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<東京怪談・PCゲームノベル>


■Phantom−櫻・紫桜編−■

 喉が潰れるほどに呼んだ

 幾度となく 声なき声で呼んだ

 それでも返事はなかった

 残された選択は 忘却のみ

 そう ならば

 沈むがいい
   忘却の闇へ…………



 今が、夕刻ということは教室にかかった時計の針で分かる。窓からも、夕日が射し込んでいる。
 そう、教室───眠っていたはずなのに、目覚めたら何故か、見知らぬ学校にあなたは、いた。見知らぬ───だが、どこか懐かしい学校。
 懐かしい───何故だろう?
 人気がなく、時計の針が示す時刻からして、今は放課後なのだろう。それはまだいいとして───何故自分は、記憶を失っているのだろう?
 自分の名前すら、分からない。
 何がきっかけで、「こうなった」のだろう。
「お前も?」
 突然声をかけられ、振り向くと……いつからいたのだろう、学ランの少年が立っている。
「わりぃ。そんなに驚くと思わなかった。俺は比呂斗。皇・比呂斗(すめらぎ・ひろと)。お前も突然記憶がなくなっちまったクチか?」
 でもそっちはちゃんと自分の名前を知っている、と指摘すると、少年は呆れたような表情をした。
「お前だってちゃんと身分証明書持ってるだろ。ほら、そこに落ちてる」
 言われてみると、本当にその通りだった。気付かないうちにそれだけを、力いっぱい握り締めていた。
 とりあえず自分の名前が分かり、あなたは改めて比呂斗に名乗った。
「そっか。とりあえずこの学校、俺一通り見てきたけど、お前の他には誰も見つからなかった。しかも学校から一歩も出られない───結界解除の能力、持ってたんだけどな。どんな能力でもまるで吸収されちまうみたいな感覚でさ……」
 あなたも自分の持つ能力で試みてみたが、学校のどの場所からも脱出口は開けなく、比呂斗と共に、元いた教室に戻ってきた。
 そろそろ夜になる。購買部からせしめてきた焼きそばパンを食べながら、比呂斗は言った。
「そういえばこの学校、『ファントム』っていう偉く美形の幽霊が出るって噂、今思い出したな……」
 何か、曰くでもあるのだろうか。
 とりあえずあなたは、この学校から出るため、比呂斗と共に行動することにした。




■Voice 1■

「変わったところ、わかりませんね」
 夜食を持ってきた比呂斗と共に、懐中電灯を持って学校中を調べてまわってみた紫桜だが、元の学校がどのような場所か分からないので、どこか変わったところがないかこうして調べていても、別段目立った感じを受ける場所はない。
 能力も使えないのならカンに頼るしかないとも思ったのだが、それもあまり今のところあてになってはいない。
「ドアも窓も一向にあかないのは明らかに『変わったところ』だけどな」
 比呂斗の言葉に、つと顎に手を当てて、紫桜はつぶやく。
「出口がドアや窓とは限らないかも、しれませんね」
「え?」
 比呂斗は虚をつかれたように目を見開いた。
「あっ……そっか、こんだけ普通の学校と変わってるんだもんな。お前、───紫桜つったっけ。頭いいな」
「───もう一度、触りながら回ってみましょう」
 誉められても、特に気を良くしたふうでも悪くしたふうでもなく、紫桜は今きた廊下を、今度はあちこち手で触れながら逆周りしていく。
 そうしていきながら、比呂斗のことを覚えているかどうか、何度も頭の中で探ってみる。
 記憶をなくしているだけかもしれないが───やはり、今の時点では自分は比呂斗のことを何も知らない。
 ただ、持った印象は裏のない明るい少年だ、ということだった。
「先ほど聞いた、比呂斗さん、あなたが仰っていたファントムの噂の話ですが、そういう噂を思い出した、ということは比呂斗さんはここの学校をよく知っているんでしょうね」
「ああ……それは俺も思った。ここの学校通ってるか、それか友達がいるかとか、だよなあってさ」
「それなら、歩いているうちに他のことも思い出したりしないでしょうか」
「んー、そんな感じはしねえけど」
 人間の記憶というのは、一度失ったらそんなに簡単に引き出せないものなのかもしれない。
 そんなことを思っていた紫桜の指に、チリッと痛みが走った。
「!」
 思わず足を止める彼に、先を行っていた比呂斗が不審に思う。
「どうかしたか?」
「いえ───今、」
 そこは、地下へと続く階段の手すり。
 痛み、というよりも手すりに触れた指がかすかに痺れを訴えている。
 何かが、「呼んでいる」。
 そんな気がして、紫桜は階段へと身体の向きを変える。
「紫桜、そっちに何かあるのか? つか何か感じるのか?」
「ええ。危険が待ち受けているかもしれませんが……行ってみます」
「俺も行く」
 比呂斗も手すりを掴んだが、何も感じないようだ。
 それを目で確認し、だが何も言わずに紫桜は手すりに指をつけた状態でゆっくりと降りてゆく。
「なんだろう」
 踊り場を過ぎた辺りで、比呂斗が思い出したようにつぶやいた。
「俺、この先、行き着く場所。知ってる気がする」
「嫌な感じはありますか?」
 冷静な紫桜の口調に、幾分助けられるように比呂斗は頷く。
「あ、いや───嫌な感じってより───なんかこう、胸が痛くなるような思い出っていうかさ」
 胸が痛くなる思い出の場所。
 どんな感情だろう───哀しみ? 切なさだろうか。
 やがて踊り場を過ぎて階段を更に降りてゆくと、古ぼけた木の扉が見えてきた。
 そこに近づくにつれ、指への痺れが増していくのを感じていた紫桜は、ようやく手すりから手を離し、そっと木の扉をノックしてみた。
 痺れが、強い。
 しかし何故、比呂斗にはこの痺れがないのだろう?
 もしかしたら自分には「何か」を感じる能力があって、その能力が何かのきっかけで戻ってきたのだろうか。
 とにかく、出来るだけ考える材料が欲しかった。
 この中に、その「ファントム」という存在がいるのかもしれない。
 だとしたら、その存在とも話してみたかった。話すことで、何故自分と比呂斗を閉じ込めたのかヒントがあるかもしれないし、何かをさせたいのならなるべくなら手伝いたい。
「開けますよ」
 言って紫桜は、「ああ」と裏寒そうな比呂斗の相槌を待ってから、ギギィと小さく軋みを上げる扉を開けた。



■Voice 2■

 ふわりと、
    風のように。

 その地下室の空気は想像に反して紫桜と比呂斗を包み込んできた。
 地下室の中は古ぼけてはいたけれども、少し古い木造の教室といった感じで、むしろ清潔感すら覚えた。
 暗がりなのに、何かの薄明かりで地下室の真ん中に「浮いているもの」が見えた。
「紫桜、あれ───多分あれがファントムだ」
 比呂斗が、ごくりと唾を呑み込みながら口を開く。
 この雰囲気と「浮いているもの」で思い出したようだった。
「この学校のファントムは刀が好きだった。その刀に魂が宿ったのが、ファントムといずれ呼ばれるようになった───元からのファントムはどこかに消えうせたと聞いたのを思い出した」
「では、この『刀』が、」
 紫桜は、しっかりとその切れ長の瞳で「浮いている」美しいまでの刀を見据える。
「俺達を閉じ込めたのでしょうか」
 なんと───美しい刀だろう。
 鞘は床に転がり落ち、刀身は刀に詳しくない者ですら魅了されるほどに妖しく輝いている。

<愛しい、愛しい───>
 
 刀身から、黒髪を腰まで延ばした美しい着物の女性が現れ出る。
 ぽろぽろと、その刀のような鋭く哀しい瞳から、涙をとめどなく流しながら。

<我の伴侶。我の半身と同じにおいを持つ者。そなただけを閉じ込めようと思うたに、裏切り者の皇が邪魔しおった>
「えっ───まさか俺のこと?」
 仰天したように、比呂斗が目を見開く。
 応えのかわりに刀身が飛んできて、紫桜が手を伸ばした。
 延ばした手から、紫桜の体内に常からある抜き身の刀が出現し、比呂斗を狙って刺さろうとした刀を弾いた。
「妖刀、ですか」
 誰にともなく、彼はつぶやく。
 肌で、そう思った。
 もっともファントムが持っていたというのだから、妖刀になるのは確かなのだろうが───。
<何故邪魔をする>
 女が、あいも変わらず涙をこぼしながら紫桜を見る。
<我はそなただけを求めたのじゃ。なのに───>
「俺はもっと話がしたいんです」
 一言一言を噛み砕くようにゆっくりと、紫桜は女を見つめた。
「あなたに何があったのか。何故俺と比呂斗さんを閉じ込めたのか。
 ───聞かせて頂けませんか」
 簡単なことじゃ、と女はゆらりと首をかしげた。

 女はファントムと呼ばれるようになった自分の住処であるこの妖刀に身を置いていたのだが、いつしか時が経つにつれ、対となって作られた、伴侶である刀をとある僧侶に微塵にされた。
 遠く離れていても、互いの愛が潰えないほどに想いあっていた。
 女は嘆き哀しみ、どこかに伴侶が生まれ変わってはいないかと探すようになった。
 始めに見つけたのは、比呂斗の家にあった、刀。
 かなり廃れてはいたが一応その家の当主にあたる比呂斗にはじめ、女は接触を試みた。
 だが、比呂斗は女の伴侶になることを拒んだ。
 そして次に、この学校の近くをよく通る紫桜の体内の刀がより一層「伴侶に近い」と分かった女は、紫桜だけをこの学校に閉じ込めることにした。
 だが、それを察知した比呂斗が自らこの学校に飛び込むことで、邪魔をされることになった。
 もし比呂斗が飛び込んでいなかったら今頃、紫桜は女に魂を抜かれていただろう。

 事情が分かったところで、紫桜はしばらく黙っていたが、つと僅かに首をかしげ、形の良い唇を開いた。
「あなたのお名前をお聞きしたいのですが」
<我は來羅(らいら)。我と共に闇の寝床で暮らそうぞ>
「───來羅さん。残念ですが、それは出来ません」
 彼女が望むものがもしも違うものであれば。
 そして、自分が出来得ることであったならば。
 こたえることは、できた。
「この身が惜しいから、という理由よりも───俺はあなたの伴侶であった方が、あなたを待っていると思うのです」
<我、を……? どこでじゃ?>
 それは、紫桜が先ほどから疑問に感じていた「こと」。
 何故、比呂斗はこの部屋に入る前に、「胸が痛かった」のか。
 何故、比呂斗には指の痺れを感じなかったのか。
 紫桜は分かった気がしたのだ。
 あくまで推測の域ではあったけれど、確信を持って、彼は彼女の問いにこたえた。
「比呂斗さんの、身体の中で」
「!? なんだって!?」
 驚いたのは、來羅だけではない。比呂斗は今度こそ息を止めるほど、食い入るように紫桜を見つめていた。
「俺はこの部屋に来る最中、恐らく妖刀への反発から来る痺れを指に感じていました。でも、比呂斗さんは感じていなかった。そして、來羅さんのお話からでは比呂斗さんは伴侶となるのを拒んだ裏切り者となっていましたが、それなら俺を危険から逃すために自分から比呂斗さんがこの学校に飛び込んだことにも少し矛盾を感じます」
「痺れ……? 確かにそんなのは感じなかったけど、っつかなんで矛盾───」
「比呂斗さんと俺とに面識があったのなら、それも考えられます。ですが、來羅さんのお話の中で、そのことは出てこなかった。実際俺と比呂斗さんに面識はありましたか?」
 最後のほうは來羅に顔を向け、紫桜。
 ゆっくりと、來羅はかぶりを振る。
 静かに頷き、紫桜は比呂斗に顔を戻す。
「それならば、比呂斗さんの中に───恐らく身体を借りているかして住んでいる、來羅さんの亡くなった伴侶の魂が、自分の存在を主張したかったのでしょう。痺れを感じなかったのも、來羅さんと深く知り合いだったためとも考えられます」
<どうすれば───よいのじゃ。
 どうすれば───逢えるのじゃ。我は自分で死ぬことはかなわぬ宿命。後を追うこともかなわぬ>
「単純なことだと思います」
 紫桜は、自分の刀をしまいながら、少しだけ口の端を上げた。
「愛する者は、愛する者の聲で目覚めるのだと───思うのです」

 そう、忘却の彼方に身を沈めてしまったのなら。
 どうか呼んでおくれ。
 どうか、
  ───俺の名を。



■Last Voice■

 み や び

 比呂斗へ向かって、來羅の唇がその名を象った瞬間。
 比呂斗の心臓の辺りが光り輝き、黄金の光が体内から出て、來羅の元へ近づいた。
<ああ───雅火。本当に、これは我の伴侶、共に誓い合った雅火の魂>
 來羅の口元に、初めて喜びの微笑みが浮かんだ。
「これから、どうするんだ?」
 比呂斗が尋ねると、來羅はゆらゆらと片腕で魂を抱き、もう片腕は空気を混ぜるように動かしながら、言った。
<ここで静かに、寿命がきて───自然に朽ちていくまで、雅火と暮らそうと───思う。
 愛しや、愛しや───>
 視界に、頭に靄がかかる。
 紫桜は次第に意識を手放し、來羅の声もやがて、聞こえなくなった。



 気がつくと紫桜は、夕方の歩道に立っていた。
 今まで何をしていたのか───あまりよく覚えていなかった。
 こんなことは、実に珍しい。
 だが、この辺りは見覚えがあるし、何か用でもあって通りがかったのだろう。
 ふと、歩き始めた足がすぐに止まる。
 視線は右側に佇んでいる、骨董品店の中に注がれていた。
 そこには、恐らく業物の刀。値札を見ると、とても一般人では手の出ないような値がついている。
(あ───)
 紫桜はそして、ようやく「今まで」のことを思い出したのだった。
 別段、その刀があの來羅の刀だったわけではない。
 連想して、思い出したのだ。
 何気なく店に入ろうとした彼に、ドンと誰かがぶつかってきた。
「あっゴメン!」
 急いでたもんでさ、と両腕にいっぱいの飲み物を抱えて自動販売機のほうから走ってきたのは、比呂斗だ。
 彼は自分のことを覚えているだろうか?
 一瞬そう思ったが、その疑問はすぐに晴れることになった。
 紫桜を見て、すぐに比呂斗は「あれぇ、お前無事だったのか!」と相好を崩したのである。
「あのときにすぐ靄がかかったみたいに何もかも視界から消えちまってさ、気づいたら自販機の前にいて。んで、俺、部活の奴らから飲み物頼まれてたの思い出して。あっ───お前、俺のこと忘れてたりする?」
 紫桜は、なんとなく暖かな気持ちを胸に抱きながら、ゆっくりと微笑んだ。
「いや、覚えていますよ。無事で───よかった」
 そうして紫桜と比呂斗は暫くの間、あの來羅と雅火の話に花を咲かせたのだった。

 

《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5453/櫻・紫桜 (さくら・しおう)/男性/15歳/高校生
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、「個別ノベル」というものを手懸けてみました。今回はどんな「Phantom」が出来上がるだろう、とプレイングを読ませて頂きながら考えていたのですが、結果的に紫桜さんの設定に沿うような物語になりました。本当はもう少し突っ込んで書こうかなとも思ったのですが、あまり突っ走りすぎてもPCさんの設定をこえてしまったらどうしよう、と思ってここまでにとどめましたが、もしここの言動が違うよ、ということ等ありましたら遠慮なく仰ってくださいね;今後の参考にさせて頂きますv
やはり最後は、紫桜さんと比呂斗はなんとなく、意外にも気が合いそうだったので友情が芽生える感じで終わらせてみましたが、如何でしたでしょうか。


「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回もそれを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利につきます。本当に有り難うございます。このノベルは「オペラ座の怪人」から思いついたネタでもあるのですが(内容に関わりがあるか否かは別として)、「オペラ座の怪人」の話は、わたしはガストン・ルルー作のものが一番好きでして(何しろホラー映画が全く見られないものですから、小さい頃にウッカリ見てしまった白黒映画の「オペラ座の怪人」しか記憶になかったのです、現実のビジュアルとしては;)、またどなたかのノベルを書く時にはあの雰囲気を出してみたいな、と目論んでおります(笑)。
次はどのような展開になるのか、同じシナリオでもPC様次第というこの新鮮な面白さに、書き手としてもちょっと楽しみにしております。


「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/10/05 Makito Touko