コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


映画の楽しみ方


 テレビから、ばばーんという何か特別な事を知らせるような音が響いてきた。藤井・蘭(ふじい らん)はその音にびくりと身体を振るわせつつも、次に出てくる言葉を逃すまいと身を乗り出す。
「サイダーマン、ついに映画化!スクリーンで待ってるぜ」
 それは、最近始まった「サイダーマン」という変身物のアニメであった。元々好きだった「にゃんじろー」というアニメに加え、蘭は「サイダーマン」にも夢中になっていた。「にゃんじろー」にはない、善悪はっきりした戦闘が心地よいのかもしれない。
「持ち主さーん!大変なのー」
 蘭はそう言ってぱたぱたと台所にいる藤井・葛(ふじい かずら)の元に走っていく。台所でおやつの準備をしていた葛は、タルト生地にフルーツを乗せながら慌ててやってきた蘭に「どうした?」と尋ねる。
「わあ、美味しそうなのー」
「今日のおやつだぞ。桃のタルト」
「美味しそうなのー。早く食べたいのー」
 蘭はそう言ってじっとタルトとを見つめた。葛は思わず苦笑する。
「おやつの時間になったら、ちゃんと食べられるから」
「はーい、なの」
 葛の言葉に一応は納得したものの、名残惜しそうにタルトを見つめている。
「それより、何か大変な事があったんじゃないのか?」
 葛が尋ねると、蘭は「そうだったの!」と言ってにこっと笑う。
「さいだーまん、映画なの」
「サイダーマン……へぇ、もう映画になるんだ」
「待ってるって言われたのー」
「……そりゃ、言うだろうな。来て欲しいだろうから」
 葛がそう言って蘭を見ると、蘭は目をキラキラさせながら葛を見つめていた。顔中に「行きたい」と書いてあるかのようだ。
「そうだなぁ……」
 葛がカレンダーを見て考えていると、チャイムが鳴り響いた。インタフォンを取ると、それは藍原・和馬(あいはら かずま)であった。ドアを開けて招き入れると、和馬は「それがさー」と言ってポケットから何かのチケットを三枚取り出す。
「たまたまバイトした先から映画のチケットを貰ってさ」
「三枚って、中途半端な数字だな」
「何を言う。最初はなんと十枚もあったんだぜ?ようやく七枚はけさせたところなんだよ」
 和馬はそう言い、誇らしそうに胸を張った。
「何ていう映画?」
 葛の問いに、和馬はチケットを差し出す。それを見て、葛は「あ」と小さく声を漏らした。そしてしゃがみ込み、蘭と同じ目線になってからチケットを見せる。
「良かったな、蘭。サイダーマンだ」
 蘭の目に映ったのは、サイダーマンのびしっと決めているポーズが印刷された、映画の招待券だった。蘭はぴょんぴょん跳ねながら「わーいなの!」とはしゃぐ。
「なんだなんだ?」
 和馬が不思議そうに見ていると、葛は立ち上がりながら、そっと笑う。
「ナイスタイミングだ、和馬」
「へ?」
「丁度、映画を観に行きたいと言っていた最中だったんだ」
 葛の説明を受け、和馬は「なるほど」と言いながら頷く。そして蘭をひょいっと持ち上げ、にかっと笑う。
「それじゃあ、明日皆で観に行くか!」
「はい、なの!」
「……明日?それはまた、急な話だな」
 葛が苦笑しながら言うと、和馬も苦笑を交えつつこっそりと「実は」と言う。
「あのチケット、明日までなんだ」
 和馬の言葉にチケットを確認すると、確かに明日の日付が期限となっていた。葛は思わず吹き出し、はしゃぐ蘭と楽しそうな和馬を見る。和馬は蘭を抱えたまま、リビングの方へと向かって行く。葛が玄関で靴を揃えていると、突如蘭の「あー!」という声が聞こえて来た。
「あ、持ち主さーん。タルトが危険なのー」
「え?」
 蘭の声に慌てて台所へと行くと、おやつにと作りかけていた桃のタルトが一つ、消えていた。蘭は和馬に抱きかかえられたまま「めっなの」と言っている。
「それはおやつなのー!」
「うんうん、おやつおやつ」
 口をもごもごしながら言う和馬に、蘭は少しだけ頬を膨らませている。さっき、自分が食べたいといったのにおやつだからと断られたというのに、勝手に食べる和馬が羨ましいのかもしれない。
「蘭、丁度いいからおやつにしようか」
 葛が言うと、蘭は満面の笑みになり「はい、なのー!」と答える。
「和馬はもう、いらないよな?」
「え?俺、一つしか食べてないんだけど」
「蘭が良いって言ったら、いいけど?」
 葛の言葉に、蘭は真剣な顔で和馬に諭す。
「つまみぐいしたから、めっなのー」
「えーいいじゃん。なぁ、蘭。いいだろ?」
「もうしないのー?」
 蘭が尋ねると、和馬は大袈裟に「もちろん!」と答える。すると蘭はにこっと笑い「じゃあ、いいのー」と答えた。
 葛はその様子を見つつ、おやつの準備をすすめるのだった。


 次の日、約束通り映画に三人はやって来た。葛と和馬は、飲み物とポップコーンを購入してスタンバイし、蘭はそんなものなど目もくれようともせずにわくわくしていた。
「蘭、ポップコーン食べるか?」
「今はいいのー」
 葛の勧めるポップコーンにも、蘭は興味を示さない。
「おおっと、蘭。葛のは塩味だけど、俺のはキャラメル味だぜ?」
「いらないのー」
 葛の隣で味の違いを強調した和馬だが、やっぱり映画を楽しみにしている蘭の興味をひく事は出来なかった。
「葛、蘭は必至だな」
 ぼそ、と和馬が葛に話し掛ける。葛は「いつもなんだ」と言って小さく笑う。
「蘭、サイダーマンとにゃんじろーの時は、凄い集中力を発揮するんだ」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
 そういう話をしていると、ゆっくりと会場内が暗くなっていった。蘭のような子どもが多い為か、暗くなってもざわざわしている。
 そして、ついに蘭の目に「サイダーマン」の文字が飛び込んできた。
「やあ、みんな!元気か?」
「元気なのー!」
 スクリーンの向こうからサイダーマンが問い掛けてきたために、蘭は元気一杯に答えた。蘭だけではない。会場内にいる子ども達が一斉に答えたのだ。
「す、凄いパワーだな」
 ポップコーンを食べながら、思わず和馬が葛に耳打ちする。
「ああ、本当に凄いな」
 葛も思わず頷く。子どものパワーというのは、時折感心するほど凄まじい。
 かくして、映画が始まった。子ども達の声援を受け、サイダーマンは悪と戦っていく。
「わあ、大変なのー!」
 サイダーマンがピンチになるたび、蘭は心の奥底から心配そうな顔をする。丁度中盤に差し掛かってきて、何が起こったのかという背景や、サイダーマン側がピンチに陥っている場面である。蘭がはらはらしながら画面を見つめているのと同じく、他の子ども達もどきどきしながら見守っているようだ。
「なんだか、面白いな」
 葛がそう言って和馬にそっと話し掛けようとした時、和馬はかくかくと舟をこぎ始めていた。
(和馬らしい)
 葛は思わずぷっと吹き出した。静かな音楽と、ゆったりと進んでいる内容と、子ども向けのアニメというのが眠りを誘ったらしい。
「このままではいけない!だが……パワーが、パワーが足りない」
 サイダー瓶を片手に、サイダーマンが愕然としている。サイダーを飲んで変身するという、何とも喉につっかえそうな変身方法を取る彼は、清涼飲料水業界に影響を及ぼしているとか。
 尤も、劇中内では特別に開発されたサイダーと言う事になっている。蘭は一時期、サイダーを飲んで変身できないかと試していたものだ。
「博士のサイダーは未完成だ。パワーが足りないんだ!」
 博士というのが怪我を負わせられたため、サイダーマンの手元にあるのは後少しで完成だった、変身用サイダー。
「みんな、会場にいるみんな!頼む、私にパワーを分けてくれないだろうか?」
「あげるのー!」
 サイダーマンの言葉に、子ども達はこぞって力を分ける事を志願する。と、そこで画面がヒロインである女の子に変わった。設定では、サイダーマンに思いを寄せるどこかの星の王女だとか。この映画では、敵に囚われている為に、サイダーマンの救出を待っている事になっている。
「みんな、サイダーマンに力を分けてあげて。お願い」
「あげるのー!」
 相変わらず、蘭は力を分け与える事に疑問を持ってはないようだ。
「せーのって言ったら、みんな力いっぱいサイダーマンを呼んでね」
「はいなのー!」
 素直に返事をする、蘭と子ども達。
「せーのっ」
「サイダーマーン!」
 がくんっ!
 映画館内にいる子ども達の大声に、思わず舟をこいでいた和馬の意識がはっきりしたようだ。何事が起こったのかと、きょろきょろと辺りを見回している。葛は思わず蘭と和馬の両方を見て、笑みをこぼす。
 蘭は蘭で、力を分け与えた為にパワー全開となったサイダーマンに夢中になっている。
 和馬は和馬で、突然の大声の原因が分からずに現状を把握しようと必至になっている。
 その様がなんともおかしく、全てを知る葛にとって面白くて仕方が無かった。
「持ち主さん、サイダーマン強くなったの!」
 嬉しそうに、蘭が葛に話し掛けてくる。
「良かったな、蘭のお陰だな」
「はい、なのー」
 蘭はにこっと笑ってから、再び映画に集中する。
「お、おい葛。さっきの呼びかけは何なんだ?」
「……演出、かな?」
「演出か……」
 和馬はとりあえずそれで納得したようだ。置いてあったジュースを飲み、一息ついている。びっくりした衝動が、まだそこはかとなく残っているのかもしれない。
 映画はどんどん進んでいく。子ども達からパワーを分け与えられたサイダーマンは、通常よりも多大な能力を発揮し、敵を倒していった。敵の親玉も、子ども達に向かって「余計な事をしおって!」とご立腹である。
「悪い事するからなのー。めっなのー」
 蘭はそう言って、悔しそうな敵の親玉に向かって軽い説教をする。スクリーンの向こうにいる親玉は、そんな蘭の言葉が聞こえる筈も無いのに「くそー」とうめく。何とも面白い演出である。
 物語も佳境に入った。敵の親玉を撃退し(完璧に倒さない所を見ると、まだテレビシリーズは続くようだ)囚われていた王女も救出された。王女は頬を赤く染め、サイダーマンに抱きつく。
「有難う……サイダーマン」
 サイダーマンも「よかった」と言いながら微笑む。蘭もそれを見て嬉しそうに微笑み、こくこくと頷いている。
「そして、みんな!」
 王女がこちらを向いた。再び湧き上がる、子ども達の歓声。
「本当に、有難う!」
「どういたしましてなのー!」
 王女とサイダーマンの問い掛けに、再び蘭と子ども達は答えた。その声に、和馬は危うく食べていたポップコーンを喉に詰まらせるところだった。その様子もばっちり葛は見てしまい、再び吹き出してしまった。
 サイダーマンと王女が、そして怪我をしていた筈の博士が大きく手を振っている。スクリーンの向こうにいる、子ども達に向かって。当然のように、蘭や子ども達がそれに手を振り返している。大きく大きく、スクリーンの向こうにいるサイダーマンや王女、博士に分かるように。
「良かったのー」
 再び蘭が呟き、にっこりと笑った。ハッピーエンドに、心の奥底から喜んでいるのだ。そして、それに自分が貢献できた事を。
 だんだん画面はフェードアウトし、エンディングテーマがかかった。その音楽に合わせて今までの総集編のようなアニメが流れる隣で、スタッフロールが流れていった。一瞬だけ、どちらを見ればいいのかを迷う。蘭を始めとする子ども達は、当然のように総集編を見ているのだろうが。
 そして、最終的に何処が作ったかという提供がばんっと出て、それで全てが終わりとなる……筈であった。
 しゃきーんっ!
 最後の最後に突如、刀のような音が場内に響いた。スクリーンは真っ黒だが、客席の電気がついていない。その音と場内の雰囲気に、親に連れられて映画館から出ようとした子ども達の目が、再びスクリーンに向けられる。
 真っ暗だったスクリーンが、刀によって切られている。黒い色がはらりと落ちていき、そこから出てきたのは猫のシルエット。見覚えのある、猫のシルエット。蘭の目がきらきらと輝き始める。
「次は、にゃんじろーが参る……!」
 べべんっ!
 にゃんじろー映画化決定。今冬、公開予定!
 そのような文字が大きく出た後、再びスクリーンが暗くなっていった。今度は客席の電気もついていく。今度こそ、完全に終わったのである。明るくなった場内で、他の子ども達と同じく蘭も目を輝かせている。
「も、持ち主さん!にゃんじろー、にゃんじろーなの!」
 大興奮の蘭に、葛はくすくすと笑いながら「そうだな」と答える。
「……今度の冬だって」
 葛はそう言い、ちらりと和馬を見た。葛の視線で和馬も何かを悟ったらしく、ぽつりと「冬か」と呟く。
「今年の、冬か」
「にゃんじろー、楽しみなのー」
 既に蘭は観る気満々である。にゃんじろーの映画を見る事は、避けられそうも無い。和馬は残っていたジュースを一気に飲み干すと、「よし」と言って蘭を抱き上げる。
「じゃあ、次はにゃんじろーだな!」
「はい、なの!」
 それは、また三人で観に来る事になりそうな雰囲気だった。
 葛は、蘭の夢中な様子と和馬の居眠り具合を再び見る事になりそうだと思い、思わず微笑んだ。
 冬だから、暖かくしてこないといけないな、と思いながら。

<三者三様の楽しみ方をし・了>