
思わず伸ばしかけた海鷹の手をシュラインが強く引き戻した。
「触ってはだめよ!」
「なっ……なんでだよ」
「時間を吸い取る白い玉……恐らくこれのことだと思うわ。でも、襲ってくるような雰囲気もじゃないわね。とりあえず、このまま様子を見てみましょ」
玉はうっすらと発光しているように思えるが、どちらかというと白い綿に近い。
自立した生き物かどうかすら怪しく思える。
「生きている雰囲気とも霊の感じとも違いますね……」
まるでただその場に漂っている、そんな風に感じさせられた。
「確かこれ、捕まえておくと幸せになるとかいう話なかったか?」
「ケセランパセランの伝説? 言われてみれば似てるわね……」
不規則に浮かぶ玉達を見ていると、意識が遠のいていく錯覚を感じさせられた。
はっと気を戻し、シュラインは懐にしまっていた御神酒の入った筒を取り出し、栓を抜いた。
「ああ、それ……少しお貸し頂けますか?」
「え、ええ。いいわよ」
振りかけようとしていた手を止め、シュラインはそっとセレスティに手渡す。
「光の亡者達よ。今しばらくの間だけお休みなさい」
セレスティは軽く筒を振りまいた。
水の粒が細やかに広がり、まるで膜のように玉達を包み込んでいった。
パチンと音を立てて、水の膜と共に玉は宙へとかき消えていく。
玉が全て消えうせたのを確認し、シュラインはほっと安堵の息をもらした。
「有り難う。助かったわ。私じゃああも上手くは出来ないものね」
「うーん、そんなに警戒するものには見えないな」
いつの間に捕まえたのだろう、海鷹の握るビニル袋の中に光の玉が入れられていた。
「あとでこいつをじっくり調べるとして……まだ元となる気配が何処かにあるはずだ。探してみよう」
早速草むらを探り始める海鷹に、ぴしゃりとセレスティが告げた。
「いえ、それは難しいでしょう。少しばかり調べてみたのですが、その光の玉はこの公園全体から発生しているようです」
「公園が……?」
「はい。皆さんもご存知とは思いますが、この公園は利用者が殆どいません。無理もないでしょう、ここにあるのはあそこにみえる小さな池と無造作に生える木々。何か興味を引くものがなければ素通りされるような場所です」
人ではないが、この公園に近づき行方不明になった動物達が過去にも何件かあったらしい。
気まぐれものの野良の獣が1匹や2匹いなくなったところで、特に気にするものもあまりいない……
「ならば、と企み……手近にいた人間に手を出した。とは考えられないでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待て。それじゃあ、この公園が構って欲しくて仕出かしたっていうのか?」
「証拠をお見せ致しましょうか」
くすりと笑みをもらし、セレスティは後ろに控えていた執事に少しだけ顔を向けた。
執事はポラロイドカメラを池に向かい、シャッターを切った。
古めかしいカシャンという音と共に、黒いフィルムが吐き出される。
「撮影なら携帯でも出来るわよ」
「デジタルカメラより、こういうフィルム撮影の方が……映し込み易いのですよ。と……出てきましたね」
浮かび上がってきた映像を覗き、2人は小さく声をあげた。
池の周辺に白い玉のようなものがいくつも映し出されている。
無論、肉眼で確認しても玉の姿は見えない。いや、もっと力の強い者ならば肉眼でも確認出来るのかもしれないが。
「昨日、池に立ち寄ったのですが、水達が妙に従順過ぎて奇妙に思ったのです。まるで何かされることを望んでいたかのように、実に嬉しそうでした」
「……そんなこと良く分かるな」
海鷹のつぶやきにセレスティは穏やかな笑顔で返す。
「そういえばこの公園。利用者が少なすぎて取り壊しされるんじゃないかって言われてたわね。こんな東京の住宅街にただの広場じゃ、土地を余らせているようなものだものね」
「なるほどな。カナという少女を人質にとって生き延びようと思ったわけか。ただなぁ……もう少し方法があると思うんだがな……」
自分の存在を得るために奪ったものがどれほど尊いものか、考える余裕はなかったのだろう。
いや、考えられなかったというのが正しいのかもしれない。
彼らのような純粋な生き物は、一つの思考しか持ちえないことが多いのだから。
「忘れられた分の時を吸い取って、自分を維持し続けていたのね。でも、それじゃ余計に淋しくなるだけなのに……」
ふっとシュラインは自嘲気味な表情を浮かべた。
「でもま、泣いている子がいるのなら。手を差し伸べてあげるとしましょうか」
ゆっくりと深呼吸をして、シュラインは鳥のさえずりを唄い始めた。
その歌に反応しているかのように、鳥達の歌声が辺りから聞こえはじめる。
やがて、たくさんの鳥が池のほとりに舞い降りてきた。
まるで自分の巣に帰ってきたかのように、鳥達は池のほとりでのんびりと羽根を広げ始めた。
「……水の気配が変わりましたね」
セレスティは小さく手を振り上げた。
周囲の木々がざわざわと揺れ、葉に水々しさが宿り始めていた。
「……おい、あそこ」
海鷹が指差した先、ジンジャーリリーの根元に少女がいつの間にか倒れていた。
怪我をしている様子はない。呼びかけても意識はなく、ただすやすやと眠りについているようだった。
「どうやら返してもらえたようですね」
その少女がカナであるとセレスティは言う。
もしかすると、ずっとここに寝かされていたのかもしれない。時を、その存在を吸われ、誰の目にも留まらない状態だったのだろう。
「少し衰弱しているようね。病院に連れていった方がよさそうだわ」
シュラインが触れるより早く、海鷹が少女を担ぎあげる。
「シュラインクンは武彦クンに連絡してやってくれ。この子は私が連れていく」
「そう? それじゃあ宜しくお願いするわ」
携帯を取り出し、シュラインは電話帳の一番最初のアドレスをプッシュする。
「……お疲れさまです。少女捜索の件、無事に一段落つきました。後程、詳細を報告致します……」
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・ エマ /女/ 26/翻訳家&幽霊作家
+草間興信所事務員
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い
3935/ 梅 ・ 海鷹 /男/ 44/獣医
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
この度はご参加頂き有り難うございました。
白い玉の正体の詳細は、各自各々の想像にお任せします(何)
今回のは九十九霊の発展系と捕らえて頂ければ、私としては大満足です。
文中にあったジンジャーリリーですが、ジンジャーの略名でも知られているようですね。
この時期のお花屋さんに結構並んでいますので、どんな香りか興味のある方は園芸店や花屋の店員に聞いてみてください。
諸事情により、今後更に東京怪談で依頼窓を開かなくなると思います。
たまーに、こそっと開けると思いますので、もしご縁がありましたら宜しくお願い致します。
それでは、また別の物語でお会い致しましょう。
谷口舞拝
|
|
|