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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜相席〜



「えっとぉ」
 携帯電話のメールを再度確認した嘉神しえるは周囲を見回した。
 待ち合わせ場所はこの駅でいいはず。ちょうど電車が来たらしくて人々が流れを作ってしえるの前をわらわらと通り過ぎていく。
(どこかしら。兄貴は目立つからすぐわかるって言ってたけど)
 腰に手を当てて嘆息するしえるは、男たちの視線を浴びる注目の的であった。それもそのはず。しえるは美女なのだ。
(だいたい兄貴もいい加減なのよね。名前だけでどうやってわかるっていうのよ)
 高校二年くらいの男だぞ。それだけで電話を切った兄の態度に苛々してしまう。
 のろけにしか聞こえないくらい自慢していた……友人らしい。うーん、気になる。
 駅から出てくる人波の変化にしえるは気づいた。男たちはしえるのほうばかり気にしているが、女性は別の方角ばかり見ている。
「?」
 疑問符を浮かべていると、その原因らしい人物が駅から出てきた。
 改札口を通って出てきた少年はすらりとした背丈で、しえるとそう変わらないだろう。黒のシャツと黒のジーンズという黒まみれの少年は無表情でスタスタと歩いている。
(もしかして、アレ?)
 もしかしなくてもアレだろう。
 女性の視線を集めていることに無関心らしい彼は眼鏡を押し上げる。眼鏡があっても彼の美貌は隠せていないが。
 彼は駅を出てすぐに周囲を見回す。そして駅の時計を確かめてからむっ、と眉を寄せた。
(ありゃ? なんか怒ってる?)
 腕組みした少年は嘆息してからどこか目立つ場所はないかと見回し、歩き出そうとする。
 んーと。
(察するに、迎えが来てなくてムッとしちゃったけどしょうがないかって気になって、じゃあ相手が見つけ易い場所にいよう……ってとこかな)
 しえるは小さく笑って彼に駆け寄った。
 気配に気づいて少年は振り向く。
「初めまして」
「? はじめまして……」
 ぼんやり挨拶を返してくる彼にしえるは笑顔だ。
「兄貴の代わりに迎えに来たの。あなたが噂の遠逆和彦君でしょ?」
「遠逆和彦は俺だが……」
「嘉神しえる。真輝の妹よ」
「…………」
 しーん。
 和彦はしばらくしてから眉間に皺を寄せた。
「妹……?」
 そう言われればしえるの顔立ちは和彦の友人である嘉神真輝の面影がある。似ていると言っても良かった。だが身長は真輝より高いようだ。
「いやあ、でも聞いてた印象と違うわね。顔も綺麗だし、礼儀正しい感じだし」
 元気のいいしえるの態度に和彦は困惑気味の表情を浮かべたのだった。



「外食とかは私のほうが詳しいのよね」
 おしぼりで手を拭くしえるは笑顔で和彦にそう言う。
「なんでも一ヶ月入院してたんですって? 兄貴が『退院&解呪祝い』って言って騒いでたのよね〜」
「……あのお喋り」
 舌打ちしそうな和彦の呟きはしえるの耳には届かなかった。
「和彦君はお蕎麦が好きなんでしょ?」
「え? あ、ああ」
 渋々というように頷く和彦。こじんまりとした小さな店には彼ら二人しかいない。しかも、店内が微妙に暗かった。
「兄貴はああいう性格だから、けっこう和彦君も苦労したでしょ」
 唐突な話題に和彦は怪訝そうにする。
「お節介で、直球。おまけに熱血。どう?」
「……当たっている」
「でも、これからもいい友達でいてやってくれる?」
「それは……俺に言うべきことじゃないぞ、しえるさん」
 彼は苦笑した。
「真輝のことだから、どうせ色々言ってるんじゃないか俺のこと。どちらかと言えば、見捨てられるのは俺のほうだ」
「なんで? どうしてそう思うのよ?」
 黙ってしまう和彦を見てしえるは眉をあげた。兄がやけに心配そうにしていた理由はコレか。
(なるほどね。危ういとは聞いてたけど、マジだったのね)
 がらっと引き戸が開いて店内に誰かが入ってくる。
「お。遅くなってすまないな」
 軽く手を挙げて入ってきたのは真輝であった。彼はすぐにしえると和彦を見つけて嬉しそうに笑みを浮かべる。
「悪かったな、妹を迎えに行かせて。俺が迎えに行くつもりだったんだが、職場から召集かかってさ」
「ちょっと兄貴。私には謝罪や感謝の言葉はないわけ?」
「おまえはいーの。
 完全に治ったとはいえ、おまえ病み上がりなんだから気をつけろよ」
 真輝はしえるを邪険に扱うと、和彦に向き直って言う。それを見てしえるはフンと息を吐いた。
 真輝は和彦としえるを見比べてから和彦の横に座る。
「なんでそっちに座るのよ、兄貴」
「おまえの横よりいいからな。で、改めて紹介するけど、コレが『料理ができない』妹、しえるだ」
「兄貴……私に喧嘩売ってるの……?」
 こめかみに青筋を浮かべるしえるは引きつった笑みを作った。
 和彦は真輝としえるの掛け合いに小さく笑う。
「よく間違われるけど姉じゃなくて、い・も・う・と、だぞ?」
「わ、わかったわかった」
 やけに強調する真輝に頷く和彦を、しえるがムッとした視線で睨んだ。
「和彦君、兄貴の言うことを鵜呑みにしちゃダメよ。間違われて迷惑してんのは私なんだから」
「真輝は童顔だからな。しえるさんは年齢より上に見えるから仕方ないんじゃないか?」
 さらりと。
 爆弾を投下した和彦の口を真輝が手で塞いだ。
「おっ、おまえ……! またそうやって……!」
「ふーん。老けてるって言いたいの? 和彦君」
 にっこり微笑むしえるを前に青ざめたのは真輝だけ。和彦は平然とした顔のままだ。
「こ、こら和彦! 女に年齢とかそういう関連の話題を振るな!」
「そうなのか? それは悪かった」
 真輝はしえるに無理に作った笑顔を向ける。
「わ、悪いなしえる。こいつ、こういうヤツなんだ。悪気はないんだぞ?」
「女性は化粧一つで年齢を上にも下にも見せることができるからな。感心しただけなんだが」
「化粧?」
 真輝としえるの声が見事に重なる。和彦は頷いた。
「化粧は『化ける』という漢字が使われているしな」
 二人は呆れたような視線で和彦を見つめてからこそこそと言い合う。
「和彦君のこと変わってる子だって言ってた意味、よーくわかったわ兄貴」
「だろ? こいつ天然なんだ」
 運ばれてきた蕎麦を見てしえるも真輝も嬉しそうな笑みを浮かべた。和彦は無表情だ。
「どうどう? 季節に合った玄蕎麦を全国から取り寄せ、その日使う分だけを石臼で手挽きして打った蕎麦……。一日限定20食のお蕎麦よ!」
 えっへん。
 自慢げに言うしえるの説明に真輝はうんざりしたような表情を浮かべた。
「す、すごいな……それは」
「和彦君、兄貴は放っておいていただきましょ」
 蕎麦に夢中の和彦は満面笑顔で頷く。可愛い顔しやがってと真輝は憎たらしくなった。
 見れば妹も「あら可愛い」という表情で和彦を見ている。なんだか不愉快になった。自分だけが知っている和彦のこういう部分を妹が知るのは面白くないのだ。
 食事を開始して数秒。
 和彦は感動に打ち震えていた。
「確かに……! これは厳選された材料だけが持っている風味だ! 素晴らしい!」
「でしょう? それにおつゆもね、いいもの使ってるのよ。取り寄せてるんだけど、そこがまた……」
「なんだろう……うーん、変わったニオイを感じるな。いや、それがまた蕎麦をよりよくしているんだが」
 妙な会話を開始する二人を前に真輝は無言で蕎麦を食べる。
(怖い……怖いよ、おまえら……)
 せっかくの美味い絶品蕎麦も、なんだかしょっぱく感じてしまう真輝であった。
 意気投合するのはいいことだ。うん。それは認める。
(なーんか、疎外感……)
 もぐもぐ。
 食べている真輝は聞こえてくるウンチクを無視することにした。入っていける世界じゃないし、美味いものは『美味い』でいいじゃないかと思う。
「でもよく兄貴なんかの親友やろうって気になったわね。ていうか、年の差のこと気にしないうちの兄貴が変なのかしら」
 思いがけない話題に真輝はぶぅっと飲んでいた水を吹き出す。妹のくせになんという言い方だ!
「教え子と同じ年くらいの男の子のことを真剣に語る兄貴は……正直不気味だったのよ」
「変なのか?」
「普通はね。変わってるなって思うじゃない」
「そうなのか」
「でもその様子だと和彦君はなにも気にしてないみたいね。兄貴なんかのどこがいいの?」
「他人のことをきちんと思いやれる人だ」
 はっきりと笑みを浮かべて言い切られて、真横の席の真輝が脱力して机に突っ伏した。
(だからさ、おまえってどうしてこう誤解されるような言動を……)
 ぴくぴくと指先を痙攣させる真輝。
「わっかんないわねえ。女の子の気持ちにも鈍感なのよ、この人。ニブいのよ、ニブちん」
「まあ真輝は少し配慮に欠けるところはあるな」
「他人に一生懸命になるくせに、肝心なところ気づかなくてダメなのよ! わかる?」
「こ、こら……兄上さまを悪し様に言うとはどういう了見だ、しえる」
 会話に入ってきた真輝をじろっとしえるが見遣った。
「本当のことじゃないの」
「そうなのか」
「和彦も納得するなって! 男にとっては女は永遠に謎の生き物なの!」
「ふーん」
 素直に小さく頷く和彦を味方につけることで兄妹は躍起になる。
 話を聞いては「そうか」「へえ」などと呟く和彦は一人で蕎麦を堪能していた。

 言い合いに疲れた兄妹は大人しく食事を終えて、お茶を飲む。
「仲がいいんだな」
「どこがっ!」
「ほら。また声が重なった」
 微笑する和彦に言われて二人はぐっと言葉を飲み込む。
「兄妹とか、いいもんだな」
「あ」
 真輝が気づいて表情を曇らせる。遠逆和彦には双子の妹がいた。もっとも、生まれてすぐに殺されてしまったのだが。
「あのね和彦君」
 しえるは湯のみを置いて口を開いた。
「経緯は兄貴から聞いてるんだけど。きっとね、妹さんとはまたどこかで会えるわ」
「……真輝は本当にお喋りだな。配慮が足りない」
 呆れたように溜息を吐いて肩を落とす和彦の横で「うっ」と真輝が口ごもる。
 しえるには確信があるのだ。自分に、その経験があるのだから。
 兄と和彦を見比べてにんまりと笑う。それは一瞬のことだったが。
 きっと和彦はまたどこかで妹と会えることだろう…………そう、きっと。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】
【2617/嘉神・しえる (かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 オマケシナリオにご参加くださり、どうもありがとうございました嘉神しえるさま。
 真輝さまとしえるさまの両者の視点で一つの物語になるようにしています。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 書かせていただき、大感謝です。