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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


■呼魂■



「これは、こだま」
 店内の品を眺めていた加藤忍を手招いた店主が示したのは両手で包める程度の大きさの器だった。
 香炉に似たその器を無言で見下ろす忍を、アンティークショップ・レンの店主であるところの碧摩蓮は静かに見ている。

 青年が眺めるのは、ある男が気紛れに訪れては蓮に押し付けていく品だ。
 男が気紛れに魂を捕らえては、飽きるまでその声を聴き、飽きれば蓮の元へ運ぶそれ。
 一度器に囚われれば生者死者関わらず、魂を自由には出来ない。
 蓮が受け取らなければ打ち捨てるだけだと男が笑い、忌々しく思いつつも蓮は器を受け取らざる得ない品。
 打ち捨てると、言うからには実行する。それが悟れない程に蓮は愚か者では無かった。
 彼女は器を受け取る度、せめてその魂を最期だけでも優しく癒し慰めてくれる者を求め、預けている。

 この時の器は、主張が強かった。
 受け取る蓮の顔が歪む様さえ愉しむ男が預けた器。それは暫く蓮の傍で静かに在ったが、一人の客が訪れた途端にざわざわと内側で騒ぐ様子があったのだ。何事かと目を丸くする蓮が悟って見遣った相手こそが加藤忍であり、器が自分の最期をと望んだ相手。
 ならばと招いた忍は蓮の言葉を穏やかに聞いた後、示された卓上の器を手に取った。
 口もきかずに価値を測るような空気さえ纏って器を見る青年。奇妙な話ではあるが、悲痛な声を洩らすばかりの器の住人がこの時は何やら楽しげでさえあって、蓮は幾らかの好奇心さえ抱いて彼を見る。
 蓋は外れない。輪郭、細工、模様、色、質感、鑑定でも行っているのかと思わせる動作を延々と続けてから忍は丁寧に器を持ち直した。ずっと器に注いでいた視線をここで蓮へ注ぐ。
「袖触れ合うも他生の縁」
 おっとりと紡がれた言葉は音楽的だった。
 黒髪を微かに揺らして忍は器を覗き込む。
「器の中の魂が、何を求め、夢を見るか聞き遂げましょう」
 その韻を踏むような語調に器の魂が楽しそうに震えたのが蓮にも知れる。
 忍にもきっとそれは知れた。瞳を細めて彼は優しく器へと呼びかけて、そして蓮にひとつ頷いたのだから。
 響く言葉の区切り毎、繰り返しては真似る器の声さえも楽しげだったと。
 碧摩蓮はふと思い、立ち去った客を思って目を閉じた。


** *** *


 昨今の企業というものは、セキュリティが人的資源のみでは収まらない。
 忍を拾い育ててくれた老盗賊が若さに任せて駆け回っていた頃のように、見回りだなんだと人の数で警戒の程を示していた時代とは違う。単独で仕事を行うのであれば、外部からの回線制御なり忍は確実に行って当然警備の目も巧く誤魔化して目的地へ疾り抜ける。それだけの技術は驕りではなく確かにある。
 けれど今回の一番の目的は、実は盗みには無い。
 割れないようにと慎重に包んで持ち運ぶ一つの器の希望が最優先なのだ。
「いかにもな古代の遺跡の方が良いんでしょうが」
 ょうが、となんとはなし弾んだ気配で声が返る。
 けれど蓮から受け取った日に比べれば声は微かで音も少ない。弱っているのだろう、とは確かめるまでもなかった。でなくば忍はどれだけかかっても魂の望む遺跡を探し出し、準備を整えるところからじっくりと見せてやったのだから。
 残る時間がどれだけのものかは解らない。けれど限られているのであれば可能な限り望む通りに。
 それは企業よりはむしろ、裏稼業の人間の屋敷だとかそちらの類の方が最適だった。
 調べ上げた時間の通りに気配が一瞬消える。交替だ。
「では行きましょう」
 音が零れないように――悪いかとは思ったが――器の大半を包んである。返る声は忍のようにすぐ傍でなければ聞こえない筈だ。膝を軽く曲げながら器を軽く叩いて忍は跳んだ。おっとりとした喋り方からは想像出来ない敏捷さでもって。

 見つかる可能性が幾らかある侵入方法だとは自分でも思う。
 けれど忍自身が不手際を仕出かさない限りは有り得ない程度のもので、事実彼は気配を殺して影から影へと夜目の利く事を活かして移動している。無駄に大層な警備に気付かれる事も無く。
 器も忍が口を効かない為に音を立てる事も無い。けれど中の魂が興奮しているのだとは感じ取れてなにやら微笑ましかった。
 ……住人が幾つぐらいの年か推測はしている。忍に返す語尾には感情は滲むし、なによりも忍は人の心に聡い。聡いと言うよりもはっきりと読める、と言うべきだったが器に対しては聡い程度でしかなかった。だがそれで充分だ。滲む感情と仄かに映る心。そこから忍は魂の願いを聞いた。
 隠し通路というのはいつまでたっても廃れる事が無いらしい。
 危険極まりない銃器を所持していると知れる男達の目を掻い潜って一室に侵入する。中に人が居ない事は判明しているからこその躊躇無い移動。その壁の一部、おかしな点の無い筈のそこで膝を落として手を滑らせる。指先に髪一筋程も有るか解らない空白。動く風は無く、かろうじて滲む空気の流れに目を眇めて更に指を辿った。
 あえて古いやり方を選んで行っている。
 魂がそれを望んだからだ。
 受け取った日は空が白むまで話を聞いた。いや、聞いたというのは正しくない。意思疎通が制限されていたのだから。だがそんな事はどうでもいい。忍が器の囚人から望みを知らされた。それだけだ。
 開いた隠し扉へ身を潜らせる。明かり一つ無い通路だがたいして長くも無い事さえ忍には判るのだ。先程から微かに弾んだ音を立てそうになっては包んだ布で制されている器を軽く指先で戒めながら、たった今通り抜けた扉を閉めた。灯火が無ければ常人は一歩たりともまともに歩けないだろう闇が満ちる。
「もうすぐですよ」
 だから静かに、という意味を込めて一言だけ。
 器の中の魂が幾つ位であるのかと思えば、興奮して我を忘れても仕方が無いのだけれど。
 魂は、随分と長く囚われていたらしかった。
 望むのであれば、遠い故郷であっても、顔も知らされぬ母であっても、居場所も判らぬ家族であっても、どんな望みであれ叶えてみせようと忍は考えていたのだ。けれど魂は懐かしい何もかもを求めて嘆く時期はとうに過ぎてしまったらしく、あるいは耐えられず意識から削ぎ落としたのかもしれないが、どれだけ問うてもそういった希望は無かった。
 代わりに一つだけ告げられたのが――その望みの為に忍が選ばれたのかも知れない。
 そう、そのわくわくと胸躍らせる気配が魂の年頃を忍に悟らせたのだ。
 目的の場所より手前で咄嗟に足を止める。
 記憶を辿っていてもそれは意識のごく一部だ。そこから油断するだとか、そういった事は玄人である忍が犯す愚では無い。瞬間脳裏を掠めた感覚に通路まで身を退けた。耳を澄まし肌全体で気配を探る。人の声。複数だが動揺した気配は無い。思いつきで覗きに来たらしい。
 好都合だ。
 今確認しておいてくれれば尚更やり易い。
 もっともほんの一欠片、忍にとって良い方へ天秤が傾いた程度のものだけれど。
 目の前にゴールがある。
 器がそう思ってまた興奮して、人の姿があれば声を上げていても可笑しくない程の気配。瞳を輝かせているだろう姿が想像出来て忍は僅かに目元を揺らす。興奮して目を輝かせるのは想像出来ても、顔形は知らない。それがふと切なくなった。
 気配が去り、周囲の空気が戻るのを待つ。
 慎重に進み手早く鍵を外す。先に電子機器を一時潰す事も忘れていない。
 取り出した品は忍に取ってはいかほどの価値も無かった。後日知人を介して処分するだけの物だ。
 そんな物よりも、包まれた器が喜色も顕わにかち、と一つ小さく揺れた事の方が重要で。
「こんなものですが、いかがでしょうか」
 答えを待たずにまた通路へ。通路を抜けた後は、別のルートで出る事になる。
 きっとそれもこの魂には楽しい事だろう。

『すげぇ!かっこいい!』

 きっと、そんな風に言ってくれただろうと思える魂の気配。
 けれど、けれどもう、この魂は力尽きる。
 ほんの数日の付き合いであったけれど、この魂と自分との間に絆は結べただろうか。
 血が、全ての絆では無い。触れ合い、関わる中で育む絆こそが濃く強く作られる。
 それがこの幼い魂と、忍と、二人の間にも出来ただろうか。

 深く暗い夜の闇の中へと、また跳んだ。


** *** *


 住人の去った器を抱えて再度訪れたアンティークショップ・レン。
 店主である碧摩蓮は忍の姿を認めて笑うと店内の半ば程まで進んだ彼を煙管で制した。
「あたしに渡す必要は無いよ。あんただって解るだろう?それはもうあんたの物さ」
「最期の夢の礼にと、可愛らしい歌を残して去った魂がありました」
「だろうね。満ちた残滓があるよ」
 ふん、と鼻を鳴らすように笑って蓮は煙管を指示棒のようにあれこれを振る。
 店内の品をひとしきりそうして示して彼女は猫のように唇を撓めてみせた。
「あの時の続きでもして行っちゃどうだい?」
「そうさせて頂きます」
 器を手に抱えたまま忍の頭がすいと巡る。
 店内の、雑多に置かれた品々へと。

 ――あの日、何某かの予感が無かったと言えば嘘になるだろうか。
 はっきりとした形を持っていたわけではない。ただ招かれるような気持ちで店内へと踏み入った。
 己の目を肥やす為にも良いと店内を眺めていて出会ったのがこの器。
 そう、きっと器に在った魂が忍を呼んだ。その縁に穏やかに青年は笑う。
 その微かな笑みに応えるように器が小さく身を震わせた。

 硬さの残る明るい音が心を弾ませて。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5745/加藤忍/男性/25/泥棒】

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■         ライター通信          ■
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・はじめまして。ライター珠洲です。歌うようなプレイングをありがとうございます。
・いっそのことプレイングを丸写ししてしまいたいくらいライターうっとり読みました。器の中の魂の年代と希望はお話の通りです。侵入だとかセキュリティだとかはもう想像力と知識が欠乏どころか皆無でしたのであんな感じで。絆というか人との関わりを大切にされる方のように思いましたけれど、少しでもそういった部分が出ていればいいなあと思います。あと口調は器相手だと敬語かな?と考えて敬語です。年長者限定で敬語だと……申し訳御座いません!ですね。