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Soul forge
――あの闇は何だったのだろう?
――俺の時間は動き始めた……。
数年前の事である。
「抜けないな……」
抜けない運斬(さだぎり)を必死に抜こうとする御影蓮也。
しかし、小太刀は全く抜けない。
「運の洞窟に向かえばいい。そこで“運命の転機”を見られると言われている」
と、親戚が言った。
運斬(さだぎり)を与えられ数ヶ月以上、正式な御影の後継者にならんとする、御影蓮也。親戚から言われたとおり、目的の奥深い洞窟〈運の洞窟〉に向かっていた。騒がしい都心からどんどん離れ、ローカル線から海が見える、そんなところだ。
授かったと言うが正式なものではない。鞘から運斬が抜けなければ意味がないのだ。抜けないものなら抜けるために修練場所に向かうのが常と言うものだろう。
入り口は海岸の近くにある自然洞窟。洞窟の先は、一応近くの鍾乳洞に繋がっていると言うが其れは定かではない。足下はおぼつかなくより一層不安にする。更に感覚が麻痺して寒いのか暑いのか感覚すら無くなっていく。
一寸先は闇。
「まさに、今の俺だな……」
彼はひとりごちた。
あまり当てに出来ない懐中電灯を照らして、片手に運斬を持ち、先に進む。
運命が見えるというのは、それ自体でかなり違う、未来視の一種ではある。運命を視る御影の一族の未来視は大抵そう見えるらしい。映像で糸を認識するのだ。其処にラベルが貼っているかのように識別し、その先に何があるかも分かる。しかし、運斬を持つ事で、それはかなり変わるのだ。書き換え、その運命を斬ると言う事が、他の世界にかなりの影響を及ぼしかねない危険性を持つのだ。抑止が働く事もあろう。未来視により先々の予見をするだけならまだしも、アカシックレコードの一部書き換えというのは危険極まりない。
蓮也はその力がいやだったために、くさっていたのだ。しかし、クラスメイトの死により、考えが変わったのである。今は違う自分なのだ。
歩いていると、くたびれた老人が瞑想しているのを見つける。
世捨て人か何かだろう。おそらく試練に感消しする爺さんだと、あまり気にも留めない蓮也だが、
「あんた誰だ?」
と、訊いてみた。
「わしの事より、お主の目の前書きにならんか?」
と、その、くたびれた老人は杖を闇の先に向けた。
彼は彼女が心おきなく安らぎの場所で眠っていると疑わなかった。しかし、目の前に見えるのは、その病死したクラスメイトの苦しみ藻掻く姿であった。悪魔にあらゆる責め苦を味わっている姿を見るのである。
「……! な、何故!」
驚くのもムリはない。
運命に勝ったと思いこんでいた蓮也。流石に私語の運命を視るまでには行かなかったようだ。
無我夢中に其処に駆け寄ろうとしても、全く先に進めず、手さえも届かない。
「カカカ。そんな詰まらん事を考えおったか」
「!?」
其処にはくたびれた老人が、如何にも嘲笑っていた。
「か、彼女は安らかに眠れるはずだった! 運命に勝ったはず!」
「愚かな。その女は死しても尚、あらゆる責め苦を味わう運命。運命に勝つなど片腹痛い」
「!?」
老人の答えに、愕然とする蓮也だった。
「助けるか? 今まで運命と諦めて多くを見逃してきたお前が。そんな資格があると。それに運命を斬るとは抑止と同義。その力世界の為にのみ振るう力よ」
嘲笑う老人。
そう、運命の改竄というのは、世界に関わる。アカシックレコードの書き換えであろう。本来ならば、アカシックレコードを書き換えたときの代償は恐ろしいものだ。
俯いたまま、蓮也は運斬を取る。
「要らない」
「ほ?」
すんなり、抜ける。今まで見た事のない、鉄のきらめきが辺りを照らす。
「資格なんてないさ。でも彼女がこれ以上苦しむ理由にはならないだろ! 抑止? 関係ない。俺の運斬は運命から定めを斬り悲しき命を解き放つものだ!」
気合い一閃で、その闇と、先に見えるクラスメイトの姿を斬り裂いたのだ。
――踏み出せなかった一歩をしっかり踏み込み、勇気をくれたクラスメイトの思いを込めて。
洞窟のなかは闇ではなく先が見えるほど明るい。
「これが、俺の答えだ……」
「ほほう。抜けたか」
「あ……」
蓮也が間抜けた言葉を漏らす。
「ふむ、申し分ないの」
カカカと笑う老人
「……試すためか? いや、あれは……本当の」
蓮也は老人に訊いた。
「それはどうじゃったかの……流石に人の死のさきまでは糸で見えてないようじゃ。其れこそ見えない方がよい。生者は生者の、死者は死者の。おっと言い過ぎたわい。ほれ、刀は抜けたし、クラスメイトも救った用も無かろう」
「ま、まってくれ! 俺は未だ答えがまだ!」
「そんなもの己の内似るわい。既に決まっておろう……。儂がとやかく言う事もないワイ」
と、老人は蓮也を無理矢理帰らせたのだ。
洞窟の入り口で、何なんだ?あの爺さんと文句を言う蓮也だが、小太刀が抜けた事や今までの考えを振り返って、
「あ、そうか、訊くまでもないんだ」
と、彼は納得して去っていった。
また闇の中に戻った洞窟で、彼は一言。
「あっさり神よりも人としてか。今度の使い手は面白い。どんな運斬を生み出すのか楽しみだわい」
と、老人は笑った。
――何れ、あの小太刀の役目は終わろう。
そして、蓮也18歳。
目の前には、あの病死する運命に耐えて覚悟を決めたクラスメイトの墓標。
「俺は自分で選んだ道を行くよ。君に教わった強さと共に」
彼はそう言ったのだった。
――運斬という小太刀の代わりに、傘を持って。
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