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ばけつプリンに愛を込めて
「どうかしたのか?」
過ぎ行く夏の気配を感じさせる、涼しげな風が緻密な模様のレースのカーテンを揺らす秋の夕暮れ時。
何時もどおりといっては問題があるが、普段の通りに店を訪れた客の顔を見て店主が首を傾げた。
「あのね……」
私、前から一度チャレンジしてみたいことがあったの。
「なんだ?」
「ばけつプリンが食べてみたいの!」
「はぁ?」
拳を握り締めて力説する客の様子に店の主が瞳を丸くした。
何を突然………
「だって、噂にはよく出てくるけど実際に食べたことないんだもん」
確かに、そのようなメニューを載せている喫茶店の噂は時々耳にするが……
「そんなものどうしようって言うんだ?」
「一度で良いから嫌って言うほど、プリンを食べてみたいじゃない?」
それは乙女の憧れ………?
甘いものをこよなく愛す者にとって、一生に一度は試してみたい食べ物である。
「いや……そんなに沢山食べてみたいなら、沢山買ってくればいいのでは………」
「違うの!こう、おっきいプリンにスプーンを入れるからこそ意味があるんじゃない!!」
意味不明の主張を言い切る客の様子に店主が溜息をついた。
「そんなに食べたいなら、ここでやってみるか?」
「ばけつプリン、すごいのー!」
すごいの、すごいの、食べてみたいのー!
大きな瞳をことさら見開き、可愛らしくも全身でその喜びを表すのは藤井・蘭(2163)。
「えっとぉー、たまごとー、ぎゅうにゅうとー、さとうとー、フルーツもあるときれいなのー」
「よく知ってるな」
材料を指折り数えにっこりとこぼれんばかりの笑顔に、思わずつられて黄昏堂の店主がその柔らかい緑色の髪を撫でる。
「おうちでおてつだいしてるからしってるのー」
えへへと、笑う蘭はキラキラと輝く瞳で店主を見上げた。
「そうよ、ばけつじゃ風情がないわ!どんぶりプリンよ!」
そう高らかに宣言したのはウラ・フレンツヒェン(3427)。此方は白を基調としたゴシック風のドレスで一見すると、アンティークのビスクドールのような雰囲気をかもし出してた。
何時の間にやら何処からともなく取り出した、白いレースのフリルが可憐なエプロンを身に着けて準備万全だ。
「まずは材料ですね」
ゼラチンに水、豆乳、蜂蜜、砂糖、其れとレモン……と、こちらも材料を思い浮かべている少女はエリア・スチール(4733)。なにやら一般的なプリンの材料と異なったレシピのようだが……食べられるものが出来上がれば大丈夫だろう。
何はともあれ、この三人の少年少女によるプリン大作戦の幕は今まさに切って落された。
プリンを作るためにはまず器を選ばなければと三人は其々に器を探し出した。
「これが可愛らしくていいですね」
エリアが選んだものは店頭に飾られていた青い器。秋らしくウサギの模様がえがかれている。スープディッシュの様にそこの深い絵皿であった。
一番最初にキッチンスペースに足を踏み入れた蘭が笑顔で持ち上げたのは自分の顔よりも大きなボウル。
「これがいいのー」
これでおっきいプリンをつくるのー。と、今から出来上がりを思い浮かべご満悦の様子。
そしてどんぶりでプリンを作るのだと息巻いていたウラが向かったのは、黄昏堂の裏にある蔵の中。
「これでもないわ……これでもない……もっとこうヴィヴィットに飛んだ物がいいのよ」
どうやら相当なこだわりがあるようだ。
「あったわ!これよ!!これで完璧だわ、クヒッ」
薄暗い蔵の中を引っ掻き回してウラが探し出したのは、白磁の有田焼の大きな椀。
「久谷や伊万里ではなくてそれか?」
「えぇ、久谷なんかじゃ騒がしすぎるの……やっぱり秋の風情を感じさせる……この有田の器があたしの作るプリンにぴったりだわ♪クヒヒッ」
秋らしく栗の風味をつけたプリンに抹茶ムースと二層にしても美味しいかもね。
これを借りるわよ!有無を言わさぬ調子のウラに苦笑をしながら、いいだろうと黄昏堂の店主は快く商品の貸し出しを了承した。
さて、食の歴史を紐解いてみるならば、現在一般的にプリンと呼ばれているものはカスタードプディングと呼ばれるイギリスで発祥した伝統的なアントルメのことである。
「あんとるめ?」
なんだかよくわからないのー、キッチンに背が届かないからという理由で出してもらった木箱の上で蘭が小首を傾げる。
「西洋料理の食間や食後に食べる甘いお菓子の事よ」
アントル(entre)はフランス語で間、メ(mets)は料理のこと。直訳すると料理と料理の間に食べるもの、口直しのデザートの事になるのだ。と、卵白を泡立てそんなとこ常識だわ、クヒヒと小悪魔的な笑顔を浮べウラが答える。
「そうなんですか〜プリンはイギリスから来たんですね〜」
博識なウラにエリアも感心する。
「そうよ、そうなのよ。だから正確にはお前のそれはプディングとは呼べないのよね!」
ずびしっとウラが指差したのは、エリアがかき混ぜているボール。尊大な口調だがウラに悪気はない。彼女にとって世界は彼女中心に回っているからこれが何時ものウラなのだ。
「ぇ?違うんですかぁ〜」
何処がちがうんでしょう?とエリアが少し傷ついた様に声が小さくなる。
「ゼラチンなんかで固めたらただのゼリーじゃなくて?プディングは蒸したり焼いたりして、口当たりの良い半凝固体の食べ物の事を言うのよ!」
「そうなの?」
ウラの宣言に蘭も可愛らしく頭を捻る。
「そうですね、ウラ様の仰るとおりプディングは熱を通して作るもので、ゼラチンを入れて冷やすだけではプリンとは呼べないかもしれませんね」
最も最近では市販のプリンにゼラチンが含まれていることも多いようですよ。とさりげなく、と黄昏堂の看板娘がフォローをいれた。
「今回作るものは大きさが大きさなので、少し卵の量を多めにすると良いかもしれませんね」
大きなプリンは上手くかたまらないと自重で崩れてしまうことがあるからだ。
「うん、わかったのー」
「当然だわね」
暫し各自が各々の作業に没頭する。
砂糖を煮詰めカラメルを焦がす香ばしい甘い香りがキッチンいっぱいに広がっていた。
蘭のボールからはバニラの香りのおなじみのプリンの匂いに近い物が香ってくる。
「マロングラッセ用のリキュールはあったかしら?」
「はい、御座います」
今お出ししますね。
「ウラさんは何を作ってるのー?」
「秋らしく栗の風味のどんぶりプリンよ、クヒッ」
出来上がりを想像して、ウラがほくそえむ。
「栗のプリンもおいしそうなのー!!」
出来たら少し分けてね。と看板娘に手伝ってもらって余裕の蘭が他の二人のプリンを見て回る。
「エリアさんのはなんなのー?」
「あ、はぃ。豆乳のプリンを作ってみようと思ったのですが……」
少し違うものになりそうです。と、此方はやや不安げだ。
「でも、皆おいしそうなのー」
和気藹々と其々のプリンが出来上がった。
コツはゆっくりと温度に慣らし徐々に熱を加えてすが入らないように、オーブンで蒸し焼きにするのだというアドバイスに従いウラと蘭がオーブンに半分ほどプリンを入れたどんぶりと、なみなみとプリンを入れた大きなボールを投入する。
因みにゼラチンで固める予定のエリアの物は、既に冷蔵庫の中だったりする。
蒸しあがったものの粗熱を取り、ウラは抹茶ムースの層を作るべく更に綺麗な緑色の種を注ぎいれ、蘭のクリーム色のボールと一緒に冷蔵庫に入れて待つこと暫し。
「わーすごいの!おっきいのー!!」
ボールを皿の上で逆さまにし、黄昏堂の看板娘に手伝ってもらって慎重にボールを外すととろろ溶けたこげ茶色のカラメルがクリームイエローのプリンを伝う。
きれいなのー。綺麗にぷるるんとしたプリンを大皿にあけた蘭が嬉しげに、ほ〜っと溜息をつき、更にプリンを生クリームや果物を飾って大喜び。気を使って作っただけあって崩れることは免れたようだ。
「まぁまぁ、かしらね?」
どんぶりプリンというからにはどんぶりから直に食べるのだと、大きなどんぶりそのままに、上にあんこやら生クリームやら南瓜の種やらを飾り付けているウラだが……こちらは、なんというかとても前衛的だ。
ある種の才能ともいえる、危ういライン擦れ擦れのトッピングに周りは冷や汗ものだったりする。
「完璧ね」
クヒヒと、本人が満足しているのならそれで、十分であろう。カラメルソースにマロン風味をつけたり、栗を沈めたりととても凝った一品である。
「できましたー♪」
一番最初に出来上がっていたエリアの物は、本人曰くシロップをかけた豆乳プリンということだ。こちらは喉越しは良さそうな真っ白なものが出来上がっていた。
「それではお茶を入れて、皆さんで食べましょうか?」
其々に大きさは超Bigサイズ。通常の何倍もの大きさのプリンが3つ出来上がっていた。
「うんうん、これよこれなのよ。クヒッ」
あたしの求めていたものはこれなのよ、と拘りの木のスプーンでシャクリとどんぶりから二層になったプリンを掬いウラが優雅に口元に運ぶ。
「とっても、おいしいのー!」
蘭はカレー用の大きなスプーンで口いっぱいに頬張りながら、頬に生クリームがついているもにも気が付かないほど食べるのに夢中だ。
「おいしいですね」
4人分の分量で作ってしまったために、作りすぎてしまいましたとエリアは既にもてあまし気味だったりする。
「なかなか、いいんじゃないのか?」
何時の間に来ていたのか、一口ずつ其々のプリンを味見した感想を黄昏堂の店主はそう答えた。
「またやってみたいのー!」
「そうね、なかなかたのしかったわよ」
「今回はとっても勉強になりました」
作ったものは残らず平らげ。
其々に好感触な感想をもって黄昏堂でのばけつプリン大作戦は幕を下ろした。
【 Fin 】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1歳 / 藤井家の居候】
【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【4733 / エリア・スチール / 女 / 16歳 / 学生/呪術師】
【NPC / 春日】
【NPC / ルゥ】
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■ ライター通信 ■
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始めまして!ライターのはるでございます。
この度は秋の甘味祭り第1作『ばけつプリンに愛を込めて』への御参加ありがとうございました。
可愛らしいPC様ばかり御出で下さいまして、喜び一入なのですが・・・
少しでも皆様にも楽しんでいただければ幸いです。
イメージと違う!というようなことが御座いましたら、次回のご参考にさせて頂きますので遠慮なくお申し付けくださいませ。
それではまたのご来店お待ちいたしております。
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