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曼珠沙華
夏の間には、あれだけ賑やかに鳴いていた蝉の声もいつのころからか夕暮れ時の虫の音に取って代わり。
過ぎ行く風もどこかもの寂しげで、秋の気配を感じさせる。
カラン、カラン
聞きなれたドアベルの音も、なんだか何時もより高く響いているように感じた。
「あら、いらっしゃいませ」
看板娘が丁度、真紅の花を生けた陶器の花生けを手に奥から出てきたところだった。
「彼岸花か…・・・・・・」
もう、今年もそんな季節なのか・・・・・・
彼岸を過ぎれば後は冬が駆け足でやってくる。ぼんやりと物思いに暮、何時もの定位置である窓際のファーに降ろした。
「今、お茶をお持ちいたしますね」
そんな客にふわりと笑いかけ、花生けをカウンターに置くと看板娘は客をもてなす為に場を離れた。
「わー綺麗なお花ですね」
散系花序で6枚の花弁が放射状についた、深紅の花を覗き込みエリア・スチール(4733)が物珍しそうに花生けを覗き込んだ。
花の香りはないが、まるで燃え盛る火炎の様な独特な花が物珍しかったのだろう。
「みちのへのいちしのはなのいちしろく ひとしりぬわがこいつまは……か」
店主が花の色の鮮やかさに目を細め、一つの歌を口ずさんだ。
「摩訶曼陀羅華、曼珠沙華とも言うようですが…彼岸花というのが最も一般的な呼び名でしょうか?」
「おひがん…ですか?」
イギリスから来て間もないエリアには聊か耳慣れない言葉であったのだろう、案の状可愛らしく小首を傾げる。
「仏の世界であちら側という意味だな」
仏教では極楽浄土は西方十万億土の彼方にあると考えらていて、太陽が真西に沈むこの日は極楽浄土の方角がはっきりわかるので期間には法要が盛んに営まれるのだと、エリアにも分かりやすいような言葉を選び店主が解説をする。
「このお彼岸の時期に一斉に花を咲かすので、彼岸花というようですわ」
お茶請けのおはぎを手にした、店の娘が言葉を続ける。
「えっと…私最近、ちょっと……」
少し体型がふくよかになってきているのが心配ながらもエリアの目は、甘いものを前にして輝いていた。
「洋菓子よりも、カロリーは低めですから大丈夫ですよ」
その辺の配慮はさすがといったところだろうか。
もち米に新米を混ぜ適度のな粘りを出しながらも、新米独特の香りが優しい黄昏堂の看板娘お手製のおはぎの誘惑に勝てるものはそうそういない。
「わ〜美味しいですね、日本には美味しい甘い物が物が沢山有りまあすね♪」
漉し餡や黄粉をまぶしたおはぎを頬張り、エリアが目を細める。
適度な程よい甘さが、さらに食欲をかき立てる。
「何も彼岸花は、日本古来のものではなく、帰化植物だから確かヨーロッパにもあったはずだな」
「そうですね確か…リコリス・ラディアタ といったはずですわ」
「そうなんですか?」
「えぇ、日本ですと咲く時期的なものからか死人花とか地獄花とか……どちらかというと、あまり良いイメージでは取られておりませんが……韓国ではサンチョ(相思華)と呼ぶようですよ」
国が変われば、花一つを取ってみてもその解釈、捉え方は千差万別である。
リコリスとはギリシャ神話の海の女神名前。ラディアタというのは放射状の舌状花をもつ…まさにその花弁の様子を表している。
会話の合間にも、次々と皿の上に盛られたおはぎは消えていく。
「結局はハロウィンと似たようなものでしょうか?」
古代ヨーロッパのケルト族の収穫祭とキリスト教の祭典が結びついた祖国の祭りを思い出し、エリアが顎に人差し指をあて考え込む。
「少し意味合いは違うかも知れないが…」
先祖の霊を敬うという点では合致しているかもしれない。
「あまり、その系統には私も造詣は深くないんだが…どうなんだろうな?」
天上の花という意味合いを持つ、深紅の花を眺めながら、此方も皿の上のお萩に手を伸ばす。
「仏の世界ではあの世とこの世を隔てる河の向うを彼岸、それに対して河のこちら側…現世のことを此岸という」
「あ、私の国でもあの世とこの世を分けるものはアケロンの河ですわ」
国、そして宗教は異なれど、その世界観は似通ったものが多い。
「此花は、その河原に咲いているという伝承も残っているな……」
『悲しい思い出 』『想うはあなた一人』『また会う日を楽しみに』……その花言葉はどちらかというと一途なものが多い。
「あの世とこの世を隔てる河原に咲く花……綺麗でしょうね…」
「さあ、どうだろうな?」
実際に見たことがないから、実感はわかないが……深紅の火焔のような花が一面に咲き乱れる様子はさぞ壮観なものであろう。
お茶の御代わりをそっとさりげなく出す、店の娘の気遣いがなんとも居心地が良い。
「あぁ……」
「どうかしたのか?」
「また、食べ過ぎちゃったみたいです」
大皿に沢山作られていた、おはぎの大半が消えている。
誰がどのくらい食べたのかはあえて触れないことにして。少し困った様子ながらエリアの顔は満ち足りていた。
「でも、美味しかったです」
「それはようございました」
エリアの微笑みに、店の娘も満面の笑みを浮かべる。
「何だかわたくしでも作れそうですね、今度トライしてみようかしら」
「それでしたら、レシピをご用意いたしますね」
「あ、ありがとうございます〜」
やっぱり甘い物はやめられませんね……。
乙女にとってそれは最大の誘惑。
「それじゃぁ、ごちそうさまでした」
随分と長居をしてしまった……店の外にでればすっかり日は落ち空には星が瞬いてた。
冬はもう間直までせまっていた。
【 Fin 】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4733 / エリア・スチール / 女 / 16歳 / 学生/呪術師】
【NPC / 春日】
【NPC / ルゥ】
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせして申し訳ありませんでした。
ライターのはるでございます。
異界ノベル『曼珠沙華』をお届けさせていただきます。
今回も、ややアドリブ大目で展開しておりますが……イメージと違うというようなことがありましたら遠慮なくお申し付けくださいませ。
ご参加ありがとうございました。
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