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<東京怪談・PCゲームノベル>


ひかり

 今までも色々、不思議な事件を取材したり、身をもって体験して来たけれど、これは今までで一番、不思議な体験かも知れない。
「名前……?」
 崎咲里美は目の前のそれを見て首を傾げる。
 こんなぼんやりした姿の霊なら何度も見た。グロテスクなものは流石に何度見ても慣れないが、これ位なら日常茶飯事だ。
 でもそんな姿の彼等は普通、何をするでもなくただそこに居て、独り言を云う事はあってもこちらに話しかけて来る事は無い。まして、何かを乞われる事は、初めてだった。
 それは繰り返し、里美に名前を呼んでと訴える。
「名前を呼んでって云われても……。判らないよ」
 里美は困って腕組みをした。
 当然、彼だか彼女だかも判らない目の前のものの名前など知らない。でもこんなに求められているのに、放っておく事も里美には出来なかった。応えてやらなくては。
 しばらく眉間にしわを寄せていた里美は、やがて顔を上げた。
「あなたの本当の名前を呼んで、と云うなら、それは無理だよ。それでも名前を呼んでほしいなら」
 それはもう一度、名前を呼んでと呟く。
「ひかるって、呼ばれてみない?」
 里美は、それに微笑みかけた。
「単純だけど、あなたに光が見えますようにって。願いって意味で。どうかな、光」
 光、と呼ばれたそれは、里美に頷いた、様に見えた。
 そして、不意に姿がはっきりすると、その姿を確認する間も与えずに里美に飛び付く。
「え、え?」
 それは、里美を抱き締めていた。
「ありがとう、ありがとう!」
 何度も何度もそう云って、強く抱き締めて来るそれに、里美は眉をしかめる。
「ち、ちょっと。苦しいよ」
「あ、ごめん」
 慌てた様に里美から離れたそれ、光は、改めて里美の手を取って笑った。
「ありがとう。お陰で助かったよ」
 その姿を、里美はぽかんと眺める。
 それはどこからどう見ても男の子だった。
 小学校三、四年生位だろうか。背は里美の顎程。あどけない顔立ちに薄い色の髪と瞳。良く日に焼けた肌は、先程まで白くぼんやりしていたものと同じだとは思えない。
 取られた手からは、確かに体温を感じた。
「えっと、光?」
「そう、光。あんたがそう呼んでくれた」
 里美には、何が何だか判らない。
「あの、何がどうなってるの?」
 目の前の男の子、光は、そう問われて思い出したかの様に返した。
「そっか、事情が判ってるのはオイラだけなんだよね。説明するよ」
「う、うん」
「オイラさ、名前を取られちゃって。あ、何をして取られたか、話した方が良い?」
 マイペースなのか何なのか、光の言葉に里美は思わず笑う。
「出来れば知りたいよ」
「うん。じゃあ話すな」
 彼は、鬼退治をしていたのだそうだ。鬼にも色々あるだろうし退治の仕方も様々だろうが、里美が詳しく問うても、鬼退治は剣で鬼を斬るもんだと、結局良く判らなかった。
 どうして小学生程の男の子がそんな事をしているのかも、何か事情があるのだろう。しかし里美には訊けなかった。
 とにかくそんな鬼の中の一匹に、名前を取られてしまったと云う。
「もう困った困った。そいつに名前を取られたら、急に姿はあんなになっちゃうし、記憶は飛んじゃうし、名前の事しか考えられなくなるし。名前を取り戻そうにも誰もオイラの名前知ってる奴居ないし」
 まあ仕方無いよな、と光は独りごちて頭の後ろで手を組んだ。
「オイラの名前を知ってた奴は、みんな死んじゃったし」
 さらりと云うので軽く相槌を打ちかけた里美は、一瞬息を止める。
「みんなって、それじゃあ、光を知ってる人はもう居ないの?」
「ああ、居ないよ」
 光は笑って云うが、里美にはとても笑えなかった。
 名前を知っている人が居ないと云う事は、名前を付けてくれた人、親か、もしくはそれに類する人も居ないと云う事だ。
 幼い頃の自分の記憶と重なって、里美は顔を伏せる。光は、あの頃の里美よりも更に幼い。しかも、友人に恵まれている里美と違い、光には自分の名前を知っている者すら居ない。
「おいおい、あんたがそんな顔するなよ。どうって事無いって」
「どうって事無い訳、無いよ」
 自分の事に関しては前向きで居られる里美も、光の事はその気持ちが解るからこそ痛ましい。自分が沈んだ顔をすれば余計に光に気を使わせる事も、理解は出来ても行動は出来なかった。
「困ったな。泣かせちゃった」
 苦笑いをした光は、里美の頬に手を当てると、まだ小さなその手で里美の涙を拭った。
「ごめんな」
 里美は首を振る。
「私こそ、ごめんね」
 光も首を振った。そして、ふと何故か後ろを気にする。
「じゃあ、ごめんついでにさ」
 里美から離れてくるりと踵を返した光は、右手を横に、地面と水平に伸ばした。
「ちょっと巻き込んでも良いかな」
「え?」
 光の頭の向こうに、何か暗い影の様なものが涌き出て来るのが見える。
「絶対に、何が見えても、何も云っちゃ駄目だ。じゃないとあんたまで名前、取られちゃうからな。絶対だぞ」
 光の伸ばした右手に白い光が集まり、剣の形を成した。対峙する暗い影は、人の形を取る。
 それを見て、里美は驚愕した。
『さとみ』
 懐かしいけれど、ある筈の無い姿だった。里美の父と母だ。
 思わず声を出しそうになった里美を、光の何も云うなとの言葉が引き止める。光がどうして名前を取られてしまったのか、それを見て大体の想像がついた。
『私たちに、声を聴かせて』
 口元を押さえて、里美は光を見る。
 光は里美の両親に駆け寄り、剣を振りかぶった。
『さとみ、助けてくれ』
『お願い、助けて』
『私たちを殺さないで』
『見殺しにするのか』
 本物ではないと解っているのに、その叫びは恐ろしい程里美の胸をえぐる。自分が悪い事でもしたかの様な錯覚に陥る。思わず目を瞑り、耳を塞いで座り込んだ。
『さとみ』
『さとみ!』
『さとみッ!』
『さとみぃッ!』
「サトミ!」
 どれ位そうしていたのか、光の声を聴いた気がして里美は顔を上げる。
 目の前には、あちこちに傷を作った光が居た。心配そうだった顔が、里美の眼を見て笑顔になる。
「もう大丈夫。やっつけたぜ」
 その笑顔の後ろに、たくさんの苦悩や恐怖が見えて、里美は膝をついたまま思わず光を抱き締めた。
「強いね、光は」
「そうか? サトミの方が強いよ。普通、大事な人が目の前に出て来たら名前呼んじゃうもんな。そんでオイラも、あいつに名前取られちゃったんだけど」
 へへ、と笑った光は、里美の頭に頬を付ける。
「あいつは、あの鬼は。オイラみたく名前を取られて、ずっと名前を呼んでもらえなくて、とにかく名前がほしくて、目の前に居る人にとって一番大事な人の姿に化ける事を覚えたんだ。そうしてその人の名前を取る様になったんだ。でも、そうして取った名前は自分の名前じゃないから、結局また誰かの名前を取りに行く」
 そうなったら、もう斃すしかない事は今見て解った。それに限らず、きっと光が斬って来た鬼達は皆、人間の成れの果てなのだろう。
「もしかしたらオイラも、そうなってたかも知れない。でもサトミが誰のでもない名前を呼んでくれたから、オイラは帰って来れた。ありがとうな、サトミ」
 里美は首を振った。
「私は何も。でも、取られた名前は取り戻せたの?」
 鬼を斃したら、取られた名前は元の名前の持ち主に戻るのだろうか。光はうーんと唸る。
「オイラも少しだけそれを期待してたんだけど。やっぱ駄目みたい」
 それではこの子は、名前が無いままなのだ。里美は眉を寄せた。
 しかし光の声は明るい。
「でもさ。オイラにはちゃんと名前が出来たから。サトミが、光が見える様にって願って呼んでくれた名前がさ」
 その言葉に、里美は驚いて光から身を離す。
「良いの? 私が呼んだ名前で」
「サトミが名前を呼んでくれた時、ホントに光が見えたんだ。だから、これがオイラの名前だよ」
 光は笑って云った。そしてふと気付くと自分の体を眺め回す。
「あれ。痛かったのとか消えてる」
「私が治したんだよ。そう云う力、持ってるから」
「へえ、凄いな。ありがとう」
 嬉しそうな光に、里美も表情が和らいだ。
「この位。また怪我したら治してあげるよ」
「ああ、そん時はまたお願いな。それじゃあ」
 光は少し引き締まった顔をする。
「そろそろ行くかな」
 里美が何処へと訊くよりも早く、光は里美に右手を振って回れ右をし、駆け出した。
 その背中を見送りながら、あの子に帰る処はあっただろうかと、心配になる。今夜寝る場所はあるのだろうか。
 と、不意に里美の隣で寝息を立てる光が見えた。
 心配になった自分が見た幻だろうか。それとも。
 首を傾げていると、随分遠くに行った光が駆け足で戻って来た。
「なあサトミ。悪いんだけどさ、今夜だけ泊まらしてくんないかな。考えてみたら、オイラ行くとこ無かったよ」
 笑いながら頭を掻く光に、笑う所ではないと判っていながら、里美は思わず吹き出す。
「良いよ。行くとこが見付かるまで居なよ」
 光は里美に、何度目か判らないありがとうを云った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2836/崎咲・里美/女性/19歳/敏腕新聞記者】

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■         ライター通信          ■
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崎咲・里美様

初めましてこんにちは。今回はご発注ありがとうございました!
ええ、おまかせって仰って頂いたので好き勝手やってみたんですけれど(笑)。いかがでしたでしょうか。
楽しんで頂けたなら幸いです。不備や気に入らない点があればお気軽にお申し付け下さいね。
それではまたお逢い出来る事を願いつつ。
やまかわくみでした。