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友好かつ有益なるその関係。
巨大複合教育施設、神聖都学園。
生徒の姿が減って物寂しくなる夏休みも終わり、一万人の生徒を抱えるこの学園の日常が戻ってきた。
幼稚園から小中学校に高校、大学、専門学校までが設けられた広大な敷地内には、学び舎だけでなく、ありとあらゆる関連施設が詰まっている。
例えばプールに体育館、寮や食堂、そして購買。放課後となってもそういった場所の賑わいはかなりのものだ。
特に放課後突入から小一時間ほどの間、中央購買部は大層混雑する。
「はい〜、いらっしゃい〜」
購買のおばちゃん、鷲見条・都由(すみじょう・つゆ)は、今日も鮮やかに会計の行列をさばいている。
「文具5点と書籍2冊のお買い上げで〜、2578円のお買い上げです〜」
カウンターに置かれた品を見るが早いか、都由は値札も見ないでさっさと合計金額を告げ、学生が財布を探っている間に商品のバーコードをレジに読み取らせる。レジの表示した金額は、先ほど都由が言ったのでばっちり合っていた。
彼女の商品管理能力と、暗算能力の成せる技である。ちなみにこの中央購買部、文房具だけでなく、書籍や寮生用の日用品や食料品、ちょっとした家電まで揃っているので、商品の種類は膨大だ。
「3000円お預かりしまして〜。422円の〜、お返しです〜」
チン、と開いたレジから手早く釣銭を取り出し、レシートに重ねて手渡すと、客がそれを財布に入れている間にササっと、小さな箱を差し出す。中にわんさか入っているのは、今流行のキャラクターをモチーフにした携帯電話用アクセサリーだ。某文具メーカーについてくるオマケである。
「おひとつどうぞ〜」
「あ、どうも」
こういったオマケの類は、忙しい時ともなると渡し忘れられることが多々あるのだが、都由に抜かりはない。オマケを一つ取った学生が、商品の入ったビニール袋を受け取って横に退くと、すぐに次の学生が来る。
「はい〜、いらっしゃいませ〜。文具2点で〜、525円ですね〜」
おっとり、のんびりとした口調とは裏腹に、都由の目と手は休まず動き、そしてその動きには無駄がなく。
結果、ものすごいスピードで、都由の前の列が短くなって行くのであった。
時を同じくして、こちらは神聖都学園の、学生食堂兼カフェテラス。
秋の日差しの差し込む窓際の席で、シュライン・エマは女子大生と向き合っている。
「そう。じゃあ、解決したのね。よかったわ」
「はい。本当に、良い方を紹介してくださってありがとうございました」
女子大生は、シュラインに向かって深々と頭を下げた。どういたしましてと微笑んで、シュラインはコーヒーに口をつけた。学内施設の売り物だけあって、安価なわりに味は中々だ。先日相談に乗ってあげた相手が晴れ晴れとした顔をしているので、いっそう美味しく感じた。
シュラインは本業である翻訳業の関係でよく学園の図書室や研究室に出入りしているのだが、ひょんなことで彼女の副業を知った学生が声をかけてくることが、実は度々ある。
シュラインの副業とは、草間興信所――怪奇事件解決で有名な――の事務員。調査員を兼ねることも多く、踏んだ場数は数知れず、また僧侶神官霊能者といった特殊な専門業を営む知人も数多い。曰くつきの土地に建ち、怪奇・心霊現象に事欠かない神聖都学園においては、頼りになるお姉さま扱いされても仕方のないことかもしれなかった。
「あ。もうこんな時間。私、まだ授業があるので失礼しますね」
時計を見て、女子大生は慌てた様子で席を立った。寮の部屋に出る幽霊の生で寝不足になり、青白い顔をしていたのが嘘のようだ。すっかり元気になった様子の後姿を見送ってから、シュラインは相談料がわりに奢ってもらったコーヒーを最後まで飲み干した。
「さて、あとは買い物でもして帰りましょうか」
呟いて、シュラインも席を立った。今日は本業用に図書館で借りていた本を返しに来たので、行きはずっしりとしていた鞄が、すっかり軽くなっている。
これなら、買い溜めできそうね。
うん、と頷いて、シュラインは出口の向かいにある建物――中央購買部へと足を向けた。
+++
「あら〜。こんにちは、いらっしゃい〜」
自動扉を開けて入ってきたシュラインを、都由が気安い様子で迎える。
「こんにちは。お言葉に甘えて、また買い物に来ました」
混雑する時間帯が過ぎ、もう閉店の近い時間だ。レジを学生アルバイトに任せて、てきぱきと商品の補充をしている都由に、シュラインは一礼した。
「新学期なので〜、文具、セール中ですよ〜」
「あら、本当」
八百屋の店員さんと若奥様のような会話を交わすこの二人、実は夏休み中にとある企業で開かれた夏祭をきっかけに知り合いになった。シュラインは以前からこの購買のお得意様で、提灯の灯された会場になんとなく見知った顔があるなあ……とお互い思って、どちらからともなく声をかけてみたら、というパターンである。
「ここの学生じゃないのに、ちょっと申し訳ないんだけど……やっぱり、ここで買うとお徳なんですよね」
毎回シュラインが大量に買い上げる文具類は、個人で使うわけではない。草間興信所用である。
資料整理用のファイルや、報告書に使用される用紙といったものは常に事務所にストックしておく必要があり、それらの消耗品は事務所の必要経費の中でも大きな割を占めた。
貧乏興信所を切り盛りするにあたってまず節約できるところはそこだというのに、所長の草間・武彦(くさま・たけひこ)と来たら全く無頓着で、シュラインは事務員としていつも苦心しているのだ。
「いいですよ〜。うちの学生さんたちが、ずいぶんたくさんお世話になってるみたいですし〜、せめて学内施設くらいは〜、めいっぱい利用してくださいね〜」
新しくダンボールから出したお徳用ノートセットに手早く値札を貼り付けながら、都由が言った。学内の噂に詳しいだけあって、シュラインが度々学園のトラブル解決に助力していることを知っているらしい。
「助かります。消しゴムや替え芯なんて、普通のお店の半額だし……。最近100円均一ショップの品物も侮り難いんだけど、やっぱり品揃えがいまひとつで」
「そうですよね〜。それに、よく見ないと意外に割高なものもありますし〜」
「そう! クリップなんか、実は入ってる数が少なかったり!」
「お台所用品も〜、アルミホイルとかラップとか〜、実は入ってるメートル数が少なかったり〜、しますよね〜」
女同士、賢く切り盛りする者同士、観点が似ているらしく、そうそう!と、おかしなところで盛り上がった時、自動ドアが開いた。
大きな段ボール箱の乗ったカートを従えて、入ってきたのはスーツ姿の青年だ。胸にかかったネームプレートは、彼が某有名事務用品メーカー兼卸売りの、営業社員であることを告げている。
「いつもお世話になってます! 鷲見条さん、納品に上がりました!」
「ああ、はい〜。奥に運んでおいてください〜」
バックヤードに箱を運び終えると、営業さんはいそいそと都由の元に歩み寄った。
「何か発注はございますか?」
「ああ〜、ありますあります〜。たくさんありますよ〜、ちょっと待って下さい〜」
商品棚から離れ、都由はレジの下の引き出しから数枚の用紙を出した。全て発注書だ。
「こちらが中央購買分。こっちとこっちは、それぞれ中等部と高等部の購買部に納品してくださいね〜。あと〜、こっちは学園内の事務用なので、分けて納品お願いしますね〜。決済は月末で、納品書はいつも通り、発注書ごとに別々に発行してくださいね〜」
「はい、承りましたっ! ありがとうございます!」
受け取った書類を確認し、いそいそとファイルに仕舞い、では!と立ち去ろうとした彼は、
「あ、ちょっと待って〜」
都由に呼び止められ、がくりと姿勢を崩した。振り向いた顔に「嫌な予感がする」と書いてある。
「今月、新学期ですから〜、文具がたくさん出ます〜。多めに発注してるので〜、お勉強お願いしますね〜。えっと〜、メモ用紙メモ用紙……」
「どうぞ」
キョロキョロする都由に、シュラインはレジ横に置いてあった筆記具を取って手渡してやる。
都由はそれを受け取ると、軽く首を傾げ(暗算中)、さらさらっとなにやら書き込んで営業さんに手渡した。
「ざっとこれくらいでどうですか〜?」
見た瞬間、営業さんの顔がひきつった。
「これは……ちょっと……かなり……勘弁してくださいよ〜、鷲見条さん!」
メモには、今回の仕入の総額を書いてあったらしい。しかも、かなり厳しい値引き交渉だったらしい。笑顔で、都由が駄目押しする。
「利益、充分出ますよね〜?」
「…………はあ……ええ、まあ……ギリギリ……」
今年若い営業員は涙ぐんでいる(そして内心、早く偉くなってここの担当から外れるんだ!と心に誓っている)。
「……すごいわね」
「すごいですよねー」
シュラインの呟きに、レジのバイトくんが同意した。
大量仕入れは、値引き交渉の基本。ふと、シュラインは思った。
興信所で消費する文具類とて、数ヶ月ぶんをまとめれば大した量になる。
目の前には仕入れのプロの都由と、文具会社の営業員。
これは、美味しい伝手(つて)が出来たということでは――?
+++
数日後、購買でビニール袋を持たされた草間の姿があった。
「……なんだこりゃ」
「何って武彦さん、見ればわかるでしょう? 文房具よ」
シュラインはこともなげに言ったが、草間は困惑顔である。
「いや、だからなんでこんな大量に……」
コピー用紙に、帳簿用の帳面に、フロッピー、CDロム、その他諸々がわんさか詰まった袋は、指に食い込む重さだ。
「たくさん買うと〜、割安になるのは基本ですよ〜」
同じ大きさの袋をもう二つほど出して、都由がにっこりと笑った。
事務所でヒマそうにしていたら、シュラインに荷物もちを頼まれて、文房具がそんなに重いわけがないだろうなどと思ったりもしたのだが。これは確かに、シュライン一人で持って帰るのは無理であろう。紙は重いのだ。
「草間興信所さんの分は〜。これですね、どうぞ〜」
と、都由がシュラインに差し出したのは、興信所名義の納品書。書き込まれた料金は、もちろん卸値。
先日、シュラインはちゃっかり、興信所で使う事務用品を発注させてもらったのだ。
「お世話になりました、都由さん」
「いいえ〜」
「ところで今から休憩なんですけど、シュラインさんもいっしょにお茶でも如何ですか? カフェテラスで」
「良いですね」
「うちの食堂、コーヒーも結構良いですけど〜、紅茶もあったりして〜、それが中々なんですよ〜」
しっかりとちゃっかりと併せ持つ二人の女性の間に芽生えた友情は、なにやら深まりつつあるようだ。
「待てよ。俺も行くぞ!」
軽やかな足取りでカフェテラスへと向かう二人の後に、草間がよたよたと続いた。
END.
<ライターより>
期日いっぱい使わせていただいてしまい、申し訳ありません。
依頼をきっかけにお二人が知り合って下さったとのこと、とても嬉しく思っています。ある意味最強のコンビネーションではないかと思いながら、楽しく書かせて頂きました。
お二人「らしさ」が出せていればよいのですが……。
友情が育つことを期待しております。
では、ありがとうございました! イメージにそぐわない部分などございましたら、申し訳ありません。
またの機会がありましたら幸いです。
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