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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


[ 生る木 ]


 ある日ひっそりと。それは何の変哲も無い普通の書き込みのようそこにあった。

 件名:生る木
 投稿者:お腹空いたよー

 秋と言えば食欲の秋!やっぱり味覚狩りで採れたてを、って思うんだけど
 ブドウに梨、林檎にミカン、栗とか梨とか柿とかサツマイモとかとか……一杯あり過ぎて選べない!!
 そんな私はある噂を耳にしたの。どうも長崎のとある島に、自分の願った果物や野菜が生る木があるんだって。
 季節も問わないし、食べ物以外もある程度生るらしくてさ。
 でもさすがに遠すぎていけないから、誰か実際に行って確認してくれない?
 名前は漢字が難しすぎて忘れちゃったんだけど、食べられる貝の名前で、近くには樹齢が長い有名な杉のある島と
 有名な火山のある島もあったかな。未開拓の無人島らしいけどどう行くんだろね?

 あ、これは噂の噂だけど、あんまり欲張りすぎるとバチがあたるらしいよ?
 まぁそんなわけで、誰か報告よろしくね〜〜〜(^人^)


「――貝、ならば蛎浦島くらいしか思い当たらないけれど、あそこは未開拓ではないし……傍の無田島が無人と間違えて伝わってるのかしら? でも杉と火山は屋久島と桜島、か硫黄島辺りも連想するけれど長崎からは少し離れた鹿児島だし…うぅん、ちょっと分からないわねこれは……」
 そう、頭の上に多数の疑問符を浮かべ、シュラインはパソコンを前に唸っていた。幻影を見せる大蛤を連想し考えてみたのですが、考えれば考えるほど書き込み者の発言通りならばそのような場所は存在しない。勘違いと言うのを考えるならばこの辺りという目星は付くのだが、今回ばかりはお手上げ状態だった。
「えーっと、しょうがないわ。……書き込み者に『蛎浦島』って伝えて聞き覚えあるかどうか――っと」
 投稿者に取り敢えず『事務員』なんて名前を入れエンターキーを押し書き込み終えると、シュラインはフウッと息を吐く。レスが付くのは何時になるか正直分からない。その間に他の事を調べようと考えていたところ、すぐ近くから聞き覚えのある声が届いた。
「――へぇ…確かに長崎は遠いよねぇ。誰か代わりに行って報告くれないかなー?」
 ポツリ、それは雫の声。
 シュラインが立ち上がるまでは、恐らくコンマ数秒だっただろう。


    □□□


「四人、か。まぁ、上出来上出来」
 集まった四人を椅子に座ったまま見上げ、雫はうんうんと頷いた。四人はそれぞれ顔を見合わせると、それぞれまずは軽い挨拶をはじめる。
「えっと、二人は初めましてだな。俺は梧北斗って言うけど二人は?」
 そう切り出したのは梧・北斗(あおぎり・ほくと)。黒の学ランに身を包んだ高校生だ。雫の一番傍に立っており、彼女の友人でもあり、今回巻き込まれたと言っても過言ではない人物である。
「おれは新座。こいつはぎゃお、こっちはケツァ」
 続いたのは顔の右半分を包帯で隠し、全身にも包帯が巻かれた青年、新座・クレイボーン(にいざ・―)。足元に擬似生命体であるメカ恐竜のぎゃおを。肩の辺りには翼を持ちつつも、体は蛇のようなケツァを引き連れていた。
「遊馬は神代遊馬デス。よろしくデスね」
 にっこり微笑んだのは神代・遊馬(かみしろ・あすま)。長い黒髪と大きな瞳が目に付く女性だ。どうやら新座と遊馬は雫と北斗のもとへと一緒に来たこともあり、知り合い同士のようで挨拶を交わすことはない。もうとっくに済んでいるのだろう。
「シュラインエマ、一応みんな一度は会ったことあるわね。よろしく」
 最後にシュライン・エマがサラリと挨拶を終えると、北斗が早速切り出した。
「えーっと、取り敢えずこの場所なんだけど。俺さっきまで少しネットで調べてたけど分からなくてさ。三人はもしかして分かった?」
 さっさと話を進める北斗に新座が首を横に振った。
「おれも分かんなくて人頼み」
「あ、それなのだけど――」
 そうシュラインが何か言いかけたとき、すっかり話の輪から外れていた筈の雫が声を上げる。
「ちょっと待って、今の書き込みにいつの間にかレスが付いてた……それに対するレスも」
「……その一個目は私よ。それに対してもうレスが付いてるのね?」
 ポツリ呟いたシュラインに北斗と新座が同時に「すげー」と声をあげ、遊馬も「凄いデスね」と関心の声を上げつつ雫の見つめる先を見た。確かにレスのレスまで付いている。
「何々? えーっと……」
 雫の一番傍に居た北斗が書き込みを読み上げた。
「ちょっと悩んでるのだけど、蛎浦島って聞いたことあるかしら? へぇ、これならもう殆ど答え出てるんじゃ?」
 どうやら場所的にシュラインは相当絞れていたように見受けられる。しかし、そこに付いているレスを見てシュラインをはじめ、誰もが一瞬言葉を失った。
「……ハズレ、みたいだけど、一応場所的には絞れたみたいね」
 シュラインが苦笑いを浮かべた書き込みは本当に意外な形で付けられていたのだ……。

 件名:Re:Re:生る木
 投稿者:お腹空いたよー

 えへへ、ごめんなさーい。蛎浦島って聞いたことないや。
 あと、ネットで調べてた情報だから結構あやふやでした!ごめんなさい!!!!
 今友達にも聞きなおしてきたら、長崎のなんとか列島の辺りらしいよ。流石に桜島も屋久島も鹿児島だもんね。地図見てびっくり(笑)
 とは言えそっちの方は他にも色々あるらしいから、各島調べてみる価値はあるかもvある種怪奇観光名所なのかな。
 でも早速行ってくれる人もいるみたいで嬉しいな〜〜。頑張ってねー。

 相変わらず軽いノリの書き込み者だが、答えが出ただけマシだろう。
「――列島、デスか。列島まで分かればきっと絞れるデスね」
 そう言う遊馬の声を聞き、北斗は雫の隣のパソコンを使い地図を表示させた。長崎で列島と言えば――そう皆がうーんと思い浮かべる中。
「列島なら五島列島ね。でも怪奇観光名所って……他にも噂あるのかしら?」
 地図を開く前に早くもシュラインは列島の名を呟いた。ただし最後の言葉は殆ど自分の中で。そしてその後雫の隣――北斗と逆隣――のパソコンでなにやら調べ物を始める。
「後藤列島……ってどこだ?」
 そんな中、北斗が表示させた地図を後ろから覗き込んでいた新座が間違った解釈のまま呟き――しかしそんなことに誰かが気づくわけもない――、遊馬が「うーん、遠いデスね」と唸る。そもそも東京から九州は飛行機か新幹線レベルだ。そうすれば必然的に大きな金額の交通費と言うものも発生する。
「どうすんだ?」
 しかし思わず三人を振り返った北斗は、内二人から意外な答えを聞かされることになった。
「私は交通機関でも良いのだけど、皆はそれじゃ大変よね?」
 未だ調べ物をしたままシュライン。
「んー、おれは飛んでくかな」
「そうデスね。疲れるデスが、遊馬も飛んでいくデスよ」
 真顔で新座、笑顔で遊馬も続いた。
「…………と、ぶ?」
 最後、北斗はポカンと口を開けたまま。
「良ければ遊馬の背に乗っていくデスか?」
「おれも一人くらいなら乗せられるぞ。そうすればちょうどいいしな」
 そして数分後、遊馬の本性はペガサスで新座は一角獣とペガサスの混血だと言うことが告げられ。遊馬の背にシュラインが、新座の背に北斗が乗っていくことで落ち着いた。
「さて、と……ちょっとだけ席外すわね」
 そう言いシュラインは一旦調べ物の手を止め席を立ち、外へと出て行く。そしてすぐ入り口近くで電話を、事務所へ休みの連絡を入れた。同時に雫も話が本格的に進んでいることに満足したのか、話の輪を抜け出しどこかへ行ってしまった。
「そういえば……何調べてたんだ?」
 残された三人は、今しがたシュラインがパソコンで開いていたサイトを覗き込む。見れば五島列島の地図や、そこに対応した噂話の載っているサイトのようだ。どうやら鹿児島の小島についての噂も細々と書かれている。
「――おー、いろいろおもしろそうだな! 入れば筋肉モリモリマッスル温泉の島」
「こっちは『生る木』のある島の兄弟島で『成る木』デスね。無機物が出来るデスか!」
「一つならまだしも、これだけあると胡散臭く思えてくるな……って、生る木――この島か?」
 ボーっとサイトを眺めていた北斗だが、一つの噂に対応している島を見つけ、背もたれに預けていた背を起こした。丁度そのタイミングでシュラインも帰ってくる。
「お待たせって、皆でもう見てたのね……そのサイト。ならもう分かったかしら?」
「たぶん大丈夫だ」
「遊馬もちゃんと案内出来ると思うデスよ」
「一応地図と噂を印刷っと」
 印刷を終えると北斗も席を立ち、四人はカフェを出た。
 そして念のためにとまずは遊馬とシュラインが、続いて新座と北斗がそれぞれ裏路地へと入り、移動の準備を整える。
「すっげぇ。ちっちゃいけど確かに馬だな……毛並みもいいみたいだし」
 四百キロもない小柄な馬ではあったが、早速その背に乗った北斗は乗り心地を確かめると同時、物珍しそうに新座にべたべたと触っては感心していた。ただ、右目の辺りが見た目痛々しいので、そこには決して触れぬよう。よく見れば首の辺りにはケツァが巻きつき、北斗の前にはぎゃおがちょこんとしがみ付いている。
「……ホント、綺麗ね」
 シュラインも感心しながら遊馬の背に乗ると、やがて新座は小さく嘶き、それに遊馬が答え。四人――二頭と二人(足す更に二匹)――は空へと飛び立った。


    □□□


 その日はとても気持ちのいい秋晴れだった。絶好の行楽、飛行日和である。空は水色で、遠いほどその色は白く見える。吹く風は涼しく陽は暖かく。時折潜り込んだ雲の中は不思議な世界が広がっていて、でも少し寒い。それを抜け……眼前に広がる無数とも言える小島、それはもう気の遠くなる光景だった。
 五島列島――それは長崎市の西方約百キロの位置にある五つの島を中心に、大小百四十余りの島が連なる列島。
 その中から今回の島を探し出すのは難しいかと思われたのだが――


「島のど真ん中に大きな木が一本。しかも辺りはこの季節だというのにやたら綺麗な草原ときたわね……」
「でっけーー!! コレが生る木ってやつなのか?」
「コレが好きなもんがいっぱい食える木……」
「遊馬、まずは何にしようか迷ってしまうデスよ」
 数分後、走って隅から隅まで楽に行けてしまいそうな小島に四人は降り立っていた。降り立つなり新座と遊馬は一旦人の姿に戻り、一息吐きながらも木を眺める。
 見た目は何の変哲もないような木だ。ただ、この季節になっても深い緑の葉を茂らせている以外は。
 そう、この島の構造は無人島と言う割には何もかもが不自然に整いすぎ、季節感を感じさせない。他の島とはどこか見た目が違っていたためこの島に着陸したのだが。いざ木を目の前にしたところで何をどうするべきか悩んでしまう。
「もし噂が本当なら願っただけで……この木から出てくるんだよな?」
 ポツリ北斗が呟き、その言葉に見事四人の考えはまとまった様で。
「――えっと(遊馬はリンゴに柿にサツマイモなんかいいデスねー。あ、それも生がいいデスよ!)」
「ん〜……(俺だったらやっぱハンバーガーを腹いっぱいだな〜)」
「人参、大根、リンゴに梨。桃にメロンとあと、あと…………他にもいっぱいだっ!」
「ぎゃおぎゃおっ」
「うーん……(私だったら梨、かしら。持ってきた軽食のデザートに一個か二個あればいいのだけど)」
 ある者は心の中で、ある者は声を出し。例えば、と願ったその瞬間。
 それまで緑の葉を茂らせていた木は突如金色に輝きだし、暫し無風だったこの辺りに風が吹く。少し暖かく、いい香り……というか匂いを含んでいる。一体この匂いは何だろう。そう誰もが思う中、最初にそれを見つけたのは人の姿のまま立ち上がった新座だった。
「――ハンバーガーが……できてるぞ?」
「ちょっと……アレは凄い光景ね。包み紙があるのが救いなのか、更に可笑しいのか」
「あっ、俺のだ!! マジで生ったのか!? すげーーーっ!!」
「凄いデスね! って、近くに遊馬のも生ってるデスよ!」
 歓喜の声を上げた北斗に続き、遊馬まで歓喜の声を上げ。そのまま彼女は馬の姿になり、翼を羽ばたかせた。生っている場所は然程高い場所ではないが、流石に手を伸ばして取れるような場所に生っている物でもない。北斗も北斗で、そのまま木の傍まで駆け寄ると、木を痛めないよう注意を払いながらも、颯爽とよじ登っていく。
 早くも下に残されたシュラインと新座だが、ふと彼女が不自然に停止したままの彼を見たとき――一瞬何を言うべきか躊躇った。
「……腐らないとは思うけど、早く採りに行った方がいいんじゃないかしら?」
 その言葉に、何時からかうっとりと木に生った野菜や果物を見ていた新座は我に返り。
「へへ〜、いっぺん馬の姿で好きな物を好きなだけお腹食ってみたかったんだっ。行くぞ、ぎゃお!」
 足元のぎゃおを見えると同時に走り出す。途中、彼は馬形態となり、ぎゃおを背に乗せると木へ向け飛んだ。
 最後に残されたシュラインは、今木々にそれぞれの欲しい物が生っている姿を見つめ笑みを浮かべる。
 ハンバーガー、果物に野菜。加工食品から本来土の中で育つもの、そして季節外れの果物まで。何でも実っている姿は滅多に見れるものではない。
 こうして下から見上げていると、未だ少し輝きを残した木と、その丁度真後ろにある陽の光が交差して、一層眩しくも感じ目を細めた。多分木に近寄り収穫している分には眩しさや輝きなんて関係なさそうな気がした。三人の姿を見る限りは。
「にしても、私も取りに行かないとまずいわね……」
 さっき新座も声に出し梨が欲しいと言っていた。まさかとは思うのだが、下手をすれば彼に全部収穫されてしまいそうだと、シュラインが一歩木に近づいたとき。
「これ、そうだろ?」
 腕の中にハンバーガーをいっぱい抱え戻ってきた北斗から梨を二つ、投げ渡された。
「っと、……確かにそうだけど、どうしてこれだって?」
「天辺の方にさ、ひっそり二個だけあったんだよ。みんなそれぞれまとまって生ってるみたいだったからさ、それ考えると多分そうなんだろうなってな。もひかひて……ひがっひゃひゃ(もしかして……違ったか)?」
 最後は耐え切れなくなったのか、北斗はハンバーガーにかぶりつきながらシュラインを見上げる。
「大丈夫よ、ありがとう。それよりも」
 そのままシュラインの視線は二人――二頭へと向いた。
「あぁ……何時まで収穫するつもりなんだろうな」
 口の中身を呑み込み、北斗もシュラインと同じ方向を見る。その視線の先には勿論遊馬と新座がどちらも馬のまま、食べては集めて食べては集めてを繰り返す姿があった。
 一方、下から呆れられた様な目で見られていることに気づかない二人は、未だ回収し終わらない収穫物を目の前に必死だった――特に新座の眼は真剣そのものだ。
 やがてどうにも出来ない量を収穫し終えた二頭は地上に降り、それらを地にどっさりと転がした。その表情はなにやら満足げだ。北斗とシュラインは揃って腰を下ろし、自然と流れは皆で収穫物を食べるピクニック状態になっていた。まだ陽も高く暖かい、というか過ごしやすく、好きなものを青空の下食べられるのは嬉しいことだ。
 主食・おかず・デザートがまさにハンバーガー状態で食べるだけ食べ終えた北斗と、弁当を持ち込みデザートに梨をと……ほぼ食べ終わったシュラインは、未だ馬の姿のまま食べ続ける遊馬と新座を見る。しかし丁度その頃、遊馬は食事を終えたのか人の姿へと戻った。
「ご馳走様デス。こんな木に不思議と出来たものなのに、美味しかったデスね。それにやっぱり生が一番デス。素材の味が活きてて遊馬満足デスっ」
 丁寧に両手を合わせ語り始めた遊馬に、シュラインは傍に転がる野菜や果物を指す。
「あら、でもまだこんなに?」
「あ、それはデスね……お持ち帰り用なのデスよ。この、籠に!」
「……用意周到だな。しかもそれ何処の籠なんだかなぁ」
「え、ドコのスーパーの篭かはヒ・ミ・ツなのデス」
 遊馬が言いながらどこからともなく出したのは、どうやらスーパーの買い物籠らしい。そこに詰められるだけ詰めると、ようやく遊馬は満足した。その姿に、シュラインも思い出したようにポツリ呟いた。
「私も持ち帰りように少し欲しいものがあるのだけど……まだ生るかしら?」
「確か、欲張りすぎるとバチが当たる――デスね? でも、まだまだ大丈夫そうデスよ。新座サンも取り放題デスしね」
 何を基準に大丈夫か否かははっきりしない物だが、どうやら新座が再び「人参ー大根ー」と叫びだしそれが生っていく姿を見ているとまだ大丈夫の気もしてくる。
 ならばと、シュラインは頭の中に欲しいと思っていたそれを思い描いた。
「――お、何か出来たみたいだな」
 木の方向を見ていた北斗は木の変化にシュラインを振り返ると「採ってこようか?」と聞き、返事を聞かぬうちに結局木の方へと走っていく。
「元気デスね〜」
「まぁ、よく食べるし走るし。丁度いいんじゃないかしら?」
 そう、遊馬とシュラインが和やかに言い合っていると、あっという間に北斗が帰ってきた。そしてその後に新座が続いている。勿論未だ多くの野菜や果物を、器用に背中に乗せたまま。どうやらこちらで又落ち着いて食べることにしたらしい。
「また結構上の方にこれ、栗が結構生ってた。コレでいいんだろ? 棘なかったから、採るの楽でよかった」
「ありがとう」
 礼を告げシュラインはビニール袋に栗を移し鞄にしまうと同時、白く濁った水の入ったペットボトルを取り出した。
「それは何デス?」
「米の研ぎ汁よ。貰うだけは心苦しいから栄養になればと思って」
「なるほど、そういうこともちゃんと考えてん――」

『ぷひ〜〜っ』
『バリバリバリッ』

 それは唐突に、北斗の声を半分遮る形で妙な音が辺りに響き渡る。
「……何?」「……な、んだ? 今の」「最初は嘶き、デスね――」
 三人の声はほぼ同時に。そして視線も同時に同じ方へ向けられた。新座が居たはずの方向へと。
 四人――三人と一頭、そして一匹の目が合った。新座は馬のまま食べるのを一旦止めると、なんとなくキョトンとした表情で三人を見る。
「――――?」
 ただ、遊馬の言うとおり最初は間の抜けた嘶きだったようで、新座は食べかけの人参を呑み込むと再び同じ嘶きを上げていた。しかし、音だけは止まることなく続いている。
『ガリガリガリガリバリッ』
「さっきの嘶き、だったの?」「ぎゃおって……齧り壊して食うのか。すげえな……」「新座サン食べっぷりが素敵デスね……」
 皆が口々に言うと、新座は馬から人の姿へと戻り。その場に座り込んだまま一つ息を吐いた。
「あー、美味かったぁ。にしても……ぎゃお、おまえ食いすぎ」
『ガリガリバキバキガリッ…げぷっ…………ぎゃお?』
 新座に言われたぎゃおは食べかけを丸呑みすると、彼を見上げ首を傾げたように見えた。最早音と声が混じったその様子、悪気など微塵もない。相変わらずの姿に新座はこれ以上何か言うことは諦め立ち上がると、ゆっくり木に向き直る。そんな彼の背に北斗は声を投げかけた。
「新座……もしかしてまだ、食べるつもりなのか?」
「もちろん、おれはまだ食えるぞ。みんなはもうお腹いっぱいなのか?」
 振り返り際の返事は無邪気なものだ。それに対する北斗の返答すらも。
「んー……じゃあ俺ももう少し食うかな」
「よし、じゃあ行くぞ!」
「私もこの研ぎ汁をあげてこようっと」
「遊馬ももう少し籠に入れるデス」
 誰かが時計で見た時刻は気づけば夕刻。しかし何故か辺りの景色は変わっていない。時間を忘れて……と言っていいほどの時間は経っているにも関わらず。
 時間を考えればこれが最後の願いとなるだろう。
 だが、今まで通りシュラインを除いた三人がそれぞれ木に願いを込めた時、それは唐突に辺りの景色が変わった。そして、何が起こったのかと考える間もなくそれはやってきた。


 ――ドスンッ ドスッドスッ ドスドスドス…‥ コツンッ


「――――」「……うわっ!?」「おっ……ってコレ食えないぞっ! 硬っ」「痛ッ」
 呆気にとられ上空を見上げる遊馬。足元を見てなんだコレはと言わんばかりに凝視する北斗。ぎゃおと共に落下物に齧り付く新座。頭への小さな落下物に思わず頭を抱えたシュライン。それぞれが今、とんでもない落下物に見舞われていた。いっそ辺りも暗くなったことだし雨でも降れば良かったのに…‥
 降ってきた物は予想外にも四人が今まで願ったものだった。しかも、とてもではないが食べられるような物ではない。異常な程に硬いのだ。音を立て、地面に深くめり込む程度に。おまけにそれらは明らかに木から四人目掛けて飛んでくる。
「危ないデス!」
「アブね!」
 次の瞬間遊馬はシュラインの手を引き、北斗はまだぎゃおと齧り続ける新座を見、慌てて地を蹴る。同時に今までで最も大きかった大根の襲撃を回避した。およそ10キロ以上の重さがあると思われる巨大大根は、まさにそこに栽培されているかのよう、数本が地中深くまで潜っている。
「うおっ、痛いっ重い! 早くどけっ」
「……あ、わりぃ」
 咄嗟の行動に出ていたため、後を全く考えず。素早く新座を突き飛ばし大根から救ったは良いが、自身が既に落下していた人参に躓き、彼の上に思い切り覆い被さった。大根の襲撃と北斗の覆い被さり、果たしてどちらがまだマシだったのか。落下の際の高さと重さを考えれば多分北斗の方がまだましなのだろうが、北斗はすぐに立ち上がると苦笑いを浮かべながら「悪いな」と言い新座に手を差し出す。
「大丈夫デス?」
「あ、ありがとう……それにしてもどうしたのかしら? これが欲張りすぎたバチ?」
 一方遊馬は思わず思い切り引っ張っていたシュラインの手をそっと離すと、共に木を見上げる。
「遊馬達、欲張りすぎちゃったデスか?」
「もうとっとと帰った方がいいじゃないか?」
「おれまだっ――」
 しかし今にも又何か願いそうな新座の首根っこを北斗が引っ張り、木から遠ざけてしまう。それに伴い遊馬もゆっくり後退していった。ただ一人、シュラインはペットボトルを片手に未だその場に居る。彼女のことだ、その場に立ち尽くしてしまっている、と言うわけではない。
 遊馬や北斗が彼女の名を呼ぶが、シュラインは一歩木へと近づいた。
「貰うだけじゃ、心苦しいと思ってたのよ」
 木の襲撃は未だ止まらない。シュラインのもとには時折小さな栗が落下してきた。
「こんな大きな木にこれっぽっちじゃあまり足しにはならないかもしれないけれど、少しでも栄養になればいいと思うわ……」
 ペットボトルの蓋を開け、目の前に迫った木の根元に中身を空ける。僅か白く濁った水は最初こそ水溜りになるが、やがてゆっくり土に吸収され……。
「お、とまったぞ」
 やがて野菜や果物の襲撃は収まり、辺りには静けさが戻った。空の色も元に戻り…と言うよりも、夕暮れの色を露にする。止まっていた時が正常に流れ始めた――そんな感じだった。
 木は相変わらずそこに存在する。持ち帰り用にと、遊馬とシュラインが確保していた野菜や果物も残っている。勿論降って来た野菜や果物、ガチガチのハンバーガーまでもが確かにそこに存在していた。
「怒りは静まった、ってところかしらね」
 シュラインは一息吐くと振り返り、三人を見て言う。
「ははっ、確かに……」
「それじゃあそろそろ帰るデスか?」
「そうね」
「ま、結構お腹いっぱいだからいいか。ぎゃおも…満足そうだな、おい。帰るぞー」
 既に馬の姿になった遊馬に続き、新座もと思ったが、ふとぎゃおが傍に居ないことに気づいた。同時、その目に映ったのは巨大な、とても食べようも無かった大根を齧っているぎゃおの姿。その姿は、夕陽に照らされ……少し輝いて見えた。


    □□□


 そして数日後…‥
 レポートと言うべきか感想と言うべきか。生る木には再び四つの一言レスがついていた。勿論それはその場所へと向かった遊馬・北斗・新座・シュラインによるものだ。

 『いっぱいお持ち帰りできたデス。嬉しかったデスよ。あ、お持ち帰りしたものは早速お料理したデス。美味しかったデス!
  でもあの往復は少し疲れたデス……もう飛んではいけないデス。』
 『暫くハンバーガーはいいかも……。あ、でも温かいもんが生ったのはすげーって思った!あとは木の襲撃が痛かったな。』
 『お腹いっぱい。だいまんぞく。けっこう美味かったし。でも襲撃は痛かったし、降って来た野菜は食えなかったのが残念。』
 『面白い光景が見れて良かったわ。でも野菜や果物、ハンバーガーまで出来ちゃうなんて不思議。採れたので作った栗ご飯も美味しかったわ。
  ただ、きっと意思がある木で、バチが当たるのは確か。対策として米の研ぎ汁等、木の栄養分持参がお勧め。』


「――うんうん、上出来上出来。いいなぁ、あたしも今度遊びに行こっと」
 そしてカフェには雫の満足げな声が響いた――


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [5330/  神代・遊馬  /女性/20歳/甘味処「桜や」店員]
 [5698/  梧・北斗   /男性/17歳/退魔師兼高校生]
 [3060/新座・クレイボーン/男性/14歳/ユニサス(神馬)・競馬予想師・艦隊軍属]
 [0086/シュライン・エマ /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、いつもありがとうございます、若しくは初めまして。亀ライターの李月です。お手元へのお届けが遅くなってしまいすみませんでした。
 長々となった上、今回は珍しく最初以外は全て共通物となっています。他の方のを見なくても、この状況が全てとなっていますので、何処かしら気に入っていただけてればと思います。どんちゃん騒ぎを予定していたのですが、なにやら収拾つかないまでの騒ぎとなってしまいました……。特に今回、口調・行動が大丈夫か不安なところですので、何か問題ありましたらご連絡ください!
 そして最後になりましたがお詫びを。中心となる島の周辺島名を素で思い切り間違えておりました。特に島の場所や形に拘る予定も無かったのですが、大分悩ませてしまい申し訳ありませんでした。実際ネットでフラフラ調べていたのは蠑螺島というところです。

【シュライン エマさま】
 いつも有難うございますと、今回は散々悩ませてしまい大変失礼しました!今後はこんな寝ぼけたミスのないよう注意いたします。
 さて、移動の仕方が仕方だったので色々割愛、変更などありましたが、米の研ぎ汁(栄養)が騒ぎを収める、いわば救いとなりました(そのまま逃げるのも有りでしたが、元に戻った方が勿論良いので..)有難うございました。少しでも楽しんでいただけてれば嬉しいです。

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼