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<東京怪談・PCゲームノベル>


[ 雪月花1 当て無き旅人 ]


 秋の空の下

  ずっとずっと探してた。
  独りの旅が何時からか二人になった。
  誰かが隣にいる、そのことはお互いの支えになった。
  嬉かった。ただ…嬉しかった。それを声や態度に表すことは滅多に無かったけれど。
  今はまだ当ての無いこの旅に、俺たちは多分……せめて少しばかり誰かの笑みが、欲しかったのだと思う。

  あなたはこんな俺達を助けて……俺達のこと、どう思っていたのでしょうね?


「ねぇ……柾葵、先はまだ遠い?」
 声に出すは一人の少年の声。声変わりは疾うに済んでいるはずだが青年と言うにはその声は高く、しかしその見かけは十分青年と言えるものを持っていた。表情にはまだ幼さを残してはいるが、身長は成人男性の平均を超えている。
 ただ、掛けたサングラスの奥に見える目は、その表情に似合わず冷ややかにも思えた。
 そして、その少年の隣に立つ彼より更に背のある一人の男性。柾葵と呼ばれた青年は、ただ少年の問いかけに首を縦に振る。しかし一瞬の後それが少年には見えていないことに気づき、そっと少年の右手を取った。
「洸……、まだ 遠い……?」
 掌に書かれた文字を読み取り、洸と名前を書かれた少年は苦笑する。
「うん、判ってるよ柾葵。でも俺、そろそろ疲れたんだ」
 言うと同時、少年の膝が崩れ、青年がそれを必死で支えようとした。
 しかし夕暮れ。ゆらぎ、やがて落ちゆく二つの影――…‥



 それから数時間後――この時間既に陽は落ちきり、辺りは街灯と家々から漏れる明かりだけ。まだ吐く息が白くなるわけでもないが、昼間に比べれば夜の冷え込みは格段のもので、仕事帰りであった一人の女性は帰路を急いでいた。
「早く家に帰って一休み……っと?」
 しかし、家に帰った後の予定を頭の中で立てていたところで彼女の足はピタリと止まる。自分の部屋があるマンションはもう目の前だというのに。その前に倒れている二人の男を見つけ。見る限り少年と青年のようで、半ば重なり合って見えることから、多分行動を共にしている者同士と彼女は判断した。
 放って置く事は出来ない――まずそう思った。と言っても、例え目の前がマンション、見上げれば自分の部屋の窓が見えようが、そこに運ぶには距離があり過ぎる。おまけに男二人。彼女の方が背も低く細身で、とても部屋まで運ぶ事は実行出来そうにも無かった。
 だがそこでめげる訳もなく。彼女の考えが辿り着いた先は多少の妥協だった。
「うん、仕方ない……よね」
 言いながら見たすぐ先にはベンチがある。そこへ運ぼうという考えだ。一旦自分の荷物をベンチに置き、迷った末にカメラも荷物の陰になるようベンチに置いた。両手が空いたところで彼女は二人に向き直る。
「よい、しょっ…っとっと……ぅっ」
 最初は体力のある内に大きくて、多分重そうな――黒のロングコートを着た、やたら厚着の青年を運ぼうとした。身長差は何十センチとあるが、僅か数メートル先のベンチまで何とか運ぶと振り返る。残りはまだ小柄で薄着な少年の方。それでもやはり彼女との身長差は何十センチとある。
「っと――何で倒れてたんだろ? っていうか……重いーっ!?」
 呟きながら持ち上げようとすれば、予想外の出来事に思わず声を上げてしまった。重いといえば彼女にしてみれば青年も重かったのだが、どうも少年の方が身長のわりに重い気がする。否、青年が痩せ過ぎと言うのが本当のところだが、今の彼女に最早そんなことは関係ない。
 一瞬のうちにして一気に失った体力。それでも四苦八苦しながら何とか二人をベンチまで運ぶと、彼女は大きく息を吐いた。
「やっぱり、私には…ベンチまで運ぶのが限界ね……でも」
 そこで一度言葉を切り、ベンチに寝かせた二人を見る。
「……さすがにこのままは寒い、よね?」
 秋だというのに薄っすら滲み出来た汗を拭うと、彼女は自分の荷物とカメラをしっかり持ち。ベンチを気にしながらもマンションの、自分の部屋へと急いだ。
「ええっと……毛布に、何か温かいもの――レモネードでいいかな?」
 玄関に入るなり荷物を置き、キッチンと部屋を行ったり来たり。
 結局二人分の毛布をまず下へと運び、その後戻ったキッチンで沸いていたお湯で作ったレモネードを水筒へと移し。習慣的にカメラも肩に提げると、もう一度下へと降りていった。
 最初に毛布だけ下ろした時はろくに対処できなかったため、彼女はそれぞれに毛布をしっかりとかける。後はただ、二人の眠る隣のベンチに座り目覚めを待つ、それだけだった。
 すっかり夜も更け。澄んだ冷たい空気と残すは街灯。微かに響く寝息、時折遠くから聞こえるクラクションの音。静かに時は流れ。仕事疲れの体が休息を求め始めた頃。動く何かの気配に彼女は顔を上げた。
「――――」
 最初は眠りかけの思考のせいか反応しきれなかったが、気づけば隣のベンチで眠っていた青年が目を覚まし起き上がっている。そして無言のままジッと彼女を見つめていた。
「…………」
「……えっと、大丈夫?」
 思わず発された彼女の言葉に、彼はただコクリと頷く。その表情が、少しだけ無表情から笑みを浮かべた気がした。しかし依然言葉のない彼に、彼女は隣のベンチへゆっくりと移動した。有りえないとは思うが、もしかしたら声が小さくて聞こえないのかもしれないと思ったからだ。しかしベンチを移動し、彼の隣に座ると同時に渡された一枚の紙切れ。どうやらメモ用紙を破ったもののようで、そこには文字が書かれていた。
『毛布有難な。凄い暖かかった。』
「――いえいえ、どういたしまして。えっと、私は崎咲里美って言うけど、あなたは? よかったら教えてくれる?」
 丁寧と言うよりも、走り書きなのに綺麗な文字で書かれた文章を見て彼女――里美は問いかける。
 すると彼は毛布に包まったまま。ポケットからメモ帳を取り出し、持っていたペンを走らせた。どうやら声としてではなく、普段から文字での会話方法らしい。手馴れた様子でメモをペリッと切り離すと、彼は里美へとそれを渡した。
『俺?俺は柾葵って言う。まさき、な。と、あっちでまだ寝てるのがついでに洸。多分この状況って助けてくれたんだろ?それも有難な‥こんな小さいのになぁ、おいおい。』
「っ……小さっ――」
 なにやらさっきから微笑ましい目で見られていた意味がようやく理解でき、里美は反論しかけるが……。
「さっきから聞いてればなんだか仲がいいねぇお二人とも。もう一眠りしたかったんだけどこれじゃ無理だね……ったく」
 見れば少年――洸も何時の間にやらその身を起こし、二人を見ていた。今の声は勿論彼のもので、その言葉は棒読みそのもの。柾葵はその声と姿をただ振り返り見ただけで、里美は「あ、おはよう。寒くなかった?」と問う。
「ええ、お蔭様でね。と、礼は俺からも言っておきますよ。確かに風邪引かずにすんだんで。それにここならば地面で寝るよりはマシですしね」
 言いながら体に掛けられていた毛布をはがすと、洸は立ち上がり里美の方へと歩み寄る。
「でも、俺は寒さ大丈夫なんで代わりに。っても、もともとはあなたの物ですけど」
「え? あ、ありがとう……」
 言いながら洸は起き上がった柾葵の隣に座る。そうして丁度一つのベンチに右から里美、柾葵、洸と並ぶ形になった。
「――にしても、油断したら……深夜、か」
 空を仰ぎポツリ呟かれた洸の言葉。隣で柾葵が頷いていた。その後の沈黙は一体何時まで続くのかと思うようなもので。耐え切れなくなった里美は、二人の発見当時から気になっていたことを問いかけた。
「……あの、話す気がなければいいんだけどね。どうして倒れていたのか、良かったら教えてくれる?」
「えっと、助けてもらったのはアレですけど、そこまで話す義理は――」
 即座に答えたのはやはり洸の方だったが、予想外にその口は途中で塞がれる。それも柾葵の手によって。
「――むっ…むーっ!?」
 洸は必死に柾葵の手を押し返そうとするが、その間に柾葵は又メモ帳に何かを書き里美へと手渡した。
『さっきから気になってんだけど、その水筒の中身何?それくれるなら俺が話す‥というか、話せないから書くんだけど、まぁいいよな?洸はほっといていい』
 返ってきた柾葵の答えに思わず笑みを漏らし、里美は傍らに置いておいた水筒の蓋を開ける。付属のコップに中身を移せば、たちまち湯気が立ち上る。
「レモネード、温まると思ってね。飲みながらでも、飲み終わってからでもいいから……はい、どうぞ」
 里美がそっと手渡したそれを、柾葵は両手を伸ばし受け取った。その隣で洸が最早諦めたような表情で溜息を吐き。暫し微かに甘い香りを漂わす真っ白な湯気をそれぞれは感じ。それから数分後、結局洸もレモネードを口にしていた。


 レモネードを飲みながら柾葵はメモ用紙に言葉を記していく。スラスラと、やはりその文字は綺麗だった。やがてペリッと剥がされたメモは里美へと手渡される。こんな行動も数回繰り返すだけで慣れてしまうもののようで、里美はそれを素早く受け取り目を通した。
「えっと……」
『旅の途中なんだ。で、昨日から歩き通しで洸が倒れて。俺は俺で洸よりも体力ないから、ずっと我慢してたんだけどな。つられて堕ちた。どうやらそこに崎咲さんが出くわしたらしい』
「――旅の、途中? あ、確かに小さいけど鞄あるしね……でも、ちょっと旅には向かない格好じゃない?」
 メモの内容を見るなり里美は二人を見、率直な感想を述べる。鞄が小さいのは勿論のこと、街中を歩くような格好の二人は、その靴のちょっとした磨り減りを見ない限り旅の格好には見えなかった。第一今この季節、柾葵は少し厚着の気もするし、洸は少し軽装の気もする。
「ただの旅じゃない、それが理由ですよ。ただこれ以上言ってもあなたには関係ないこと、そうじゃないですか?」
 しかし柾葵がメモに書く前に洸が素早く口を挟む。そして柾葵を見て呆れるよう言った。
「おまえもさ……何が物珍しいか知らないけど、いい加減先に進まない?」
「……」
 洸の言葉に柾葵は少し悩んだ後コクリ頷き、残ったレモネードを飲み干す。そして彼は立ち上がり、メモと一緒にコップが里美へと返された。そのメモには再び『有難う』の文字ともう一つ。
『カメラ、なんか凄いカッコイイな!俺、写真ってそん時の思い出が残るから結構好きなんだよ。まぁ‥最近はあんま撮ってもらってないんだけどさ。』
 メモから視線を柾葵の方へと戻すと、彼は里美が肩から提げているカメラをじっと見ていたようで、彼女の視線が向くと同時にカメラからは目を離し、にっこり笑って見せた。
「ありがとう。これは大切なものだけど、勿論撮るためにあるのだからそう言って貰えると嬉しい。あ、もし良かったら一枚撮ってく?」
 言いながら構えたカメラ。てっきり喜んで頷くと思ったのだが、柾葵は首を左右に振り、今までの彼の行動からは少し考えられない形でそれを遠慮した。
 やり場のなくなってしまった里美の手はゆっくりカメラから離れ。やがて代わりにといわんばかり、柾葵からのメモを受け取っていた。
『昔も今も好きなのは変わらないんだけどな。ただもう写真は撮らないというか、写らないようにしてんだ…悪い。それに、折角撮ってもらってもホラ?俺達偶然遭遇しただけだろ?』
 苦笑を浮かべる柾葵に里美はかぶりを振る。
「撮る撮らないは別にしろね、偶然出会ったんだから偶然再会なんてのもありえるかもしれないでしょ?」
 そう、明るく言った里美に柾葵は言うならば言葉を失ったと言う感じで。口を僅かに開け目をぱちくりさせ。少しするとだらしない顔を元へと戻し。苦笑いのような、微笑みのような表情を浮かべながら書いたメモを里美へと渡した。
『なんか、前向きなんだな。羨ましい。確かに俺も目的のためだけはそれなりに前向きだけどさ‥後は結構どうでもいいっつうか』
「目的?」
 メモの中の言葉に里美は首を傾げる。しかしそこで、いつの間にか二人から離れ、遠くを歩いていた洸が足を止め振り返った。
「まーさーき、来なければもう置いてくぞ」
 その言葉に柾葵は里美に手を合わせて「ごめん」と言った様子で、足元の荷物を手に持ち洸の方を振り返る。勿論、急いで彼の元へ走っていくために。



「で、どうしてあなたまで一緒に?」
 結局洸の元へと走り出した柾葵を、思わず里美も追いかけ三人は合流していた。
「えーっと、お別れの挨拶を、と。二人とも気をつけてね。これからどんどん寒くなるけど、今回みたいにはならないように体調管理さえしてればきっと先に進み続けることは出来るし、二人なら一人よりきっと心強いし」
 うんうんと頷き言う里美に、洸は首を傾げてみせる。
「それ……こいつの場合は例外ですよ」
 何がどう例外だと洸は口にしなかったが、里美にもなんとなくそれは分かる気がした。見た目より中身は少し子供っぽいところや、これは大人でもあるかもしれないが年齢を見た目ですぐに判断するところだとか。一緒に居れば楽しいかもしれないが疲れるだろう。それに、ちょっと変わった会話方法。
『それじゃ色々ありがとな。』
 そうして又、里美はメモを渡された。恐らく、最後の……。
 しかしそう考えていると、ふと里美は頭に重みを感じ。同時顔を上げれば柾葵の手が頭に乗せられていた。それが何を意味しているのか、考える間もなく手はくしゃくしゃと里美の頭を撫でる。撫でると言うよりも、少し掻き乱す感じに近いのだが。
 一体何事かと口を開きかければ、柾葵が先に口を開いていた。もっとも、その口が声を紡ぐ事はなく、口が動くその形。それで言いたいことはなんとなくだがすぐ判った。
『ホンット可愛いなぁ……おまえ』
「っ!? ちょっと、」
 思わずその手を振り除け反論しようとするが、柾葵は悪戯をし、怒られる前に逃げる子供のように先を行ってしまう。
 その姿に思わず苦笑いを浮かべていると、やがて里美の横に居た洸が彼女を見て、少し遠慮がちに言った。
「あの、あなたってもしかして――」
「ん?」
 少し戸惑いか、確信の無さを含む洸の声に、里美は柾葵から彼へと視線を移す。だがその瞬間、里美を見ていたはずの洸の目は逸らされた。
「……いや、なんでも。すみません、もう行きますね」
 言いかけた言葉はあっさり濁らされ。洸は里美に背を向けると、柾葵の後を追うよう前へと進んだ。
「あ、うん。それじゃあ気をつけてね? 二人とも」
 その背に言葉を投げかけ、里美はしばし二人の背を見ていた。


「あの人の雰囲気って、なぜかおまえに少し似てて少し違ったよ。何も……感じなかったのか?」
 やがて柾葵に追いついた洸は、彼を見ることも無くただポツリ言う。
 隣を歩く柾葵はかぶりを振る。そして洸の右手を取ると、歩みは止めぬまま、その掌に文字を書き示していった。
『どういう意味だ?』
「…………」
 答えはない。ただ、前へ進むだけ。やがて柾葵も答えを強請る事を諦め、洸の数歩後ろを歩く。ただ、前だけを目指し。


「……行っちゃっ、た」
 ゆっくりと去り行く二人の背を見つめ、里美はゆっくり肩から力を抜いた。緊張していたわけでも、特別気を遣っていたわけでもない。しかし最後に洸が見せた少し怪訝な表情、濁した言葉がただ気になって。最後は少し気が張っていた気がした。
 ホンの僅かな時間の共有。彼らは旅の途中と言っていた。きっと長い旅路の中、今の時間なんて些細なもので、いつかは忘れ去られてしまうのかもしれない。忘れて欲しくはないと願うわけでもないが、彼女が思ったことは事実だった。

『偶然出会ったんだから偶然再会なんてのもありえるかもしれないでしょ?』

 それが現実となる日は来るのか、今は予測などしようがない。
 それでも……この不思議な出会いはきっといつか、何処かに繋がる気がしていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→PC
 [2836/崎咲・里美/女性/19歳/敏腕新聞記者]

→NPC
 [  洸(あきら)・男性・16歳・放浪者 ]
 [ 柾葵(まさき)・男性・21歳・大学生 ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。亀ライターの李月です。この度は[ 雪月花1 当てなき旅人 ]ご参加有難うございました。
 中途半端にいろいろな情報を引き出せてしまったお話となりましたが、いかがだったでしょうか?
 柾葵なのですが、餌に釣られているのと、すっかり崎咲さんがかなりの年下だと勘違いして『可愛い』という感覚で向き合っていました。過去に共通点がある反面、性格は結構逆だったり、この先が有りましたらどうなるか少し楽しみだったりします。
 今回洸が崎咲さんがどこか少し柾葵に似ているとは思っているのですが、それが何処かは判らず。
 恋愛はがんばり次第で十分可能ですので、もしお気に召していただけたら次回。どういう形かで、又二人と合流なりしていただければと思います。
 と、崎咲さんの口調・行動など何か問題ありましたらご連絡ください。柾葵は年上ですが、お互い年齢不詳のため敬語は使っていないのと(おまけに柾葵中身は子供ですし..)、口調は元気系ですが結構中身はしっかりしているように思うので、少しだけ控えめにもなっています……。

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼