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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■月見兎はどこ行った■



 興信所の散乱する紙束に埋もれる冊子は実は創作活動に非常に参考になる。
 事件の報告書なんかはやはりそうそう読めるものでもないが、覚書から類似事件から、まあ古参の所員であるシュライン・エマがきちんとまとめてあるからこそなのだけれども、とにかく源由梨にとってはなかなか価値のある場所だった。
 今日も今日とて空いた時間に興信所に寄って冊子を読み耽り時折メモを取る。
 零が置いてくれたカフェオレに時々舌鼓を打ちながら、そうして過ごしていたその時。
「月見兎……って確か去年茶々さんが頭に乗せてた兎よね」
「そう、それが逃げたらしくてな」
 兎、と言う単語に反応した。
 依頼の話は読書の最中であれば聞き流しつつ手伝えそうならば名乗り出る事にはしているが、今回はむしろ「月見兎」というメルヘンな印象の単語に気を惹かれたのである。
 頁をめくる手を止めて会話を聞く。
 つまり小さくなって逃げた特殊能力ありの満月色した兎を捕まえて欲しい、という話。
(なんだか夢のあるお話……)
 ほんわかしつつ草間が人に依頼を押し付けてしまおうとしてシュラインに叱られる声を聞く。
 実はこの辺りの遣り取りもいい資料になるのだけれど、流石にそれは言えない。
「じゃあ一人二人応援を頼んでね。押し付けちゃ駄目よ」
 傍からすれば笑みを誘う会話が相変わらず続けられていて、顔を上げればシュラインが振り向いたのと視線が被る。
 参加を問う彼女の表情に笑顔で返しながら冊子を閉じた。
「私もお手伝いします。ちょうど暇でしたし……夢がありますから」
「ありがとう。じゃあお願いするわ。零ちゃんは留守番お願いね」
 はい、と奥から零の声。
 シュラインは再び草間との遣り取りに戻る。
 それを見ながら由梨は傍らに置いていた鞄の隅から虫眼鏡を取り出した。ちょっと大袈裟かな?と自分で思いつつ、とりあえず物陰捜索用に。
「まずマンションに集まって打ち合わせてから散りましょう」
 その間に草間は奥へケージを取りに、シュラインが代わって受話器を握っていた。
 成る程。まずマンションで電話の相手と合流らしい。由梨としても作戦を練ってから動きたいと思うので否やは無い。
 兎なら八百屋さんとか、月見でお団子屋さん?もしかしたら広い場所……公園なんかかも。
 つらつらと考えつつもシュラインが電話を切る直前に言った事がこれまた引っ掛かる。
「茶々さんの能力伝染っちゃってるらしいから」
 茶々さん?能力?
 首を傾げる由梨にシュラインの「行きましょうか」と誘う声がして、慌てて立ち上がるとケージを持つ草間の後を追いかけた。
 ちなみに興信所からマンションまではそうかからない。さして歩かず到着した集合住宅の筈が妙に現実離れした豪邸に一時目を丸くしたりしながらも由梨とシュライン、それとケージを提げた草間は入っていく。
 出迎えた男二人とも挨拶し、大きな金色の瞳の子供(妖精だと聞いた)に自己紹介してから団子を受け取る。茶々さん、という妖精さんらしい。種の名称にひどく夢見る子供風味な単語を感じたが、そういえば零も出自は特殊だ。そこまで珍しくも無いと一人で頷いた。
 そんな由梨の前、赤毛の中に隠れるようにして月の色の毛玉が動いているのが見える。
「えっと、茶々さん?」
「はい、です」
「その子が月見兎ですか?」
 こっくりと遠慮しながら頷く茶々さん。髪に埋もれてぷるぷる揺れる兎。
(兎というからには、寂しいと死んじゃうのかな……?)
 ふと、その小動物らしく小刻みに震える姿を見ながら考えた事に自分で不安になった。
 もしそうであるなら尚の事急いで見つけ出さなければ!
 決意も新たに、と言うと大仰かもしれないがそんな気持ちでなんとはなし拳を握った由梨である。
 その耳に新しい聞き慣れない声が届き、振り返ると同じ年くらいの男の子がひとり。電話の人かな、と見る間に相手が視線に気付いて会釈。返す由梨との間で自己紹介を彼が終えれば打ち合わせの時間だった。
 櫻紫桜というその少年が茶々と話していた時の手に乗せた兎。ひよこよりも小さい、というのは本当で気を抜けば見落としそうなサイズは虫眼鏡が大袈裟ではない、と感じる程。
 公園を捜す時にはやっぱり必要になりそう、と虫眼鏡について評価してみた。


** *** *


 公園だとか、庭木の多いお宅の近くだとか、その辺りに気を付けながら由梨は歩く。
 隅を見る時は虫眼鏡を掲げてとにかく見落とさないように。残念ながら痕跡らしい痕跡は見当たらず、本体に至っては……言わぬが花というやつか。
 手分けする前にマンションと筋違いのビルで一匹。
 捕獲にかかった住人の二人を背に歩きながらシュラインが説明したところによれば建物内では瞬間移動のような事も出来るという話だから、屋内は茶々さんと一緒に居る方が安心して出て来てくれるかもしれない、との事。とりあえず今は屋外と兎や月見で連想する店舗の捜索だ。
「やっぱりお月見に絡む品物が多いですね」
 ちょっとした兎模様の商品だとか、その手の物がウインドウに並ぶ店も多い。その辺りに出没している可能性も皆無では無いがやはり確率の高い場所から潰すべきだろう。
 茶々さん作の月見団子の包みを抱えながら由梨がまず覗いたのは八百屋。
 いかにもな店で中年の女性が野菜をカゴに載せている。そこへ遠慮がちに声をかけた。
「あの、小さな兎を探しているんですけど」
「兎?ああ、餌ね。ここには来てないわねえ」
 わざわざ振り向いて答えてくれた女性が何気なく周囲を見回す。あ、と洩れた声は由梨と女性に二重奏。
「う、兎?」
「あれです。ちょっと失礼しますね」
「え?ちょ、ちょっと」
 細い通路に入って小さな毛玉に近付く。月の色をした長い耳。
 紫桜の手の平の上、茶々の頭の上で揺れていたのと同じだった。
 そっと手を伸ばす。するり。また伸ばす。するする。一定の距離を取って由梨を窺う小粒の兎。それを幾度か繰り返して月見兎はふるりと長い耳を大きく揺らした。
「どうしてかしら……あ!」
 女性が対処に困って見守る前で月見兎が消えて、次の瞬間には道路のすぐ手前に。ぎりぎり建物の中だったという理屈だったらしい。気のせいかと目を擦る女性に「お邪魔しました」と律儀に声をかけると由梨もまた、先んじて道路へ出て行った兎の後を追って出た。
 人の足元をちょこちょこ、ひょいひょい、サイズからすれば優秀な速度で走っていく満月色した毛玉。
 片手に虫眼鏡を握り締めて由梨も小走りに人の間をすり抜ける。見失いそうで見失わない。微妙な距離はもしかして月見兎がわざと維持しているのだろうか。そんな気持ちで息を吐く。
 程なく住宅街にほど近い場所にある小さな公園へと兎が転がるようにして入って行った。
 入口で足を止めて息を整える。虫眼鏡を握っていない手に団子の包みがある事を今更ながら思い出してふ、と笑んだ。お団子には釣られてくれなかったみたい。そう思ったのだけれど、結論には早かったらしい。
 小さな兎を求めて周囲を窺いつつそっと踏み入った公園。
 子供達の声がする中をきょろきょろと進んで植木の裏側に回ったのは、さっきまで目の前を走っていた毛玉が見えたからだ。やはり月見兎の意志で誘導されたのかもしれないと思う。
「月見兎さん?いますか?」
 声を抑えて呼びかければ応えてちょこちょこと毛玉が一つ、二つ。
 由梨の足元に寄ってきて、小さく身体を震わせながら見上げているのは「団子見せてくれろ」という事かな、と瞬間思ってそれは間違い無かった。屈んで差し出した包みを広げるなり、二匹とも小さな身体を団子に突っ込ませて満足じゃと言いたげに目を細めたのである。
「お団子って、食べるものじゃないの?」
 思わず洩らした由梨の言葉に、一匹がぴすと鼻を上げて少しだけ口を開けた。
 知らないよ、とでも言ったのかな。
 そんな風に感じながらとりあえず包みをまた閉じる。小さな兎を二匹入れたくらいで結べなくなる程に小さな布ではない。風呂敷程ではないけれど。
「さて、と」
 虫眼鏡をポケットにしまいこんで、団子に埋もれた兎がいる包みを両手で大事に抱えて立ち上がる。
 二匹見つけた、というか見つけさせられた、というか。ともかく保護だか捕獲だか出来た事だし一度マンションに戻った方がいいだろう。踵を返すところで件のマンションの上方がちらりと一戸建の向こうに見えた。
「やっぱり大きいなぁ」
 今度勉強に覗かせて貰おうかな、とひとりごちて歩き出す由梨。
 だが例えばここに住人であるアルバートなりが居れば「参考にならないからやめといた方がいい」と低い声で制止した事だろう。生憎と、誰も居ない訳であるけれど。


** *** *


「散歩でもしたくなったのかなあ」
「あー……そんなとこですか」
 陽が沈み、月が昇ってそれは十五夜。
 その光の下で一同が見守る光景は、都合七匹の小粒兎が妖精さん作の月見団子を布団のようにしてすぴすぴすよすよ。そんな場面。
 草間が「団子に毛が」とか言い出したりもしたが静かに差し出されたてんこ盛りの団子に沈黙した。別に意地汚い訳では無いが、おそらく彼としては言わずにおれない部分だったのだろう。食べ物なのに、と今も思い出したようには視線を向けている。
 そんな彼の隣で微笑むシュライン。更に隣には連絡して呼んだ零。
 茶々さんは静かに兎を覗き込んでいて、アルバートがそれを見て幸せそうに笑っている。
 由梨はと言えば月を見、飾られた団子とススキを見、手にしたメモにあれこれと書き込みながらすぐに手を止めてまた月を見る。きらきら瞳が光を反射しているのは誰も同じ。
 兎達の傍で紫桜が無意識にだろう、そっと月見歌。
 ぴょっと反応したのは小粒な月見兎達と茶々さんだった。
 今度はすぐに歌を止めて様子を見る。と、茶々さんが兎になにやら顔を寄せて話していたかと思えば兎達がちょろちょろと散って移動……また逃げるのか、と瞬間身構えた面々であるが彼らの見守る前で兎達がちょろちょろ、ちょこちょこ、ぴるぴる、とにかく小動物のあの動きで移動して。
「え?」「あら」「なにぃ!」「わぁ」
 ぱちぱちと茶々さんの拍手。何を祝っているんだ茶々さん。
 マンション住人と零の前でそれぞれに兎が一匹ずつ頭に乗った者達がそれぞれの反応を返している。
 自分に乗った兎と草間に乗った兎を同時に摘み上げて手に乗せたシュラインはまだ笑顔だ。
「気に入ってくれたの?」
「ちっさいの戻らないです。かわいそうだからお世話いるです」
 直訳すれば「面倒一匹くらい見てあげてね」という事か。
 世話自体はいいけれど餌代なんかがかかるわよね、と既に計算を開始したシュラインの背を押すように茶々が更に言う。
「ご飯あんまりいらないです」
 他の二人にもこれは効果があった。
 餌代かからないならいいかな、と思わせてとどめに坂上の一言。
「それ普通の兎じゃないから、獣医さん必要ないしねえ」


 ――さて、どうなったかと言えば。
 資料を読んだり創作活動に勤しんだりと由梨が集中して周りが見えていない時に月見兎は彼女の机の端に蹲ってぷるぷると、おそらくは見守っているらしい。時々本棚の奥に能力で移動しては潰れそうになっているとかいないとか。書籍を齧らない点は立派と言えた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5453/櫻紫桜/男性/15/高校生】
【5705/源由梨/女性/16/神聖都学園の高校生 】

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■         ライター通信          ■
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・はじめまして。こんにちは。ライター珠洲です。
 どうしようかなどうしようかなと延々悩んだ結果、月見兎(プチ)は一匹ずつ押し付ける事とあいなりました。
 餌とかその手の行動が要らない子ですのでご安心を。別にあげたらあげたで食べますけどね。生無線ペットとしても活用出来るやも!逃げますけどね。室内でどっか行きますけどね。
 という訳で今回は最後の月見だけ一緒で後はそれぞれの視点っぽく流しています。考えた通りの捕獲になっているかどうか、ちょっと心配ですがどうぞお納め下さいませ。ありがとうございました。

・源由梨様
 はじめまして。観察眼を活かす事が出来ず申し訳無く思いつつご挨拶をば。
 八百屋さんではずんずんと奥の兎に向かって頂きました。大人しいけど多分動くときは動くだろう、という推測のもと、と言うと大袈裟ですがそういう印象だったので。語調ですとか、ちょろちょろ出てくる内心ですとか、そういった点が大きく外れていないといいなぁと思います。月見兎(プチ)についてはポーチから頭だけ、とかそういう入れ方でも大丈夫ですので目一杯構ってあげて下さいませ。