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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


黄昏は叫ぶ〜現〜


●序

 始まりは始まりとして確かにあったかもしれないが、それはいつしか幕を引くために始まったに過ぎぬのだ。


 草間興信所に、青い顔をした男が訪れた。30歳くらいの彼は自分を原田・元(はらだ げん)と名乗り、突如草間に頭を下げた。いきなりなんだ、と戸惑う草間に、原田は頭を下げたまま口を開く。
「……俺の友人が、目を覚まさないんだ」
「病院に行ったらどうだ?」
「行ったさ!……だが、どこにも悪い所はない。頼むよ、電機工大からの付き合いなんだよ」
「そう言われてもな……」
 困ったように言う草間に、原田は「違うんだ」と呟くように言う。
「あいつ……神田・修(かんだ しゅう)は、意識を失う時、電話をかけてきていたんだ」
 原田の話によると、三日前の夜に神田は電話をかけてきたのだという。静かな声で、そして震える声で「ごめんな」と言いながら。
 何に対して謝るのだと尋ねた所、彼は原田の事を羨ましかったとか妬ましかったなどといったことを言い連ねた後、ゆっくりと「教えて欲しい」と言ったのだそうだ。
「何を教えて欲しがったんです?」
 草間が尋ねると、原田は一つ溜息をつく。
「俺の作っていたゲームについて。ネット上で簡単に遊べるゲームだけど、そこのウイルスに対するセキュリティはどうなっているのか、と」
「何て答えました?」
「一応、全体的な保護はかけていて、ウイルス送信先に自動的に返却するようにしているって答えたんだが」
 だが、神田はその答えに納得しなかった。その返答を「嘘だ」と言ってさらに原田に詰め寄ったのだと言う。
 一体どのようなシステムなのか、と。
「俺、ここ一年くらい入院してたんだ。だから、そのネットゲームに関しては放置状態だったんだけど」
「何で、今更そんなことを聞いてきたんですか?その神田って人は」
「それが分からないから困ってるんだ。しきりに聞きまくってから、神田は『実は』ってようやく口を開きかけたら……突如叫び声に変わって、それっきり」
 原田は神田の叫び声を電話越しに聞き、慌てて彼の家を訪ね、電話を片手に倒れている神田を発見した。そして救急車を呼んだのだという。
「来るな、とか……化け物め、とか言ってた気がするけど」
「それで、今あなたの放置しているというネットゲームはどうなってるんです?」
「何故か知らないけど、動いてるんだよな。……しかも、俺の全く分からない状態で」
「全く分からない、とは……?」
「俺が作ったんじゃないプログラムで動いているんだ。しかも、俺のアクセスを受け付けないと来た」
 原田はそう言って苦笑した。本来使っていたサーバーも、全く異なったものになっているらしい。草間はだんだん、いやな予感を募らせる。
「……それで。そのネットゲームの名前は何ていうんです?」
 原田は「まだ言ってなかったっけ」と言ってそっと口を開いた。
「現夢世(げんむせ)っていうんだ」
 原田はそう告げ、また明日興信所を訪れる事を約束して去って行った。
 草間は一つ溜息をつくと、調査員募集の為の張り紙を作成するのだった。


●思

 幕引きは豪華にしてやろうと、誰かが呟く。ぽつりと呟いた言葉はいつしか空気中に溶けていき、ゆらりゆらりと舞台を揺らす。

 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)は、草間興信所からのファックスを受け取ってじっと見つめた。件の依頼内容が、そこに詳細にかかれてあった。
「現夢世、ですか」
 不思議なゲームだった、とセレスティは過去を振り返る。
 今までに現夢世と関わったのは二回。そのどの事件にも関わっていたのが、キョウと呼ばれる存在だった。全身を黒で固めた、黒髪に黒い目をした青年。ゲームの中で使われぬPCが暴走すると、キョウと呼ばれる存在に成り代わっていた。だが、中に一人だけオリジナルと呼ばれるキョウがいた。
 ただ、一人だけ。
(キョウという存在が何をしたいのかという目的が、良く見えませんでしたね)
 セレスティは苦笑を漏らす。キョウはしきりに人の望みを叶えているのだと主張していたが、それが果たして本当に人が心より望んでいたかどうかは疑問が残る。
 そして、ただ一度だけ実際に現夢世にログインした。現夢世からログアウトする時に、突如聞こえて来た言葉があった。笑い声交じりに「黄昏」と。
(あの言葉の意味も、よく分かりませんしね)
 セレスティは小さく溜息をつくと、草間からのファックスを机の上に置いた。ともかく、草間興信所に赴いて話を聞く方が良いかもしれないと判断したのだ。
「黄昏……ですか」
 ぽつりと呟き、セレスティは自室から出ていった。その後、セレスティの机の上のファックスをマリオン・バーガンディ(まりおん ばーがんでぃ)が見つけたのだが、それは知る由も無かったのだった。


 草間興信所に集まったのは、全部で六人だった。草間は全員を見回し、一つ溜息をつく。
「どうして、こんな風にあのゲームと関わらなければならないのかは分からないが」
「仕方ないわね、そう言う風に出来ているんでしょうから」
 シュライン・エマ(しゅらいん えま)はそう言って苦笑を漏らす。
「嫌がらせのようなものじゃないんですか?全く俺は構わないですけど」
 くつくつと笑いながら、露樹・故(つゆき ゆえ)がそう言った。妙に目が冷たい。
「今回は、製作者の人がやって来られたんですよね?」
 セレスティの言葉に、草間は「ああ」と言って頷く。
「製作者といっても、既にアクセスはできないようだがな」
「それでも、製作者には変わらないんじゃねえの?」
 梅・成功(めい ちぇんごん)はそう言ってにやりと笑う。
「そうなのです。ですから、何かしらのアクションがあってもおかしくないと思うのです」
 マリオンが同意する。セレスティの机上に置いていたファックスを見て、追いかけてきたらしい。
 何かしらのアクション、というものが良い方に転ぶか、悪い方に転ぶかは、未だによく判らないけれども。
「俺は話で聞いていただけだったんだけど、実際に関わる事になるなんてな」
 梧・北斗(あおぎり ほくと)はそう言って笑った。現夢世、というゲームについて時折草間から聞いていたのだという。成功も「俺も聞いた事ある」と口添えする。
「特殊な依頼に分類されるから、なるべく事前情報は多くの調査員に教えておきたかったからな」
 草間はそう言い、ファイルを取りだす。シュラインが日々まとめている報告ファイルのうちの一つ、現夢世に関わるものである。
「それで、原田さんは今日今から来るのよね?」
 シュラインが尋ねると、草間は頷きながら煙草を口にくわえる。
「確かに今日来ると言っていたぞ。あのゲームの謎に迫る、重要人物かもしれないからな」
「原田さんも、重要人物かもしれませんよ?」
 故の言葉に、シュラインが「かもしれないわね」と頷く。
「それって、原田さんがキョウに深く関わっていると言う事ですか?」
 セレスティの問いに、故とシュラインは考え込む。確証は未だに得られていないが、そのような可能性があるというだけなのだ。
 ただ、妙な予感だけが渦巻いているのは間違いない。
「とにかく、情報は必要だな。特に、俺はこの件に初めて関わるんだし」
 成功が言うと、北斗もそれに頷く。
「俺も。それに、気になる事もあるし」
「変化について、もしかしたら神田さんが知っているような気がするのです」
 マリオンはそう言って、皆を見回す。皆もその言葉を聞き、小さく頷く。
 その時、コンコンというノック音と共にドアが開いた。ドアの向こうから、ひょっこりと顔が出てきた。
「どうも、原田ですけど」
 そう言って現れた原田に、一同はすぐにソファに座るように勧めるのであった。


●情

 豪華にする為にはどうすればいいのかを、模索し続けていた。様々な案を出していくうちに、一つの方法に辿り着く。豪華で間違いの無い、ただ一つの方法を。


 ソファに座った原田は、自分を取り囲んでいる六人の調査員に少しだけ戸惑っているようだった。
「結構、たくさんの人がいるんだな
「ま、うちは様々な依頼に対処できるようにしているから」
 草間が言うと、北斗が「対処せざるを得ないんだよな」とぼそりと言って笑う。草間は北斗を軽く睨んでから、原田の方に向き直る。
「もう少し、詳しく内容を教えていただけませんか?」
「詳しく……と言ってもなあ」
「質問形式にしねぇか?その方が、効率いいぜ」
 成功が言うと、皆が即座に同意した。そして、早速北斗が手をあげた。
「じゃあ、俺から質問。ゲーム自体は、もう放置してるんだよな?」
「ああ。最初は簡単なアドベンチャーゲームだったんだ。フィールドだって、作りかけみたいなもので……街が一つに、ダンジョンが二つ、それにイベント用の場所が二つか三つくらいだったかな?」
 それを聞き、マリオンは「それは……」と口を開く。
「本当に、今の状態とは違うのです。今はもっと、たくさんの場所がある気がするのです」
「尤も、それはたくさんの場所を供給して欲しいという願いを勝手に叶えたという事らしいですけど」
 マリオンの言葉に、故が付け加えた。口元に笑みを携えているのに、全体的に詰めたい印象があるのは拭えない。
「そんな事、誰が?」
 故の言葉に、原田は思わず尋ね返す。皆は顔を見合わせ、シュラインが代表して口を開く。
「キョウ、という存在をご存知ですか?」
「キョウ……いや、知らないけど」
「私達は、今までに六回現夢世に関わっているの。そのどの事件の根本にいたのは、キョウという存在なの」
「異様な事件だったから、知らない調査員である筈の俺たちにまで知らされているんだぜ?」
 成功はそう言って北斗を見た。北斗も「そうそう」と言って頷く。
 原田はそれを聞き、考え込む。何故、という言葉が顔に書いて在るかのようだ。
「キョウは、あなたのPCじゃないんですね?」
 シュラインの確認するかのような問いに、原田は頷いた。
「俺は自分のPCを入れる事はないし、作ったNPCにもキョウという名前のものは無かった筈だ」
「……原田さんはいつからいつまで入院をされていたんですか?」
 セレスティはそう言って、原田に尋ねる。原田は「ええと」と考え込んだ後、ポケットから手帳を出して確認した。
「退院したのは二週間前くらいで、入院はその丁度一年前だな。ちょっとした事故だったんだけど、頭を打ってね。一応、警戒の意味もこめて長く入院していたんだ」
 原田はそう言って「ははは」と笑った。既に、完治しているとの事らしい。
「ならば、その時期と神田さんのアクセス時期を調べる事もしてみましょうか」
 セレスティが言うと、原田が「え?」と小首を傾げる。
「どういう事だ?」
「神田さんは、そのキョウという存在を作り出した張本人じゃないかと思ってるんですよ」
 故はぽつりと呟く。小さく「ま、顔は似てないでしょうけど」と付け加える。
「何故、あいつが」
「神田さんはあなたの事を妬んでいたと言っていたんですよね?」
 シュラインの問いに、原田は「ああ」と頷く。
「だとしたら、キョウというウイルスを現夢世に送り込んだかもしれないのです」
 マリオンの言葉に、原田は「まさか」と呟く。
「ありえねぇ話じゃないと思うぜ。……本人に聞くのが、そりゃ一番早いだろうけど」
 成功はそう言って、原田を見つめた。原田はぐっと言葉に詰まる。
「もしかしたらさ、キョウってのがゲームから出てきたのかもな。幻覚とか……もしくはデータから流出という形で」
 北斗の言葉に、原田は再び小さな声で「まさか」と言った。にわかに信じがたい展開だが、無い話じゃないかもしれないという思いが出てきたようである。
「ともかく、神田さんのいるという病院に行ってみたいわ。確認したい事もあるし」
 シュラインの言葉に、皆が頷いた。原田は「ならば」と言って立ち上がる。病院に案内してくれるようだ。
「原田さん、一つだけいいかしら?」
 立ち上がった瞬間、シュラインは原田に尋ねる。原田は振り返り、シュラインの言葉を待った。
「原田さんは、神田さんやキョウの事をどう思っているのかしら?」
 シュラインの問いに、原田は「そうだな」と言って苦笑を交える。
「キョウってのは俺もどう言ったらいいのか分からないけど……原田には、元気になって欲しいよ」
 原田はそう言って、興信所のドアへと向かう。小さく「それでも友達だから」と呟きながら。


●鏡

 それが狂いだす事なんて考えられないが、万が一と言う事もある。念には念を押し、最終的に豪華な幕引きとなるように持っていく。ただ、それだけだ。


 神田のいるという病院は、徒歩でいける距離であった。比較的新しい病院らしく、明るい雰囲気が漂っている。
「あ、パソコンがある」
 北斗が気づいて言うと、原田は「ええ」と言って頷く。
「患者さんや見舞いに来た人の為に、ネット回線を使えるようにしているみたいなんだ」
「じゃあ、ここから現夢世にアクセスする事も可能ですね」
 セレスティの言葉に、原田は頷く。複雑な気持ちだったのかもしれない。
「神田の病室は、三階の個室なんだ」
 エレベータに乗りつつそう言い、三階のボタンを押す。
「個室なんだな」
 成功が言うと、原田は「ええ」と言って頷く。チン、というエレベータが三階に到着した音が響く。
「原因不明で意識が無いから、大事を取って個室らしい。これからの状況で、また変わるかもしれないけど」
 原田はそう言いながら、病室の前で立ち止まった。ネームプレートにあるのは、確かに『神田・修』である。それを確認してから、原田はドアを開けた。がらんとした病室の中に、ベッドが一つおいてあった。傍らに花が生けてあったが、ただそれだけしか彩りの無い殺風景な雰囲気であった。
 皆は神田の寝ているベッドに近付く。神田には苦痛の表情も無く、ただ穏やかに眠っているかのようだった。一見すれば、すぐにでも起きてきそうな感じである。
「この様子で、もう五日だ」
 神田の顔を、シュラインと故がじっと見つめる。
「似ていないわね」
「まあ、予想通りですけどね」
 どこかしらほっとしたようなシュラインと、事も無げに言う故。キョウの顔を良く知る二人は、神田がキョウに似ているのではないかという考えがあったらしい。
「眠ったまま起きないって言う事は、何かしらの心的ショックを受けたんだろうな、きっと」
 成功が言うと、シュラインは「そうね」と頷く。
「または、ゲーム内に縛り付けられているのかもしれないわ」
「イベントが起こって、それのタイムリミットがきたから……とか」
 マリオンはそう言ってじっと神田を見つめる。何かしらのイベントを起こしてしまい、その対処法を原田に聞こうとしたのではないか、という見解らしい。
「ウイルスに対するセキュリティに対して『嘘だ』と言った事も、気にかかりますしね」
 セレスティはそう言って頷く。
「ゲームにアクセスしたら、分かるんじゃないか?いっその事、その現夢世に入ってみるとか。勿論、危険だと思ったらすぐに止めることを前提として」
 北斗の言葉に、一同が頷いた。全ての元凶が現夢世にありそうな事は、嫌でも分かっていた。
「じゃあ、先に神田さんの状態を見てみようぜ」
 成功はそう言い、手に意識を集中して丸い鏡を作り出した。人の心を読み取る、成功が作り出した鏡である。それで神田の深層心理を映し出そうというのである。鏡をそっと神田に向けると、鏡には囚われている状態で映し出された。
「……何かに囚われているみたいだな」
 成功が言うと、故の目が一層冷たく光った。
「キョウの仕業でしょうね。相変わらず……」
 そこまで故が言った瞬間、突如辺りが闇に包まれた。鏡を中心にして湧き出たかのような、闇。真っ黒な空間、真っ暗な光。何を見ることも、何を発することも叶わぬ。
「おい、どうしたんだよ?」
 原田の声が、皆の耳に何となく聞こえた。が、ただそれだけだった。シュラインは慌てて「呼びかけて!」と叫んだ。
「お願い、神田さんには意思が負けないようにと呼びかけて!」
 シュラインの叫びに対し、原田がどう答えたかは分からない。だが、聞こえたと信じるしかなかった。
 完全なる闇の空間に、あっという間に引きずり込まれていたのだから。


●闇

 何が為に幕を引くかと問われたら、何の為に幕を上げたかと尋ねるだろう。全ての根本はそこにあり、ただ許されたのは幕を引くことだけだから。


 真っ暗な空間の中、セレスティは用心深く辺りを探る。薄暗い世界に慣れている為か、不思議と恐怖は無い。完全なる闇の中でも、特に恐ろしさは感じなかった。
(ここは、まるであのゲームの中のようじゃないですか)
 セレスティは気付く。それは、前に一度だけ体験した現夢世のログアウト時に似ていた。ただ違うのは、今までログインしていた訳では無いと言う事だ。
「また、首を突っ込んだね」
 ぽつりと呟く声がし、セレスティは声のした方を見た。そこにいたのは、キョウだった。虚ろな目に全身の黒。おそらくは、オリジナルキョウ。
「ゲーム内に入り込もうと思っていましたが、他の方と合流して入りたかったですね」
 セレスティの言葉に、キョウは「そっか」と言って微笑む。虚ろな目のままで。
「皆が僕に求めているのが、ばらばらだったから仕方ないんだ。だから、別々に聞いてあげるよ」
「あなたは、オリジナルのキョウじゃないんですか?」
 セレスティの言葉に、キョウは怪訝そうに「え?」と聞き返す。
「私達に対し、ばらばらに聞いていると言う事は、少なくとも六人のあなたがいるという事でしょう?」
 キョウはそれを聞いて「なんだ」と言ってくつくつと笑う。
「僕は僕さ。多角的に聞いているから、大丈夫だよ。厳密に言えば僕は一人じゃないけど、意識としては一人だから」
 的を射ない答えではあったが、とりあえずは納得する。そうでなければ、話が先に進まない。
「原田さんの、ウイルス返送システムですが……それを歪めたんじゃないですか?」
「歪めた、とは?」
「神田さんはウイルスに対して、嘘だと言っていたそうです。つまり、原田さんの作った現夢世がアクセス不可になっているのは、ウイルス返送のためのシステムが歪められて起こった変質じゃないかと思ったんです」
「なるほど?」
 キョウは笑んだまま、先を促す。
「ゲーム内部にウイルスを受け取り変質され、ゲームバランスを崩すモンスターのような存在に変質させているのではないですか?」
「モンスター……ああ、僕の事?」
 キョウの問いに、セレスティは答えない。キョウは「へぇ」と言って、にやりと笑う。
「それで、ワクチンをゲーム内に持ち込もうとでもしたわけ?」
「ええ。ゲームプレイヤーとしてならば、ゲーム内に入り込む分には何も問題なさそうですし、ウイルスに対しても返送昨日があるそうですから」
 キョウはそれに対し、小さく「そっか」と言って微笑んだ。
「でも、残念ながら違ってるよ。後半は……ゲームプレイヤーのくだりは合ってるけど」
「ならば、あなたはどういう存在なんですか?」
 セレスティの問いに、キョウは「ストレートだね」と答えた。そして、くつくつと笑いながら一方向を指さした。その先にいるのは、真っ黒な空間で膝を抱えたままの神田だった。
「そろそろ、上が煩くなってきたんでね。一緒に帰っていいよ」
 セレスティが怪訝にしていると、キョウは「現だよ」と小さく呟いた。そしてにっこりと笑う。
「忘れないでね。僕は根本的に、皆の願いを叶える為に存在しているんだ」
 キョウの言葉が、ゆらりと溶けていく。ああ、ログアウトするのだと不意に感じた。闇の世界から、光の世界へと。


 再び病室に意識が戻ってくると、他の皆も同じように戻ってきているようだった。原田が心配して皆を見回している。
「だ、大丈夫かい?突然皆倒れるから」
「原田さん、必至で呼んでくれたのね。有難う」
 シュラインが微笑みながら言うと、原田は少し照れたように後頭部を掻く。そうしていると、ベッドの方から「う」という声が漏れた。
「……神田?」
「ここは……原田……?」
 神田は目を何度もパチパチとさせてから、ゆっくりと起き上がった。原田は「大丈夫なのか?」と何度も尋ねていたが、神田は気にしないように頷きながらも身体を起こす。
「さっき、来ていた六人だな。……すまなかった」
「とんでもありません。それよりも、原田さんの言う通り大丈夫なんですか?」
 セレスティが尋ねると、神田は頷いてから頭を下げる。何事かと見守っていると、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。
「何が起こったかを、教えるよ」
 神田はそう言い、六人を見回すのだった。


●導

 始まりし幕引きを、ここでやめるわけには行かない。後はもう、動き出した事を認めて突き進むだけなのだから。


 神田は原田の顔を見て、目を逸らさずに口を開いた。
「俺は、お前の作ったゲームにウイルスを送り込んだんだ。お前が作り上げた世界を崩していく、単純なウイルスだ。もしブロックされたらすぐに俺の所に帰ってくるようにもして。だけど、帰ってこなかった」
 神田はウイルスが帰ってこない事を成功だと信じ、暫く上機嫌だったのだそうだ。これで原田に対する妬みも解消されると。その時、原田は入院していたのを知っていたから、ウイルス事件があったとしてもばれないだろうし、セキュリティも甘くなっているのではないかと思ったのだという。
「その頃はまだ、登録していた人も少なかったし。だから、たかだかそれだけの人ならば遊べなくなってもすぐに別のゲームを探せると思ってたんだ」
「まあ、そうだよな。無料で遊べるゲームって、遊べなくなってもそこまでのダメージはないもんな」
 成功はそう言って頷く。
「だから、俺は放っていたんだ。だけど、聞いていたよりも原田の入院が長引いて。……俺は、怖くなったんだ」
 罪悪感が目覚めた神田は、現夢世にアクセスした。もしウイルスで崩されていたら、構築しなおすつもりで。だが。
「ウイルスのダメージは起きてなかった。それどころか、逆に進化ともいえる変貌を遂げていたんだな」
 北斗が言うと、神田はこっくりと頷いた。
「俺は本気で怖くなった。俺のウイルスは構築する力なんて持ってない。原田は入院中だ。ならば、考えられるのはセキュリティシステムだけだった」
「セキュリティシステムが、ウイルスによって変化したと思ったのですね」
 マリオンが言うと、神田は「ああ」と肯定する。
「だとしても、そんなセキュリティシステムがあってたまるかと思った。最初は放っておこうとしたけど、原田から現夢世にアクセスできなくなったと聞いて余計に怖くなったんだ。できるなら、セキュリティシステムについて詳しく聞いて、原因を掴もうと思ったんだ。現夢世には、変な噂も流れていたし」
「ゴーストネットでも出ていたものね。確かに、それなら気になるかもしれないわね」
 シュラインの言葉に神田は再び頷いた。
「だから、原田に聞こうとしたら……パソコンから真っ黒な奴が出てきたんだ。見ているだけで背筋の凍るような……」
「キョウ、ですね」
 故が忌々しそうに呟く。
「あいつは余計な事をするなと俺に言って、俺の頭に手を伸ばしたんだ。それからは耳の奥に『お前の所為だ』という声がずっと聞こえていて……」
 しん、と病室が静まり返った。そんな静寂を破ったのは、原田の「いいよ」という言葉だった。
「別に良いんだよ。お前が気にする必要は何処にも無い。俺も現夢世にはもう関われない立場なんだから」
「原田……有難う」
 二人はがっちりと握手をする。どうやら、こちらの問題はどうにか解決できたようだ。
「それで、一つ疑問なんですが……。神田さんの送ったウイルスって、どういう名前なんです?」
 セレスティの問いに、神田は「ああ」と言って苦笑する。
「黄昏っていう名前なんだ。発動したら、ゲーム画面がオレンジに染まるんだ。まるで、黄昏時のように」
 神田の言葉を聞いた途端、皆の動きが止まった。
 現夢世のログアウト時に聞くという言葉は、まさしく「黄昏」であったからである。
 そんな調査員達の動揺も知らず、神田と原田は確執の取れた関係を再び築こうとしているのだった。


●付

 さあ、始めよう。今度こそ始めよう。全ての幕引きを、全ての終りを。
 黄昏を。


 キョウは一人、真っ暗な空間で蹲っていた。
(怖くなんて無い)
 ゆっくりと思い出してくる自らの使命が、例え全てを溺れさせようとしてきたとしても。
(僕は、決められた事をする)
 願いを叶え続けていけば、やがて辿り着くであろう終末。それは寧ろ歓迎すべき事態である。
 全てを、終わらせる為に。
「黄昏、を」
 ぽつりとキョウは呟き、それからゆっくりと姿を消した。そうして、真っ暗な空間は完全なる闇へと成るのだった。

<思いし情は鏡によりて闇へと誘われ・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0604 / 露樹・故 / 男 / 819 / マジシャン 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 3507 / 梅・成功 / 男 / 15 / 中学生 】
【 4164 / マリオン・バーガンディ / 男 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長 】
【 5698 / 梧・北斗 / 男 / 17 / 退魔師兼高校生 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「黄昏は叫ぶ〜現〜」に参加していただき、有難うございます。如何だったでしょうか。
 黄昏シリーズと銘打っておりますが、繋がりつつも独立しているという形式を取っております。また「現」と「夢」とで一応終わりつつも繋がっているという、二部作になっております。また「夢」にてお会いできると嬉しいです。勿論、一応終わっているので「現」で終了しても構いません。
 ついでに言うと、これで最後の「黄昏」となります。そんな最後の話に誰も来ていただけなかったらどうしようと怯えてましたので、参加して頂けて本当に嬉しいです。
 セレスティ・カーニンガムさん、いつもご参加有難うございます。時間の流れる関係で省かせていただいたプレイングがあって申し訳ないです。また、現夢世に警戒して頂けて嬉しいです。
 今回も、個別の文章となっております。お時間があるときなど、他の方の行動も見てくださると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。