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想いの数だけある物語
「おい、あれ見てみろよ」
「あぁ、捉えてるぜ。あの二人の小娘だろ?」
「おうよ、見たところ、ありゃあ純潔種だ」
「それによ、物珍しそうに買い物する様子から察するにハイランダーだぜ」
「ハイランダー? あの一部の支配階級が地球壊滅前に海や宇宙に逃げたってアレかよ」
「許せねぇよな。遊び半分で地上に来やがるなんてよ」
「あぁ、許せねぇぜ。俺達を地上に縛り付ける為に動物の遺伝子と掛け合わせたんだからな」
「まあ、良いじゃねぇか。金づるには違いねぇんだからよ」
彼等の視界に映っているのは、二人連れの少女だった。一人はスラリとした身体にセーラー服を纏った、濡れたようなしっとりとした青いストレートヘアの娘。もう一人は、肉感的な胸の膨らみを浮かび上がらせる魚の鰭のようなフリルが施されたドレスを纏う、長い金髪の娘だ。どちらも整った顔立ちをしており、清純な色香を漂わせていた。彼女達は様々な衣服やアクセサリーを見て周り、笑顔を絶やす事なくハシャギまわる。幾つもの鋭い猫の眼光が見つめているなどとも知らずに――――。
■マーメイドみなも物語――純潔種狩り編――
「やっぱり久し振りの地上は品物も替わってましたね♪ みなもちゃんは何を買ったの?」
「あたしはアクセサリーを買いました♪」
両手にビニールバックを持ったシャイラは、はにかむ海原みなもの返事に「まあ」と緑色の瞳に驚きを見せた。動揺したのは青い長髪の少女だ。
「‥‥え? どうかしましたか? シャイラさん」
「洋服は購入しなかったのですか? 似合っていましたのに‥‥」
顔をズイッと近づけると残念そうにシャイラは表情を曇らす。みなもは腰を引いた姿勢のまま、困惑したように微笑んでみせる。
「だ、だって、あたしは海の中での生活が普通ですし、衣服よりアクセサリーの方が、何時でも身に付けられるから、良いんですよ〜」
僅かな沈黙が流れた。みなもはガクリと項垂れたシャイラの顔を恐る恐る覗き込む。刹那、急に頭を上げた金髪の少女に、一瞬ビクッと肩を跳ね上げたが、青い瞳に映る彼女の気品ある風貌は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「それなら仕方ありませんね☆ では、何か食べて帰りましょうか?」
「はい☆」
『ちょいとお客さん』
微笑み合う少女を男の声が呼び止める。二人が視線を向けると、ガラスケースの後ろで手招きする猫の半獣人が映った。パタパタと尻尾を振り、三角の耳をピクピクと動かす様が愛らしい。
「あの、私達に何か?」
長い金髪を揺らし、シャイラは小首を傾げて見せた。猫の半獣人は瞳を細め、満面の笑顔だ。
『私の商品も見てって下さいな』
「そうですね☆ そう言えば猫さんのお店は未だ見ていなかったわ」
「えぇ〜、猫ですかぁ?」
今度はみなもが表情を曇らせる。いくら半獣人とはいえ、猫には近付きたくない。「じゃ、私が一寸見て来ますね☆」とシャイラは微笑むと、猫の売店へと歩いて行った。少女の青い瞳に、ガラスケースの中にある装飾品を覗く長い金髪の後ろ姿が映る。何やら店員の猫男と話をしているようだ。
「あれ? シャイラさん!?」
刹那、みなもは慌てて声を掛けた。何故ならシャイラがガラスケースの奥にある扉に向かおうとしたからだ。金髪の少女が振り返って微笑む。
「一寸待っていて下さい。奥に展示されていない品物があるのですって♪」
「ち、ちょっと!? あ、あたしも行きます!」
「あら? だって‥‥」
「シャイラさん! ‥‥!!」
みなもが大きな声をあげたものだから、シャイラは唖然とした表情を浮かべた。多分、彼女の瞳に映る青い髪の少女は、真剣な表情‥‥否、鬼気迫る表情をしていた事だろう。しかし、猫男に青い瞳を向けると、一転して穏やかに微笑み、艶やかな青い髪を掻いて見せる。
「えっと‥‥あたしも見たいじゃないですか〜♪ 一人で待ってても退屈ですし☆」
「そうね☆ この娘も一緒に見せてあげて下さいます?」
『ええ、勿論、お客様は大歓迎ですよ。ささ、参りましょう』
扉の奥は地下へ通ずる階段だった。端に付けられた蝋燭が僅かな灯りであり、分かり易く言えば、奥へ行きたいとは思わない景色だ。みなもは用心しながら降りて行く。ここで騒いで更に状況が悪化するのは避けた方が良い。
『さあ、この奥にガラスケースがあるでしょ? あの中です』
恐らく地下2階位まで降りたろうか。確かに薄明かりの灯る地下室にガラスケースがあった。シャイラは「はい☆」と返事をし、みなもが彼女を追い掛ける。刹那、短い悲鳴が響き渡った。
「な、なんですか? あなた達は‥‥」
ガラスケースの傍からヌゥっと姿を見せたのは数人の猫半獣人だ。瞬く間に二人は囲まれ、シャイラは震えながらみなもの手を握った。青い髪の少女は細い眉を吊上げ、声を響かせる。
「あなた達、何者ですかッ!?」
次に響き渡ったのは猫男達の下卑た笑い声だ。
『まったく、これだからハイランダーは世間知らずってな』
『普通ノコノコと付いて来るかよ?』
『まあ、どっちにしても掻っ攫うつもりだったけどな』
「‥‥ハイランダーって?」
爛々と眼光を輝かせる猫男にシャイラは完全におびえていた。みなもは彼女を庇うと再び口を開く。
「シャイラさん達のような人類の呼び名です。掻っ攫うって‥‥あなた達は純潔種狩りですねッ!」
『おぉ、こえー。可愛い顔が台無しだぜ』
『おまえ達には笑顔でいてもらわないとな』
「シャイラさんには指一本触れさせませんッ! きゃッ!」
どけ! の一声と共に、みなもは軽やかに殴り飛ばされた。宙で何度も回転すると、数度バウンドして冷たい床に転がる。人間相手なら雑作もないが、半獣人の力は人魚を凌駕していたのだ。
「みなもちゃんッ!」
『馬鹿野郎ッ! 大事な商品だぞ! 傷物にしてどうする!』
『心配ねぇよ。爪は出しちゃいねぇ。手の甲で叩いただけ‥‥ん?』
答えて手の甲を顔の前に運んだ猫男は、鼻をヒクヒクと動かした。
『魚の匂いだ‥‥』
ピクッと倒れ伏したみなもの肩が跳ねる。もし、人魚だと猫男に気付かれたら――――。
『魚だと!? きっと魚料理でも食ったんだろ?』
『忌々しい! この女も魚みたいな服を着やがって、紛らわしいんだよ!』
「いやあぁぁッ!!」
みなもの耳にシャイラの悲鳴と共に、布の裂ける音が響き渡った。
――何とかしなきゃ‥‥この匂いは? 水? ここが地下なら既に浸水した場所が近いのかも‥‥。
みなもは瞳を閉じて意識を集中させる。
――シャイラさん、もう少し我慢して下さいね!
意識が暗闇を駆け巡り、幾つもの狭い道を潜ってゆく。闇の中に揺れる水面が映る。
――見つけました!
みなもは瞳を見開き、ピクッと指を動かした。
刹那、猫男達が三角の耳を動かす。シャイラの嗚咽と共に飛び込んで来るのは、濁流の音だ。
『な、なんだと!?』
暗闇から溢れ出した水が一郭に流れ込むと、みなもはゆっくりと立ち上がり、青い瞳を研ぎ澄ました。青い髪はしっとりと水分を蓄え、渦を巻くように少女の身体を水滴が包んでゆく。
『この娘はッ!?』
「純潔種狩りなんて許しませんから!」
『は、早いッ!』
水浸しになった床を少女は小さな飛沫もあげずに駆け抜ける。否、みなもは波紋を作りながら水上を走っているのだ。一気に肉迫すると青い長髪を舞い躍らせ、左右の手を薙ぎ振るう。指先から滴る水は鋭利な刃と化し、猫男を瞬く間に肉片へと変容させた。ギラリと濡れたような青い瞳が、シャイラの傍に佇む猫男を射抜く。
『き、貴様も半獣人かよ!』
「半獣人? あたしも純潔種ですよ。但し」
一気に水嵩が増し、あっという間に水の中と化す。刹那、みなものしなやかな両足が優麗な魚の下半身へと変容する。
「但し、人魚のですけど」
抑揚の無い声と共に、みなもは更に加速し、パニック状態の猫男達へ迫った。やはり半獣人と言っても、猫だ。水は苦手という事か。一気に肉迫した青い髪の娘を捉え、彼等はみなもが瞬間移動したかのように見えた事だろう。慌てて爪を振るうものの、少女の纏った『水の羽衣』は強固な防御力を見せつけ、猫男の洗礼は全く効果を見せなかった。驚愕に見開かれた猫の瞳に、人魚の冷たい瞳が映る。
「あたしの友達を辱めた罪は、許しませんから」
――夕焼けに染まる町のベンチに、少女は腰を降ろしていた。
みなもの膝の上には、金髪の少女が瞳を閉じて横たわっており、長い艶やかな金髪を優しく撫でながら、穏やかな微笑みを浮かべてシャイラが目を覚ますのを待つ。そよ風が吹き抜け、乾いた青い髪が揺れた時だ。
「けほっ、けほっ‥‥みなも、ちゃん?」
「目が覚めましたか?」
「‥‥私は、い、い、いやぁッ!」
シャイラは頭を抱えて叫ぶと小刻みに震え出した。みなもの手が再び少女の髪を撫でる。
「どうしたんですか? 恐い夢でも見ましたか?」
「‥‥夢? だって私の服が‥‥」
「忘れたんですか? 食事中にウェイターが転んだ拍子にトレイがシャイラさんに飛んで来て、べたべたのどろどろになっちゃったから、着替えたんじゃないですか?」
クスッとみなもは笑う。金髪の少女は緑の瞳を瞬かせて、呆けたような表情を向けた。
「‥‥そうでしたか?」
「はい☆ さ、子供じゃないのですから起きて下さい。足が痺れちゃいます」
「え? あ、そうですね。ごめんなさい‥‥でも、とても気持ちが良いですわ♪」
頬を赤く染め、一度は半身を起こそうとしたが、瞳を閉じて膝枕に再び身を預けた。穏やかな微笑みを浮かべるシャイラに、みなもは笑う。
「もぉ、シャイラさんは何時までも子供ですね☆ あと少しだけですよ?」
「‥‥はい☆」
――良かったです。本当に夢だと思ってくれて‥‥。でも‥‥。
みなもはふと、靡く青い髪の毛を手で抑えながら遠くを見つめる。瞳からは穏やかな色が消えていた。
――あたし達が遭遇したのは純潔種狩りの一端に過ぎません。
「一つ教えて下さい。純潔種を狩ってどうするつもりなのですか?」
『‥‥か、買ってもらうのさ。特に別嬪は高く売れる! 人間が檻の中に動物を閉じ込めたように、半獣人が人間を閉じ込めて、観賞用にするって訳だ!』
恐らく背後には大きな組織が動いているのだろう。
「‥‥それでも、あたしはシャイラさんを護りますから」
「‥‥はい、みなもさん☆」
カタリーナは瞳を開くと、胸元に当てた一枚のカードをみなもに差し出した。
「みなもさんの履歴を更新いたしました。『海底施設の幼馴染と地上へお買物に行った人魚のみなも。純潔種狩りに遭遇するものの、人魚の特殊能力で難を切り抜ける』って感じです☆」
相変わらずな履歴ですね‥‥。
「はい、ありがとうございます」
流石に二度目となると、何となく慣れたような気がする。みなもは更新されたカードを受け取った。
「それでは、みなもさん、ごきげんよう☆」
カタリーナが微笑む中、次第に大きくなる眩い閃光に、みなもは瞳を閉じた――――。
<人魚の生活を続ける> <目を覚ます>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】
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■ ライター通信 ■
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この度は継続発注ありがとうございました☆
ファンレターありがとうございます♪ 切磋巧実です。
お返事が遅れていて申し訳ございません。前回の感想を頂けてホッとしていました。
さて、お任せという事でしたので、前回から続くエピソードとして、純血種狩りを描かせて頂きましたが、いかがでしたでしょうか? 今回のポイント(?)は、みなもさんの特殊能力と、優しさ故に妥協や手加減をしない部分を演出させて頂きました。特殊能力は、物語の中での表現と解釈して下さい。前回がほのぼの路線で愛らしいみなもさんを演出して、今回は怒ると一寸恐い部分の演出と、まったく正反対な感じですが(汗)、お気に召したら幸いです。次回があるとするなら、純血種狩りに深く関わるか、無事に海に戻ったものの、今度は、みなもさんが危機に! って感じでしょうか(おいおい)。勿論、別の世界で新たな物語を綴るのも自由です。またカタリーナに聞かせてあげて下さいね。
楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
それでは、また出会える事を祈って☆
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