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調査コードネーム:静寂の館―封印された記憶―
------<オープニング>--------------------------------------
静寂の始まりは一つの終わり。
小さな館には全ての終わりと始まりが詰まっている。
その館は別の場所では「ABYSS」と呼ばれている。
静寂とその楽園を司る黒の館という意味で……。
「……ッ!?」
夢を見た。
とても苦しい夢を見た。
頭が痛い。吐き気もする。
「まさか…すぐ近くに…存在しているの…?」
息が弾む。まだ落ち着けない。声がまともに出ない。
あぁ、視界が少し暗い。誰か、明かりを…。
「私だけがない…過去の記憶…その記憶が…近くに、近くに…!」
涙がこぼれる。
こんな苦しみ、初めてだ。
誰か、手を伸ばして。救いの手を…。
朝。
マイ以外の4人は時間通りに起き、朝食を済ませた後だ。
お皿を洗いながらもクァレルは首を傾げていた。
何か、足りない。
皿に目を落とす。それぞれの専用食器。
それを事細かに数えてみる。
…明らかに足りない。
「カイルさん。主様はどうなさったのですか?」
「あ?主がどうかしたのか?」
「お姿が見えないなと思いまして…それに、朝食だって済ませていませんよ?」
「あぁ、確かに姿は見えないな…。しかし、彼女の事だ。部屋で読書でもしているのでは?」
「それでもちゃんと食事の時間には降りてらっしゃるはずなんですけど」
クァレルの心配そうな声。
そんな声を聞くと、自分も少し心配になる。珍しいことではあるが。
その時だ。イズミが慌てて部屋のドアをバタンッと開ける。
「どうしたんです、イズミさん?」
「感じる…感じるのよっ!何か、何かチリチリとした感覚がッ!」
イズミの能力の一つ、危険察知。それが反応しているのだという。
「まさか…!」
三人はマイの部屋へと走る。そこには既にシオンが立っていて、苦笑を浮かべて三人を見やる。
「シオン!一体どうしたの!?主様は!?」
「それがな……ああなってる……」
シオンが指差した先には、ベッドから落ちて倒れているマイの姿があった。
汗だくのまま、何かを求めて手を伸ばしたまま。
「息は…あるみたいですね。しかし、何故こんな反応が……」
「多分。多分だけど……記憶……近くにあるんじゃないのか?」
シオンが呟くと、その場が一瞬にして凍りつく。
彼女の記憶。それは災いを招きかねないもの。それでも彼女が捜し求め続けているもの。
「あるんだとしたら、誰かが握ってるって事になるな。今までそんな反応はなかったわけだし」
「……最近、変な生き物が屋敷の周りをうろついてるし…なッ!」
シオンがナイフを投げる。刺さったその場所にはまるでトカゲのような、気持ち悪い物体がじたばたともがいている。
その物体には黒い虫の羽が見える…。
「マジで探すか。ここまできたんなら」
「でもそれで主様に異変がありでもしたら…」
「そん時はそん時。どうせ命は狙われてるみたいだしな」
カイルが窓の外に目をやる。
そこには一人のフードを着込んだ男が立って此方を見ていた。
殺気は感じとれる。物凄い狂気だ。
「ドンパチするなら、人数もいたほうがいいだろうよ」
ククッと笑う。カイルはコートを翻すと自室へと戻っていく。
「とりあえず、どうするの、クァレル?」
「主様の看護の手伝い、もしくは戦闘を手助けしている人を探すしかありませんね」
「確かに。ここにゃ戦闘不得意な奴が多すぎるからな」
「シオンさん、カイルさんの事頼みましたよ?」
「無茶だけはさせんようにする。それがイズミとお前の望みならな」
手をひらひらさせながらそう言うと、シオンは部屋を出て行こうとする。
そしてその時、その一瞬。寂しそうな目でマイの方を見ていたのは二人すら気づかなかった…。
「で、私に出来る事っていうのは……原因追求とか、館の外にいたあの虫達の処理?」
そう尋ねたのは、カイルが無理矢理引っ張ってきたと思われる女性。
桜月・理緒だ。綺麗な黒髪、青色の瞳が綺麗に見える。
彼女はカイルに連れて来られたものの、屋敷の外にいた虫みたいな者達に襲撃され、急いで屋敷の中に連れ込まれ居間に通された。
其処にいたのはシオン。赤のシャツに、黒の膝までの長さのズボン。その肩に赤い十字架の紋章の刺青と変わった格好をしている為、理緒にも不審がられて
いるようにも見えるが……。
「そうだ。原因はある程度分かっている。…問題はあの虫だ。俺達だけで片付けられればいいんだが、何せ数が数だ。挙句に主様は……」
「その主さんに会って見たいんだけど、ダメかな?」
「…ついてくるといい。会わせてやる」
シオンに案内され、マイの部屋へと向かった理緒。
其処で見た光景は、少し儚いものがあった。
車椅子に座る少女。肩がふるふると震え光のない目。
…彼女がこの館の主、マイである。
「意識は戻ってる。…しかし、廃人状態だ。未だ何らかの干渉を受けているみたいだな」
「うわぁ……。外にいるのは、大体どういったゲテモノなの?」
「トカゲのようなものやらハチのようなものやら。種類は様々だが、その大半は魔から出来ているらしい。ま、悪魔と考えてくれればいい」
悪魔。
この世界ではあまり珍しくない。
しかし、こうも数が多いと駆逐するのは一苦労しそうなのだが……。
「任せて!チップデータの初陣!こんな時の為に準備万端にしてきたんだよっ!」
「よし。なら俺とお前の持ち場は玄関前だ。しっかりと駆逐して貰うからな?」
「えへへっ。任せてよ!」
ぶいサインを見せる理緒。
シオンは其れを頼もしく思うのだった。
そして、二人は部屋を出る。
やはりシオンは、マイを悲しそうな目で一度見やっていた。
この二人の関係は、今は関係のない事である。
玄関に出ると、二人は直に虫の大群に囲まれた。
シオンは得物を構え、理緒も急いで右腕のプログラムに武器チップを転送する。
「いいな?目的はこいつ等の駆逐だ!一匹残らず、確実にトドメを刺せ!」
「OK!ふふっ、初陣、初陣♪」
一閃。
理緒の武器プログラムが虫を一匹仕留めた所でその場の殺陣は始まった。
無数の虫が、シオンと理緒に襲いかかる。
理緒はチップを試すかのように一閃を浴びせ、虫を葬っていく。
理緒に切り裂かれた虫達は、地に落ち、姿をバケモノへと変えて生きたえる。
どうやら本当にゲテモノが存在しているようだ。
「こんなに数が多いんじゃチップ試すのも一苦労だよッ!」
「理緒、俺が食い止めておく。お前は早く次の準備を整えろ!」
「よーし……こうなったら一気に片付けちゃうよ!」
魔法のチップをプログラムに転送する。
そして、キュイインという音と共に詠唱が発動する。自動詠唱な為、そんな儀式的なものはあまり必要ないようだ。
シオンは理緒のもとへと行こうとする虫達を双剣で薙ぎ払う。
自分も埒があかないと思ったのだろうか。双剣を腰に収めると、地面に手を合わせる。
バチリバチリと稲光を見せるシオンの手。地面から引き離すと、その手には大剣が持たれている。
武器練成。それが彼の能力なのである。
「いくよ!シオンさん、避けてね!えーいッ!」
「うわっ!?」
理緒の右手より放たれた魔法は大魔法とも呼べるものだった。
一歩間違えれば、シオンも巻き込んでいただろう。
呼び出された魔法は、無数の虫達を飲み込みながらも焔をあげていた。
二人は暫く其れを眺め、辺りを見る。
半分の虫達はまるで逃げるかのような状態で消えていく。
少し安堵した。虫達に囲まれている間は気すら抜けなかったのだから。
「で、原因はなんだったの?」
居間。
四人が揃っている所で理緒が尋ねると、イズミが小さく溜息をついて首を横に振る。
「どうやら屋敷の周りをうろついていたのは第一陣のようだ。ボスが何処かにいたみたいなんだがな」
「みたい?取り逃がしたのか!?」
「俺のソウルイーターですら無反応だった。逃がしても仕方ないだろう?」
「カイル、貴様……!」
ギリッと歯を食いしばり、カイルを睨むシオン。
カイルはやれやれと溜息をついて相手にはしていない。
イズミは苦笑を浮かべると、理緒に小さな包み袋を渡す。
「え?これは?」
「お礼よ。虫達の第一陣は貴方のお陰で取り除けたわけだし。少ないけど」
「ありがとう!此方こそだよ、チップの初陣も出来たわけだしっ♪」
「にしても、不思議よね。貴方のその右腕」
「怪異使いって呼ばれてるんだっ♪」
嬉しそうに話す理緒を見て、イズミとクァレルは小さく笑みを浮かべた。
後ろの二人は未だに険悪な感じである。
「もしかしたら第二陣…もしくは本陣が来るかも知れないわ」
「その時、また余裕がありましたらいらしてください。…出来れば、遊びに来るという事で来て頂いた方が私としては嬉しいのですが…」
クァレルが苦笑してそう呟く中、虫達の脅威は取り除かれた。
多くの謎を残して。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5580/桜月・理緒/女/17歳/怪異使い
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■ ライター通信 ■
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初めまして、神無月鎌です。
今回はご依頼、ありがとうございます。
そして、大幅の遅れ申し訳ございません。
全て此方の不手際です……。
さて、この依頼。虫達の撃破は成功しました。
素敵で便利な貴方の能力のお陰です♪
第二弾は遅れるかも知れませんがご了承ください。
また、未熟な部分があると思います。
そういう点については何時でも神無月鎌まで申してくださいませ。
ありがとうございました。
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