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バイバイバイオ
■Opening
――うおおおぉぉぉぉん
轟く咆哮に、周囲に居た者は皆飛びあがった。がらがらと、またどこかで何かが崩れる音。
「何ですか? アレ?」
朝市へ買い付けに訪れていた鈴木エアと木曽原シュウ。二人が目にしたのは、巨大な……。いや、現実を直視するならば、の話なのだけれども。そう、巨大な……
「……ドブネズミ」
木曽原の呟きに、エアは激しく首を振る。そんなはずは無い。ネズミが市場を踏みつけるほど巨大なはずは無いではないか、と。けれども。二人の目の前には、居るのだ。
どーんどーんと。
今度は尻尾が二度舞った。衝撃で、市場の二号館はくしゃりとつぶれ去る。
『えーん、ごめんなさいですぅ』
エアを庇いながら立ち尽くす木曽原に、小さな声が聞こえてきた。足元に、小さな花が見える。
『餌用に開発された、私、バイオフラワーなんですぅ』
つまり、この花びらを食べたネズミが、ああなってしまったのだ、と。
『でも大丈夫、僕の花びらを食べれば、元に戻るよ』
隣の花からは、励ましの声。つまり、元に戻す花も存在するのだ。気楽に言うけれども、と。木曽原は顔をしかめた。あんな巨大なものに、どうやって花びらを食べさせるというのか。
■01
どどーん、どどーん、と。地面が揺らぐのを感じ、泰山府君(たいざんふくん)は足を止めた。それに、何よりも響き渡る怒号と爆音。
「何やら騒がしいな……何事だ?」
ひらりと、黒髪が風に持ち上げられる。それは、何かが崩れ落ち巻き起こった衝撃波だったのか。
泰山府君の視界に飛び込んできた、『それ』は、紛れも無く……。
「ネ、ネズミ!? 何故あのように大きくなっているのだ」
道一つ向こうに、市場が見える。明け方だと言うのに、そこは大勢の人で……賑わっていると言うよりも、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。崩れる瓦礫に巻き起こる粉塵。誰かの叫び声が消えては、誰かの泣き声で心が震える。その中心で、『それ』は独り何かを啄ばんでいた。まだ距離はあるというのに、その姿ははっきりと分かる。
とにかく、巨大だった。
何故、あのように大きくなってしまったのか? いや、それよりも、早急に退治せねば。
泰山府君は市場へと急いだ。
■02
「この『ばいおふらわー』とやらを食べさせれば元の大きさに戻るのだな」
泰山府君のその問いに、木曽原・シュウが頷きを返す。
市場の入り口で彼から花びらを受け取った。
がらがらと、またどこからか崩壊の音。時間はあまり無い様子。
周囲の人影は無くなっていた。皆、思う所に避難したのだろう。泰山府君は、巨大ネズミとの距離を測り、地面を蹴った。
建物一つ分、と言うところか。まだ少し距離がある。地面が揺れた。どうやら、尻尾がうねっている様だ。その動きに、遅れて瓦礫が舞い落ちる。目の前の瓦礫をひらりと飛び越え、更に距離を縮めた。
――しゃぁぁぁぁ
巨体ゆえ、小さな鳴き声も、それだけで衝撃が巻き起こる。
ネズミは首を振り、前足を動かした。それでもかろうじて形を保っていた三号館は、ネズミが方向転換したあおりを受け崩壊してしまった様だ。がしゃりがしゃりと、ネズミの足の下、残骸が押し潰されて行く。
「あやつには迂闊に近寄れぬな……」
また一つ、瓦礫を飛び越えネズミを見上げた。
のそりとネズミが動き出す。建物を瞬時に押し潰したそれはまさに、巨体の成せる技だった。
■03
舞い上がる粉塵に視界が遮られる。
足場を確保し、泰山府君は一点を見つめていた。ネズミが何か新しい物に興味を示す。『ニコニコ花市場』と、派手にデコレーションされた市場の看板だった。
がりがりと、掴んだ看板をかじる様子。
――がり、がり、がり
――がり、……が
「そこかっ」
額の宝玉の色が変わる。
瞬間、巨大なネズミの口元が凍りついた。それは、四神・玄武の力。
どしーんどしーん、と。驚き、もがくネズミ。その巨体が振れるたび、崩れ落ちた資材が舞い、残っていた柱はどんどんと崩壊した。ネズミは口元でせわしなく両手を上下させる。
この氷、長くは持つまい、と。舞い落ちてくる瓦礫を避けながら、泰山府君は花びらを取り出した。
「花達よ、貴様等の出番だ、頼むぞ!」
狙いを定め、強風を巻き起こす。風に乗せて、花びらをネズミの口へ。額の宝玉の色がまた変化した。それは、四神・白虎の力だ。
その風に煽られ、周囲の瓦礫や資材、ばらばらに飛び散っていた花の残骸などが舞い出した。パニックに陥ったネズミは、右も左も分からぬと言う風に暴れ出す。
めきめきと、柱が倒れ込み、煙が巻き上がった。
暴れる資材、ぶつかり砕ける瓦礫。
光は遮られ、ただ轟音のみが、腹に響く。大きく揺らいだ足場に、泰山府君は一歩後退した。
■04
徐々に煙がおさまり、静けさが戻ってきた。
ぱらぱらと、静かに砂塵がこぼれる音。
ただ、これまでのような轟音は無い。ざり、と。地面を踏みしめる音が、はっきりと耳に届いた。
見渡す限り瓦礫の山。
からり、と。
そこに、何かが小さく崩れる音。
泰山府君の目に飛び込んできたのは、一匹の小さなネズミだった。口元が不自然に濡れている。泰山府君が近づこうとすると、気配を感じたか、素早く瓦礫の影に逃げてしまった。
追わなかった。それは、小さくなれば、被害が拡大することはないだろうから。
「今の貴様はただのか弱き生き物だ」
その言葉を最後に、泰山府君は市場に背を向けた。
その時。
どどどーん、と。
最後の轟音。
泰山府君の背後で、市場の一号館が崩れ去った。
舞い上がる資材や瓦礫、それらがぶつかり合う衝撃に、結局、耐えきれなかったのだろう。
これ以上、被害が出る事は無い。何故なら、市場その物が、全て崩壊してしまったのだから……。
<end>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 3415 / 泰山府君・― / 女性 / 999歳 / 退魔宝刀守護神 】
【 NPC / 木曽原・シュウ 】
【 NPC / 鈴木・エア 】
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■ ライター通信 ■
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泰山府君様
はじめまして、ライターのかぎです。
この度は、異界ノベルへのご参加ありがとうございました。巨大ネズミとの対決(?)いかがでしたでしょうか? 随分埃っぽいところでしたので、落ち着かれましたらお召し物などお手入れください。
結果、市場は崩壊してしまいましたが、人は皆逃げましたので……。
では、また機会がございましたらよろしくお願いします。
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