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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『【幼子と御魂】最終編』


 東京都・N市で起きた神隠し事件の解決を依頼された者達は、途中、子供達の中だけに生きる存在である、ひなぎくという名の少女と接触。彼女の案内の元、一行は子供達の楽園へと向かう。
 そこは、確かに美しい場所であった。子供でなくとも、こんな楽園にならずっといたいと、心地よさを感じる程であった。
 その楽園の中で、一行はひなぎくの心に、徐々に優しく触れていった。ひなぎくは、古来より現れた、子供達の魂を食べてしまう怪物の無念の魂が集まって生まれたのだという。怪物が怖い、怪物のいない安全なところへと行きたいという、犠牲になった子供達の強い気持の集合体であるひなぎくが、人間の子供を連れてこの楽園へ向かわせたのであった。
 この楽園にいると、悲しみや辛さと言った負の感情がいつしか消えて行き、楽しい事だけを考えるようになっていく。だが、それは同時に人間の成長に必要な感情や思い出までもを消してしまうのだ。
 一行は怪物に怯えるひなぎくを説得し、連れ去れたN市の子供達を連れて元の世界へと戻る事になった。子供達の魂を食らうと言われる、怪物のいる現実の世界へと。



「さてと、やっと戻ってきましたね」
 杖をつきながら、セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)はN市の空き地の土を踏みしめた。
 少し前までいた、あの場所は確かに楽園であったのかもしれない。だが、N市の子供達の様子を見ると、それもやはり幻でしかなかったのだと、感じてくるのであった。
「楓、ママのところへ帰る。新しいお歌、幼稚園で習ったの。聞かせてあげるの」
 青木・楓が、セレスティへ向かって言葉を放った。
「俺も帰る。楽園はまた行きたいけど、あそこにいるとお母さんやお父さんの事忘れそうになるんだもん。そんなの嫌じゃん」
 石野・悠太も楓に続けて言う。
 上北沢・鈴はずっと黙っていたようであったが、他の二人の子供達の言葉を聞いて叫んだ。
「鈴も帰る!鈴、ママがいないとヤダ!」
「これで、もうわかったわよね?」
 草間興信所の事務員である女性、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)がひなぎくに言った。エマも子供達やひなぎくを優しく、かつ厳しく説得し、子供達を元の世界へ連れて帰る事が出来た。まずは、草間興信所から受けた依頼をひとつ終える事が出来て、ほっとしているが、これからが大変だと感じていた。
「子供達の本当の楽園がどこにあるのか」
「うん。あの楽園は、綺麗なところだけど、本当に大事なものはないんだって、お姉ちゃん達が教えてくれたから」
 ひなぎくがエマに答えた。ひなぎくは現実世界では姿が見えない子供であったが、今は皆に姿が見えているようであった。
「ひなぎくしゃんに、わかってもらってよかったでち」
 ひなぎくを安心させるよう、穏やかな声で、クラウレス・フィアート(くらうれす・ふぃあーと)が言った。
 草間興信所の依頼を受けた中では唯一の子供であるクラウレスのおかげで、ひなぎくと接する事が出来たのだ。
 楽園にいた時は同じ子供同士、という事からか、ひなぎくはクラウレスに一番懐いている様にも感じた。今は、ひなぎくは皆に心を開いているようにも感じる。楽園に行く前と今とでは、ひなぎくから発せられる感情が、違うような気がするのであった。
「怪物は、夜に現れるのですね。グズグズしている暇はありません。怪物を迎え撃つ為にも、早く準備をしてしまわねば」
 ニルグガル・―(にるぐがる・ー)の声は、相変わらず感情がまったくなく、まるで機械のようであった。ニルグガルは怪物退治を専門としてやってきたようで、それだけにこの状況にいても落ち着いていた。
「話では、怪物は負の感情を食らうとの事ですが。残念ながら、この私には感情というものはほとんどありません。私と、この槍・モトで、怪物の魂を消滅させてみせましょう」
 言葉に感情をまったく出さずに、ニルグガルは言った。
「そうね。ひなぎくちゃんの為にも、その怪物を倒してしまわないと。いつまでたっても、安心出来ないものね?」
 優しい声で、エマも言葉を口にした。
「子供達の悲しい想いが集まって生まれたって言っていたけれど、ひなぎくちゃんを見てたらちょっと違うんじゃないかなって思うの」
「どうして?」
 エマのその言葉に、ひなぎくが反応する。
「どうして、そう思うの?エマお姉ちゃん」
「悲しい思いをした子と、同じ子供を作りたくない、助けたいって思いはとても前向きだし強い心だと思うわ。だから、怪物に負けなかった、頑張った心の結晶だって、そう胸張ってて良いと思うの。ひなぎくちゃんの存在や、今までやってきた事もね」
 エマはそう言って、ひなぎくの頭を撫でた。母親のように、笑顔を浮かべて。一瞬、緊迫しているにも関わらず、穏やかな何かがその場を包み込んだような気がした。
「さて、夜になる前に、作戦を練らねばなりませんね」
 セレスティのその言葉で、場は再び緊張した空気に包まれる。
「私は戦闘は不得手ですから、後方で援助出来ればと思います。私は水を操る能力がありますので、そのあたりを使って支援していくつもりです」
「わたちは、かいぶちゅのおとりになるでちよ。このぷちぱんどらぼっくすで、まいなすのきをもちゅよわいこどもになれば、かいぶつもよってくるとおもうでちよ」
 クラウレスは常にひなぎくのそばにいた。クラウレスの実際の姿は大人なのだが、今は訳があって子供の姿になっている。クラウレスは、怯える子供であるひなぎくの手を優しく取り、前へと進ませる大人のような役割をしようとしているのであった。
「それなら、私も夜までに戦闘に役立てそうな物を用意しておくわ。どんな怪物なのかハッキリわからないけど、幽霊なんかと違って、物理的な攻撃も有効なのが幸いね」
 何かを考えながら、エマも答えた。
「先程申したように、私にはモトがあります。私はこれで怪物を消滅させます」
 どんな話でも、ニルグガルが冷静さを失う事はないようであった。
「その怪物の大きさが5mとなりますと、身体の大きな分、移動距離がありますね。蜘蛛と似た体格ですと移動時の物音や、素早さは人では追いつけない可能性が高いのですね」
 落ちついた口調で、セレスティが話を続けた。
「ですから、知能が低いという点を生かして、罠にはめて誘導する方向が良いのではないかと思います」
「わかったわ。罠になりそうな物、探してくるわね。それから、子供達も親御さんのところへ返さないと。皆、おいで」
「帰れるの?やったー!」
 鈴がまっさきにエマへとついてゆき、他の子供達も続いていった。エマは皆から離れて、子供達を連れて商店街の方へと走り出した。
 そして、最後まで油断しないように、慎重に子供達をそれぞれの家へと送っていった。子供達の親は、とても喜び、また涙を流してエマへと何度も何度も頭を下げた。何かお礼を、と言われたのだが、エマはこれからやるべき最後の仕事を終えてからでないと、とても落ち着かないと感じ、その申し出を断った。
 日没まであと数時間。だんだんと暗くなっていく町の影が、エマ達の緊張感をどんどん高めていった。



 やがて、夜がやってきた。エマ達は各自で準備を進め、この空き地に立って怪物を迎え撃とうとしていた。わずかながらの音にも反応をしてしまいそうなほど、緊張感に包まれている。
 ひなぎくの姿はどこにもなかった。ひなぎくはずっと空き地にいたが、日が傾くにつれてその姿は薄くなり、夜になると完全に消えてしまったのだという。今は姿は見えないが、どこかでエマ達の事を見ているはずだ。
「それじゃあ、やるでちよ」
 クラウレスはそう言うと、箱にごそごそと触れた。すると、今までのクラウレスにはなかった、後ろ向きの気弱な感情が、クラウレスのその体から一気溢れ出て来た。
「罠も仕掛けたし。あとは、怪物を待つだけね。とにかく、やるしかないわ」
 と、エマが言う。
「そうですね。怪物が何とかこっちへ来てくれれば」
 セレスティがエマに続けてそう言った時であった。セレスティの表情に、緊迫した何かが表れる。
「何かがこっちへきます!」
 皆へ聞こえるように、セレスティは叫んだ。その場の空気が、一瞬にして張り詰めた。空き地の道の奥から、何かがどんどん近づいてきた。
「あれが、その怪物」
 ぽつりとエマが言った。いや、一瞬呆然としてしまったといえるだろうか。巨大な蜘蛛のような姿に、鋭い棘のついた足。とてもグロテスクな姿で、これを見ただけで怯えてしまうのも無理はないだろう。
「こどもたちのみらいのためにも、がんばるでちゅよ」
 クラウレスが怪物へと近づいていく。その足取りはしっかりとしていた。
「ぁ…子供、怯えてる、子供、いる」
 潰されたような低い声で、怪物が話す。
「子供、食う!」
 地面を蹴る音が響いた。怪物がクラウレスの方へ向かって飛び上がった。
「そんな大口開けるなんて、願ってもいない事よ!」
 エマはクラウレスのそばへ飛び出し、町で買ってきたものを一気に投げつけた。とたんに、怪物が一歩後退する。
「やっぱり、知能は大した事ないようね」
「なにをなげたんでちゅか?」
 クラウレスはまだその場に立ったまま、エマに尋ねた。
「漂白剤。あと、唐辛子も少し。そこらへんの店で買っておいたのよ。ほら、ちょっとは利いてるみたい」
「その程度ではまだ駄目です。攻撃の手を止めないで、一気にやらなければ」
 ニルグガルが怪物へと近づいていった。
「私のモトが放つ瘴気はあらゆる生命を腐敗させる。この槍の矛先に貫かれたものはモトの呪いが全身を駆け巡り、魂さえも分解し消滅してしまうのです。怪物よ、お前も例外ではない」
 怪物が立ち上がって、邪魔をしようとしたニルグガルやエマ達へと襲い掛かってきた。
「この怪物。姿に嫌悪感を抱くというより日頃、害虫食べてくれる蜘蛛に失礼だわって思っちゃうわね!」
 エマがまだ余裕を感じながら叫ぶ。
「ひなぎくしゃん、そばにいるでちよね?このかいぶつをたおせばきっと、しあわせがみつかるでちゅよ」
 この状況でも、クラウレスは優しさを失わない。音や空気の具合からして、ニルグガルが先頭に立って戦い、エマはその脇から物をぶつけていた。クラウレスは、怪物から少し離れたところで、ひなぎくに、話し掛けているようであった。
「試してみましょう。水を、血を、私の思い通りに」
 セレスティが、目をつぶって何かを探っている。
「見えた。やはり、幽霊などではない」
 セレスティが手をかざすと、怪物は急に動かなくなった。
「体、が」
 怪物の声が聞こえた。
「動きが止まったわ」
 続いてエマの驚きの声。怪物はまったくといっていいほど、動かなくなっていた。
「うごきがにぶったでちゅ!」
「決して怪物を恐れてはいけません。負の感情を見せれば、怪物はまた力を取り戻してしまうかもしれない」
 セレスティがクラウレスやそばにいるであろうひなぎくに声をあげた。セレスティは攻撃の手を止めることなく、空き地の隣りの家の庭の池の水を操って鋭利なナイフを作り出し、怪物の足を切り裂いた。そこにエマが音を振動させ、怪物の動きを鈍らせていく。
 ある程度怪物の動きが鈍ってきたところで、エマは怪物の方へと走り出した。手にはマットをかかえて、それごと怪物の足へとぶつかっていった。エマはそのマットを怪物のトゲに刺して、怪物の体へ触れようとしたのだ。
「きゃあっ!」
 怪物へと触れたものの、怪物が強く振り払おうとするので、エマは地面に落ちそうに鳴った。
「ひなぎくしゃん!」
 その時、クラウレスが突然声をあげた。
「このぷちぱんどらぼっくすのなかみをとりだすでちゅ。そばにいるんでちゅよね?かいぶつのちからがつよくても、ひなぎくしゃんはひなぎくしゃんでちゅ。こどもたちをまもりたいきもちは、かいぶつよりちゅよいでちゅよ。じしんをもつでちゅ。ひなぎくしゃんは、かいぶつよちずっとつよいでちゅから!!」
「今なら、きっと、そう思える」
 クラウレスがそう言うと、かすかな声が聞こえた。
「クラウレスや、皆がいてくれたから。ひなに勇気を与えてくれたから」
 その声は、どんどんはっきりとしていった。
「あの怪物は、ずっと昔。今みたいに豊かな世界じゃなくて、もっと人の命が短かかった時代に生まれたの。毎年毎年、病気が流行り飢饉が起こって、子供達が次々に犠牲になったの。人々の絶望の中で、あの怪物は生まれた」
「いまはこのくにはゆたかになったでちゅよ。なおせるびょうきもふえたし、たべものもいっぱいあるでちゅよ。ただ、こころまでゆたかになったかはわからないでちゅが」
 ひなぎくに、クラウレスが小さく言葉を返した。
「でも、じだいがかわっても、こどもたちはだれかがまもってあげないといけないでちゅから。このはこは、ぜつぼうのなかにきぼうがあるのではなく、きぼうをまもるためにぜつぼうのかたまりになったはこでちゅ。じゅんすいなねがいならきっと、ちからをかしてくれりゅでちゅよ。わたちは、きぼうのねがいをかなえてあるためにちからをかすでちゅ。さ、ひなぎくしゃん」
 クラウレス穏やかな声で言った。
「じぶんのちからできりひらくでちゅよ。ゆめもきぼうも…みらいも」
 そのクラウレスの言葉が最後となった。
 クラウレスのいる場所から突然眩い光が溢れて、あたりを包んだ。
「これ、は、つ、え?あのときの、つえ、か?」
 光の中で、怪物の声が聞こえた。その光の杖は怪物の体を突き刺し、その突き刺された場所から、暖かな沢山の魂が噴出して、空へと昇ってゆく。
「怪物よ、お前の魂も消滅せよ」
 ニルグガルが飛び出し、怪物の体を貫いた。鈍い声が怪物の体から漏れ、やがて静けさが戻ってきた。
「やったのかしら?」
 エマが不思議そうに答えた。まわりには何もなく、返って不気味であった。
「怪物は消えてしまったようですね。消滅したのでしょうか」
 セレスティは、そばのブロックに腰かけた。
「この、壊れた石碑はどうしようかしらね?」
「怪物は消滅したようですが、このままはよくないでしょう。あとで、この町の役所にお願いしてみましょうか」
「そうね、それがいいわね」
 セレスティの言葉に、エマが言葉を返した。
「これで、私の役目は終わりました。これにて、失礼させてもらいます」
 ニルグガルが、そう言ってエマ達から去っていった。さらに、あたりは静かになった。
「ひなぎくしゃん、きえてしまったでちね。おわかれのことばも、いえなかったでちゅ」
 子供達を必死で守ろうとしたひなぎくはもういない。エマ達がいくらひなぎくの名前を呼んでも、まったく返事は無かった。
 ひなぎくは、犠牲になった子供達の魂の集まりだと言うから、怪物の体の中から子供達の魂が解放された時、一緒に天へと消えていったのだろう。
「ひなぎくしゃんがさいごにとりだしたのは、きっときぼうのひかり。こどもたちをまもろうとしたひなぎくしゃんは、むかしおぼうしゃんがかいぶつをふうじこめたつえへ、きぼうのかたちをあらわしたんでちゅね」
 静かな声で、クラウレスが答えた。
「そうね。でも、きっとひなぎくちゃんも子供達も喜んでいると思うの。やっと、怖い怪物から離れる事が出来たんだもの」
「そうですね。またいつか、あの子達に会う日が来るかもしれません。子供達が安心して暮らせる場所を、作っておかなければいけませんね。時代が変わっても、子供達が不安なのは、昔も今も変わらないでしょうから」
 エマに続けて、セレスティがゆっくりと答えた。
「つぎにひなぎくしゃんにあうときは、いまよりももっといいせかいになっていてほしいでちゅ。わたちたちががんばれば、きっとできるでちゅよね」
 クラウレスの言葉に、セレスティは笑顔で頷いて見せた。
 いつか、子供達が楽しく暮らせる世界を夢見て。本当の楽園が誕生する日を、心待ちにしながら。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4984/クラウレス・フィアート/男性/102歳/「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】
【5054/ニルグガル・―/男性/15歳/堕天使/神秘保管者】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 シュライン・エマ様

『【幼子と御魂】最終編』への参加有難うございました。ライターの朝霧です。

 ラストということで、かなり気合を入れて、また描写に頭をひねりながら執筆してみました。比較的ライトな話を書く事も多いのですが、今回の話は延々とシリアスな話が続き、私の方もセリフや描写にかなり気を使いました。戦闘シーンがまさにそれで、なかなか苦手な部分もあったのですが、うまくその様子が伝わればいいなと思っています。
 最後の戦い、エマさんの立ち回りがなかなか難しかったです。特に、マットを持って怪物へとぶつかっていくシーン。どうすればうまく表現できるか、また位置がわかりやすいかと思い、自分でイメージしながら書いてみました。 
 シリーズものは初めてでしたが、とても楽しく、また悩みながら執筆させて頂きました。最後までの参加、どうも有り難うございました。