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<東京怪談・PCゲームノベル>


駅前マンションの怪〜咲く花

 つい先日、草間興信所の仕事を頼んだ駅前マンションの住人に会う用事があり、本日シュラインはマンション前までやってきていた。
 強い陽射しを避けるために被ってきていた帽子になんとなく手をやり、それから、マンション入口の扉をくぐる。
 秋も深まりはじめた季節とはいえ、昼間はまだそれなりに暑い。
 直に陽射しが入ってこない分、マンション内は少し涼しくて。陽ももう入ってこないわけだし、帽子をとろうかと思ったちょうどその時。
 コミュニケーションスペースに集う住人の頭に妙なものを見つけて、シュラインはその場で目を丸くした。
「……なに、あれ……」
 断言しよう。
 彼の頭に、花なんぞ生えていなかった。
 何度か興信所で仕事を一緒にしたこともある、このマンションの住人――当然、シュラインは彼のことをそれなりに知っている。
 そしてシュラインの知る限り、彼の頭に花が生えているところなんぞ見たことがない。
「ちょっとそれ、どうしたの……?」
「へ?」
 半ば以上茫然としたシュラインの声に、彼がひょいと振り返る。
 しばしきょとんとした後に、彼は、ああ! と目線を上に向けた。
「なんかいきなり生えてきてさー。どうしようかと思ったんだけど、どうすりゃ消えるのかよくわかんないし」
「……大丈夫なの、それ?」
「や、あんまり大丈夫じゃない」
 言ってる割に呑気だが、まあ、人外の多いこのマンションでは、多少のことでは動じない者もかなり多い。
「どう大丈夫じゃないのかしら……?」
 どこか疲れた気分で問うと、彼は、ひょいとコミュニケーションスペースの奥にうずくまっている別の者を指差した。
「この花さあ、一週間くらいで枯れるらしいんだけど……枯れた後、あんなふうに無気力になっちゃうらしいんだ」
「え」
 シュラインは、思わず自身の頭に手をやった。
 普通の花ではないことは確実だから、どの程度の防護があるかは怪しいものだが、それでも。防止を被っていて良かった、と心の片隅で思う。
「放ってはおけないわねぇ」
 無気力化していくことになるだろうマンション住人のことはもちろんだが、この場に立ち会ってしまった以上、自分も無関係とはいかないだろう。
 呑気というよりやる気のなさそげとも見える彼の態度は、もしかしてもう花の影響を受けているんじゃないかと思いつつ。
 シュラインは、おそらく一番事情をわかっているだろう大家がいる、管理人室に向かうことにした。


◆ ◆ ◆


 管理人室では、ちょっとしたお茶会が開かれていた――というか、いつのまにかそんな雰囲気になっていた。
 お土産持参で遊びに来た天薙撫子に、用事でマンションを訪れたシュライン・エマ。それから、頭の花を見せにきたマンション住民、三春風太とその飼い猫の大福。
「種が外に出ていく様子がないのは、せめてもの救いかしらね」
 人の頭に咲いて、枯れた後に人を無気力にさせてしまう植物が、マンション中に広がっている。
 大家の話を聞いたシュラインは、呟いてから、ふいと大家に視線を向けた。
 いくら怪奇現象異常発生地帯とはいえ、花の種なんてどこに飛んで行くかわからないものがマンション内だけで留まっているのは、大家がなにかやったんだろうと思っているのだ。
「ほっとくと無気力になっちゃうのかあ。楽しいのに、残念〜」
 常にのほほんお呑気空気漂う風太も、さすがに無気力になるのは勘弁願いところである。何をやっても楽しくないなんて、そんな生活はしたくない。
 ……言ってる台詞の割りに、本気で残念そうなのは、少々周囲の不安を煽りもするが。
「なぁお」
 不安げに鳴いた大福の背を撫でて、大丈夫、なんて。元気に宣言する風太を横目に、撫子とシュラインは原因究明に向けて相談を始めた。
 大家の老人にいろいろと尋ねてみたところ、花が生えはじめたのはちょうど二週間ほど前。
「その前後になにか変わったことはなかったのかしら?」
「マンション内では、これといったことはなかったが」
 となれば、原因は内ではなく外から来たものだろうか。
 そこまで考えた時、撫子はひとつのことに思い当たって声をあげた。
「……二週間前といえば、ちょうど台風が通りすぎた頃ではなかったでしょうか」
 台風くらいでいちいち何かが訪れてこられてはたまったものではない……気もするが、しかし、マンション内部で異変がなかったと言う以上、外で変わったことを探すしかないのだ。
「あ、そーだ! ねえ、おじーさん。前に異世界で拾ったお茶っ葉、もう残ってないの?」
 異世界で拾った茶葉――は、撫子もシュラインも心当たりがあった。いきなり霊能力が身についたり、猫が喋り出したり。妙な効能を持つだけに、無気力を治す効能を持つ茶もあるかもしれない――と、考えたくなる気持ちもわからなくはない。
 だが、当たり外れの大きすぎるギャンブルに賭けてみる気には、二人は到底なれなかった。そもそも、それでは根本解決にはならない。
「でもその前に、まずは原因の大元を断ったほうが良いんじゃないかしら」
「ええ。大元を断てば、皆様の無気力も治るかもしれませんし」
「んー……そっか、そうだねぇ」
 ほやん、と頷いた風太に二人はコクリと頷き返し、そして。
 結局最終的には、必ずマンション内部にはいるだろうと思われる、原因を地道に探しに行くことになった。


◆ ◆ ◆


 まず一行がやったのは、そろそろ花が枯れるだろう人のもとに行き、花に目印をつけさせてもらうことだった。
 もし誰かが花を回収しているのならば――人が無気力になるということは、原因となっている者は人の気力を必要として吸い取っていると考えられるからだ――それで居場所がわかると考えたのだ。

 待ち続けること一日弱。
 花が枯れはじめた頃。
「にゃあん?」
 獣ならではの第六感か、大福がふいと中空に目を向けた。
 次いでシュラインたちが目をやれば、そこには緑の葉を羽根のように羽ばたかせて空を飛ぶ、小さな何かの姿があった。
 いや……良く見れば、どうやら、実に羽根が生えて飛んで行っているらしい。
「あの子がみんなの気力を持って行っちゃったのかなあ?」
 今にも本人に尋ねに行きそうな風太を、撫子が押し留めた。
「待ってください。あの方がどこに行くのか追いかけてから声をかけましょう」
「ええ、その方が良さそうね」
 実はふらふらと危なっかしく空を飛び、そのまま、マンション屋上へと出ていった。
 見た限り、屋上にはなにもない――だが。
 そのなにもない場所で、唐突に姿を消してしまう。
「また異世界の類かしら……」
 思わず呟いたシュラインの隣で、撫子がじっと小人が消えた先を見つめる。
「いえ……目隠しの結界だと思います」
 言うが早いか、懐から妖斬鋼糸を取り出して、小人が消えたあたりの空中を切り裂く――と。
「うわあああ、すごい、おっきい樹だーっ!」
 目隠しの結界が消失し、隠れていたものが姿を見せる。
「でも、なんだか元気がなさそうね」
「もしかして、このために人の気力を集めていたのではないでしょうか……」
「そうね。意思疎通ができれば、交渉しようかとも思ってたんだけど……」
 少なくともこの樹は、喋るような気配もなければ、動き出す気配もない。
「そーだ!」
 シュラインたちの一歩後ろで、じっと樹を眺めていた風太が、唐突に声をあげた。
「きっとお水がないから元気ないんだよ!」
「え?」
「にゃん?」
 ポンっと手を打って元気に宣言した風太は、水を生み出し樹に振りかけた。
「樹さんが元気になりますよーに!」
 そんな思いを込めて生み出された水は、樹に必要な栄養がたっぷりの水だった。
 みるみるうちに葉が瑞々しく輝き、細く萎えていた枝は隆々と太くたくましく変わっていく。
 枝先に、次々と実が鳴って、そして。
 まるでホウセンカのように、実がぽぽんっと飛びはね、綺麗な放物線を描いてシュラインたちの腕の中へと収まった。
「……返してくれる、って、ことなんでしょうか……」
「きっと、怪我を治すのに必要だったのね」
 けれど風太の栄養満点の水のおかげでそれも必要なくなり、樹は、吸い取った気力を返してくれるつもりなのだ。撫子の霊視能力は、手の中にある実に吸い上げた気力が凝縮されているのを確認できた。
 事態についていけていない二人をまったく気にする様子もなく……。ざわざわと葉を揺らしながら、大木になった樹はすぅっとそこから姿を消していく。
「…………」
 原因不明と言えば不明だが、解決したと言えばしたわけだし。
「台風で怪我でもしたんでしょうか?」
 それも絶対ではないけれど、時期的に、おそらく、そうなのだろう。

「あ〜あ、お花、消えちゃった。面白かったのになあ」
 すっきりとした頭を撫でながら、風太はものすごく残念そうに呟いた。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

0328|天薙撫子    |女|18|大学生(巫女)
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2164|三春風太    |男|17|高校生

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         ライター通信          
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 昔ほどのペースではありませんが、最近やっと復帰をはじめました。
 皆様こんにちわ、日向 葵です。

 たまには正体不明の妖しというのも良いかなあ、なんて思いつつ、こんなオチとなりました。
 少しなりと楽しんでいただければ幸いですv