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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


敬猫の日 (小判先生 六)

 草間興信所に揺れる、猫の尻尾。ところが今日の尻尾は短く丸く、そして白かった。
「今日はね、せんせにないしょなの」
「ほう、そうかそうか」
草間武彦の雑然としたデスクの上で、山積みになったファイルの上に器用に足を揃えて座っているのは白い仔猫。せんせ、というのは仔猫が居候している家の主そして武彦が懇意にしている不思議な猫、小判先生のことである。
「あのね、もうすぐありがとうの日なの」
「ありがとうの日?」
これ、と仔猫が卓上カレンダーの日付を爪で指す。九月十九日は敬老の日、つまり年長者を敬う日。
「せんせにね、ありがとうの日」
「なるほど、お前は世話になってる小判先生にお礼がしたいってわけか」
「そう。でもね、せんせにはないしょなの」
どうやら小判先生には秘密で、パーティを開きたいらしい。だが、仔猫一匹ではできることも限られているので、武彦を頼ったらしい。
「それじゃ、ここで準備するか。集まる連中の中にも、パーティを手伝いたいって奴はいるだろうしな」
もちろん俺もその一人だと、武彦は仔猫をくすぐった。緑色の目をした仔猫はぐるぐると喉を鳴らした。

 仔猫の、もしくは武彦の呼びかけに応じたのは六名。事務処理に飽きていたシュライン・エマはパーティの献立を初瀬日和と検討しはじめ、羽角悠宇は連絡網を回して鈴森鎮と門屋将太郎を呼び出した。そうやってにぎやかになってきたところへ、さらに顔を出したのが六人目の白姫すみれである。
「じゃ、頼んだぞ」
人数がそろうと武彦は、パーティの詳細が決まったら教えてくれとバネの効かないソファに体を投げ出した。が、発起人の放棄は三匹が許さない。イタチの姿に変身した鎮とペットであるイヅナのくーちゃん、それから便乗した仔猫。
「武彦だって、小判先生には世話になってんだろうが!手伝え!プレゼント考えろ!」
「考えるの!」
「きゅーっ!」
一匹ずつは小さいが集団になって腹の上をかけずり回られるとこれは辛かった、武彦は跳ね起きると手近なところにいた鎮をむんずと捕まえるや否や
「プレゼントなら、こうしてやる!」
お菓子の包装に使われていた赤いリボンで、小さな体をぐるぐる巻きにしてやる。さらにくーちゃんと、仔猫も色違いで同じ目に遭わせる。三匹はあっという間に小さな信号機になってしまった。
「これじゃ動けないよう」
「にゃあ」
「きゅー」
「そうね、これじゃ手伝えないわね」
すみれはくすくす笑いながら、ハサミを使って三匹のリボンを短く切って救出してやる。ただし、可愛かったので首に巻いた結び目のところだけは残しておいた。
「そういえば先生って、首輪とかされませんよね」
「猫だからなあ」
着物は着るのになあ、と日和と悠宇。なぜかはわからないがサイズの合わないものを、いつも引きずっている。
「先生ね、あれね、寝るときの座布団にしてるの」
緑色のリボンを巻いた仔猫がにゃあにゃあと説明する。さすが、一緒に住んでいるだけあって小判先生のことは詳しいのだなと将太郎は感心する。
「不精な猫ね」
普通の猫ならいざ知らず、小判先生だからと呆れるシュライン。座布団くらい、小判先生ならいくらでも手に入れることができそうなものだが。
「なら、プレゼントは座布団がいいかもしれないな」
「あと着物を羽織られるのが好きなら、体にぴったりしたものをお作りしたほうが・・・」
手先の器用な日和なら、数日で小判先生のサイズを仕立てられそうだった。
「じゃ、生地を見に行くがてら座布団と、飾りつけも買いに行きましょうか」
完全に昼寝の体勢へ入った武彦を起こしてからになりそうだけれど。

「はい、次は誰?」
市場でその声がする度、じゃんけんのかけ声が続く。パーティの飾りつけやら食材やらを買うたびに、誰が持つか決めているのだ。
「買うものは足りてるかしら?」
両手に二つずつ袋を下げたすみれは、知らない人から踏まれないようにとみんなに取り囲まれた中心を跳ねるように歩く仔猫に話しかけた。
「うん!せんせ、喜ぶの!」
無邪気なものである。買ったものはといえば、小判先生の好みというより仔猫の好きな食べ物や仔猫の喜ぶようなプレゼントが大半だというのに、この幼い猫は自分が喜ぶものなら先生もきっと喜ぶに違いないと信じているのだ。
「先生、幸せね」
まだ会ったことはないけれど、小判先生というのはそんな仔猫の心だけを大切にしてやれる猫なのだろうとすみれは思った。仔猫が先生を慕う様を見ていれば、想像はついた。
「でも、もうちょっとプレゼント考えてみたらどうかしら。たとえば先生が会いたい人なんかいたら、内緒で呼んであげたりとか。びっくりされるかもしれないけど、きっと喜んでもらえるわよ」
「・・・・・・」
そのとき、大きな仔猫の目が一瞬だけ透き通るように光った。大人びた、というより年齢のない瞳である。なにか悪いことでも言ってしまったのか、とすみれは己の言葉を胸中で反芻した。ただ、先生の喜びそうなプレゼントをと思い提案してみただけなのに。
「どうしたの?」
わざと明るさを装い、仔猫に話しかける。すると仔猫はその瞳のまま
「せんせのあいたいひと、いないの」
「え?」
「みんなね、いなくなっちゃったって」
抽象的な言葉だったので最初は意味がわからなかったのだが、間もなくすみれは小判先生の真意を理解した。先生の大切な人は、大切な存在は皆遠くへ旅立ってしまった後なのだ。きっと先生は、彼らを見送りつづけたのだ。
「・・・それじゃこれ、小判先生にプレゼントよ」
すみれはポケットの中を探り、探るように見せかけて手の中で小さな針を作り出す。もっとも小さく、危険の少ない武器はそれしか浮かばなかったのだ。針を白い紙で二重にも三重にも包むと、最後に細いリボンで結んだ。
「眠るとき、これを座布団の下に置いておくの。そうすれば、いい夢が見られるから」
針には淋韻夢の力が込められている。きっと、先生は今はもう会えない大切な人との再会の夢を見ることができる。
「ありがと」
先生が幸せな夢を見られることが自分の幸せであるように、仔猫は笑った。その笑顔に再度すみれは
「先生、幸せね」
と心の中で繰り返した。

 そしていよいよ敬老の日。興信所内の飾りつけも済み、なにも知らない常連がふらりと現われ驚いていったりもしたが、後は仔猫が小判先生を連れてくるのを待つだけだった。みんなは扉に向かって一斉にクラッカーを構え、待つ。
「入ってきたところ、いきなりフラッシュで驚かせてやろうぜ」
カメラを用意してきた悠宇と、鼬姿でくーちゃんと二匹がかりにクラッカーを握る鎮はいたずらっ子の顔で笑いあう。
 が、約束の時間を過ぎても扉は開かなかった。時計が進んでいるのだろうか、とすみれが自分の腕時計と興信所の壁時計とを見比べる。
「合ってるわよね」
「先生、時間にルーズなのかしら」
全員に気まずい空気が漂い始めたそのとき。
「なにしとるんじゃ」
突然背後から降ってきた小判先生の声。思わず将太郎と鎮はクラッカーを打ち鳴らし、冷静なシュラインさえも動悸が早くなった。
「せ、先生・・・どこから」
驚いた拍子にクラッカーを放り投げてしまった日和は、拾い上げながら小判先生とそして仔猫が興信所の窓の桟に佇んでいることを確認する。
「どこって、儂はいつも窓から出入りしておる」
猫にはその扉は開けられんからな、とまた嫌なところで猫だということを強調する先生。言われてみれば興信所の扉には猫用の通用口などない。にも関わらず全員、小判先生がどうにかして扉のノブを回し入ってくると思い込んでいたのだからおかしかった。
「今日の話はてん助から聞いたぞ」
先生は、後ろにくっついてきた仔猫の首をくわえ前にひきずりだす。仔猫は喋ってしまってごめんなさいという表情を浮かべていたが、小判先生を相手にしらを切るというのも無理な話だろう。
「なんだ・・・まあ」
先生は全員の顔を見回し、ややそっぽを向いてから
「一応、感謝しておくかの」
性格のひねくれている小判先生にとっては、その言葉だけでも内心かなり喜んでいるのだろう。いや、喜んでいるというよりは自分のためにこんなことをしてくれる人がいるということに戸惑ったり、照れくさかったりと感情が入り混じっている。
「んじゃ、パーティ始めるか」
そんな小判先生を無理に問い詰めるのも可哀相だと、武彦が開会を宣言する。

「ところで」
パーティが盛り上がってきたところで、誰かが小判先生に尋ねた。
「さっき先生、仔猫のことを『てん助』とか呼んでたけどあれって名前?」
「ああ。適当にその辺にあったのを、つけてやった」
「ほんとのね、なまえは、てんなの」
豆のように小さいから「点」という意味で、先生は呼ぶときの気分で「てん助」だの「てん太」だの好き勝手に後ろをくっつけているらしい。いい加減な命名だなあと呆れてしまうが仔猫、てんは意外と気にいっているようであった。
 その後。
「あのね、あのね」
「なに?」
てんが内緒話をしたがっているようなので、すみれは顔を近づけた。
「てんってね、せんせの、だいじなねこさんのなまえなの」
「そうなの?」
大事な猫の名前を、仔猫に与えるとは意味深長である。しかし、すみれをさらに驚かせそして喜ばせたのは次の仔猫の台詞だった。
「ゆめ、みたんだって」
先生が仔猫に名前をつけたのは、すみれが渡した針を座布団にしいた、次の日のことだったそうだ。
「・・・・・・」
猫は一体、どんな夢を見るのだろう。すみれは先生のほっそりした背中を見つめる。気配に気づいた先生は軽く後ろを振り返り、金色の目を光らせた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1522/ 門屋将太郎/男性/28歳/臨床心理士
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
3684/ 白姫すみれ/女性/29歳/刑事兼隠れて臨時教師のバイト

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回はのんびりした話にしよう、と思っていたのですが
個別部分の端々に、こっそり設定していた小判先生の過去が
のぞいています。
本当は過去の話は伏せておくつもりだったのですが、すみれさまの
プレイングを見て「会いたい人」と書いてあったところで
「やられた!」
という気になってしまいました。
これは書かずにはいられませんでした。
仔猫の名前も決まりましたし、これからも続けてゆきたいと思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。