コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


■祈りをこめて■

「おかしいわねえ」
 その日、碇麗香は珍しく仕事を放り出し、アトラス編集部内を徘徊していた。
「どうかしたんですか?」
 びくびくしながらも三下がそう尋ねてみると、麗香は怒りもせずにゴミ箱を丹念に覗き込む。
「いえ、困ってるのよ。私の昔の同級生から個人的に依頼されてた、調べてくれって言われていたことが書かれていたはずの手帳がなくなってるの。昨日依頼されて、今朝デスクの上に広げておいたのに」
「そのままにして席を外した、とかはないんですか?」
「うーん……そういえば、来客で数分だけ席を外したけど、その来客も急用ですぐに帰ったし、その間にデスクに近づいた人はいないっていう証言も全員から取ってるし」
 本当に、困っているようだった。
「はあ、仕方ない。覚えてるだけで依頼、調査してみるわ」
 立ち上がり、肩を揉み解してため息をつく、麗香。
「さ。三下くん、手伝ってくれる?」
 くると思った。
 そんな顔をして、三下はげんなりと、「はい」と筆記用具を手にする。
 麗香が覚えている限りでは、彼女の昔の同級生からの依頼というのは、こんな内容だった。


 彼女───西脇・誓子(にしわき・せいこ)は現在、結婚して神奈川に住んでいる。中でも山のほうで、不便なところもあるが和やかないい場所だという。
 そんなところで、ある事件が起きた。
 町の者が、一人、死んだのである。
 死因はまったく分からずにいたが、そんな事件が立て続けに起こるようになり、最近になってようやく、死亡した全員に共通するものが「何かの毒、しかも極めて微量の毒」によって死に至ったことが、能力者である検死官によって分かった。
 その検死官は暫くその事件の研究を独自にも進めていたのだが、段々ととりつかれたようになっていき、意味不明の言葉を口走るようになった。
「蛙だ。蛙が落ちてくるんだよ」
 そしてその検死官も間もなく、今までの被害者達とまったく同じ死に方をしたという。
 先日になり、西脇誓子が家の台所にいた時、いつの間にか足元に、見たこともない小さな蛙がいた。誓子はそれでコワくなり、次は自分が死ぬのではないか、と、昔からの親友である麗香へ助けを求め、手帳と、依頼を頼む手紙と依頼料が入っていたのだった。


 メモに書き留めると、三下はパソコンのキーボードを叩き、整理してみてからプリントアウトした。
「でも、これだけでもよく覚えてましたね、編集長」
「内容が内容だけに、ね。奇妙だもの」
 それはそうだ、と三下も同感だった。
「あ、あと。その西脇さんが住んでいる町にはね、なんでも昔からの伝説を大事にしているっていう建物が残っているらしくて。そこのシンボル像が、ハートの形と、それと向かい合わせに蛙の形だっていうの。関係があるかもしれないわね」
 ハートと、蛙。
 一体なんの伝説が残っているというのだろう?
 とりあえず三下は麗香と共にその日、夜通しネットで調べてみたが、伝説のことまでは分からなかった。ゴーストネットOFFの瀬名雫に頼んでもおいたが、ネットでもそんな情報は流れていないという。
「町の名前は、愛命町(あいみょうちょう)。愛はハートって連想できるし、シンボル像のひとつが愛、というのは分かるけれど。それと蛙の像が向かい合わせになっているってことも分からないし、殺人事件というか連続死人事件?が起き始めたのも分からないわね」
「考えられることは、誰かが蛙の像を動かした、とかで蛙の怒りでも買ったんでしょうかね? ほら、よく、注連縄とかしてそれを切ったら石から封じられていた化け物が出てくるとか、あんな感じで」
 三下の言葉に、麗香は少し考え込んだ。
「西脇さんも怯えたような文字の手紙だったし、早いほうがいいわ」
 途端、編集部の電話が鳴った。三下が反射的に出る。
「はい、アトラス編集部。え、あ、雫さんですか? えっ……童話ですか?」
 はい、はい、と三下はパソコンのメモ帳に電話の内容を叩き込んでいたが、やがて受話器を置いて麗香を振り返った。
「伝説らしきものに辿り着いたみたいです、雫さんが。ほら、童話で蛙にされた王子様の話、あるでしょう? あれに基づいた何かが昔、あの村であったらしいです。で、雫さんのネット仲間が偶然その町に住んでいたらしくて。調べてもらったら、やっぱり蛙の像に、落書きして消した跡があったみたいです」
「落書き? 何かの呪いの言葉とかじゃないでしょうね」
「違います。『死ね』とか不良がよく書くような落書きです、それを町長さんが一生懸命磨いて消したらしいんです」
 麗香は、ふう、とため息をつき、デスクに肘をついた。
「三下くん。あなたは雫さんからの連絡係としてここに残って頂戴。今回は私が依頼されたんだし、どうも引っかかるのよ。だから協力してくれる人を集めて、私が全経費を持って行ってみるわ、そこに」
 驚く三下にも構わず、いつもより真顔になって、麗香は協力者を求めるべく、携帯電話を取り出した。




■毒が生むもの■

 神奈川、山のほうにある愛命町は閑静な住宅街、という感じだった。
 多少古びた感じは受けるものの、それすら和やかに思える。
「こんなところで殺人───いや、奇妙な死人続出事件が起きているなんて、信じられませんね」
 依頼人の麗香に対して、礼儀正しい言葉遣いをする、榊・圭吾(さかき・けいご)。
 その隣では、注意深くあちこちを見ながら歩いている、一色・千鳥(いっしき・ちどり)の姿がある。
「いやに人通りが少ないですね」
 彼の言うとおり、いくら閑静な住宅街といっても、この昼間にまだ道端で出会った人間が一人もいないことに、気がついていた。
「皆コワがっているんだろうな……」
 圭吾の言うとおりだった。
 何が原因で、何がきっかけで「次は自分」が死体になるのか分からない。
 人々は極力、外に出ない、危険のない生活を選んでいるのだった。



 西脇誓子の家は、新婚にしては大きな家だった。
 なんでも、夫が地元人で亡くなった両親から譲り受けたものをそのまま使っているらしい。
「そういえば、旦那さんは? 確かIT関係のお仕事の人だったわよね。また出張中?」
 紅茶を出してもらって飲んでいた麗香が、冴えない顔色で向かいのソファに座る誓子に尋ねると、その顔色が更に暗いものになった。
「いえ───育生(いくお)さんは、こんなところ引っ越そうって、新しい土地を探して回っているの。当分はまだ、帰ってこないと思うわ」
「そう……」
 妻の身をおもうがゆえだろう。
「すみません、事情についてもう少し詳しくお聞きしてもいいですか?」
 誓子にもっと詳しい話を聞きたいと思っていた圭吾が、会話が途切れたのを見計らって、切り出す。
「あ、はい」
 誓子は襟元を正すように背筋を伸ばした。
 麗香が手帳をなくしたことは、本人が既に伝えていた。
 彼女が覚え切れていないことや、手紙だけだと伝わりづらいこともあっただろうと思っての、圭吾の質問だった。
 誓子は、ごく普通に楽しく、夫の育生と暮らしていた。
 さほどの悩みもなく、生活も決して豪華ではないけれども、二人で幸せな家庭を築くには充分で。
 新しい近所づきあいにも慣れてきた、そんな頃に。
 この事件が、起き始めた。
 次は誰だろう、と、町の誰もがそう感じていた時、誓子の台所に見たこともない蛙がいたのだ、という。
 誓子が悲鳴を上げると、途端にどこかに飛び跳ねていき、いくら家の中を探しても見つからなかった。
「亡くなられた検死官の方が、『蛙が落ちてくる』という不明の言葉と共に、今までの死者の死因は全て、何かの微量の毒によって、と突き止められていたそうですね」
 圭吾がメモに書きとめている間に、千鳥も腰掛けなおし、誓子に尋ねる。
「ええ、そういうお話は聞きましたけれど……」
「毒と蛙。関連性はないと言えばウソになります。毒をもつ蛙ならヤドクガエルがおりますからね」
「えっ、本当なの、一色さん」
「ああ、それなら俺も聞いた事があったな」
 驚いて自分を見る麗香、そして顎にペンの後ろを当てて過去雑学で得た知識の中から思い出している圭吾の言葉を受け、千鳥は頷く。
「アマガエルも実は表皮に毒を持つとは言いますけれど、アマガエルの毒は生き死にに関わるものでもありません。毒と蛙の関連性だけの事件なら、もっとも、既に解決していると思いますから別のほうからも調査を進めたほうがいいかとは思いますが」
 それじゃ次は例の場所に調査に行くわね、と麗香が誓子に行ったのを合図に、あらかじめ行き先の順番を決めていた圭吾と千鳥は立ち上がる。
「お茶、ご馳走様でした」
「本当に。美味しかったですよ。どうぞ気を抜いて、お待ちしていてください」
「あの」
 圭吾と千鳥に、ためらいがちに誓子は声をかけた。背を向けかけた二人が振り向くと、「あ……いえ、なんでもないです」とうつむいてしまう。
「何か気になることでもあったんですか?」
「遠慮せず、仰ってください」
 真剣な二人の視線に、誓子は口ごもるように言葉を搾り出した。
「……わたしが見たのは、黄色い……ごく小さな、蛙でした……」
 それだけです、と誓子は自ら背を向け、かちゃかちゃとカップを片付け始めた。



「ここよ。放置状態にあったから、管理人さんにも約束を取り付けられなかったけれど、見つかったら犯人に間違えられるとも限らないし、早めにね」
 ガタン、と調べをつけていた麗香が、死体の研究をしていた、そして同じ死に方をした検死官の使っていた小屋のようなぼろぼろの一軒家の鍵を針金一本でこじ開け、扉を開く。
 長い間埃をかぶった部屋が、カーテンの隙間からこぼれてくる陽射しにありありと姿を現す。
 あるものは取り付けの台所、トイレ。風呂場、そして大きな机の上に撒き散らしたたくさんの書類、それにパソコンとその周辺機器だけだった。
 家具という家具は他に殆ど見つからない。
「テレビも冷蔵庫もない」
 研究する人間というのは、変わり者が多いのだろうか。
「外、見張っているから」
 その麗香の声に急かすものを感じとり、できればここもどうにかして見てみたいと言った張本人の圭吾が、「すみません、すぐ調べますから」と言い置いて千鳥と共になるべく書類を崩さないよう、めぼしい情報はないか探し始める。
 どれも、書きなぐったようなあとが見えるものだった。
 一番新しいと思われる書類には、既にその時おかしくなっていたのか、紙いっぱいにこう書き連ねてあった。

『蛙が落ちる 落ちた蛙は祈りをこめて こめた祈りは愛の毒でお姫様の目を覚ます』

 …………?

 なんの、ことだろう。
 何かの謎解き唄、それともこの地に伝わる唄だろうか。
 千鳥はそれを一枚抜き取ったとき、
「!」
 針で刺されたような痛みに、思わず自分の指を見つめた。
「お、動いた動いた。ん? 大丈夫か、一色さん」
 パソコンを起動させていた圭吾が成功し、千鳥の変化に気づいて近寄ってくる。
「ええ───少し、痺れが。一体なんだったのでしょう」
 一瞬ではあったが鋭い痛みだった。なのに、指には何の異常も見られない。
 書類から何か読み取ろうとも思ったが、検死官の想いがこめられているだろうと推測し、今「引きずられる」わけにもいかない、と判断して彼は圭吾の動かしたパソコンのほうに移動する。
「一番最近のページはどれでしょう」
「ええっと……履歴は、これか」
 メカニックマンの圭吾は慣れた手つきでマウスを動かし、クリックする。
「「…………」」
 思わず、二人は同時に無言に陥った。
 最近の履歴はすべて、そのページのURLで埋まっていた。
 そのページは何かの動物紹介サイトなのだろう、「テリブリス」と書いてある。

 テリブリス、黄色い蛙。南米でも南西部にしか生息しない。
 その蛙は世界一の猛毒、パトラコトキシンを持つ。
 およそ0.1ミリグラムで人を死に追いやることが出来る。

 写真には、小さいのに黄色く、美しい───だが、それゆえにどこか毒をもつのだと納得させるような蛙が写っていた。
「誓子さんの台所にいた、というのはこの蛙でしょうね」
 ため息と共に出された千鳥の声に、圭吾は我に返る。思わず、見入ってしまっていた。
「しかし、南米の南西部に生息の蛙が、何故───?」
「誰かが飼っているとか、でしょうね。今はなんでも飼う事ができますから」
「それもそうだ」
 頷いたとき、麗香の呼ぶ声が聞こえた。
 ほかにめぼしいものも見つからなかったので、圭吾は外に出た。
「すみません、お借りします」
 小さな声で、千鳥は今は亡き家の主にそう言い置いた。先ほど抜き取った一枚の書類を、手に。



 伝説をもとにした建物、というのはまるでしなびた洋館のようだった。
 周囲は和風の風景なのに、そこだけが洋館、というのはいかにも似合わず。
 シンボル像というのも実際見てみたが、どちらも特殊な石で出来ているのか、美しく滑らかな手触りの、大理石のような白いものだった。
「ハートと蛙の像が入り口を挟んで向き合っていて……」
 麗香はメモに細かく記している。
 圭吾はふと、疑問に思った。
「童話に基づいた何かが昔にあって伝説になって、その伝説をモチーフにしたのがこの二つの像だとすると、どうしてハートを挟んでお姫様の像とか美しい女性の像、もしくはそういうのを象徴するものがないんだろう?」
 同意を求めるように振り返ると、千鳥はようやく町の者を見つけ、色々と聞き込みをしている。
 耳の遠い老人のようで、聞くのに苦労しているようだった。
 こりゃ、時間がかかりそうだな。
 圭吾は思い、落書きされていた、という場所にその跡はないだろうかとハートと蛙、どちらもの像をくまなく探してみる。
 蛙のほう、台座になっている部分にかすかに「死ね」と赤い筋が見えた。
「伝説というものがなんなのか、分かりましたよ。今のお爺さんが教えてくださいました」
 舗装されていない道を、やっと千鳥が降りてくる。
 へえ?と興味深そうに圭吾は立ち上がった。麗香もメモから顔を上げる。
「大昔にこの土地に、異人が流れ着き、戦でこの建物のある場所にあった小さな家に身を隠していたとあるお姫様と恋に落ちたそうです。ですがその異人の持っていた持ち物の中に、魔法を扱う者が彼を追いやる前にかけた呪いの本がありました。異人とそのお姫様の婚礼の日、たちまち家は洋風の城───つまり当時の日本人の見たことのない『異質の建物』に変化し、黄色い蛙が雨のように降ってきた。お姫様は気を失い、蛙の毒にあてられ、死ぬまで目が覚めることはなかった───そして異人のほうは、お姫様の看護をし続け、彼女が亡くなると共に自ら建物に火をつけ、自害したそうです」
「……随分、穏やかじゃない話だな」
 圭吾のつぶやきも、もっともだ。麗香はそんな中、小首をかしげた。
「その異人さんは何故呪いなんてかけられたのかしら?」
「彼は、故郷では名のある薬師だったそうなのですが、魔法を扱う者に効く薬草は知らなかった……そこからあらぬ恨みを買って、遠い日本にただ一人、故郷でも悪い噂ばかりを立てられるようになったため船で逃げてきた、ということらしいのですが、」
 千鳥は改めて、ハートと蛙の像を互いに見上げる。
「恐らくこの建物や像は、当時その異人薬師に何度も救われながら生きてきた日本人、地元人が彼ら夫婦を不憫に思い、そこから建てられたものなのでしょう。私が疑問に思うのは、そこではないのです。
 童話が関係しているということでしたよね? 蛙にされていた王子の童話は、調べてきましたが二種類あるようですね。お姫様が約束を素直に守った話とそうではない話。どちらも約束が出てきますから、それを守って欲しいと訴えているのかも知れません。もしも後者の話が元であるなら、最初から約束を反故にするつもりで何かをしていたのかとも思えるのです。
 今お爺さんから聞いたお話から察するに、碇さん、榊さん、どちらの童話に近いと思いますか?」
「うーん、前者、かしら」
「俺も前者だな。約束がその異人とお姫様にまるっきりなかったとは思えない。恋人や夫婦ってのは、大抵約束の積み重ねで愛情も膨らんでいくものだろう? なんの約束か、って言われると詰まってしまうが……」
 麗香も圭吾も、自分の推測と同じ答えだ。
 頷いておき、千鳥は「少しシンボル像から能力で、読み取ってみます」と近寄った。
 そこでふと、圭吾が腕時計に手をやる。
「あ───西脇さんの家を出てから、もうこんなに時間が経ったのか」
「何かあるの?」
 麗香の問いに、圭吾は顔を上げる。西日が傾いている。
「暗くなる前には、西脇さんの警護に行こうと思っていたんですよ。一応依頼者に何かあったらマズいと思いますから」
 俺、先に西脇さんのところに行っていてもいいですか?と麗香と千鳥の両方に尋ねる圭吾に、二人は頷いた。
「確かに、今の西脇さんを一人にしておいては彼女も心配でしょうし、私も『これ』が終わったらすぐに碇さんと向かいますから」
 千鳥の声に頷き、圭吾はその場を去った。
 いきなり圭吾が行っては不審がるかもしれない、と、麗香は一応誓子に携帯から電話をかける。
「おかしいわね、出ないわ。夕食の買い物にでも行ったのかしら」
 その言葉と、千鳥が蛙のシンボル像に手をかけ、

                     映像が飛び込んできたのは、同時だった。



■愛の毒、そして───目覚め■

 何故、こんなことになったのだろう。
 自分はただ、誓子の家に戻り、チャイムを鳴らし、そして招かれて家に入った───それだけの、はずだったのに。
 何故、その瞬間から「この家の中は真っ暗になったのだろう」。
 何故、圭吾の身体はいつの間にかのように、縄にでも縛られているかのように自由がきかなくなったのだろう。
 何も分からない。けれど。
 き、と圭吾は目の前に浮かび上がって見える、まるでスポットライトを浴びているかのように座る男───誓子の夫、育生を睨みつける。
 分からないが───多分、こいつが原因だ。
 そう感じた。
「手荒い扱いをして、申し訳ない。『今』の俺の名は、西脇育生、ということになっている」
 だからそうかけられた言葉にも、圭吾は皮肉げに微笑んだのだ。
「いやあ、全然。気にしていませんよ。事情が分かればもっと『快適』なんですけどね」
「ごめんなさい」
 謝罪は、背後の誓子から、した。
 振り向く圭吾と目をあわさないようにして、誓子は立っている。圭吾が逆らわないように───ナイフを、手にして。
「ごめんなさい、忠告だけでも、と……あなた達二人に、黄色い蛙のことを言いました……けれど、そんなもの役に立つはずがなかったんだわ……」

 ワタシガ 目覚メテ シマッタノダカラ

「!」
 半分だけ、分かったような気がした。
 シンボル像での、千鳥が老人から聞いたという昔話。突然のように起こり始めた連続死人事件。そうだ。それならば、
「誓子さん、あなたは親友の麗香さんに罠をはったんですか」
 それしか、結びつかない。
 ちょっと考えれば、分かりそうなことだ。
 検死官の部屋で見た書類、ちらりと見た中にこんな文章があった気がする。
『黄色い蛙、テリブリスを見た人間は、その後一日中には死亡している』
 まだ正気の筆跡で、そう書かれていた文章があった気がする。
 だとしたら。
 誓子が蛙を本当に見たのならば、麗香に助けを求めてから今までの間に、とうに死んでいるはず。
 もしくは、誓子が「例外」であるならば。
 それでも、同じ答えに辿り着く。
「誓子さんが───お姫様、とか……考えられるんですけどね」
 誓子は黙りこくっている。
 それは、圭吾の言うこと全ての肯定を示すものだった。
「蛙を見たのは、本当です」
 夫は、「手配」のためずっと家から離れていた。その後も、「行為」のために、誓子が間違って誰かに疑われぬよう。不快なく「目覚められる」よう。誓子には、「引越しの場所を探している」とウソをついて、家を空けて。
 離れた場所から、「それ」をしていたのだ。
「『姫』はこんなところで転生していた。俺はずっと意識があった。肉体が滅び、転生しても魂は変わらずにいた。それも呪いだとしたら、俺はそれにすら感謝するだろう。ずっと、転生するたびに───目覚めぬとはいえ、俺の『姫』を妻にし続けることができたのだから」
 育生は圭吾の瞳をまっすぐに見て、立ち上がる。
「そうしてようやく、何百年と経つ間、僅かながら力というものが持てた。これだけ永く魂を維持し続けているのなら、当然という理もあるらしいが───俺はその時その時の自分自身の努力と愛のみで『姫』の眠れる魂が宿った肉体を捜し、妻とすることが出来たあと、毒を飲ませ続けた。幾百年と月日はすぎ───ようやく、『西脇誓子』という名を持って現在そこに転生した『姫』は、蛙によって起きる殺人事件と、魔法使いがのこしていった呪いのひとつである『目覚めには大勢の魂』を目の前にして───そして、『あの時』蛙を見て───全てを思い出してくれた。目覚めてくれた。でも、」
 がし、と圭吾の肩を掴む。その青い瞳が、訴えるように。あるいは縋るかのように、圭吾を見つめていた。
(なんだ───?)
 だがその疑問は、すぐに晴れた。
「足りない。足りないんだ、像がひとつ。それは俺が、『姫』の目覚めをかえって邪魔するものと判断して、誰の目にも触れさせなかった。万が一にも起動しないようにしたからだ。でも、機械はその間に壊れてしまった───俺と『姫』が『辿り着く』には、それがどうしても必要なんだ。こんな形で脅迫するしかないと思った───『西脇誓子』の親友が頼んだ協力者の中にメカニックマンがいると聞いた。だから、これを逃したら次はないんだ」
 ようやく、見えてきた。
「あのシンボル像が───機械仕掛けで、ちょっと改造しさえすれば、その何かが現れる仕組みってやつですか」
 圭吾の言葉に、頼む、と頭を下げる育生。
「随分と」
 勝手な話だな、と圭吾は睨みを強くする。
「愛のためなら他人に何をしてもいいんですか? あなた達は自分達の愛の目覚めのために、この町の人間の命をたくさん奪った。それはどうなるんですか?」
 その、魂たちは。
 どうなる?
「俺達の目的が成就されれば、『刻は戻る』。死体事件もなかったことになるんだ」
 呪いを解く、ということはそういうことだ、と育生は必死だ。
「時間がないの」
 誓子のナイフを持つ手が、震える。
「今夜が、ギリギリの期限なんです。もしどうしても、あなたが逆らうのでしたら───」
 きり、とナイフを少しあげて見せた。
「毒が、塗ってあります」
 脅しか。
 圭吾は考えた。
 ───本当に、刻は戻るんだな。命も戻るんだな。
 そんな意味をこめて、育生をもう一度見る圭吾に、
 異人薬師の魂を持つ彼は、力強く───頷いた。



■永遠に続くもの■

 千鳥たちと圭吾たちがばったりと合流したのは、ちょうど誓子の家とシンボル像の場所との中間地点だった。
 意気込んでいた千鳥は少し鼻白んだように圭吾とその両脇にいる西脇夫妻を見たが、事情を察し、
「すみません、少し情報交換の時間を頂けませんか?」
 と、出来るだけやわらかく、彼らに尋ねた。
 誓子が育生を見て、育生は暫し迷っていたが、「少しだけなら」と、時間がないことを誇示するように腕時計を指差してみせ、頷いた。
「榊さん、どこも無事ですか?」
 千鳥はまずそう確認し、圭吾は口早に、
「ああ。なんともない。それより、俺が今分かっていることを話すから。急いでいるんだ」
 そう言い、千鳥と短く、それぞれ得た情報の交換をした。その間、麗香は黙って聞いている。
 ───罠、だったの。誓子が、「お姫様」……。
 そんな思いを瞳に出していては、まずい。
 麗香はそう思い、誓子を見ずにいた。
「なんだって、それじゃあ」
 途中、圭吾が声を上げた。びくっとしたように、過敏になっている誓子が彼を見た。
「し」
 千鳥は声を落とし、「恐らく、『そう』です。ですから───榊さん、あなたが西脇夫妻にそのようなことを言われたのでしたらこのまま続行しましょう」と言って、話を切り上げた。
 圭吾は頷き、西脇夫妻を振り返る。
「行きましょうか、すっかり真夜中になる前に」
 歩き出す。
 圭吾に、機械仕掛けのシンボル像の修理やら改造やらをさせるのを、止めるのではなかったのか。
 そんな麗香の視線に、千鳥は黙した。
 圭吾から話を聞き、間違いなく勝算のある賭けだと。
 そう判断した。だから、行動の方向を変えた。
 この慎重派な小料理屋の主人が、あやふやなまま「賭け」などに出ることは、まず、なかった。



 へえ、これは。
 改めて「力によって隠されていた」シンボル像、解除された姿を見て、螺子らしきものを見つけていつも持ち歩いている最低限の工具を取り出し、使って開いた圭吾は、感嘆した。
 使われている素材は、たいしたものではない。
 だが、その技術には目を瞠る。思わずメカニックマンとして身震いをし、やり手がありそうだ、と一瞬事件のことも忘れたほどだ。
 「魔法使い」が、暗に西脇夫妻を「呪い」という罠で動かし、大量に殺させていたのかもしれない───そんな言葉を千鳥から聴かされたときは、心底驚いた。
 そして、自分の復活をさせようとしているのかも、と彼はそんなことも言っていた。
 圭吾は素直に納得できた。
 驚きはしたものの、今までのこと、そして千鳥の体験したことを考えると、なるほどその通りかもしれない、と頷いたのだ。
 だったらこのまま「引きずり出して、責任を取らせましょう」。
 普段の彼からは想像もつかない大胆な発言に、彼のことをあまりよく知らない圭吾でさえ、一瞬「本気で言っているのだろうか」と思ったほどだ。
 だが、元来前向きなメカニックマンにしてみれば、これほどやりがいのあることはない。
 もしそれが賭けだとしても、やってやろうじゃないの。
 そう思ったのだ。
 チリ、チリ、と永く触れられていなかったシンボル像の中身が、改造(修理)されていくたび、機械同士こすれて音を立てる。
 それが圭吾には、機械たちの喜びの声に聞こえた。
(今、きれいに直してやるからな)
 月が、そんな彼を静かに照らしている。


 圭吾がシンボル像の修繕に当たっているのをさほど離れていない場所で見ていた千鳥は、西脇夫妻にも聞こえるように、ごく普通に麗香に話しかけた。
「すみません、麗香さん。休業の札を立てかけ忘れていたのを思い出しました。申し訳ないのですが、携帯も忘れてしまいまして───お客様がお待ちしていると申し訳ありませんので、知り合いに札をかけて頂きたいのですが、連絡するのに麗香さんの携帯、お貸し願えないでしょうか?」
 そんな千鳥の、暗闇で淡く光っている彼独特の金の瞳を見つめ返し、「いいわよ」と麗香も普通に携帯を「はい」と差し出す。
「何か店でもやっているのか?」
 耳ざとく、育生が声をかけてくる。麗香はこともなげに、かわりに答えた。
「彼はこう見えても、料理の腕は凄いのよ。小料理屋の御主人なの、この若さでたくさんの贔屓のお客さんがついているの」
「それなら弟子か使用人くらいいるんじゃないか?」
 疑わしそうな育生に、麗香は苦笑した。
「彼一人で切り盛りしているの。食材の手配から何から、ね。だからうっかり忘れることもあるってわけ」
 今日みたいに、ね。
 第一、「泊まり」の仕事になるとは想定外だったでしょうし、と彼女は続ける。
「それじゃあ、いつもお忙しいんですね」
 誓子は感心したようだ。実際その通りだったのだが、と千鳥は、麗香のリダイヤル機能を使いながら思う。
 正直、私はリーダー的頭脳ではないんですけれど……と、内心ため息をついている。
 この場合、麗香と圭吾を含めた三人の中でのブレーン的な指示を出す役目ではなく、この「演技」をしなければならないことをさしていた。
 一見穏やかには見えるが、一度こうと決めたら最後まで貫く男だ。
 ガラではなくとも、だから彼は携帯を持っているのを隠して、わざと麗香の携帯を借りたのだ───自分の携帯のアドレス帳には、瀬名・雫の連絡先はまだ、なかったから。
『はい? 麗香さん? んっとねえ、あれから調べ続けてはいるけど、これって情報はまだないんだよねぇ。もう少し待っててもらえるかなあ』
 呼び出し音が切れ、かわりに元気のよい雫の声が聞こえる。それに割り入るように、千鳥は「ああ、瀬名さんですか?」と、わざと苗字を呼んだ。
『へ? 誰? 聞き覚えはあるんだけど……』
「こんな時間にすみません、瀬名さんもお忙しい時間ですよね、『山海亭』の主の一色千鳥ですけれど、」
『ああ! 覚えてる覚えてる! 何度も事件に協力してもらってるあの料理のうまい───』
「すみませんけれど、私のお店に休業の札が立てかけられているかどうか、確かめてきて頂けませんか? それと、」
 いかにもそれが大切である、というかのように───雫が「気づいて」くれることを願いつつ、ゆっくりと発音する。
「お客様が一人でも待っていらっしゃいましたら、至急ご連絡を……お願いします」
『…………、…………』
 雫はようやく、こちらの事情が逼迫しているものだと察したようだった。何か言いかけた雰囲気がするが、呑み込んだのが分かる。
『ああ、そっかぁ。分かった! 「うちの使用人」の一人に行かせるから、安心して事件解決に勤しんでていいよ』
 雫は、千鳥の耳が痛くなるくらい───麗香や西脇夫妻にまで聞こえるくらいの大声で、そう言った。
「瀬名さん、声が大きいですね、相変わらず」
 わざと苦笑する千鳥に、雫のほうもノリノリである。
『そりゃあ、この時間だもん。お客さん達の煩いの、そっちには聞こえないかもしんないけど、うちも同業だもん。じゃ、あたしは「パパ」のお手伝いに戻るから。切るよ?』
 最後の「切るよ?」は、「他にはないんだね?無事なんだね?」という意味がこめられていた。
 雫の声が、圭吾にも聞こえたのだろう。
 額の汗を拭いつつ、ちらりとこちらを見る気配。
 そんな彼に小さくうなずきを返しつつ、千鳥は「ええ」と微笑んだ。
「それだけして頂ければ。ご無理を言ってすみません。では」
 ピッ。
 携帯が切られ、麗香の元へ戻ってくる。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいえ」
 麗香は携帯をポケットに戻した。
「よし、」
 圭吾が、立ち上がった。
「終わりましたよ」
「「!」」
 西脇夫妻が、同時に足を踏み出していた。
 誓子を手で制し、育生が改造したほうのシンボル像───ハートのシンボル像に歩み寄る。
 ハートの真ん中に手をかざすようにして、撫でるようにその後ろに回す。それを、三回。

 ゴゴゴ………

 どこからか、音がする。
 建物。
 建物、だ。
 否───正確には。
 建物の、前───その入り口の扉、直前の地面が。
 盛り上がって、
 いた。



 蛙が落ちる 落ちた蛙は祈りをこめて こめた祈りは愛の毒でお姫様の目を覚ます



 そんな声を、一同は。
 聞いた気がして。
 やがて、盛り上がった地面から姿を現した、
                      抱き合う男女の見詰め合う像に。
 目を、奪われた。

 しゅん、

 そんな音がして、その像から黒い塊が夜空に駆け上り。
 見る間に黒いマントを羽織った、禍々しい笑みを浮かべた男の形を取ったのは、その時だった。


「アーッハッハハハハハ!!」

 たまらなくおかしい、といった風に、男は腹を抱えて笑い出す。
「そんな、」
 なぜ、まほうつかいが、ここに。
 そんなつぶやきを、育生が呆然としながら発する。
「やっぱり、この世への復活を待っていたのですね。魔法使い───さん」
 千鳥の推理は、当たっていたのだ。
「なるほどね、でもあなたの思い通りにはならないよ。悪いけど、俺達は、な」
 圭吾は工具を落ち着いた動作でしまいながら、にやりと笑う。
「そうかな?」
 これ見よがしに、復活を果たした「魔法使い」の男は片眉を上げて彼らを見下ろす。
「この私の病だけが治せぬと。見殺しにした男への復讐くらいは、」
 魔法使いの繰り出した手が、まっすぐに育生の頭へ狙いをつける。
 バシュッと音がして、黒い塊が吐き出された。
「果たせるだろうよ!!」
 育生さん!
 叫ぶ誓子の声。ハッとする育生。
 誓子が自分をかばっている。しかしそれをどかす時間は、
 なかった。


 あ・あ
 おれの
 おれの・ひめ・が
 しんで
 しんで・しま・う………………



 しかし、目をかたく閉じた誓子に、いつまでも痛みも苦しみも襲ってこない。
 恐る恐る目を開いた彼女はそこに、ひとりの新たな人影を認めた。
 彼は───いつから、そこにいたのだろう。
 月に照らされ、麗香、圭吾、千鳥もまるごと抱えるように雷のようなばちばちという音をたてる結界を張った、その少年は、ふう、とため息をついた。
「あー、間に合ってよかった」
 その月に照らされた面影に見覚えを感じて、千鳥は小首をかしげる。
 千鳥が先ほど雫に「応援を頼んだ」、その「お客さん」が彼だということは、圭吾にも麗香にも通じていた。
 彼の視線に気づいたらしく、改めて少年はにこっと微笑みを浮かべた。
「俺は紫藤・聖治(しどう・せいじ)。一度は力もなくなったんだけど、新しく最近力に目覚めちまって、もてあましてるとこを雫ちゃんに拾われて、色々動いてんだ。よろしくな」
 紫藤。聞いたことがある。
 そんな千鳥に、聖治は片目をつぶる。
「雫さんから聞いてる。親戚の陽志(さんじ)が、以前お世話になったみたいだな」
「ああ、あの時の少年の───御親戚でしたか」
「一色さん、知り合いだったのか」
「ええ、以前雫さんの依頼でお会いした方の御親戚だったみたいです」
 彼の言葉に、よろしくな、と圭吾は握手を求める。
 そう───間に合って、よかった。
「よろしく〜。瞬間移動できたんダケド、ちょっと迷った。知ってる人のいる場所には簡単にいけるんだけど、今回は土地しか分からなかったから、さ」
 圭吾の握手を快く受け止めた彼は、おっと、と魔法使いの男が再度繰り出してきた塊を結界が弾く音で、空を見上げた。
「『あれ』を退治すればいいのか」
「すみません。私達の中で、戦闘能力を持つ人間はいないものですから」
「利用されていた育生さんの力が通じる相手とは、思えませんしね」
 千鳥と圭吾の言葉に、その通りだ、と育生は自分の無力さを思う。
「そんな顔、しないで。育生さん」
 誓子が、慰める。
「悪いのは、逆恨みをしたあの魔法使いでしょう? それに、育生さんが進んで人を殺していたわけではないと分かって、ホッとしてもいるのよ」
 それはそうだ、と圭吾も千鳥も思う。
 その辺りは───元凶の魔法使いを「どうにか」すれば、本当にハッピーエンドなるといいのだが。
「でもさあ、このヒト」
 聖治が無礼にも、わざとだろうか───魔法使いを挑発するように、指差す。
「あ、ヒトって言ってもいいのかな? まあいいけど、このヒトさ。殺させた魂戻してください、はいわかりましたっつーヒトとも思えないんだよね」
 この少年には、どれだけの力があるのだろう。
 今までのことも「分かる」能力も持っているのだろうか。
 いや、今はそんなことが問題ではなかった。
「そうね」
 麗香がうなずき、少年の言葉を認める。
「確かにそうだわ」
「でも」
 圭吾が、慎重に考え込みながら、現れ出た男女の像を見上げる。
「『これ』が鍵だったんなら、なんとかなると思うんです」
「そう思います、私も。……西脇さん、『どうすれば』あの魔法使いを倒せるか、心当たりはありませんか?」
 千鳥の問いに、育生は誓子を強く抱きしめながら、考えをめぐらす。
 その間にも、結界が揺れ動くほどの衝撃波を、魔法使いは苛立たしげにぶつけてくる。
「待てよ」
 自分自身につぶやくように、圭吾が顎に手を当てた。
「俺が改造したのは、ハートの像のほうだけ。それに、今までの情報から考えると……蛙が魔法使いと共にきた『災い』のひとつ、ってことになるんじゃないか……?」
「とすると」
 パズルが当てはまった瞬間に、大体の見当をつけていた千鳥が、すんなりとその圭吾の推測に同意する。
「蛙の像を、壊してみましょうか」
 OK、と聖治はすぐさま行動に出た。
 攻撃するには、一度結界を解かねばならない。
 シュン、としぼむように掻き消えた雷色の結界に、今だと言わんばかりに魔法使いの男が力を放ってくる。
「いつまでも、思い通りにいくと思うな!」
 今度は読んでいた育生の放った力と、ぶつかり合う。
 その間に、聖治が。
 軽い掛け声と共に、蛙の像を、力で───粉々に、した。

 ア、アァァァアアアアアアアア───!!!!!

 鼓膜を激しく叩く断末魔の悲鳴に、思わず全員が耳を押さえる。

 おのれ。
 おのれ、貴様ら。
 全員に───ぜんいんに・のろいを、かけ・て───、

「悪いけど、」
 聖治の手が、笑顔と共に動く。
「呪いはもう充分。永久に閉じ込めてやるから、静かにしててくんない?」
 ふ、と弱りきっている魂が、聖治の封印の力に抗えるはずもなく。
 魔法使いの魂は、永久に───この建物の奥深くに、封印された。



 元凶が封印されたため、か。
 埋葬されていた者ですら。
 蛙によって「殺されて」いた人々は、息を吹き返した。
 身体も、腐敗してはいなくて。
 人々は驚いたが、西脇夫妻が包み隠さず真実を話したため、最初は誰もが納得した顔をしてはいなかったものの、その切実さに日ごと、喜びと。
 西脇夫妻が「真に結ばれたこと」を祝福するようになった。
「やっと一緒になれたんだねえ」
 千鳥がはじめに事情を聞いた通りすがりの老人が、そんなことを言ったらしい。
 どうやら、その老人こそが、「言葉だけで受け継いできた、シンボル像を作った家系の者」だったようだ。



 東京に戻った麗香と、圭吾、千鳥はというと。
 雫を誘い、麗香の奢りで、麗香のお気に入りの和風料理店で食事をした。
「さすがにあんな事情じゃ、依頼料は取れなかったけれど、雑誌掲載許可は誓子にも育生さんにもとってきたし」
 昔話として、西脇夫妻の話題には触れずに、その過去と現在成就した長年にわたる愛の話で雑誌に掲載し、高い販売率を狙っている、麗香である。
 そうしたら、圭吾と千鳥にもささやかながら依頼料を出すわ、と言うのだが。
「俺はシンボル像の改造で、それなりに楽しんだし」
「私も、たいしたことはしていませんし」
 二人は、丁寧に断った。
「何か機械のことで困ったら、俺のところに来てくれるそうだし、楽しみになりますよ」
 圭吾は、そんなことを言う。
 千鳥も、注意深く料理を見てゆっくりと味わいつつ、微笑む。
「私のお店にも、いずれ来て頂けるようですし、私はそれで充分です」
 そうして、二度と封印の解けぬように、彼らは時折思い出すたびに、
 祈るのだ。
 どうか、もう二度と、哀しい魂が転生を繰り返すなどという、悲劇が起こらないように。
 どうかもう二度と、あの穏やかな土地に、不穏なことが起こりませんように───と。


 ───姫。
 ───ああ、やっと。
 ───俺達は、穏やかに。
 ───穏やかな、生活を、家庭を。築いて、いけるんだ。
 ───ようやく、姫。あなたを。
 ───俺は、本当の意味で、護っていくことができるんだ───

 

《完》
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5425/榊・圭吾 (さかき・けいご)/男性/27歳/メカニック&違法改造屋
4471/一色・千鳥 (いっしき・ちどり)/男性/26歳/小料理屋主人
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、「単純な推理もの」に「少し不思議系」を混ぜたものにしよう、と考えていたのが、読みようによっては中途半端なものになってはいないか、と少し不安要素が残るものになってしまいましたが、個人的にはとても気に入るものとなりました。
いやに長くなってしまいましたが;
また、今回、「愛の毒、そして───目覚め」の章だけ、お二人とも個別にしてありますので、どちらも読まなければわからないところもあると思います。また、お暇がありましたら、もうお一方のほうも見てくださると、嬉しい限りです。

■榊・圭吾様:お久しぶりのご参加、有り難うございますv どうして女神やお姫様、それに関する像がないのか。ここに着目して来てくださったので、推理がとんとん拍子に進むことができたかな、と思います。また、誓子さんにはりつく、というプレイングも「これは使える」と思いまして、榊さんがメカニックマンということもあり、あんなシチュエーションも付け加えることができました。因みに、榊さんがメカニックマンでなく「魔法」や「超能力」を使う能力の人間だとしたら、機械仕掛けではなく、魔法や超能力でどうにかなるシンボル像に変わっていました。
■一色・千鳥様:いつもご参加、有り難うございますv 蛙の毒に気づいてくださって、とても助かりました。ヤドクガエルにしようかな、とサンプルを書いているときに思ったのですが、もうひとつあまり知られていないテリブリスのほうにしました。細かいところは間違っているかもしれませんが;今回は、千鳥さんの性格にはあまり似合わないのではないか、と心配になってしまうほど行動的に動いて頂きましたが、ここはこうはしない、ということなどありましたら、遠慮なく仰ってくださいね;今後の参考に致します。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。本当に長々と書いてしまったノベルではありますが、やはり書きたかったのは「長年成就されなかった愛情の哀しみ、そして成就される幸せ」だったのかな、と思います。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/10/10 Makito Touko