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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


松のカレーパンを入手せよ!

 その日、シュライン・エマは以前の事件の調査報告のために、神聖都学園の音楽教師、響カスミを訪ねていた。
「それで、やっぱり怪奇現象なんてなかったんですよね」
 彼女にとって一番の重要事項はそこなのだろう。一通りの報告の後にそう念押しして安堵するカスミの姿に、シュラインは軽い苦笑を漏らした。
「ところで、今日は静かですね」
 シュラインはさりげなく話題を変える。授業中なのだから静かなのは当たり前だが、シュラインの鋭い聴覚をもってしても講義の声さえ聞こえてこないのだ。
「ええ、今日は全校一斉実力テストですから」
「あら、生徒さんも大変ですね」
 シュラインは出された茶を一口すすり、呟いた。シュライン自身は高校に進学していないため、一斉実力テストの経験はない。が、この緊迫した空気からして、厳しいものなのだろうな、ということぐらいは想像がつく。
「けど、昼休みになると騒がしくなること間違いなしだわ……」
 思いやられる、と言わんばかりにカスミは頭を振った。
 怪訝な顔をして首を傾げたシュラインに、カスミは一枚のビラを差し出した。そこには、「松のカレーパン限定5個発売」との見出しが踊る。何でも、具に松阪牛と松茸を贅沢に使い、鉄人が最上の油で揚げた幻の逸品なのだそうだ。
 シュラインの中で、カレーパンへの興味がほのかにわき起こった。年中金欠で苦しむ草間が見たら何と言うだろうか。ありがたがって拝むだろうか、それとも、たかだかカレーパンに高級食材を、と怒るだろうか。
 発売日を見れば今日とある。しかも、先着ではなく、校舎内に隠されたスーパーボールを見つけ出した者に購入権が与えられるとか。校舎内にボールが隠されるのが四時間目。そして販売期間は昼休みが終わるまで。となると、なるほど、なかなかの騒ぎになりそうだ。
「これ、部外者でも参加できるのかしら?」
 シュラインはチラシを裏返して見てみた。学外者お断り、とはどこにも書いていない。
「ええ、そのはずです。その方が盛り上がるから、と購買部の人が言っていましたから」
 カスミは再び頭を押さえた。
 シュラインは壁にかけられた時計を見遣る。四時間目が終わるまで、あと10分程度。
「もし手に入ったら、良いお土産になるかしら」
 テスト時間に身体を拘束されていないとはいえ、隠しに行く人影も見ていない。条件的には公平よね、とシュラインは心の中で頷き、探索ルートを練り始めた。

 が、遡ること数十分前。特別教室の並ぶ校舎五階では、実は既に戦いが密かに始まっていた。
「ふっふっふ……。その松のカレーパン、この葉室穂積(はむろほづみ)が頂くぜっ」
 密やかにガッツポーズを作る人影が1つ。そして、なぜかその顔には「いかにも」というような唐草模様のほっかむり。
「松阪牛って食べたことないから、どんな味がするのか楽しみだ」
 すっかり手に入れた気になっているこの少年、葉室穂積は都内の別の高校に在籍しているため、当然のことながら神聖都学園とはテストの日程が違う。そのため、四時間目から思う存分探しまわれるというわけのだ。同じ部外者ながら、シュラインとは違ってフライングする気満々である。
「ええっと、確かこの階には科学室、工作室、美術室、調理室、音楽室、視聴覚室があるんだよな」
 一階の案内板を書き写したメモに目を落とし、確認する。今は実力テスト中。だから、ボールが隠されるのは通常学級以外の教室だ。一番あり得なさそうな「職員室」にも目をつけたのだが、その戸にはしっかり「テスト中生徒の立ち入り禁止」の貼り紙がしてあった。
 そして、結局は「調理室」にあるのではという自分の勘を信じ、かつ他にも特別教室がたくさんあるということで五階へと足を運んだというわけだ。
「学園内の奴らと競うんなら地の利で不利だけど、そこで一歩退いたら男が廃るぜ!」
 穂積は拳を握りしめ、小声で気合いを入れた。部外者の利を活かしてフライングをしている以上、いささか説得力に欠けるのだが、本人は至極真面目だ。
「調理室、後は科学、工作、美術室あたりかな……」
 穂積は教室のプレートを確認すると、怪しまれないように忍び足で「調理室」へと足を進めた。

 それから遅れること数分。四時間目の終わりを告げるチャイムが校舎内に響き渡った。
 まず真っ先に二階の教室から飛び出したのは、三年生の早津田恒(はやつだこう)だった。いつも通り、特技ともいえる素晴らしい集中力を発揮しての一夜漬けでテストに望んだ恒は、テスト終了後のスタートダッシュにも、やはりいかんなくこの集中力を発揮していた。
 恒自身はグルメ至上主義ではないのだが、世の中にこんな美味しいものがあるということを知っておくのも勉強のうち、と思っている。それに、何よりも、食べられるなら美味しいものを食べたいと思うのは、人としての素直な気持ちというものだろう。
 探索先は「視聴覚室」と定めている。恒は一気に階段を駆け上がった。

 そんな恒の横を、1人の男子生徒が駆け抜けた。それは同じく三年生の陸誠司(くがせいじ)だった。高校に在籍しながら仙人になるための修行をしている誠司は、スピード勝負と見極め、あらかじめ足に『迅行符』を貼り付けていたのだ。それで移動のスピードを高め、上の階から下の階へと下がりながらボールを探す作戦である。
 符術まで持ち出してはいるが、誠司もまた、どうしても欲しいというよりは、何となく興味を持って、運良く食べられたらいいな、と思っているクチだった。
 ただ、一緒にボールを探す約束をした友人の叶遥(かのうはるか)の方はどうしても食べたいと思っていることだろう。食い意地の張っている彼のためを思えば探索にベストを尽くしておきたいという気になるのだ。
 とはいえ、肝心の符は遥に渡していない。貸したところで使いこなせずに壁にぶち当たるのがオチだろうと踏んだからだ。
 その結果として、当然のことながら遥を後ろに置き去りに、誠司は階段を駆け上がった。最初に目指すのは六階、「放送室」だ。

 さて、思いがけず置いていかれた遥の方は、慌てて誠司の後を追おうとした。が、誠司の姿は見る間に小さくなっていく。何としてもカレーパンを食べたい遥はますます焦りを募らせた。
 それでも遥は何とか当初の計画を思い出し、用意していたとりもちを階段にまく。この罠でライバルを蹴落とすつもりなのだ。
「よしっ。これで後から来たやつは上がれない」
 満足げに頷き、遥は自身も探索に向かおうと足を踏み出した。遥の動物的直感を信じれば「調理室」なのだが、事前に打ち合わせをした誠司の意見では、意外性の出るところで、「放送室」、、「科学室」、「音楽室」あたりを狙うべしということだった。
 さて、自分の直感、友人の意見、どちらに従うべきか。どちらにせよ、とりあえず五階に向かわなければ。
 足を踏み出そうとして、遥は前につんのめり、床に激しく手をついた。そう、考え事をしていて自分でまいたとりもちを踏んづけてしまったのだ。そして、ご丁寧なことに、手にもべっとりととりもちがついている。
「いけね」
 遥は、慌てて周囲の壁にとりもちをすりつけた。

 一方、シュラインの方もチャイムを聞いて探索を開始していた。シュラインは誠司とは逆に、一階から上へと攻めていく作戦をとっていた。廊下を歩きながらも、ものを隠すと言えばここ、合鍵置き場の定番である各扉の上方部の金具をチェックすることも忘れない。
 そして、まずは「保健室」を目指していたところ、珍妙な一団に出くわした。
「おう、俺だ! カレー閣下様だ! 俺は今、神聖都学園とやらに来ている! 理由はそう……俺がまだ国にしたことのないメニュー『松のカレーパン』とやらをこの胃袋に収めるためだ! こいつはただのカレーパン様とはひと味違う筈だぜ」
 カレーパン限定販売のチラシが貼られた掲示板の前で怪気炎をあげているのは、パンチパーマに青の縞スーツ、どう見てもヤクザにしか見えない中年男だった。
「はい、茂吉(もきち)さん」
 横に控えた子分らしき男の1人が男を見上げる。が。
「……てめぇ、今何つった?」
「す……すいません、閣下!」
 ギロリ、と背筋も凍るような視線で睨み据えられ、慌てて言い直す。
「ふん……」
 男は鋭い一瞥を残し、再びチラシに目を戻す。
「で、スーパーボールとやらを探せばいいんだな?」
 誰にともなく呟いたかと思うと、今度は高笑いを始めた。
「笑止、長年『究極のカレー』様を探してきた俺にとっては玉っころの1つや2つ! 行くぞっ」
「は、はいっ。閣下!」
 そして鼻息を荒く、子分もろともどたどたと走っていく。
「何かしら、あれ……」
 後に取り残されたシュラインは呆然と呟いた。どうやらヤクザまでもがカレーパンを探している……ということらしい。
 2、3度その場で瞬きして気を取り直し、シュラインは再び歩き始めた。

 さて、三階、二年生の教室では、平代真子(たいらよまこ)が、はっと顔をあげたところだった。先ほど、夢の中で試験時間終了のチャイムを聞いたような気がする。
「しまった、出遅れた?」
 すっかり人気が少なくなった教室を見回し、代真子は慌てて立ち上がった。
 食べるのが好きな代真子としては、『うまいもの』と聞いたカレーパンはぜひ自分の舌で味わってみたいと思っている。テスト終了と同時にダッシュをかけるつもりでいたのだが、このテストが予想以上に難しく、取り組んでいるうちに睡魔に襲われるハメになってしまったのだ。
「どうしよう、どこから探そう」
 焦って思わず周囲をきょろきょろした代真子の頭に、ふと朝のテレビでの占いの文句が蘇った。
『探し物は高いところに』
 それだ、とばかりに代真子は走り出した。ちょっぴりふくよかな代真子だが、運動能力は人一倍高い。占いを信じて、目指すは六階だ。

「やったぁ、見つけたぜ!」
 スーパーボールを手に満面の笑みを浮かべているのは、フライング男、穂積だった。
 あれから「調理室」と「科学室」を探索してハズレに終わったところで、穂積は廊下を歩いてくる足音に気付いた。このまま見つかってはまずい、と穂積はとっさに次に探索する予定だった「工作室」に身を隠した。
 足音は数メートル向こうで止まった。次に教室のドアを開ける音が聞こえてくる。中でしばらくがたがたとやった後、足音は再び廊下に出てきた。そして、次の教室でもまた同じことを繰り返しているようだ。
 このままでは見つかってしまうかもしれない、と「工作室」の作業台の下に隠れ、息を詰めていた穂積だったが、幸いにも足音は「工作室」に入ってくることなく、前を通り過ぎて行った。
 穂積はほっと胸を撫で下ろし、足音が完全に聞こえなくなってから、再び探索を開始した。
 「工作室」も隅々まで探したものの見つからず、次の「美術室」に入ったところでチャイムが鳴った。これでフライングの恩恵も水の泡……と思っていたところ、見事棚に置かれた彫像の中からボールを発見したという次第だ。
 どうやら先ほどの足音がボールを隠す職員のものだったらしい。あやうくフライングしすぎて行き違いになるところだったが、結果オーライ、終わりよければ全てよし。
 穂積は上機嫌でズボンのポケットにボールを放り込んだのだった。

 一方、「保健室」に到着したシュラインは、興信所での調査員としての知識と経験を活かし、隅々まで見落とすことなく探索を始めていた。
 まずは一番目につくベッドから。枕の裏やクッションと金具の間をしっかりと確認。次に、人体模型や骨の内部、椅子にかかっている白衣のポケットはもちろん、流しの排水溝も忘れずチェック。
 どうやら一階に目をつけた生徒はいなかったらしく、シュラインは悠々と保健室の中を探索できた。いや、実際には何人か覗きに来た者はいたのだが、シュラインのいかにも手慣れた探索ぶりに、彼女と競うのは無謀と悟って他へ移動したというのが正確なところなのだが。
「見つからないわね」
 シュラインは、ほうと1つ息をついた。その目が冷蔵庫へと向けられる。
「ありがちすぎると思うんだけど一応ね」
 部屋の隅にちんまりと鎮座するそれの扉を開け、隅々まで中を確認する。もちろん、上部に付けられた製氷皿にも忘れずに手をかける。
「あら?」
 少し引いた途端、それはかしゃりと軽い音を立てた。中の氷が割られているのだ。
「どうやら当たりかしら」
 シュラインはためらわずにそれを引き出した。果たして一番奥の1つだけ氷が取り除かれ、その代わりにスーパーボールが収まっている。
「見つけちゃったわ」
 よく冷えたそれを手に、シュラインはにっこりと微笑んだ。

「ぶは」
「視聴覚室」に一番乗りを果たした恒は、中を見るなり思わず吹き出していた。何と正面のホワイトボード、その下部にとりつけられたペン置きに、堂々とスーパーボールが転がっているのだ。
 恒としては、機材の置いてある映写室で、教材ビデオ棚の隙間やケースの中を探すつもりだったのだが、一気にその手間が省けてしまった。
 とりあえず、と慌てて駆け寄り、そのボールを手の中に握り込む。そのままそうっと後ろを振り返ると、今自分がボールを取ったのを見ていた人間はいないようだ。
 首尾よくボールを手にしたが、今度は購買部へ行く途中に誰かに奪われるかもしれない。自分がボールを持っていることを人に悟られてはいけない。
 と、そこへドアが開き、1人の男子生徒が顔を見せた。最初に恒のわきを追い越して行った、あの生徒だ。恒はとっさに知らん顔を決め込む。彼は、ちらりと恒を見ただけで「視聴覚室」を出て行った。
「ぷはー、危なかった」
 知らないうちに息を止めてしまっていたらしい。恒は大きく息を吐き出した。そのまま購買部に向かおうとして、ふと足を止める。まだチャイムが鳴ってからさほど時間が経っていない。こんなにすぐに「視聴覚室」を出たら怪しまれるに違いない。
 とりあえず、まだ探し続けているふりをしようと、恒は当初の予定通り映写室へと足を踏み入れた。

「おめでとう」
 誠司は笑いをこらえながら小さく呟いた。先ほど、「視聴覚室」を覗いた時にホワイトボードの前にいた男子生徒の顔を思い出せば、つい吹き出してしまいそうになる。おそらくボールを見つけて素知らぬふりをしたつもりなのだろうが、鼻の穴は広がってるし、目は見開いているし、頬は膨らんでいるしで、まるっきり隠せていない。
 もちろん誠司としても人が見つけたものを奪う気まではない。それに、同じ教室に2つ隠してある可能性は低いだろう。最初に向かった「放送室」がハズレに終わり、「視聴覚室」で先を越された今、足を止めるわけにはいかない。誠司はそのまま「科学室」へと飛び込んだ。
「科学室」では数人の生徒が机の下や薬品棚、流しの中など、あちこち探しまわっていた。逆に言えばここではまだ見つかっていないということだ。誠司も早速探索に加わった。
 人が探しているところを探しても仕方がない。誠司が目をつけたのは教材棚だった。ざっと覗く生徒はいるが、その中に収まっている顕微鏡の箱までを開ける者はいない。一応、と誠司は端から顕微鏡の箱を開けていった。果たして、4つ目に開けた箱からころりとボールが転がり出た。
 誠司は素早くそれをポケットに収めた。それを見ていた何人かが「あっ」と声をあげるが、誠司は『迅行符』の力でらくらくそれを振り切った。
 1つ見つけたものの、遥のことを思えばまだ探索した方が良い気がする。次に「音楽室」に向かおうとして、誠司はボールを探している生徒が意外と少ないことに気がついた。もっとこの階に人が溢れていても良いと思うのだ。それでもカレーパンに興味を持った生徒が思ったよりも少なかっただけかもしれない。さして深く考えることもなく、誠司はさらに足を進めた。

 探索に加わる生徒が少ない理由はここにあった。
「見つからねぇ。どこだ! どこだ! 松のカレーパン様はどこだ!」
 カレー閣下こと神宮寺茂吉(じんぐうじもきち)は、子分を従え、目を血走らせて二階を探しまわる。
 大阪はミナミ出身のヤクザの迫力に、その向こうを張ってまでカレーパンを探そうという生徒が少なくなるのはまあ自然なことだろう。ただし、今茂吉が探している二階は三年生の通常教室しかない。ボールは隠されていないのだが、それを教えてやる者もいない。
「くそっ。ないな、上に行くぞっ」
 茂吉は、苛立たしげに階段に足をかけて、とりもちを踏んづけ、つんのめる。
「誰だーっ。こんなとこにこんなもの置いた奴はっ」
 茂吉はドスの利いた声で叫ぶと周囲を見回した。
 その光景に吹き出しかけた生徒数人が、慌てて目をそらす。

「何だ、ありゃ……」
 それを階上から見ていたのは、ボールを手に入れて購買部へと向かう途中の穂積だった。
「どうやらボールを探しているようだし、関わらない方がいいな……」
 穂積は呟くと、校舎の反対側に回った。期せずして、遥の仕掛けた罠まで回避できたわけだが、それを穂積が知る由もない。

 さて、他より一歩遅れて六階へと向かった代真子は、「図書室」で本を閉じて立ち上がった。それまで本を1冊1冊開いては探していたのだが、よく考えれば、否、よく考えなくても厚みのあるボールを本に挟んであるはずはない。
「また出遅れたっ」
 代真子は慌てて「図書室」を走り出ると、「放送室」へと向かった。
「どこにあるのかな」
 代真子は棚の中やら機材の陰やらを探しまわった。いい加減昼休みが始まってから時間も経っている。お腹もかなり減っている。ついに腹の虫が派手な鳴き声を上げた。と、それはエコーを伴って異様なくらいに響く。
「嘘っ」
 どうやら放送機器のスイッチが入ってしまっていたらしい。代真子の声は腹の虫ともども全校にオンエアされてしまった。が、階下はそれに気を取られる余裕もない程の騒ぎになっていることを代真子は知らない。慌てて「放送室」を出ると今度は「生徒会室」へと向かう。
 代真子は一番雑然としている資料棚に目をつけた。ファイルの隙間、紙袋の中などを片っ端から引っこ抜いては中を探す。引っ張り出した資料はそのあたりにうっちゃっているのだが、今はそれに構っている暇はない。
 代真子はさらに棚によじ上り、上部のファイルにも手を伸ばした。と、下部のファイルが全て抜かれて重心の上がってしまっていた棚は、代真子の体重を支えきれず、大きく傾いたかと思うとあっけなく倒れてしまった。当然、それを避ける暇のなかった代真子も巻き込まれ、見事に棚の下敷きになってしまう。
「いった〜」
 代真子は頭を押さえながら何とか起き上がった。ばさばさばさ、とその周りに資料が散らばるが、その中からボールがころり、とはいかなかった。どうやらここもハズレのようだ。
「こうなったら……」
 一大決心を固めた代真子の手には、先ほど「図書室」で見つけた『簡単にできるダウジング入門』という本があった。

 その頃、恒は「視聴覚室」の映写室で、教材ビデオを引っ張り出してはケースの中を確認するふりをしていた。ついでに、当初の予定通り、テープを再生もしてみる。今となっては無用だが、ヒントの映像があるかもしれないと踏んでいたのだ。
 学校にあるようなビデオだから、面白みのあるものは少ないだろうと思っていたが、なかなかどうして、たまには真に迫るような迫力あるドキュメンタリーや、なぜか落語のテープまであった。
 見ているうちに面白くなって危うく時間を忘れそうになったが、恒の腹時計がしっかりと報せを入れる。
 そろそろ購買部を目指しても良いだろう。今出て行っても、探索に失敗して諦めたと思われるに違いない。
 そう思った恒が立ち上がった時だった。
「どこだっ! ボールはどこにあるっ」
 雷の響くような大声とともに、ものすごい勢いで扉の開く音がした。
「な、何だ?」
 恒はそっと映写室のドアを開け、教室の方を覗き見る。と、そこには燃えるようなオーラを背負って立つ、ヤクザとその子分たち。
「こうなりゃ仕方ねぇ。奥の手を見せるしかなさそうだな」
「視聴覚室」の前方隅に据え付けられたテレビを見据え、ヤクザ、茂吉は低い声で呻いた。
 じりじりと高まりゆくその迫力に、扉の陰の恒はごくりとつばを飲んだ。
「ハァァァァーッ」
 茂吉が吠える。一気にオーラが勢いを増して燃え上がった。
「カレーの神様、俺にチカラをー! 『カレーピラフつぶて』っ!!」
 凄まじい気迫とともに、黄色いエアッドが放たれる。それは見事にテレビを直撃した。テレビは悲鳴のような高い音を立て、火花を散らしながら派手に砕ける。
「な……」
 扉の陰で絶句する恒。
 茂吉は、肩で大きく息をしながら、もはや原型を留めていないテレビを睨みつけた。
「くっ……。ここにもなしか」
 と、教室の外から、いくつもの慌ただしい足音が響いてくる。現れたのは、複数の職員、警備員、そして警察官だった。
 警察官たちは、すばやく茂吉たちを拘束した。あたかも隠しカメラで見ていたかのような迅速な対応だ。
「うおおお! 俺はこのままじゃ終わらねぇぞぉ〜」
 絶叫を残し、カレー閣下こと神宮寺茂吉は、子分たちと共に連行されていったのだった。
「……何だったんだ、ありゃ」
 恒は、呆然とそれを見送りながらも、騒ぎに乗じて購買部へと足を運んだ。

 自分でかけた罠にひっかかり、それを何とか突破した遥は、「音楽室」に入ったところだった。あの後、自分の直感を信じて「調理室」を捜したのだが、ハズレに終わった。次に向かったのがこの「音楽室」だったのだ。
「お。遥」
 ほぼ同時に到着したらしい、誠司が遥の姿を認めて軽く笑う。中ではまだ数人の生徒があちこちを探しまわっていた。
 さっと室内を見回した遥に、例の動物的直感が閃いた。教室の左前角に置かれたグランドピアノへとまっすぐに歩み寄ると、その蓋を持ち上げる。果たして、ボールはそこに転がっていた。
「よしっ」
 遥はそれを手に取ると小さくガッツポーズを作った。
「お、遥も見つけたか。じゃ、購買部に行くぞ」
「も」ということは誠司も見つけたのだろう。が、それを追求する間もなく誠司はくるりと背を向けた。そのまますごいスピードで――それはもちろん『迅行符』の効果なのだが――人の隙間を縫い、走って行く。
「あ、待って、誠司!」
 慌ててその後を追おうとする遥。が、その拍子に、そこにいた誰かと激しくぶつかった。はずみでよろめき、あやうく手の中のボールが飛び出しそうになる。
「あっ」
 遥はバランスを崩しながらも、それを握り直そうと手を伸ばす。それに相手も気付いたから大変だ。もみ合うようにしてボールを奪い合ううちに、そのまま2人は廊下に出て、窓際にまで移動していた。そして。
「えっ?」
「あっ!」
 2人の声が同時に重なる。ボールは開けっ放しになっていた窓の外へとあっけなく落ちていったのだ。

 その頃。2人のちょうど真下では、代真子がダウジングを頼りに探索を進めているところだった。その手にあるのは生徒会室から失敬してきた割り箸。これが最後の頼みの綱だ。
 周囲の冷ややかな視線をものともせず、代真子は割り箸の先に視線を据えたままで歩いていく。当然、自分の足元は見ていない。そして、自分が廊下の窓に向かって一直線に歩いていることにも気付かない。
「うわっ」
 案の定、代真子は窓に激突した。運悪く開いていた窓から上半身が外へと泳ぐ。
 それでも代真子は咄嗟に窓枠にしがみついた。手から離れた割り箸が虚しく落下していく。
「ああ……」
 代真子は切なげな眼差しでそれを見送った。これでカレーパンへの道は閉ざされてしまった。しおしおと顔をあげた代真子だったが、次の瞬間、その顔はぱっと光り輝いた。何と、目の前の木の枝にボールがひっかかっているではないか。
「やたっ」
 代真子は素早くそれに手を伸ばすと、一目散に購買部目指して突進した。

 独特の香ばしい香りが鼻先をかすめる。手渡されたカレーパンは、普通のパンの2倍近くある大きさだった。何でも具の松阪牛と松茸にそこそこの大きさを持たせるためにこうなったのだという。けれど、その後も延々と続いた鉄人のうんちくに耳を傾けた者はおそらくいなかったに違いない。

「これなら3人で分けてもそこそこ楽しめるわね。ふふ。武彦さん、何て言うかしら」
 いち早くカレーパンを手に入れたシュラインは、ほかほかの紙袋を手に歩いていた。
 まだ残暑厳しいこの頃、決して熱源が恋しい季節ではないが、香ばしさ漂うこの温もりには人を幸せな気分にさせる効果があった。
 楽しい想像に胸を弾ませながら、足取り軽くシュラインは興信所へと歩を進めた。

「うまーい」
 穂積は上機嫌でそれにかぶりついた。松茸の香りがどこか薬膳のような印象を加えるが、それはさほど気にならなかった。
 スパイスの効いたカレーソース、しっかりした歯ごたえのある肉。何よりこのボリューム。学校さぼってフライングまでして潜入した甲斐があった。
 すっかり満足したお腹を抱えて家路についた穂積だったが、そのさぼった授業で抜き打ちテストがあったことを、まだ知らない。

「ほら、食べな」
 最後の最後でボールを失い、しょんぼりと肩を落とす遥に、誠司が自分のカレーパンを差し出した。
「誠司……」
 のっそりと遥が顔を上げる。
「遥、欲しがってたろ?」
「でも……」
「いいから」
 さすがに気が引けるのだろう、ためらいがちに目を伏せた遥に、誠司は半ば呆れ気味に笑う。
「……じゃ、半分こということで」
 やっぱりカレーパンには未練たらたらだった遥は、そう提案した。
「ああ、じゃあそうしよう」
 誠司は器用にパンを半分に割り、片方を遥に渡す。
「ありがとうー!」
 満面の笑みを浮かべ、遥はパンにかぶりついた。
「うまーい。友情の味がする」
「そうか、それはよかったな」
 無邪気にパンをがっつく遥に、誠司は軽い苦笑を浮かべた。

「ふーん。なるほど」
 一口かじっては、中身をしげしげと眺め、よく味わうように噛んでいるのは恒だった。さすがは鉄人のカレーパン、まったりとしてしつこくなく、それでいてほどよくスパイスが効いている。
「よし、良い勉強になったぞ」
 カレーパンをぺろりとたいらげた恒は、次に家から持って来た弁当へと手を伸ばした。

「うまーい」
 こちらもがっつくように棚ぼたで手に入れたパンを食べる代真子。通常よりずっと大きなカレーパンも、代真子にかかればあっという間に胃袋の中だ。
「でも、やっぱり足りないな。いつものメニューの方が良いかも」
 そう呟いた代真子は、数分後にはA定食2人前を注文していた。

「だぁかぁらぁ、究極のカレー様がだなぁ!」
 連行された先の留置所で、茂吉が勢い良く机を叩いた頃、神聖都学園では、五時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5432/早津田・恒/男性/18歳/高校生】
【4188/葉室・穂積/男性/17歳/高校生】
【1747/神宮寺・茂吉/男性/36歳/カレー閣下(ヤクザ)】
【5096/陸・誠司/男性/18歳/学生兼道士】
【5180/叶・遥/男性/17歳/高校生】
【4241/平・代真子/女性/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。この度は「松のカレーパンを入手せよ」にご参加いただき、まことにありがとうございました。
いつもと違うタイプの依頼を出させて頂いたのですが、皆様の多彩なプレイングとサイコロの妙味を楽しませて頂きました。ご覧の通りの結果になりましたが、皆様にも楽しんで頂ければ幸いです。
尚、今回はゲーム要素の強いお話ですので、皆様に同じものをお届けしております。他のPC様たちの行動や結果も楽しんで頂けると嬉しいです。

陸誠司さま

初めまして。この度はご発注まことにありがとうございます。
誠司さんが挙げて下さった4カ所のうち、実に3カ所が正解スポットでした。それに、相棒の遥さんの行動やサイコロの出目まで予測していたかのようなプレイング、お見事でした。
何もありませんが、特別賞でも差し上げたい気分です。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。特に今回はいつもと違う路線ですので、一言なりともご感想を頂けたら幸いです。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。