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使えるものは神でも使え?
ある週末の夜のこと。
『頼みたいことがあるんだけど、今からこっちに来られないかしら』
麗香のその電話を受けて、海浬は彼女の自宅へ向かっていた。
彼女の用件がなんなのかはわからないが、きっと何らかのトラブルがあったに違いない。
それも、わざわざ海浬を頼らなければならないほどの大きなトラブルが。
そんな事を考えながら、海浬は車を走らせた。
ところが。
麗香の抱えていたトラブルは、海浬の想像していたものとは全く違っていた。
海浬が案内されたのは、なんと台所だった。
そして、そこで海浬が見たものは……カサカサと床をはい回る、茶色い生き物の姿だったのである。
「ゴキブリ……か?」
呆然とゴキブリを見つめる海浬に、麗香は少し困ったような顔でこう言った。
「一匹見たら三十匹、って言うでしょ。
ひょっとしたらどこかに巣があるかもしれないし」
「それを、俺に退治しろ、と?」
「ええ。一匹残らず」
確かに、海浬の能力をもってすれば、ゴキブリの駆除などたやすいことだ。
しかし、この程度のことなら、他にいくらでも解決策があるのではないだろうか?
「まさか、そのために俺を呼んだのか?」
海浬が念のためにそう尋ねると、麗香はさらりとこう答えた。
「わざわざ薬を使ったりするより、この方が早いでしょ」
どうやら、海浬はゴキブリ駆除のためだけにわざわざ呼び出された、ということらしい。
全く、人の能力をなんだと思っているのだろう。
このあまりと言えばあまりの展開に、海浬はそう思わずにはいられなかった。
世の中には、「人に頼りにされている」というだけで喜べる幸せな人間もいるようだが、あいにく海浬はそこまで幸せな思考回路を持ち合わせてはいない。
お供のソールもそこは同じだったようで、やれやれという様子で海浬の方を見ている。
とはいえ、ここまで来ておきながら、腹を立てて何もせずに帰るというのも大人げない話だ。
「仕方がない」
海浬は小さくため息をつくと、ゴキブリの駆除にとりかかった。
まず、この家のどこに、どれだけのゴキブリがいるのかを調べてみる。
なるほど、一匹見たら三十匹とはよく言ったもので、巣とおぼしき場所に結構な数の反応があった。
次に、いよいよ実際の駆除作業に移る。
別にゴキブリに情けをかける理由もないのだが、わざわざ殺す必要もない。
そう考えて、海浬はこの家の中に存在する全てのゴキブリを一カ所に集め、まとめてどこかの山奥へと転移させた。
転移した先でそのゴキブリがどうするかは、海浬にもわからない。
ひょっとしたら、山を下りて人里に向かい、また別の誰かの家に住み着くかもしれないが、さすがにそこまでは面倒を見きれない。
ともあれ、これで「この家のゴキブリを一匹残らず駆除する」という依頼は果たした。
「この家にいた全てのゴキブリを自然界へ転移させた。
その後どうなるかまでは責任を持てないが、少なくともこの家からゴキブリがいなくなったことは確かだ」
海浬がそう報告すると、麗香は少しほっとしたような表情を浮かべた。
「ありがとう。おかげで助かったわ」
「どういたしまして」
麗香の感謝の言葉に、作り笑いで応える海浬。
彼が帰路につこうときびすを返しかけたところで、麗香が再び口を開いた。
「ところで、夕食はもう済ませたの?」
「いや、まだだが?」
海浬がそう答えると、麗香はこんな事を言い出した。
「それなら、うちで食べていって。私の手料理をごちそうするわ」
麗香の手料理。
料理が上手だという話は聞いたことがないが、そもそも麗香に手料理をごちそうになったという話自体聞いたことがない。
そう考えれば、味の方はわからないが、希少度は間違いなく高い。
「では、お言葉に甘えるとしようか」
「それじゃ、リビングの方で少し待ってて。すぐ作るから」
そんなやりとりを交わして、海浬はリビングへと向かった。
ふと見ると、後をついてきていたソールが、物欲しそうな顔をして海浬の方をじっと見つめている。
「わかったわかった、お前にもわけてやろう」
海浬がそう言うと、ソールは嬉しそうに頷いた。
……が。
そうこうしているうちに、台所の方から何とも言えない――この表現をどういう意味で使っているかは、ご想像にお任せする――においが漂ってきた。
それをかぐや否や、先ほどまで海浬以上に料理を楽しみにしていたはずのソールが、一目散に逃げていってしまったのである。
おそらく、人間と異界の獣の好みの差が出ただけであろう。
その真偽はともかく、海浬はそう考えることに決めた。
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<<ライターより>>
撓場秀武です。
まずは、このたびは遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
コメディよりということでしたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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