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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜相席〜



 嘉神真輝は腕時計の時間を確かめて走る。
 待ち合わせには妹を行かせたが、たぶん大丈夫のはずだ。
(しえるは人を探すの得意だし)
「自分で行きなさいよ、兄貴」
 そう冷たく言われたが頼み込んだ。
 なにせ和彦を呼び出したのは自分なのだから、多少遅れても絶対に行かなくては。
 一ヶ月ほど入院生活をしていた和彦の快気祝いなのだ。
(それに、呪いも解けたし)
 店を発見して「う」と足を止める。
(あ、あれなのか? ほんとに?)
 夕暮れの中、黒一色の建物を前に呆然とする真輝。
 屋根も黒。壁も黒。全部黒。
(おいおい……オバケ屋敷じゃあるまいし……)
 本当に店かどうかも怪しい。看板ものれんも、それらしい表示がどこにもないのだ。
 妹の手腕を疑っているわけではないが……これはちょっと……。
 意を決して中に入った真輝はほっとした。
「お。遅くなってすまないな」
 軽く手を挙げて入ってきた真輝を、しえると和彦が振り向いて見遣る。
「悪かったな、妹を迎えに行かせて。俺が迎えに行くつもりだったんだが、職場から召集かかってさ」
「ちょっと兄貴。私には謝罪や感謝の言葉はないわけ?」
「おまえはいーの。
 完全に治ったとはいえ、おまえ病み上がりなんだから気をつけろよ」
 真輝はしえるを邪険に扱うと、和彦に向き直って言う。それを見てしえるはフンと息を吐いた。
 真輝は和彦としえるを見比べてから和彦の横に座る。
「なんでそっちに座るのよ、兄貴」
「おまえの横よりいいからな。で、改めて紹介するけど、コレが『料理ができない』妹、しえるだ」
「兄貴……私に喧嘩売ってるの……?」
 こめかみに青筋を浮かべるしえるは引きつった笑みを作った。
 和彦は真輝としえるの掛け合いに小さく笑う。
「よく間違われるけど姉じゃなくて、い・も・う・と、だぞ?」
「わ、わかったわかった」
 やけに強調する真輝に頷く和彦を、しえるがムッとした視線で睨んだ。
「和彦君、兄貴の言うことを鵜呑みにしちゃダメよ。間違われて迷惑してんのは私なんだから」
「真輝は童顔だからな。しえるさんは年齢より上に見えるから仕方ないんじゃないか?」
 さらりと。
 爆弾を投下した和彦の口を真輝が手で塞いだ。
「おっ、おまえ……! またそうやって……!」
「ふーん。老けてるって言いたいの? 和彦君」
 にっこり微笑むしえるを前に青ざめたのは真輝だけ。和彦は平然とした顔のままだ。
「こ、こら和彦! 女に年齢とかそういう関連の話題を振るな!」
「そうなのか? それは悪かった」
 真輝はしえるに無理に作った笑顔を向ける。
「わ、悪いなしえる。こいつ、こういうヤツなんだ。悪気はないんだぞ?」
「女性は化粧一つで年齢を上にも下にも見せることができるからな。感心しただけなんだが」
「化粧?」
 真輝としえるの声が見事に重なる。和彦は頷いた。
「化粧は『化ける』という漢字が使われているしな」
 二人は呆れたような視線で和彦を見つめてからこそこそと言い合う。
「和彦君のこと変わってる子だって言ってた意味、よーくわかったわ兄貴」
「だろ? こいつ天然なんだ」
 運ばれてきた蕎麦を見てしえるも真輝も嬉しそうな笑みを浮かべた。和彦は無表情だ。
「どうどう? 季節に合った玄蕎麦を全国から取り寄せ、その日使う分だけを石臼で手挽きして打った蕎麦……。一日限定20食のお蕎麦よ!」
 えっへん。
 自慢げに言うしえるの説明に真輝はうんざりしたような表情を浮かべた。
「す、すごいな……それは」
「和彦君、兄貴は放っておいていただきましょ」
 蕎麦に夢中の和彦は満面笑顔で頷く。可愛い顔しやがってと真輝は憎たらしくなった。
 見れば妹も「あら可愛い」という表情で和彦を見ている。なんだか不愉快になった。自分だけが知っている和彦のこういう部分を妹が知るのは面白くないのだ。
 食事を開始して数秒。
 和彦は感動に打ち震えていた。
「確かに……! これは厳選された材料だけが持っている風味だ! 素晴らしい!」
「でしょう? それにおつゆもね、いいもの使ってるのよ。取り寄せてるんだけど、そこがまた……」
「なんだろう……うーん、変わったニオイを感じるな。いや、それがまた蕎麦をよりよくしているんだが」
 妙な会話を開始する二人を前に真輝は無言で蕎麦を食べる。
(怖い……怖いよ、おまえら……)
 せっかくの美味い絶品蕎麦も、なんだかしょっぱく感じてしまう真輝であった。
 意気投合するのはいいことだ。うん。それは認める。
(なーんか、疎外感……)
 もぐもぐ。
 食べている真輝は聞こえてくるウンチクを無視することにした。入っていける世界じゃないし、美味いものは『美味い』でいいじゃないかと思う。
「でもよく兄貴なんかの親友やろうって気になったわね。というか、年の差のこと気にしないうちの兄貴が変なのかしら」
 思いがけない話題に真輝はぶぅっと飲んでいた水を吹き出す。妹のくせになんという言い方だ!
「教え子と同じ年くらいの男の子のことを真剣に語る兄貴は……正直不気味だったのよ」
「変なのか?」
「普通はね。変わってるなって思うじゃない」
「そうなのか」
「でもその様子だと和彦君はなにも気にしてないみたいね。兄貴なんかのどこがいいの?」
「他人のことをきちんと思いやれる人だ」
 はっきりと笑みを浮かべて言い切られて、真横の席の真輝が脱力して机に突っ伏した。
(だからさ、おまえってどうしてこう誤解されるような言動を……)
 ぴくぴくと指先を痙攣させる真輝。
「わっかんないわねえ。女の子の気持ちにも鈍感なのよ、この人。ニブいのよ、ニブちん」
「まあ真輝は少し配慮に欠けるところはあるな」
「他人に一生懸命になるくせに、肝心なところ気づかなくてダメなのよ! わかる?」
「こ、こら……兄上さまを悪し様に言うとはどういう了見だ、しえる」
 会話に入ってきた真輝をじろっとしえるが見遣った。
「本当のことじゃないの」
「そうなのか」
「和彦も納得するなって! 男にとっては女は永遠に謎の生き物なの!」
「ふーん」
 素直に小さく頷く和彦を味方につけることで兄妹は躍起になる。
 話を聞いては「そうか」「へえ」などと呟く和彦は一人で蕎麦を堪能していた。

 言い合いに疲れた兄妹は大人しく食事を終えて、お茶を飲む。
「仲がいいんだな」
「どこがっ!」
「ほら。また声が重なった」
 微笑する和彦に言われて二人はぐっと言葉を飲み込む。
「兄妹とか、いいもんだな」
「あ」
 真輝が気づいて表情を曇らせる。遠逆和彦には双子の妹がいた。もっとも、生まれてすぐに殺されてしまったのだが。
「あのね和彦君」
 しえるは湯のみを置いて口を開いた。
「経緯は兄貴から聞いてるんだけど。きっとね、妹さんとはまたどこかで会えるわ」
「……真輝は本当にお喋りだな。配慮が足りない」
 呆れたように溜息を吐いて肩を落とす和彦の横で「うっ」と真輝が口ごもる。
(そ、そうか……和彦って誰かに似てると思ってたが……しえるに似てるんだ)
 容赦ゼロの言い方といい……そっくりだ。
「どこかで会える、か……。なにか確証のある言い方だな、しえるさん」
「そりゃ、まあね。輪廻転生って考えもあるんだし、どこかで会えるわよ」
「輪廻か。真輝のところは仏教なのか。へえ」
 ブッキョウ?
 またおかしな単語が飛び出したぞ、と真輝がぐったりした。しえるも目を点にしている。
「まーたおまえ、おかしなこと言うなよ突然」
「おかしなこと? どうして?」
「突然宗教のこと言い出すのは変じゃないか」
「輪廻の考えは仏教だろ。キリスト教は輪廻を否定しているはずだ。俺の記憶が間違っていなければ」
 妙なところで博識の和彦は、断言した。
 前など、酒のアルコールには毒素があると言い放ったほど、変なところで詳しい。
「どうでもいいじゃん、そういうことはさあ」
「……そうだな。うん」
「…………」
 真輝と和彦のやり取りを見ていたしえるは、突然吹き出して笑った。
 その様子に男二人は疑問符を浮かべて首を傾げただけだ。顔を見合わせて。
「どうした、しえる」
「なんか同い年みたいなやり取りなんだもん! いやあ、なるほどね。和彦君と兄貴は精神年齢が同じなんだわ」
「失礼なこと言うなよ! 俺は和彦より年上なんだぞ!」
「仲がいいのねって褒めてんのよ」
「……そんな風には聞こえなかったぞ。な、和彦」
 無言の和彦に真輝はがっくりと肩を落としたのだった。



「美味しかったー! ごちそーさま、兄貴」
「…………」
 財布の中を確認する真輝はなんだか泣きそうな表情だった。和彦は真輝を見て声をかける。
「大丈夫か? 俺の分は出すぞ?」
「いいのよ。和彦君の快気祝いなんだし。ここは兄貴にバーンとおごってもらえば」
「おまえの分は出せーっ!」
 拳を振り上げる真輝から、しえるはつーんと顔を背けた。
「んじゃ、私は帰るわね。またね、和彦君」
「わざわざご足労、ありがとう」
 綺麗に腰を折って感謝の言葉を述べる和彦に、しえるは照れ臭そうだ。
 彼女は手を振って軽やかな足取りで人波に消えていく。
「じゃあ駅まで送る」
「女じゃあるまいし、気持ち悪いことを言うなよ」
 眉間に皺を寄せる和彦の背中を真輝が叩いた。
「いいじゃねーか。たまにはさ。おまえ、すぐに消えちゃうし」
「…………わかった」
 並んで歩く。
 真輝は呟いた。
「本当に、呪いが解けてよかった」
「ん?」
「おまえが元気で、こうやって妹と一緒にメシが食えるとは思ってなかったからさ」
「……そうだな」
「無茶するなよ。退院祝いとか、もう絶対してやらないからな」
 駅までまだかかる。さて、それまで彼とどんな話をしようか?
 真輝はなんだか笑いがこみ上げてきて、それを堪えるのに必死になってしまった――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】
【2617/嘉神・しえる (かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 オマケシナリオにご参加くださり、どうもありがとうございました嘉神真輝さま。
 真輝さまとしえるさまの両者の視点で一つの物語になるようにしています。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 書かせていただき、大感謝です。