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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


■首刈りピエロ■



「…………」
 三下を目の前に立たせたまま、碇麗香は眉間に皺を深々と刻んで苦悩している。
 見事な形の爪がデスクをこつこつこつこつ。とんでもない速度で叩いているのを、三下がびくびくと窺っているのだが、今回は叱責の前沈黙とかではない。
 こつこつこつこつ、はぁ。
「へっ編集長ぉ〜?」
 三下の根性なぞ簡単に吹き飛ばしそうな迫力のある溜息に、耐えかねて声をかける。
 目の前の眼鏡をかけた部下を鋭く睨みつけて、そうして麗香はまた溜息。
「どうしようかしらね」
 ついと視線を落とした彼女の手元には、幾つかのプリントアウトされた資料。
 とある駅の報告。投書。ゴーストネットOFFを筆頭に怪奇現象関係のサイトの掲示板。それらの細々とした文字が並ぶ紙に幾つもチェックをつけてある分を眺めつつ、麗香が三度目の溜息をついた。
「さんしたくんだけじゃ、原稿が回収出来ないし……」
 適当な一枚を取り出して、フィルムのように蛍光灯の光に透かす。解決策が浮かぶわけもなく、それを三下に手渡して自分はまた別の一枚を取った。
「かと言って他の編集部員は出払っているし……」
「……あ、あのぉ、編集長……まさか『これ』の取材に行けって言うんじゃ」
 渡された資料を読むうちに三下から血の気が引いて。びくびくと、外れることを祈りながらの問いはやはり裏切られてあっさりと肯定される。三下の顔色なぞ編集長様の知った事ではないのだ。
「さんしたくんにしては勘が良いじゃない。その通りよ」
「ぅええぇっ!?ここここの取材はカンベンして下さい!怖いだけじゃなくて死んじゃうじゃないですかぁ!」
「その時には、血文字でも良いから原稿を仕上げて頂戴ね」
「そんなぁあああっ!」
 眼鏡の下は盛大な涙目だろうと思わせる、ぐちゃぐちゃになった顔。
 縋りつくように握った資料はとある駅で多発する昏倒、死亡についての情報が記されているのだが。
「お願いですから!お願いですからこの取材だけはぁあああ!」
「駄目よ。誰か来たら手伝わせるから」
「僕死んじゃいます!編集長ぉおおおおお!」
「適当に人が集まったら、出発ね」
 麗香の美脚が最後の頼りと言わんばかりに縋りつく部下を蹴り飛ばし、再び手元の資料を見る。
 共通性の無い人間が、駅のあちこちで倒れているのが発見されている事件。最近ではほぼ毎日のように起きているという。唯一の共通点は首の赤い筋。昏倒していた人間は一見裂けているのかと思う程に赤い線が太く。死亡していた人間は、実際に首を深く裂かれて。そんなある種通り魔じみた出来事についての資料だ。
 それにつけられたタイトルは。


 ――首刈りピエロ


 と、そんな真面目な場面はさておき。

「死にたくないです編集長ぉおおおお!見逃して下さいぃいい!」
「だめ。なんならもう一人くらいつけておこうかしら」
「いっそその人たちだけで行って貰って下さい僕一般人なんです能力なんて無いんですぅうう!」
 扉を開ければ悲鳴。というか懇願する誰かの声。
 一顧だにしない相手の態度がまた容赦が無いとそれだけをまず櫻紫桜は思った。
 鼓膜に響く声。何かの拍子に顔を合わせた事のある二人。実際に遭遇するのは初めてだったが、成程これが例の取材前の恒例行事……という事はこれから取材か。
(俺も付き合うことになるかな)
 己の巡り合わせを思えば確実だろう未来を思い浮かべて二人を見る。
 その手前に自分よりもやや年長の学生が一人。緑の瞳を笑みに緩めて紫桜へ片手で挨拶して来た。
 会釈をして返すと、その動きに碇麗香編集長(様)が目敏く反応して紫桜を見る。優秀な記憶回路をさして働かせもせずに検索を終了すると彼女は「バイトがあるんだけど」と手招いた。
 やっぱりなという気持ちで学生の隣辺りまで入れば麗香が足元の三下を指先で示して曰く。
「首刈り事件の取材を嫌がるから、付き合ってあげて頂戴」
「……はぁ」
「詳細は電車の中ででも読んで。最近はかなりの頻度になってる通り魔事件だから」
「……それは、いいんですけど」
 ちらりと見るのは彼女の足元でぐじぐじと泣き崩れる三下忠雄。視線を辿って編集長も彼を見て、何事も無かったように視線を戻す。そして一言。
「原稿最優先ね」
 鬼である。仕事の鬼である。紫桜の学校でも噂になっている物騒な事件なのに部下より原稿。
 資料を渡されながら、やはり手伝うべきだと胸の内で呟いた。
 だって絶対三下さんだけじゃ病院送りだし。


** *** *


 目の前にピエロが居ます。
 気が付けば目の前でピエロが笑っています。
 気が付けば目の前で鎌持ったピエロが笑っていたのはどうしましょう。

「まんま落書きのピエロだな」
「あの歪んだ線のままならいっそ笑えましたよね」
「なんかどっかのファーストフード思い出す」
「貴方達……まず驚かないと駄目じゃない」
 待合室で出会った梧北斗も含めてまず落書きピエロを確かめた。
 なによりも落書きが一番怪しいのだから当然だ。
 北斗はゴーストネットOFFの書き込みを見て興味を持ったというが、三下さんとは対照的な人だなぁとふと思う。この人の十分の一でもあればあるいは三下さんはここまで……そこまで考えて止めた。なんだか無理が有り過ぎるように思えたのだ。そもそもピエロへの対処方法を話しながら落書きをチェックした途端に人が消えてピエロが居た現在、動じる様子も無くコメントするような人達と比較するのは無理以前の問題だし。
 考える紫桜自身も含めて考えろよ、とは心を読めない人間達では言いようも無かった。
 ちなみに三下はといえば今現在引き攣って硬直しているところだ。
 多分この場合三下の反応が初っ端としては正しいと思われる。ピエロもいまいち反応が可笑しいと感じたのかニタリと笑ったまま動かない。途方に暮れているんじゃないだろうか。
「笑い方もわざとらしいぞ」
「ピエロですからこうじゃないですか?」
「タダで売ってるにしちゃあこなれてないな」
「だからまず驚いてあげないと」
「いや驚いちゃいるけどさ」
「俺も驚いてはいるかもしれません」
「でもインパクトが思ったより無いんだよな」
「まあもっとえげつない事件も世の中にはあるけど一応死者だって出ているんだから」
 むしろピエロが気の毒になる程淡々と話す四人に鎌を振るに振れないピエロである。振っても反撃されそうな気もするし。どうも尋常じゃない気がするぞ、とてでも思ったのかもしれない。
 しかしそんなピエロに唯一まともな反応を返す人間が居た。
 言わずと知れた三下忠雄、23歳。今日も今日とて自ら泥沼に突っ込む男。
「うわぁあああああ!出ぇたぁああぁぁぁ!」
「あ!三下!」
「うわ速!」
「三下さん走れたんですね」
「ってそうじゃないでしょう!この!」
 期待通りのというか今まで通りの反応を返した(あるいはそれ以上だったかも知れない)三下を当然ピエロはロックした。嬉々として鎌を構えて走り出した瞬間にシュラインが除光液を噴霧する。素が落書きであるならあるいは、と思ったが輪郭に変化は無い。
「三下さん待てって!おい!」
「俺も行きます」
 効果が無いと見るやもう一つの噴霧器を構えるシュライン。それには御神酒が入っているの落書きを調べる前にめいめいに噴き付けた折に聞いている。こちらは効果があり、ピエロが怯んだ隙に追い越して三下保護に向かう紫桜と律。シュラインに標的を変えるかと思われたピエロは変わらず追いかけてきて、今度は北斗が弓を射掛けているのが背中越しに見えた。
 その射掛ける手を止めて北斗が舌を打つ。
 相手の移動が早いのと、最初の一射から急ぎすぎて的がずれたせいで掠めるのがせいぜいだったのだ。
「ったく三下も」
「まあまあ。お陰で落書きを調べられるわ」
「それもそうだな」
 既にしゃがみこんで床近くの落書きを見ているシュラインの上から覗き込む。
 子供が書いたのかひどく低い位置にあるそれをしゃがんだり、中腰でその上から見ていたり、傍から見れば少々奇妙な光景だが当人達は気にしない。そもそも他に誰も居ないのであるし。
「やっぱ線だろ」
「足すか引くか、よね」
 既に三下の事は追った二人に任せているらしく、会話の内容はと言えば落書きピエロについてばかり。
 薄情なのか、仲間を信頼しているのか、淡白なのか、三下についてはそういった傾向になるものなのか。
 説明出来る者は居ない。


** *** *


「だから待てって三下さん!」
「聞こえていないみたいですね」
「待て!待たないとピエロが来るぞ!」
「待ったら来ますよ」
「言ったら逃げるだろ」
「今も逃げてます」
「あー投網とか用意しときゃ良かった」
「それはピエロ用じゃないんですね」
「三下さん用」
「俺たちは三下さん捕獲じゃなくて、ピエロの取材でしたよね」
 人間錯乱するととんでもない力を発揮するものだと、身をもって証明して今も疾走する三下忠雄。
 どうも彼を見ているといまいち切羽詰った感じになれない。
 背後から更にピエロが追い縋っているというのに律と紫桜もまたのどかな会話をこなしつつ三下を追っていた。
 ……ピエロもさぞやりにくかろう。
 そう思っていたのだが、ふと振り返ればピエロが。
「居ない!」
「え?」
 慌てて立ち止まって振り返る。確かに居ない。
 ほぼ一直線。曲がり角は行き止まりの一箇所だけ。そこには確かトイレ。
「……ピエロがトイレ?」
「そんなわけ」
「ぎゃあああああ!」
 響き渡った悲鳴に慌てて振り返る。
 三下の向こうの通路から鎌を持った人影――ピエロ。
「マジか!」
「繋がってない筈ですよね」
「繋がってたら、いやアイツには繋がってたんだ」
「無茶苦茶ですけど有り得ます」
 走り出すが間に合わない。
 止まりきれず挙句転倒した三下に頭を抱えつつも向かう。傍らの紫桜が手の平から何かを取り出しかけるのを見ながら効いていてくれよと祈ったのは首周りにそれぞれ張っておいた結界。
「ひ、ひぃい!」
 振り下ろされる鎌。それが三下の咽喉へ刺さりかけて何かに弾かれる。祈ったばかりの結界の効果は有ったらしい。
「っしゃ!ざまみろピエロ!」
 走って三下に駆け寄りそのまま蹴飛ばす勢いで通り抜けた律はピエロに殴りかかった。
 多分、これも予想外だっただろう。見事に律の拳が頬を抉り吹き飛ぶピエロ。鎌をそれでも手放さないのはむしろ立派だと、こちらは三下を助け起こした紫桜が思う。いやいやそんな場合では無い。
「うわあ!」
「三下さん走って下さい!」
 腕を掴んで無理に立たせると、紫桜が三下を引っ張って走る。すぐに振り上げられた鎌を避けて律も追いつくと今度は三人そろってピエロから逃走する形になった。
 先程までの勢いは何処へいったのか、三下が半泣きで必死に走って転びかけては紫桜や律に助けられている。
「こけたら最後ピエロが来るぞ三下さん」
「いえピエロは来てます。転んだら刈られますよ」
「そ、そんなぁ〜!」
「俺今あのまま倒せるかと思ったけど」
「鎌が邪魔ですね」
「てかお前怖くないのか?えらく冷静だぞ」
「それなりですよ。天慶さんこそ」
「俺は家主のが怖い」
「いえ解りませんから」
「居候の悲哀だよ」
「ああ肩身狭いから」
「……く」
「ふ、ふたりとも、そんな、呑気に」
 若者二人に引っ立てられつつ走る三下。
 息を荒げてようやくの事で口を挟むと二人は同時に背後を確認し、器用に頭をひねって見せた。
「でも曲がり角過ぎたし、後は一直線だしさ」
「通路まで変わるなら別ですけど気配ないですしね」
「あっちの二人がうまく消してると良いけどなぁ」
「追ってくるピエロに変化無いですよ」
「てことはまだ戻ったら悪いか」
「引っ張りまわしますか?とは言っても曲がり角通ると向こうが得しますけど」
「横すり抜けて反転とか」
「いいですね」
「ぼ、僕がよくないです〜!」
 三下のもはや悲鳴でしかない訴えに顔を見合わせる。結論は同じだ。
「最初に飛び出したのが間違いだったな三下さん」
「俺達も一緒に走るから大丈夫ですよ三下さん」
「ああぁぁあああああ!誰かぁあああ!普通は逃げますぅううううう!」
 駅構内にどうにもならない懇願の声がコミカルに響き渡った。

 ――ピエロが酷いのか二人が酷いのか。三下忠雄にとってはどちらだろうか。


** *** *


「あいつ、神経細いどころじゃないな」
「三下くんもねぇ……取材結構行ってる筈だから慣れたらいいのに」
 反響した悲鳴――無論、引っ立てられて更に逃走を続ける羽目になった三下のものだ――を聞いて憮然とした様子で北斗が言う。シュラインもまた思案するように首を傾げて苦笑。三下のあの性格は知り合った当初からまるで変化しないし、これからもそうだろう。
「どうかしら」
 苦笑したまま動かしていた手を止める。
 彼女の握った油性ペンの先は、ちょうどピエロの持つ鎌に触れていた。何本も、亀裂が鎌に書き込まれているそれに「いいんじゃね?」とぶっきらぼうながら律儀に返して北斗が今度はペンを握った。
「首に線引いてるかと思ったんだけど」
「悪戯で付け足されたのは鎌だけだったみたいね」
「だな。けどまぁ、血を吸って赤く、って推理は当たりだ」
「どうするの?」
「そうだな」
 きゅ、と赤黒いピエロの輪郭をなぞってみる。一瞬重なり、すぐに追いやられる色は北斗の握るペンの色。
「弾かれるか……」
「御神酒かけてみても駄目かしら」
「動いてる方でも怯んだ程度だろ?どうな」んだよ、と。
「……」
「……」
 言いかけた北斗の口が閉じる。
 何気なく噴きかけた御神酒がピエロの輪郭を微かに滲ませ――いや、そっちはいいのだそっちは。結局消えてないのだから。そちらではなく。
「砕けたぞ」
「そうね」
 見守る二人の前でピエロに付け足して書かれた鎌が、先にシュラインによって書き込まれたヒビからぱらぱらと砕けていく。ご丁寧にも破片が落ちるところまで再現されるというのはどうだろう。
 遠くから「あああ二人とも危ないですぅうう!」と悲鳴が聞こえる。悲鳴だろうか。制止だろうか。
「あっちがピエロ足止めしてくれるだろうし、やるか」
「そうね。あんたはピエロを書き直すんだったかしら?」
「おう。この色が問題だと思うし、今のでいい感じに薄れたからな」
 再びペンを走らせる。
 きゅ、きゅ、と独特の音が響く中で今度は何に阻まれ弾かれるでもなくピエロの輪郭は丁寧に修正されていった。赤ではない色で。


** *** *


 目の前で輪郭の色を変えて滲ませ消えたピエロ。
 当然元の構内に戻り、ひぃひぃ泣いている三下を宥めつつ周囲の視線から逃れた律と紫桜。
 泣きながらも必死に原稿の文章を考える成人男子を挟んで学生が二人駅を出る。
「俺達走っただけか」
「いいじゃないですか。結構貰えるでしょう?」
「なんというか働きと釣り合ってないような……」
「……一応手当てついて割り増しですよねそれ」
 含むものも無く、ただ心底不思議だという顔で紫桜が問うのに律はそっぽを向いて誤魔化した。
 言えない。犬の餌その他ペットアイテムを売っていてうっかり買ったら家賃未払だったなんて言えない。
 知っても紫桜は別に「家計簿つけたらどうですか」くらいしか言わないとは思われるのだけれど。

「よぉ。お疲れ」
「お疲れ様」

 階段を上ればそこには、先にとんずら――いやいや、人目を避けて出ていたシュラインと北斗が待っていた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1380/天慶律/男性/18/天慶家当主護衛役 】
【5453/櫻紫桜/男性/15/高校生】
【5698/梧北斗/男性/17/退魔師兼高校生 】

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■         ライター通信          ■
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・はじめまして。こんにちは。ライター珠洲です。
 緊迫感の無い遣り取りというか、ぽんぽん会話をして頂くばかりのお話になりました。えー……ボケツッコミ及びコメディノリについては平伏して謝罪します。四名様でピエロと対峙という事でなんとなくピエロと三下氏を苛める話な気分でおります。各PC様の口調、性格についてはあまり酷いずれかたはしていないつもりですが……どうでしょうか。反映されたりされなかったり、プレイングが色々地味に違ってたりもします。
 個別部分はOP文章起点の冒頭、駅に入って三下氏錯乱逃走以降はシュライン様・梧様、天慶様・櫻様と二人一組になっております。消し方はそれぞれ御自分とは組んでいない方のノベルでちょろっと。ともあれ初の四人ノベルとなります。ありがとうございました!

・櫻紫桜様
 丁寧に色々考えて下さったというのにこういう話でございます。会話をとにかく交わしつつ三下氏と一緒に走る、というのを天慶様と組んで実行して頂きました。なにかさらさら微妙に厳しい台詞言ってるような気もしますが……どうなんでしょう。ライター的には言っても似合いそうな気がしたのですが。笑って許せる台詞だといいなぁと思います。