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たい焼きラプソディ
日差しも短くなり。夕闇迫る時間が早まりつつある秋の夕刻。
何時もどおり、何をするでもなく。店の品物の来歴に耳を傾け、座敷イグアナ(自称)との他愛も無い話を交わしていた。
客としては完全に失格だろうが、店の主がそれでいいというのであるからいいのであろう。
黄昏堂は何時もどおり常連客を向かえ、久々に穏やかな時間が流れていた。
カラン、カラン
「おや、来ていたのか?」
先ほどまで姿を見せていなかった店主が、紙袋を片手に表から帰ってきた。
「丁度近くまで来たからさ」
紙袋の中から香ばしい香りが漂ってくる。
「それは?」
何?どこかで嗅いだことのある、香ばしい香りだ。
「あぁ、そこの店先でもらったんだ」
食べるか?と紙袋の口を少しあけて見せた。
「あら、たい焼きですね」
其れでは新しくお茶を入れて参りましょうか。
エプロンドレスの裾を翻し、看板娘がキッチンの方へいそいそと向かう。
「いいね」
もらおうか。
振舞われる茶菓子も、この店の楽しみの一つである。
くれるというものはありがたく頂くに限ると、早速一匹手に取った。
手の平に乗るぐらいの、程よい大きさのまだ熱々のそれを二つに折る。
「ちょっとまった、たい焼きを割るのは邪道だろ」
「え?そうか?」
俺はこう食べるもんだと思ってるけど。
「やっぱりたい焼きは頭から食べなきゃな」
因みに尻尾まで餡が入っているものよりも、入っていないものの方が口直しが出来て尚好。
『……魚といえば……やはり腹から食べる物なのである』
「いや、尻尾から食った方が旨いって!」
「俺は、絶対に俺は割ってから食べた方が楽しみがあっていいと思うぞ」
「腹に入ればみんな一緒だと思うが……」
喧々囂々、静かだった黄昏堂の中はいつの間にか『たい焼きは如何にして食べるものか』という他愛も無い議論の場に変わっていた。
カランカラン
何時もと変わらぬ、軽やかなドアベルの音が響く。
何処か物憂げになにやら沈んだ様子のエリア・スチール(4733)が、店を訪れたのは何時もどおりの夕闇に沈む黄昏時。
「どうかしたのか?」
「ちょっといろいろありまして〜」
嫌な事でもあったのだろうか?訝しげに尋ねる店主の目に、エリアの顔は何処か沈みがちに見えた。
「嫌なことはこれでも食べて、忘れるがいいわ」
何時の間にやら、客人の定位置であるソファーに腰をおろしていたウラ・フレンツヒェン(3427)が小山の様に大皿に盛られたたい焼きを指差した。
何処かレトロな中華の装いを感じさせる猫足のソファーに座ったビスクドールのような少女。その様子はどこか浮世離れした雰囲気をかもし出していた。
「あら、美味しい。こんな美味しいたい焼きを買ってくるなんて、おまえお手柄よ。クヒヒ♪」
あんぐりと大きな口で一口、手にしたたい焼きに齧り付いたウラが、たい焼きを手にくるくると踊りだす。
「たい焼きですか!美味しそうなのです〜」
憂いを帯びていたエリアの顔が、少し嬉しげに微笑んだ。
やはりその辺は年頃の乙女といったところであろうか?甘いものを目にして瞳を輝かせる様子は微笑ましいものがあった。
「む?鯛の食い方じゃと?それならば簡単じゃ!」
ウラと同じように黄昏堂を訪れていた本郷・源(1108)が拳を握り締めて力説する。
「まずは三枚におろして皮を引きその皮をパリパリに焼いて口出しとし、半身は刺身、半身は焼き物にし、兜は揚げ物、残った骨を焼いて出汁をとったお吸い物に刺身の残りで摺りゴマをあしらったタイ茶漬けで〆じゃ!」
「そうなんですか〜」
源の力説にエリアが目を丸くする。
「えっと、皮をわけて……パリパリに焼くんですね」
早速、源の助言に従い鯛を二つに分けてみる。
「あら、白玉入りだわね」
凝っててなかなか良いんじゃないの、クヒっとエリアが縦に剥がしたたい焼きの手元を覗き込みウラが喉で笑う。
「て、なんじゃたい焼きの話か?」
「え?何か違うんですか〜」
「すまぬ、わしが話しておったのは鯛の話じゃ」
どうやら、魚の鯛とたい焼きを勘違いしていたようである。
最近は養殖ものが幅を効かせ天然は少ないが無理をしてでも天然の清々しい鯛を皆に食してもらいたいものじゃ……
と、呟きながらも源もいそいそと大皿に山と盛られたたい焼きの一つを手にとった。
「これ、どうしましょ〜?」
「とりあえず、もう一度くっつけて食べれば良いんじゃなくて?」
二つに分けてしまった、たい焼きを手にエリアが途方に暮れた。
「結局は好きに食うのが一番でいいんじゃないかしら?」
「うむ、極論で言ってしまえばそうじゃな。決まった作法などないからの」
「そうですか……では」
頂きます。遠慮なくエリアももう一度一つにあわせたたい焼きに齧り付いた。
「たい焼きははそのままでも美味しいと思うけど、そうねぇちょっと脂肪分が足りないかしら」
ちょっと、そこのお前、生クリームはあるかしら?
「はい、少々お待ちくださいませ」
今、お持ちいたしますわ。
ウラの我侭な申し出にも、笑顔で黄昏堂の看板娘が答える。
「生クリームなど何にするのじゃ?」
「もう少し甘みがあってもいいと思うのよ!」
そうよ、何かが物足りないのだわ!!
「わたくしは白い餡子のたい焼きが一番好きかもしれません」
先ほどまでの沈痛な面持ちは何処へやら、エリアは嬉しそうに二つに割ったたい焼きを尻尾の方から口に運んだ。
「わしは、まだ門の甘味処のだだ茶豆のづんだ餡のたい焼きが一番じゃな」
幸せそうに漉し餡のそれを頬張りながら源が、好物のまだ青い大豆をつぶした餡を詰めた行きつけの店のたい焼きを思い浮かべる。
「あれを、高温で焼き上げたパリパリの皮と一緒に食したいじゃ」
香ばしい皮の香りが食欲をそそる。
「皮をパリパリにするのであれば、一度オーブンで焼くといいですよ」
奥から出てきた、生クリームをあわ立てたボールを手にした店の娘が微笑んだ。
「ずんだ餡のたい焼きが宜しければ、今から買いにいってまいりますわ」
「何、そこまでする必要は無い。これだけ沢山のたい焼きがあるのだからな」
こし餡、粒餡、白餡に抹茶餡、変り種といえば少々季節外れだが桜餡にゆず餡まである。
「甘いもの沢山で幸せです〜」
「完璧だわね♪クヒッ」
重厚な面持ちの陶器の皿の上にたい焼きをのせ、その上にたい焼き1匹。周りに生クリームをトッピングしてウラは一人でご満悦だ。
白い生クリームの中に浮ぶたい焼き。何処か死んだ魚が泡に塗れて浮いている様にも見えなくない。その餡の詰まった腹にナイフを差し入れる様はそこはかつなくホラーな雰囲気を醸し出している。
「とっても素敵だわね、クヒヒッ」
そのどこかシュールなデコレーションのバランスはどうであれ、ウラにとっては合格点らしい。
優雅にナイフとフォークでたい焼きを賞味する。
「この、和の控えめな甘さと洋の重厚な甘さ……あら、結構美味しいわね」
「ホントですか?わたくしもやってみたいですー」
「なかなか斬新なアイデアじゃの」
見た目はどうあれ、ウラのチャレンジに他の2人も興味深々だ。
「生クリームはまだありますから、試して見たい方はどうぞ仰ってくださいね」
「うむ、面白そうじゃ」
手づかみではなく、あえてナイフとフォークに拘る辺りがウラらしい。
「餡の代わりに溶けるチーズを入れても美味しいかもしれないわね」
「う〜む、それだとたい焼きとは違うものになってしまいそうだの」
「あ、でもわたくしソーセージ入りのたい焼き見かけたことあります〜」
思えば最近になってたい焼きも随分と様変わりしてきた。わいわいと訪れた少女たちは賑やかにたい焼き談義に花を咲かせる。
皿の上に山と盛られたたい焼きの数々は、話の合間合間に次々とうら若き乙女の腹のうちに収められていった。
「流石にもう食えぬのぅ」
「わたくしも、お腹いっぱいです〜」
一人当たりどのぐらい食べたであろうか?源とエリアが満足げに、煎れなおされた煎茶の香りを楽しむ。
「今日はこのぐらいにしておくかしらね」
甘いものは底なしという言葉の通り、その細身の外権とは裏腹にウラが口にしたたい焼きの数は正にミステリー。
「良く食べたものだな」
アレだけあったものをよくもまぁ……と、店主が苦笑しながら客人たちの満ち足りた表情に笑みを浮かべた。
物を売るだけが仕事ではない。持成し、憩いの時間を供するのも店の顔の一つ。と、いう持論の店主も客人の表情を見渡し満足そうにも見えた。
【 Fin 】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1108 / 本郷・源 / 女 / 6歳 / オーナー 小学生 獣人】
【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【4733 / エリア・スチール / 女 / 16歳 / 学生/呪術師】
【NPC / 春日】
【NPC / ルゥ】
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■ ライター通信 ■
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始めまして、又は何時もお世話になっております。はるでございます。
お待たせいたしました、甘味シナリオ第2弾たい焼きラプソディをお届けさせていただきます。
皆様のたい焼きに対する思いを微笑ましく思いながら書かせていただきましたが・・・如何でしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただきれまば幸いです。
イメージと違う!というようなことが御座いましたら、次回のご参考にさせて頂きますので遠慮なくお申し付けくださいませ。
それではまたのご来店お待ちいたしております。
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