コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■すすきと月の涙の頃■

 草間武彦は、いつもよりはるかに綺麗になっている興信所に、しばし固まっていた。
 部屋のすみずみ、デスクの上まで綺麗さっぱり、書類の一枚も余さず棚にしまわれている。
「あちっ!」
 呆然としすぎたせいで足の上に煙草の灰が落ち、武彦はようやく我に返り、これは我が妹、零の仕業だろうと彼女の名前を呼んだ。
「あ、兄さん。お帰りなさい」
 どこか困ったような笑顔の零の後ろから、きょとんとしたような、13〜4歳の少女がついてくる。
「ん? 友達か?」
 少女は、どこか街へ出かけるような服装だ。薄いピンクと白の、センスのよいツーピース。
「じ、実はですね、この子を連れてご両親が先ほど来まして……」
 零の話は、こうだ。
 少女の名前は、岡崎・星子(おかざき・せいこ)。つい最近、事故で亡くなった───はずなのだが、葬式の準備をするより前に、息を吹き返した。
 驚く両親の前に、悪戯好きの死神が現れ、こう言ったのだという。
『彼女は俺の管轄にずっと入ってきて、星に願い事をしてた、おかげで俺はかなり位が下がっちまってね。死神として仲間にもバカにされるし、ちょっとした術をその子にかけてやった』
 ちょっとした術とは、星子は「自分が死んだ」ということに関し、まったく気づけないでいること。そして、気づくまで「生きた人間とまったく同じ状態」でいること。それが長く続くと、いつかは灰になり、天国にも地獄にも行くことが出来ず、空間の狭間を彷徨い続けるのだという。
「どうかこの人に『死んだことを気づかせてやってほしい』って、ご両親、泣いていました」
 零がしんみりと言っているのを、星子はきょとんと小首を傾げて見ている。気づけない、ということは、こういう単語の前では突然耳が聞こえないとか、そんな感じなのだろう。
「うーん……参ったな」
 こういう依頼に零が弱いことは熟知している。
 そんな零に、自分は弱い。
 とりあえず、武彦は星子に聞いてみた。
「お前さん、星になんの願い事を、どこでしてたんだ?」
 首を傾げていた少女は、きょろきょろと自分の服を見下ろし、ポケットから一枚の写真を差し出した───生まれ変わったショックで、言葉がうまく出ないのだろう。
 それは、一面のすすきの野原を、煌々と月が照らし出している夜の、美しい写真だった。
「ねむる、ここ、おはな、きれい」
 写真のすすきの部分を一生懸命指差しながら、星子は何かを訴えようとしている。
 花が綺麗なところで眠りたい───?
 いや、それだけなら星に願い事などしないだろう。
 さて、助っ人の出番かな、と武彦は携帯電話を取り出した。



■すすき野原へ■

 星子はとてとて、と時折小走りに走っては事務所の棚から資料を引っ張り出し、じっと一枚残らず読んではまたもとあった場所に綺麗にしまい、集まった面々の顔を覗き込んだりしてくる。
 まるで、武彦が呼んだ人間達が珍しいとでもいうかのように。
「つか多分、『この状況』がどういうことなのか分かってないから、なんだろうな」
 桐生・暁(きりゅう・あき)がソファではなく壁を背に、コピーをとったすすき野原の写真に視線を落とす。この場所がどこなのかが気になり、とりあえずコピーをとって幾つかの美術館に送信して心当たりを頼んでいた。
 こんなに綺麗な場所であれば、プロの者が撮ったものかも知れない、という推理からの行動だった。
「零さんからお聞きするに、読書好きだったようですから、資料なども読んでいるのでしょうね」
 事情を聞いているうちにその死神というものに理不尽さを感じてしまった一色・千鳥(いっしき・ちどり)が、両親から聞いたことは他にないかと零から聞いたことの中から、そう推測する。
 彼としては、もしその死神とやらに逢ったら言ってやりたい言葉があったのだが、まずは星子が優先だ。「気づいてもらう」のにはありきたりとは思ったが、彼なりに考えていることがあった。
「ええ、ええ……では、星子ちゃんにはそういうお友達はいた、と。あ、すみません、お友達かどうかは不明でしたよね……ではお知り合い、ということで」
 電話はシュライン・エマが使用している。しきりにメモを取っているのは、電話の相手が星子の両親だからだ。
 彼女は星子がどのような事故で亡くなったか、そして月夜のすすき野原で星子が、例えば大事にしていたものや動物を含む友達を埋めたのか等、何か思い当たることはないかと両親に確認しているところだった。
「すすきの写真か……。見たところ、何の変哲もないすすきだな。月に照らされているってことを除いては。月に照らされたすすき……?」
 暁同様、コピーされたすすきの野原の写真を手に考えているのは、門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)だ。彼はソファ、千鳥の隣に座り、彼なりに推理を進めていた。
「もしこの子が言っていたという『おはな、きれい』が月に照らされたすすきのことなら、『ねむる、ここ』って場所は写真に写っているすすきの野原だから───ここで誰かが眠っているってことになると思うんだが……誰かは分からないな。星子ちゃんの死因ってのも何らかの事件に巻き込まれたからとか色々考えられるけど、もしこの推測が確かなら、だ。誰かの遺体が発見されるはず……なあ、皆はどう思う?」
 更にその隣に座っていた羽角・悠宇(はすみ・ゆう)が、黙って閉ざしていた唇を、重そうに開けた。
「経験がないから、どうやって『死んだ事』をこの子に納得させたらいいのか……正直なところ分からない」
 ぽつりと言った。
 彼は事件解決というよりも、むしろそのことに頭を置いているようだった。
(コワいとかそういうもんじゃないだろうと思う。でももし自分が死ぬんだとなったら……後に残す大事な人がどんなに哀しむだろうって考えたら、自分がいなくなることがつらい、って思うことがある)
 大好きな人を抱きしめることも、抱きしめてもらうこともできなくなるのが死だ。
 彼は、そう思っている。それを、この星子という少女は気づけずにいるのだ。
 そんな悠宇の心中をなんとなく察したらしく、暁が声をかけようかと口を開きかけたとき、シュラインの長かった電話が終了した。
 一斉に自分に注がれる武彦を含めた全員の視線を受け止め、シュラインはメモを見つめて、両親から聞いたことを一通り説明した。
「事故は、赤信号無視の昼間からの酔払い運転のトラックにはねられて、即死だったそうよ。門屋さんの言う何らかの事件に巻き込まれて、というセンは今の時点では分からないけれど、今のところは普通の事故死と考えておいていいと思うの。ただもうひとつのほう───星子ちゃんが願い事をしていたことで何か少しでも思い当たるかどうか尋ねたら、もう何年も前のことだけれど、って話してくれたことがあるの」
 それは、星子が小学校の頃に遡る。
 身体が弱く、しょっちゅう授業も休んで入院ばかりしている同級生の男の子がいたそうだ。
 当然のように友達もいなく、心優しい星子だけが、家も近かったこともあり、たまにお見舞いに行ったりしていたそうだ。
 間もなくして療養のためにその男の子は引っ越していったそうだが、星子は文通もしばらくしていたそうだ。
「しばらくというと、最近は文通をやめていたのですか?」
 千鳥が尋ねると、「そうみたい。亡くなったという話は星子ちゃんもご両親に話さなかったし、ご両親もそんな話は聞かなかったということだから」と、シュライン。
「すすき野原の場所についてとか、ご両親は知ってた? シュラインさん」
 暁の質問に、シュラインはかぶりを振った。星子がそんな写真を持っていたということすら、知らなかったらしい。
「その男の子の療養先は、文通してたんなら星子ちゃんの部屋にある手紙とかから分かりそうだけどな」
 将太郎の言葉に、
「じゃ、手紙も持ってきてもらおう」
 と言う、先ほどからずっと煙草をいつもより2倍は早いピッチで吸っていた武彦が、シュラインと入れ替わりに電話のところへ行く。
「あ、そんなら俺、取りに行くよ」
 悠宇が立ち上がる。
 なんとなく、じっとしているのがたまらない気分だったのだ。
 すると、じっと資料を読んでいた星子が、走ってきて悠宇の袖を掴んできた。
「せいこ、いく」
 自分も行く、ということだろう。
 悠宇が靴を履いているとき、暁の携帯が鳴った。相手といくつか言葉を交わした後、暁はため息をついて携帯を切る。
「美術館に問い合わせてたけど、どこも心当たりはないみたいだ。逆にこんなに綺麗な場所があったら教えてくれって言われちゃった」
 その言葉に、千鳥が星子を見る。
「星子さん、少しその写真、見せて頂けませんか?」
 すすき野原といえば仙石原や曽爾高原を連想するが、複数の美術館にそう言われたのでは、どうやら違う。写真から何かを読み取れないかと思ったのだ。
 星子は、大事そうに写真と千鳥とを交互に見ていたが、そっと差し出してきた。
 千鳥が「ありがとうございます」と微笑んでも、写真の片側は離さない。
 それでも、充分だ。
 千鳥は神経を研ぎ澄ませ、意識を写真の中へと潜り込ませた。

 次の瞬間、
    全員が───そのすすき野原に、いた。



■月の涙から生まれる花■

 何故。
 このような「作用」が起きたのかは、分からない。
 考えられることは、千鳥の「読み取る能力」と、同じ写真を掴んでいた星子の無意識の「行きたい」という力が並行して発動し、混雑して起きた現象だということだ。

 そこは、とても静かな野原だった。
 虫の声も、人の声も聞こえない。
 ただただ、月がすすきを照らし、時折爽やかな風が吹くだけだった。
 懐かしい、土のにおい。
 懐かしい、天の川すら見える美しい星空。
 胸が暖かく、涙が出そうだった。



 さら……さら……

 すすきが仲間達と触れ合う音の中、千鳥は星子が自分を見上げていることに気がついた。
 自然に、唇が言葉を紡いでいた。
「ここで、何故───どのような願い事をかけたのですか?」
 こんなに美しい場所ならば、願い事もかなうという気持ちも分かる気がした。
 もしもここで自分が願いをかけるとしたら、なんだろう。
 そんなことを考えている千鳥に、星子はこたえてきた。
「けいくん、あう。ねむる、はなさく」
「けいくん───?」
 文通していたという、療養していたという男の子のことだろうか。
 こくんと頷き、星子は言った。
「やくそく」
 約束なら、と千鳥は何故だかとても暖かな気持ちになりながら、言った。
「約束なら───星子さんが願い事をすれば、より一層かなえやすくなるかもしれませんね。月には不思議な力があると、昔から言われてきましたから」
 それに、こんなに綺麗で暖かな場所です、と続ける。
 彼女に「死」を気づかせるには。
 彼女の「その願い」をかなえさせるのが一番だ、と千鳥は思っていた。
 すすきが千鳥の手に触れ、その瑞々しさを伝えてくる。
 気を取られているうちに、星子はいなくなっていた。
 探そうとは、何故か思わなかった。ただ、彼にしては珍しく───この、明らかに「この世のものではない空間」、すすき野原の暖かな雰囲気に身をゆだねていた。



 さら……さら……

 シュラインは、千鳥のほうから星子がとことこと歩いてくるのを見つめていた。
 何故だか足に根がついたように、動かない。
 だが、嫌な感じはしなかった。
 身体が自然に、この場所にいたいと訴えているかのようだった。
「ここに、その男の子が眠っているの?」
 自然に、そんな言葉が出た。
 星子は、「うん」と頷く。
「けいくん、やくそく、ねむったら、おはな」
 けいくん───あの、話に聞いた男の子のことだろうか。
 だとしたら。
「あのね、星子ちゃん」
 シュラインは膝を折り、星子と目線を合わせながら、優しく言った。
「星子ちゃん、けいくんが眠るときにとても哀しくは、なかった?」
 星子はきょとんとしていたが、やがて、こくんと頷き「むね、あな、ぽっかり」と言った。
 頷き返しつつ、シュラインは続ける。
「星子ちゃんもね、トラックに当たってしまって、眠ってしまったの。けいくんが眠ってしまったときの星子ちゃんと同じように、星子ちゃんのお父さんやお母さんも、胸に穴があいたようにぽっかりしていて、とても哀しいの。
 この意味、───分かる?」
 さら、とすすきが靡いていく。
 誘われるように、星子は走っていった。
 何故かシュラインは、止めようとする気にはならなかった。ただ、この「空間」がたまらない「暖かさ」の居心地のよさを目を閉じて堪能した。
 こんな状況なのに、という疑問は確かにあったけれど。



 さら……さら……

 なんて、綺麗な場所なのだろう。
 気を取られていた悠宇は、千鳥のところにいたはずの星子が、また自分の袖を掴んでいることに気がついた。
「けいくん、やくそく、ここねむってる、はなさく」
 多分、けいくんとは、先ほど話に聞いた男の子のことだろう。
「そっか」
 約束か。
 きっとその男の子は、星子に約束していったのだ。自分が眠ったら、という「何かの約束」を。
 悠宇は星子の腕をそのまま手に取り、柔らかな土に膝を突いた。
「なあ……自分の友達とか、家族とか、大好きな人、大事な人っているだろう?」
 急に話し出した悠宇に、星子はきょとんとする。
「飼ってるペットとかでもいいよ。そういう大事な存在ともう会えなくなるとしたら、どう思う? 言葉を交わす事も、意見が違うからってケンカする事も、後で悪かったと思ってごめんよ、って謝る事もできなくなったら?」
 星子は考えていたようだったが、一言、「かなしい」と言った。
 そうだよな、と悠宇は小さくつぶやき、何度も口を開閉させていたが、次第に身体を震わせ、星子の身体を縋りつくように抱きしめた。
「ごめん……ごめんな」
 腹が立ったのだ。
 こんなにも無力な自分が、腹立たしかった。
 悔しかった。
 自分には何かが出来るかもしれないのに、何も思いつかない。何をしようかと思いつきはしても、それが本当に星子のためなのかどうか、確信が持てないがゆえ、何もできなかった。
「俺、本当になんにもできないよ……きみや、きみのパパやママがどんなに困ってるか知ってるのに……」
 星子は何も理解していない、つぶらな黒い瞳で泣き出してしまった悠宇を見下ろしていたが、そっと頭をなで、半ば彼の腕を振り解くように走っていった。
 何故か、追いかける気は起きなかった。
 涙の跡に、優しい風が染み渡る。
「ごめんな……」
 ぽつり、風に悠宇の涙の混じった声が泳ぐ。



 さら……さら……

 すすき野原に、思わず見惚れていた将太郎は、向こうのほうから星子が駆けて来るのを認めた。
(事故で亡くなった女の子に死んでいることを自覚させる、か)
 改めてそのことを思うと、なんと難しいことだろう、と思う。
 まだこんなに幼いのでは、死というもの自体を理解できないだろうと思うのだ。
 だが、この不思議な場所では、それも可能になる気がして、目の前に立った星子に将太郎は目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「なあ、お嬢ちゃん。事故に遭う前のこと、覚えているかい? ゆっくりでいいから、覚えていることを俺に話してくれないか」
 きょとん、というふうに星子は首を傾げる。
 将太郎は、星子の話を聞くことで、自分が死んでいることをゆっくりでもいいから分からせようと思っていた。
 少々根気がいることかもしれないが、それでもいいと思った。
「じこ、わからない、せいこ、やくそく」
「ん?」
 約束、という言葉に将太郎は鍵のようなものを感じた。
 星子は少し微笑んで、煌々と照る満月を指差す。
「けいくん、やくそく、ねむったら、おはな」
 けいくんとは、恐らく先ほど話に聞いた、療養して文通していたという男の子のことだろう。
 そうか───約束を、したのか。
 眠っているということは、恐らく彼はもう───。
「けいくんは、眠ったのか。眠ったら……花になるとか、そんな感じの約束をしたのかい?」
 優しく尋ねると、星子は嬉しそうに頷く。
「せいこ、おつきさま、おねがい、よるだけはたりない、おひるもきた」
 そこで星子は、ふと口をつぐんだ。
 何かを───思い出したかのように、顔色が不安に染まる。
 そして、逃げ出すように駆けていく。
 将太郎は、追いかける気にはならなかった。
 恐らく、夜だけの願い事では足りなくて───昼にもここに来て。
 来る最中に、何日目かに事故にあったのだろう。
 それを、思い出したか───思い出しかけたのか───。
「本当に、いい場所だ」
 清浄な空気を、暫く彼は満喫するようにゆっくりと吸い込んだ。



 さら……さら……

 およそ「死」というものとは無縁の場所だ、と暁は思いながら、不思議と静かな気持ちで佇んでいた。
 ポケットには、興信所に最初集まる前、武彦から話を聞いた時に探し当てていた虫の死骸が丁寧に布に包まれて入っている。
 つぶれてはいないな、と、初めて外気に触れさせたとき、星子がいくぶん暗い面持ちで立っていることに気がついた。
「写真の場所が分かったら、いずれ連れてこようと思ってたんだ、星子ちゃん」
 暁は、すすき野原に実際彼女を連れてきて、何か感じないかどうか様子を見ようと思っていたのだ。自分にとって印象的な場所にいくと、意外と重要なことに気づくことがあるからだ。
 事実、星子は何か不安そうに、暁を見上げていた。
 何か───彼のところに来る前に仲間の誰かと話をするかして、思い出してきたか、気づいてきたか───そんなところだろう。
「これね、星子ちゃん」
 そっと星子の手を取り、拒否反応を示さないか慎重に彼女の様子を探りながら、クワガタの死体に少しだけ触れさせる。
「このクワガタ、もう死んでるんだ」
 死んだものは、身体はここにあるのに何もなくて、ただ冷たいのだ。
 そのことを、触れさせれば分かると思った。
 少しでも───気づかせられるきっかけに、なればいいと思った。
「せいこ、やくそく、けいくん、ねむった、ねむったら、おはな」
「うん?」
 泣き出しそうな顔になった星子は、だが、聞き返した暁に、哀しそうに微笑んだ。
「やくそく、だから、ねむったら、ここ、おはな」
 それは、悟った笑みだった。
 暁は昔の自分を見た気がして───思わず星子を抱きしめた。
 強く、強く。
「大丈夫だよ」
 涙が出るような。
 そんな、この空間に、今は何故か感謝したくなった。
「大丈夫だよ」
 もう一度、暁がそう言ったとき。

 ───すすき全体が、
          花のように光り輝いた。



■約束の花■

 すすきが光を放った途端、初めて5人は、互いの姿を確認することが出来た。
 同じ空間にいながら、その気配も感じていながら、姿だけが見えなかった。
 それは、この不思議な空間の作用でもあるのだろう。
「ここは───もうお分かりだと思いますが、普段私達が暮らしている世界とは違います」
 千鳥が、気を取り直すように見渡す。それでも、目に痛くない光の、清浄なまぶしさに心が洗われるような気持ちは隠すことが出来なかった。
「それって、私達の世界のどこかの空間に歪みが生じて、ここに来てしまったってことかしら」
 顎に手を当てるシュラインに、既に涙を拭い取っていた悠宇が、それでもバツが悪そうに続ける。
「星子ちゃんは多分、この空間への歪みを見つけて、通ってたんだろうな」
「それか、そんな能力を持っていたか───だな」
 将太郎も、幾分いつもの調子が戻ってくるのを感じながら、腰を伸ばす。
「ひとつっつか、疑問があるんだよね俺。こんなあからさまに清浄な空間にさ、死神って管轄内なモンなんかな?」
 暁の言葉にもっともだ、と全員が思う。
 そのこたえは、星子の立っている、すぐ真後ろからかえってきた。
「ぼくが、約束をまもれなかったから」
 星子の後ろに、いつの間にか───こぽこぽと、まるで水から上がるような美しい音を立てて、星子と同じくらいの歳の男の子が浮き上がってきた。
 星子の唇が、「けいくん」と象る。
「せいこちゃん、ごめんね」
 彼女に謝ってから、男の子は5人に自分の名を「景唯(けい)」と改めて名乗った。
「ぼくは、せいこちゃんと文通しているとき、約束をしたんだ。眠ったら───お互いに死んだらそのときには、一緒に、この世にひとつとない、きれいなお花になろうねって。だからそれまでどっちも死んだらだめだよって。まだせいこちゃんと同じ学校に通っていたころ、せいこちゃんがこの場所を見つけたんだ。ここなら、きっと世界で一番きれいなお花が咲けるね、そしたらずっとみまもれるように、ぼくたち、お花の精霊になろうねって、約束したんだ。
 でも、ぼくだけが先に、死んじゃった。約束をまもれなかったことが悔しくて哀しくて、死神なんかになっちゃって───せいこちゃんは、ぼくが死んだこと知って、死神になっちゃったことも教えたら、毎日ここにきて、月におねがいごとするようになったんだ。月はふしぎな力をもってるって、ぼくはいつか、本で読んだから。それをせいこちゃんにきかせてあげたから、だと思う」
 星子は願った。
 どうか景唯が、死神ではなく、先に花になってくれるよう。
 そしていつか自分に寿命がくるときまで、ずっとここで咲き続けてくれるよう。
 でも、花は咲かなかった。
 それは、景唯の残した強い未練───先に死んでしまったことの未練が、邪魔をしたのだ。
「だからぼくは、死神の仕事をしなかった。だってぼくには、せいこちゃんの命を刈り取るなんて、むりだもの」
「ああ、あなたは」
 千鳥が、やっと分かった、というふうに顔を上げた。
「星子さんが『本当のことを思い出す』まで───というよりも、『自分の死に気づくまで』、その、本当のことが言えなかったのですね」
「死神の掟、かしら。死神としての仕事をさぼっていたから───星子ちゃんの命を刈り取らなかったから、その罰を受けて位を落とされて、でも本当のことが言えなくて、あんな言い方をするしかなかった……とか?」
 シュラインの推理は、当たっていた。
 こくりと頷き、景唯はうつむく。
「けっきょく、せいこちゃんはほかの死神に命をかりとられて、ぼくはせいこちゃんにこんなひどい仕打ちをする罰を与えられて。でも、よかった。あなたたちが、せいこちゃんを救ってくれた」
「待てよ」
 悠宇が、耐えられないといったふうに足を踏み出す。
「これからお前、どうなるんだ? 星子ちゃんとの約束も果たせないままなのか? ずっと死神として、星子ちゃんと別の場所で生き続けるのか?」
「わからない、でも───たぶん、そうなると思う」
 泣きたそうなのに、涙をこぼさない。
 景唯は───死神は、涙がこぼせないのだろうか。
 泣くことが許されない種族なのだろうか。
「涙も取り上げられたのか?」
 さり気なく尋ねた将太郎の推測は、当たっていたらしい。
 泣くことは、人の命を刈り取る死神にはあるまじきことだ。
 涙など流す死神は、「一人前」と認められない。
「そうかな」
 そのことを景唯の口から聞いた暁は、その掟を決めた何者かに怒りすら覚えた。
「人の命を刈り取るのが死神の仕事ならさ。人の命の重みも分からないと駄目なんじゃね? 涙は必須だろ」
「私もそう思うわ」
 シュラインは相槌を打ち、その隣に立っていた千鳥は、さっきから満月を見上げて胸の前で手を組んで目を瞑っている星子の姿に気がついた。
「星子さん?」
 こんなときにも、星子は願うのをやめない。
 自分が死んだと分かっても、やめない。
「せいこちゃん」
 もういいよ。
 じゅうぶんだよ。
 そんな声にならない声が、景唯の口から聞こえた気がして。
 その瞳は潤んではいても、決して雫をこぼすことは許されなくて。
「ここがどこかはわからないけど、誰の管轄でもない、自由な空間だと思う。だってなあ、こんなに癒される空間てのはそんなもんだろ」
 だったらさ、と将太郎は続ける。
「強い願いがいっとう勝つんだ、そんな場所では。そう思わないか?」
「そうですね───何よりも星子さんは、自分が死んだことも気づかなくても、願いだけは今でも変わっていないのですから」
 何よりも強いはずです、と千鳥。
「景唯くん、景唯くんは本当は死神になんかなりたくなかったのになってしまったのよね。祈ってくれる人がいるのなら、まだ修正は可能だと思うの」
 シュラインは、願い続ける星子と、哀しい景唯とをゆっくり見比べて、改めて月を見上げる。
「俺も、俺も祈るよ! だってこんなのあんまりだ!」
 悠宇は星子の隣に走り寄り、同じように手を組む。
 暁は手をメガホンにして、満月に叫んだ。
「お月さまーっ! 俺からもお願い! 不思議な力があんなら、見せてくれよ!」

 瞬間。

 満月から強く、優しい光が垂直に、景唯の身体を貫いた。
 恐らくは景唯の身体を、心を支配していた「黒いもの」があっという間に外気に触れ、浄化していく。
 そして。
「あ───」
 みるみるうちに、周囲の、光り輝き続けていたすすきと同化していく。
 星子が組んでいた手を解き、無邪気に微笑んで景唯の手をしっかりと握った。
「けいくん」
 ようやっと、その声がまともに紡がれる。
「やくそく、はたせるね」
 景唯の瞳から、ぽつりと雫がこぼれ、それを合図にしたようにあとからあとから涙が溢れて頬を流れた。
「ありがとう───」
 景唯の、5人に対するその言葉を最後に。
 彼は、星子と共に───見たこともない、美しい形の花となった。
 こぶりのその花はたちまちすすきの隙間を縫うように広がり、眠りを誘う癒しの香りを放っていく。



 気がつくと5人は、元いた草間興信所のソファにそれぞれもたれかかっていた。
 まだ、頭に靄がかかったように心地よい眠気を感じる。
「どうしたんだ、皆。あれ、星子ちゃんは?」
 ちょっとトイレに行っていた様子の武彦が、狐につままれたようにそう尋ねてきたので、5人は思わず微笑みあい、一部始終を話して聞かせた。
 武彦は「そんなこともあるもんだなあ」と言ったが、早速報告書と共に、星子の両親に連絡を取ると、星子の遺体はこちらもいつの間にやら星子の部屋のベッドに戻っていたという。
「あんな事情では、一言物申すことも出来ませんでした。けれど、これが一番いい結果だったのでしょうね」
 シュラインの淹れたお茶を飲みつつ、台所を借りて簡単なフルーツの和風デザートを作って全員に振る舞いながら、千鳥は少しだけ口の端を上げる。
「そうね、約束って大事だもの。何よりもあの空間───主という存在がいるのなら、会ってみたいわ。あんなに人の心を癒す空間なんて、別の空間だとしてもそうそうないと思うの」
 全員にお茶を淹れ終わり、自分もソファに身を沈めて千鳥の作ったデザートを食べ、「美味しいわ」と舌鼓を打ちながら、シュライン。
「また行きたいな、俺。なんたって約束の花が咲いたんだからさ、何度でも心にしまっときたいよ」
 ようやく穏やかな笑みを浮かべながら、頭にあの美しい花とすすきの野原を反芻しつつ、悠宇。
「案外、ひょんな拍子に俺達もまた、あそこに迷い込んだりするかもしれないしな」
 本当だ、美味い、とデザートを口に入れながら、楽しそうに将太郎。
「やっぱさ、何事も『あるべき場所』にあったり、『なるべくしてなる』のが一番だよな」
 どこか暖かな瞳で暖かなお茶を見下ろしながら、かみ締めるようにして暁がつぶやく。

 
 そう、望めばいつだって。
 人は、どこにでも行けるのだ。
 心は自由なのだから。
 心の旅もまた、自由なのだから。
 だからこそ、人は、
        願うことも無限なのだと。
 「誰か」が教えてくれたような、───そんな、気がした。


《完》
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4471/一色・千鳥 (いっしき・ちどり)/男性/26歳/小料理屋主人
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)男性/16歳/高校生
1522/門屋・将太郎 (かどや・しょうたろう)/男性/28歳/臨床心理士
4782/桐生・暁 (きりゅう・あき)/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、何気なく花関連シリーズに入るのかな、という内容のノベルになりました。皆様真剣に考えてきてくださって、とても嬉しかったです。
また、今回はすすき野原に入った直後の星子との一対一の場面、個別にしようかとも思ったのですが、かえって全部の流れが見られるのであえて全員ぶん、まとめてみました。

■一色・千鳥様:いつもご参加、有り難うございますv 願いごとをかなえるのが一番、とはっきり書いてきてくださっていたので、とても助かりました。星子も「能力」を持っていたため、あんな相乗効果ですすき野原に皆さんを移動する役目をして頂きましたが、この能力ではこういうことは起きないよ、とかありましたら是非今後の参考のためにお聞かせくださいね。また、前回桃のデザートが使えなかったぶん、ラストにさり気なく(?)デザートを出してあります(笑)。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv ご両親に確認をとる内容等、正直東圭自身も思っていなかったので、なるほど、と考えながら書かせていただきまして、ノベルにも当初考えていたよりもふくらみが出た気がします。有り難うございます。皆様のプレイング次第では星子は元は人間ではない何かに、とも考えておりましたので、察しのよさに毎度のことながら舌を巻いていた次第です(笑)。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 今回はいつもよりも入れ込んでくださっているな、と感じるプレイングでしたので、このノベルでの悠宇さんもまた、いつもよりも多少、ある意味弱く、また、感傷的になっています。実際人に死んでいることを気づかせる、ということはこんなふうに自分の無力さを痛感するものかもしれない、と改めて考えさせられるプレイングでした。
■門屋・将太郎様:続けてのご参加、有り難うございますv 優しいプレイングでしたので、スムーズにノベルを書き進めることが出来ました。有り難うございます。根気よく、というのは本当に大事だなと今回プレイングを拝見させて頂きながら思ったことでした。事故に遭う前のことを星子に話をさせる、というのは死を気づかせる点ではとても効果的だったと思います。
■桐生・暁様:いつもご参加、有り難うございますv 実はプレイングの一番最後に書いてあったことは、このノベルのもうひとつの分岐のラストでもあったので、書かれていた時には正直驚きました(笑)。結果的には皆様のプレイングとノベルの流れ的に違うほうの分岐になりましたが、すすき野原での暁さんはやはり、星子に言いながらも胸の奥ではどこかが痛かったのでは、と思いながら書いていました。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。今回は特にわたしも大事に思っている「約束」の大切さ、そしてそれをやむなく護れなかった時の悔しさと切なさ、そして命の大事さを特に書きたかったのではと思います。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/10/06 Makito Touko