＜東京怪談ウェブゲーム　アンティークショップ・レン＞ 倉庫整理 【オープニング】 　倉庫の入り口に立ち、碧摩蓮は腕組みをして、思案中だ。 　やがて、深い溜息をつくと、呟いた。 「少し、整理した方がいいかねぇ……」 　店の奥には倉庫がいくつかあって、ここはその中でも一番奥に位置している。他は時おり整理して、中のものを虫干ししたりしているが、ここは考えてみればもうずいぶん長いこと、触ったことがない。おかげで、埃もかなり積もっている上に、そもそも中にどんなものが入っているのか、蓮自身にさえよくわからなくなっている。 　店は半ば趣味も兼ねているので、そう積極的に品物を売りさばいているわけではないが、さすがに、倉庫の中身がわからないのはまずいだろう。 （誰か、手伝いを頼んで少し整理してもらうとしようか） 　彼女は胸に呟くと、踵を返して店に戻りながら、頭の中で手伝ってくれそうな人間のリストを繰った。 （ついでに、品物のリストを作ってもらえれば、なおいいね） 　ふと、そんなことも思いつく。考えてみれば、他の倉庫の品物は、これも以前に手伝いを頼んで整理した時に、誰かがリストを作ってパソコンに入れてくれていたはずだ。あれと同じようにしてもらえれば、ありがたい。 　店に戻った彼女は、さっそく心あたりの人々に、電話をかけ始めた。 【１】 　倉庫の中の雑然とした様子に、シュライン・エマは思わず胸に溜息をついた。 （想像していた以上に、凄いありさまね） 　蓮から電話をもらい、興味深いものも多いし、趣味もいいから楽しそうだと参加を承知した彼女だったが、倉庫の惨状には、さすがに驚く。なにしろ中は、ざっと見ただけでもさまざまなものが乱雑に棚に並べられ、どこに何があるかがわかる方がえらいと言いたくなる状態だ。しかも、埃は戸口から見ただけでわかるほど、厚く積もっている。 　彼女同様に手伝いを承知したのは、他に四人。リンスター財閥総帥で占い師でもあるセレスティ・カーニンガムと、小料理屋「山海亭」の主・一色千鳥、都立図書館司書の綾和泉汐耶、そして魔術師の城ヶ崎由代である。 　彼らも、倉庫の中を見回して、いささか呆然としている。 　やがて、汐耶が一つ溜息をついて呟いた。 「これは……。たぶん一日がかりだろうと思ってはいたけど、ほんとにそうなりそうね」 　年齢は、二十三歳。女性にしては背が高く、短い黒髪と青い目、銀縁のメガネをかけていて、華奢な青年とも見えなくもない。今日は、長袖のＴシャツに、Ｇパンという恰好だ。 「すまないね。……なにしろ、人手が足りなくてね」 　小さく肩をすくめて言う蓮に、シュラインが軽く引きつった笑いを見せてうなずく。 「倉庫の整理とかって、どうしても手間がかかるものね」 　言ってから、彼女は一同を見回した。 「さて……と。じゃあ、とりあえずざっと手順と分担を決めて、それから始めましょ。手際よくやらないと、なかなか終わらないと思うから」 　彼女の発案で、蓮も交えて話し合った結果、まずは中身を全部外に出してしまい、一旦倉庫の大掃除をして、それから中身の方も掃除して、今度はきっちり分類して中に戻すことになった。 　大きなものや重いものは、千鳥と由代の二人が、それ以外はシュラインと汐耶、それに蓮が手分けして運び出すことになった。一方セレスティは、アクセサリー類などの小物や、日に当てるとマズイ紙類を蓮が用意した箱に入れ、外の日の当たらない場所に出す役割を振り分けられる。 　また、中のものが運び出された後、シュラインはセレスティと一緒に、リスト作りに当たることになった。 　長い銀髪と青い目の美貌の青年であるセレスティは、一見すると二十代半ばだが、実際には七百年以上を生きる人魚だ。しかし、その本性のために視力と足が弱く、今も車椅子を使用している。視力は鋭い感覚で補っているため、日常生活に支障はないという。が、どちらにしろ、あまり肉体労働に向いていない。 　一方シュライン自身は、普段は草間興信所の事務員をやっている関係で、帳簿整理だけにとどまらず「事務的」なことは得意だ。 　そんなわけで、彼らはさっそく、手分けして倉庫の中のものを外に出す作業に取り掛かった。 　倉庫の前は、コンクリートを敷き詰めた広い庭状になっている。雨でも荷物の出し入れが可能なように、頭上には半透明の屋根が取りつけられており、おかげで強い日射しもかなり遮られていた。 　そこに蓮が持って来たビニールシートが敷かれ、中のものが次々に運び出される。 　中身は、なんとも多岐に渡っていた。いかにもアンティーク然としたビスクドールや市松人形、こけし、男雛と女雛のセットのようなものから、茶道具、硯、花瓶に茶碗などなど。屏風や衝立のような大きなものもあれば、アクセサリーや印籠などの小さなものもあった。表紙がボロボロの古書の類や、占盤のような得体の知れないものもある。 　シュラインと汐耶、蓮の三人は、手の届く範囲にある品物を、バケツリレーの要領で手渡ししながら、外へと運び出していた。といってもむろん、品物はどれも扱いに注意しなければならないものばかりなので、それなりに気を遣う。 　汐耶や蓮もそうだが、シュラインも汚れてもかまわないような、着古した長袖のＴシャツとＧパン姿だ。その上に彼女は割烹着を着て、マスクをかけていた。といっても、このマスクは蓮が用意したもので、他の者たちもかけている。中は少し動いただけで、埃がもうもうと舞い上がるような状態なのだ。マスクは必須だった。が、それでもやはりかび臭い匂いが鼻をつく。 （あら、これ可愛い。零ちゃんに似合うかも） 　棚から取り上げ、思わずシュラインが胸に呟いたのは、エナメルの赤い靴だった。少しだけかかとが高くなっているが、全体に丸っこいデザインで、零の小さな足に合いそうだ。 （でも……靴なんて、どういう謂れがあるのかしら） 　彼女は、ふと気づいて首をかしげる。 （まさか、履いたら死ぬまで踊り続ける呪いの靴だったりして……） 　その色からつい不吉な発想してしまい、彼女は小さく苦笑しながら靴を取り上げ、後ろの汐耶に渡した。他にも、草間にどうだろうかと思うようなパイプだとか、茶器のセットなどもあった。 　どれもなんとなく気になりつつ、彼女は取り上げては汐耶へと渡す動作を繰り返す。 　そうやって、とりあえず手の届く範囲にあるものは、全て外へと運び出してしまった。ちなみに、ずっと上の方の棚のものは、千鳥が背の高い脚立を使って由代と二人、運び出してくれている。なので彼女たちは、それより低い脚立を利用し、背より高い位置にあるものを運び出し始める。 （あら） 　今度もシュラインが脚立の上に昇り、下にいる汐耶に手渡して行くのだが、硯を持ち上げて、彼女は軽く目を見張った。その後ろに、小さな卵型のものが見えたからだ。 　彼女は、慌てて硯を汐耶に渡し、その卵型のものを取り上げる。素材は水晶と見えた。 （これ……ペーパーウェイトよね？） 　まじまじとそれを見やりながら、彼女は胸に呟く。 　実は、ここへ来る前から、ペーパーウェイトがほしいと彼女は思っていたのだ。草間の事務所での仕事で、書類や辞書のページを押さえるのに、あったら便利だと、ずっと思っていた。それも、あんまり大きすぎず、重すぎないものが。だが、文具店などで見ても、どうもピンと来るものがなく、なんとなく他のもので代用して日々を過ごしていた。 　そんな彼女にとって、それは理想的だった。形もだが、大きさも本物の卵ぐらいで手に乗せてみると、重さもちょうどいいような気がする。卵型とはいっても、底が一部たいらになっていて、けしてころがるようなことはない。それに、軽く埃を拭ってみると、中は空洞になっていて、そこに丸く削った水晶が、まるでビーズのようにいくつも詰められ、それで重さを作り出しているようだ。表面の埃を全部拭ってしまえば、中の水晶と外側の水晶とが、それぞれ光を弾いて、きっととても美しいに違いない。 （素敵ね……） 　そのさまを脳裏に描いて、彼女は思わず胸に呟いた。 「シュライン、さっきのでおしまい？」 　下から汐耶に声をかけられて、彼女はハッと我に返る。 （いけない。……これは、覚えておいて後で蓮さんに、譲ってもらえないかどうか、訊いてみましょ。あんまり高いと困るけど……とりあえず、交渉してみないと、わからないわね） 　そう決めて、彼女は割烹着のポケットにペーパーウェイトを落とし込むと、棚の上の煙草盆を取り上げた。 【２】 　二時間後。 　どうにか中身を外に運び出してしまうと、倉庫はなんとなくガランとした感じになった。 　ここからは、中を掃除する者たちと、外でリストを作る者とに、分かれることになっている。シュラインは、セレスティと共に、リスト作りだ。 　セレスティが蓮の持って来た小さな丸テーブルに、同じく蓮のノートパソコンを広げるのを待って、シュラインは一つ一つ、そこにある品物について述べて行く。 　たとえば、ビスクドールならどんな外見で、何年ぐらいの製品で、タグや刻印はあるかなど、細かく品物を見てセレスティに教えるのだ。もちろん、修繕の必要なものなど、取扱に関する注意点についても告げる。セレスティは、それらを素早くパソコンに入力して行った。 　数も多いし、かなり手間のかかる作業ではある。しかしながら、彼女もセレスティも、こうした事務的な作業を手際よくこなして行くすべを、よく心得ていた。おかげで、一時間もすると、ほぼ半分のチェックが終わったかっこうになった。 　とはいえ、さすがに一時間ひっきりなしにしゃべり続けているのは、疲れる。シュラインが、喉飴でも持ってくればよかったと思った時だ。倉庫の中の掃除に回っていた由代が、手に盆を持ってやって来た。 　彼は、今日集まった中では、外見的には一番年長者だ。四十前後というところだろうか。短い黒髪と黒い目の、やわらかな雰囲気の男だ。長身の体に、着古した感じのシャツとスラックスをまとい、シンプルな深緑色のエプロンをして、首にはタオルを巻いている。 「シュラインさん、セレスティくんも、休憩にしないかい？」 　言って彼は、手にしていた盆をセレスティのいるテーブルの上に置いた。 「すみません、わざわざ」 　セレスティが礼を言って、キーボードから指を離す。シュラインも、そちらへ歩み寄って行った。 「あら、美味しそう」 　盆の上を見て、声を上げる。乗っていたのは、小さめのスイートポテトと、冷えた缶コーヒーだ。 「倉庫整理を手伝ってくれないかと、蓮さんから電話をもらった時、茶菓子でも持って行こうかと言ったら、大歓迎だと言われたので持って来てみたんだけどね」 　穏やかに笑いながら、由代が返す。 「自分で作られたんですか？」 　セレスティが、軽く目をしばたたいて問うた。 「いやいや。単に近くの店で買っただけなんだけど。僕はけっこう好きな店なんだけどね」 　笑いながらかぶりをふって答えると、彼は缶コーヒーは蓮からだと付け加えた。 　セレスティが、再度礼を言って一つを手に取る。 　シュラインも、残りの一つを取った。一口齧ると、さつまいも独特の甘みが口に広がる。たしかに、美味だった。素材本来の味と甘さをうまく引き出していて、口当たりもいい。 「美味しい。……由代さん、よかったらこのお店、後で場所を教えてもらえるかしら」 　小さく声を上げ、思わず彼女は言った。 「いいよ」 　由代はまた笑顔でうなずいた。そして彼は、軽く手をふると、再び倉庫の方へと戻って行く。見ればそちらでは、戸口のところに座り込み、蓮たちも休憩しているようだ。 　由代を見送り、シュラインとセレスティは、ゆっくりとスイートポテトを堪能し、缶コーヒーで喉を潤した。おかげでシュラインの喉も、再び元気を取り戻す。 　短い休憩を終えると、二人は再びリスト作りに取り掛かる。品物の特徴を告げるシュラインの声が、昼前の明るい空に響き、セレスティの白い指先が踊るようにキーボードの上を走った。リストに記載される品物は、ゆるやかに数を増やして行きつつあった。 【３】 　最後の品物の特徴を告げて、それをビニールシートの上に戻したシュラインは、セレスティの方へと歩み寄った。彼も、キーボードから手を離して、大きく伸びをしている。 「ご苦労様」 　声をかけたシュラインに、彼も言った。 「シュラインこそ、ご苦労様でした。喉が、疲れたんじゃないですか？」 「平気よ、これぐらい」 　シュラインは、小さく笑って返す。実際、休憩の後は慣れて来たのか、さほど喉が疲れたという感じもしなかった。 　倉庫の掃除をしていた者たちも、終わったのか中から出て来た。 「ご苦労さん。そっちはどう？」 　蓮が歩み寄って来て、尋ねる。 「全部の入力が終わりました。修繕の必要のあるものは、リストに印をつけてますし、シュラインが別に分けてくれてますから」 　答えるセレスティに、シュラインはうなずいて後を続けた。 「あっちのがそうよ。ただ、霊的なものや呪術的な効力については、私たちではわからないから、リストに印とかはつけてないわ」 「ああ、それはかまわないよ。中に戻す時にあたしが見たらわかるし、封印の必要なものは、汐耶にやってもらうから。それより、昼にしよう。千鳥と汐耶が、差し入れを持って来てくれてるってさ」 　うなずいて蓮が言う。汐耶は封印能力を持っているのだ。 「そういえば、お腹空いて来たわね」 　シュラインは、気づいて言った。 「私もです」 　セレスティもうなずく。彼女たちはそろって、店の奥にある蓮の住居のキッチンに向かった。その途中でシュラインは、由代からさっきのスイートポテトを買った店の場所を、教えてもらった。自宅からもそう遠くないので、今度寄ってみようと考える。 　やがてキッチンに着くと、テーブルに千鳥と汐耶が、持って来た弁当をそれぞれ広げる。 　二人とも、分量の関係からか、重箱を使っていた。 　千鳥が持参したのは、一口大の五目いなりと、煮物、柿なますにお新香、栗の甘露煮といったものだ。煮物は、きれいに皮を剥かれた小芋と蕗、紅葉の形に切られたにんじんに、銀杏、高野どうふ、しいたけが綺麗に盛り合わせされている。それに柿なますと栗の甘露煮が一の重に詰められ、二の重には五目いなりが、上に細切りの紅しょうがを散らされて収まっていた。隅にはお新香が色を添えていた。さすがに、小料理屋の主兼料理人だと、誰もがその見映えの良さに目を見張る。 　一方、汐耶が用意したのは、おにぎりと鶏の唐揚げ、ポテトサラダ、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、しば漬けと一口大に切って皮を剥いたリンゴで、一の重にはポテトサラダときんぴらごぼう、おひたし、リンゴが、二の重にはグリーンリーフを敷き詰めた上に鶏の唐揚げが、三の重にはおにぎりが詰められ、こちらもしば漬けが色を添えていた。おにぎりは、梅とかつお、昆布の三種類がある。 「豪華だなあ」 　由代が目を丸くして呟く。 「家庭料理はわりと得意なんですけど……でも、ちょっと恥ずかしいわ。プロの人と較べられるなんて」 　汐耶が、少しだけ頬を赤くして言った。 「いやいや、気にしないで下さい。料理を美味しくするのは、なにより愛情ですし……プロといっても、商売してるかしてないかの違いですからね」 　千鳥は優しい笑顔で返す。 　シュラインと同い年ぐらいだろうか。長身の体にざっくりしたシャツとスラックスというなりで、肩甲骨のあたりまである見事な黒髪は、後ろで一つに束ねてある。客商売をしている人間なだけに、人あたりはよく、口調も優しかった。 　シュラインは、彼らが話している間に蓮と二人でお茶を入れて、全員に手分けして配る。やがて、彼女たちは食事を始めた。 （二人とも、さすがに美味しい） 　シュラインは、二人の作った料理をそれぞれ少しづつ皿に取り分け、賞味しながら思わず胸に呟いた。千鳥の料理はわりと薄味で、しかしそれが素材本来の味を引き立てていて絶品だった。一方、汐耶のそれは、唐揚げやきんぴらごぼうのような、本来は濃い味付けのものも優しい味に仕上がっており、ふわりと口に甘辛さが広がる感じである。おにぎりは、昆布のものを食べたが、これも塩加減がちょうどよかった。 　シュライン自身も芋の煮っころがしなどのような、昔ながらの和風家庭料理は得意だが、ここまでの味に仕上がるかどうかは、ちょっと自信がない。 （味の秘訣を、二人に訊いてみたいわね。んー、でも千鳥さんは、教えてくれないかな。これで生計立ててるんだものね。でも、汐耶なら教えてくれるかも。今度、訊いてみよう） 　シュラインがそんなことを考えていると、セレスティが口を開いた。 「千鳥さんのは、さすがだと思いますが、汐耶さんのもなかなか美味しいですね。千鳥さんに、負けてないと思いますよ」 「ほんとですか？」 　途端に汐耶が、パッと顔を輝かせた。 「うん。悪くないですよ。私も、汐耶さんの味は好きですね」 　横から千鳥が、うなずきながらそんなことを言う。そして、話題を変えるように訊いた。 「ところで、セレスティさんとシュラインさんの方、リスト作りは終わったんですか？」 「はい」 　うなずいてセレスティが、さっきシュラインが蓮に言ったのと同じように、霊的・呪術的なものに関することを除いては、全て終わったと告げる。 「それについては、あたしがチェックして、必要なら汐耶に封印してもらおうと思ってるんだけど、いいね？」 　蓮が後を引き取るように言った。最後の問いは、汐耶へのものだ。 「ええ」 　汐耶がうなずく。 　やがて、彼女たちは食事を終えて、立ち上がった。千鳥と汐耶が用意したものは、全てきれいに食べ尽くされて、後にあるのは空の容器ばかりだ。 「ごちそうさま。なんだか、久しぶりに美味いものを食べた気がするなあ」 　二人に礼を言った後、由代が呟く。それがあまりにしみじみとした口調だったので、シュラインは日ごろの彼の食生活がなんとなく想像できて、思わず苦笑するのだった。 【４】 　午後からは、全員で外に出したものを一つづつ綺麗に拭いたり、はたきをかけたりして埃と汚れを落とし、中に戻す作業が始まった。 　その作業の合間に、蓮が一つ一つ霊的・呪術的なものをチェックして行く。由代と千鳥も、多少はそういうものがわかるということで、二人も掃除をしながら、それらを手伝った。 　中にいくつか、やはり封印を必要とするものがあって、汐耶がそれらを封印する。セレスティは、それもまたリストの中のチェック項目として加え、備考としてどんな霊的・呪術的作用を持つものなのかも、書き加えた。 　また、中に品物を戻す際は、同じ種類のものを一つの棚にまとめて並べるようにして、どこに何があるのか、一目でわかるように全員でこころがけた。 　やがて、太陽が傾くころ、ようやく倉庫の整理は終わりを告げた。 （なんとか終わったわね） 　シュラインは、小さく吐息をついて胸に呟く。一見、軽作業のようだが、リスト作りもけっこう大変で、さすがに軽い疲れを彼女は感じていた。しかし、きれいにかたずき、整然とものが並ぶ倉庫内を見ると、達成感が込み上げて来る。 　他の者たちも、皆同じなのか、満足げな笑みを浮かべて、倉庫の中を見詰めていた。 　そんな彼らに、蓮が言う。 「みんな、今日は本当に、ご苦労さん。……礼と言っちゃあなんだけど、この中のものを一つづつ、あんたらにやるよ。気に入ったものがあったら、持って行きな」 「え？　いいの？」 　シュラインは、驚いて尋ねた。 「いいよ。あたし一人じゃ、とても一日でこの作業を終えるのは、無理だったろうし。美味い差し入れももらったしさ」 　蓮がうなずく。いつもどおりのぶっきらぼうな口調だが、彼女が本当に彼らに感謝しているのが、よくわかる言葉だった。 　それぞれ顔を見合わせ、さっそく彼女たちは、思い思いに目当てのものを置いた場所へと向かう。どうやら、皆それぞれ、整理するうち何か心惹かれるものに出会っていたようだ。 　シュラインが手にしたのは、もちろんあの水晶のペーパーウェイトだった。割烹着のポケットに入れて外に持ち出した後は、小物類の箱に入れ、リストにも加えたし、きれいに汚れを拭いもした。なので今は、本来の輝きを取り戻している。後で譲ってもらえるよう交渉しようと考えていただけに、うれしさもひとしおだ。 「私は、これをもらうわね」 　蓮に見せて言うと、彼女はうなずいた。 「おや。いいものを見つけたじゃないか。水晶にはパワーストーンとしての効果もあるからね。大事にしておくれ」 「ええ」 　うなずいてシュラインは、今度こそ自分のものとして、割烹着のポケットに収めた。 　他の者たちも、それぞれ目当てのものを持って戻って来た。セレスティはトンボが群れ飛ぶ薄の原の蒔絵が描かれた印籠を、千鳥は首の細い一輪ざしを、由代は二つで一組らしい翡翠のサイコロをそれぞれ手にしている。 　ただ、汐耶だけは何も持って来ていない。 「あんたはいいのかい？」 　蓮が尋ねた。 「ええ。改めて見てみたけれど、どうしても欲しいと思うようなものがないの。読みたい気がする古書もあったけど、持ち出そうとすると、その気が失せるところを見ると、きっと持ち出しちゃいけないものなんだと思うわ」 　うなずいて言うと、汐耶は蓮を見やった。 「だから、今回は何もいりません。そのかわり、今度ここで古書を買う時、少し割り引いてもらえないかしら」 「いいけど……引くのは、三割だよ」 「今日の礼なんだから、五割ぐらいになりませんか？」 　答える蓮に、汐耶は食い下がる。 「しかたがないね。……じゃあ、特別に五割ってことにしよう。でも、今日の礼なんだから、一冊だけだよ」 　蓮もしかたなさそうに溜息をついて、答える。 「ありがとうございます」 　笑顔で言う汐耶に、シュラインは思わず苦笑した。 （さすがに、古書のことになると、汐耶もシビアね） 　だが、ともあれこれで全員が、なんらかの形で今日の手伝いの報酬をもらったわけだ。 （零ちゃんや武彦さんにどうかなって思うものもあったけど……それはまた、次の機会にしましょ。今日は大変だったけど、けっこう楽しかったわ） 　シュラインは、小さく微笑み、そんなふうに思うのだった。 【エンディング】 　数日後。 「おかしいわね。……あれ、どこへやったのかしら」 　草間興信所の事務所内で、シュラインは自分のデスクに広げた紙束を、かたっぱしからひっくり返していた。調査費の請求書を作るための資料が、一枚足りないのだ。たしかにデスクの引き出しに入れておいたはずなのに、どこにもない。 　なおも彼女は、紙束をひっくり返し続けていたが、やがて手を止め、小さく溜息をついた。 「これだけ探しても見つからないってことは……何かと間違って、捨てちゃったのかも。もう一度、取って来るしかないかな」 　少し面倒な手続きが必要なので、もう一度取りに行くと考えただけで、気力が萎える。しかし、それがなければ請求書は作成できないのだ。 　彼女はもう一度深い溜息をついて、デスクの上の紙束をかたずけようと、手を伸ばした。 　その時、デスクの本棚の隅に置いてあった、水晶のペーパーウェイトが、きらきらと輝いた。 「何？」 　ただの光の乱舞だったにも関わらず、シュラインはそれに話し掛けられたような気がして、思わずそちらを見やる。そして、大声を上げた。 「これって……！」 　さっきから、あれほど探してもなかった資料が、その下に押さえられていたのだ。慌てて彼女は、ペーパーウェイトをどかして、それを取り上げる。間違いない。たしかに探していたものだ。 「嘘……。私、こんな所に置いた覚え、ないのに……」 　怪奇現象には慣れていて、少しのことでは驚かない彼女だが、さすがに呆然と呟く。しばしの間、手の中の資料とペーパーウェイトを見比べていたが、やがて彼女は吐息をついて苦笑した。 「もしかして、これがないと私が困るって、知ってたの？　……ともかく、ありがとう」 　言って彼女は、そっとペーパーウェイトを撫でた。するとそれは、再びきらきらと輝く。その輝きはまるで、自分が彼女の役に立ったことをよろこび、微笑んでいるかのようだった――。 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■ □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】 【００８６　／シュライン・エマ　／女性　／２６歳　／翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】 【１４４９　／綾和泉汐耶（あやいずみ・せきや）　／女性　／２３歳　／都立図書館司書】 【２８３９　／城ヶ崎由代（じょうがさき・ゆしろ）　／男性　／４２歳　／魔術師】 【１８８３　／セレスティ・カーニンガム　／男性　／７２５歳　／財閥総帥・占い師・水霊使い】 【４４７１　／一色千鳥（いっしき・ちどり）　／男性　／２６歳　／小料理屋主人】 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 参加いただき、ありがとうございます。 ライターの織人文です。 今回は、シュライン・エマ様が書いて下さった手順を基本として、 お話を組み立てさせていただきました。 また、重箱については、おせち料理の詰め方を参考に、 アレンジを加えております。 ●シュライン・エマ様 いつもお世話になっています。 今回は、倉庫整理の手順について細かく書いていただいていましたので、 そちらを基本とさせていただき、こんな形に仕上げてみました。 少しでも楽しんでいただければ、幸いです。 それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。