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相思華の想い。
――葉は花を思い、花は葉を思う。
風が秋の空気を運んでくる季節に、真紅の花を咲かせるのは彼岸花。
別名がいくつかあり、有名どころでは『曼珠沙華』だろうか。
韓国ではそんな彼岸花を『相思華』と呼ぶ。
彼岸花は花と葉を同時に見ることはできない。葉のあるときには花はなく、花のときには葉がない。
逢いたいのに、逢うことが叶わない。お互いを強く思い合うという意味合いで『相思華』と言うらしい。
逢いたい。
逢いたい。
貴方に逢いたい――。
デスクの上に飾られた彼岸花から聞こえてくる哀しい声音。
それを黙って見つめているのは司令室に一人残されている槻哉だった。
「……君の想いを、望みを…叶えてあげられるといいんだけどね」
そう言いながら小さく笑う彼の表情は、少しだけ悲しい色をしている。
一瞬だけでも構わない。
『彼女』の願いを叶えてやりたい。例えそれが、自然の理を壊すことになろうとも。
槻哉は珍しく、心を揺るがした。彼岸花の想いにシンクロでもしてしまったかのように。
「叶えてやってほしい……どうか」
祈るような言葉は、司令室に悲しい響きとして広がった。
秋口になると、必ず槻哉の元へと届けられる深紅の華。
きちんと鉢植えされたそれに、差出人の名は無い。
「………………」
デスクの上に置き放しになったそれを見やり一つ溜息を漏らすと、司令室の扉が開く。
そちらへと視線を投げかけると、槻哉には見覚えの無い少年が現れる。儚い印象を植え付けられたかのような容貌の持ち主は、冷泉院・蓮生だった。以前斎月に協力してくれた少年だ。
「……君は?」
「――切なる声を聴いた。……だから訪れたのだが」
蓮生は彼岸花を見つめたままで、槻哉の言葉に静かに答えた。実体が神であるためなのか生きるもの全ての声を自然に聞き入れてしまうのだろう。今回は花の強い思いが彼にも届いたと言うわけだ。
「そうか……君にも届いたんだね。『彼女』の声が」
「……願いをかなえてやりたいとは思うが、難しいな」
花にそっと手を触れて、蓮生は独り言のようにそう呟いた。彼岸花の願いを聞き入れると言うことは必然的に自然を壊すと言うことに繋がる。だが、蓮生がそれに力を貸すことは出来ない。理を司る天上の者である以上、仕方の無いことだ。
「――出来ないと言うことは無い。その先を考えないと言うのであればな」
蓮生が考え込んでいるところに低い声がして、彼と槻哉はその方角へと視線を投げた。
扉から姿を見せたのは田中・眞墨。つい先日、彼には色々と協力してもらったばかりだ。
そして、もう一人。
「ちはーっす。……槻哉さんの優しさに呼ばれて飛び出てみました〜」
と、眞墨の影からひょこっと顔を出したのは桐生・暁だった。もうすっかり特捜部内では顔見知りだ。
「今日は槻哉さん一人なんだ? なんか寂しっぽいけど、大丈夫?」
暁は遠慮なく指令室内へと入り込むと、デスクを挟んで槻哉の顔を覗き込んでくる。
その彼に負けたかのように、槻哉は困り顔で笑い
「……ああ、大丈夫だよ」
と、答えた。
彼岸花の想いに呼び寄せられたのは三人。
槻哉はこの彼らに、『彼女』の想いを託してみようかと思った。
自分が果たせなかった約束を。
「――んで、とりあえずこの花の願いを叶えてあげたいってコトなんだよね。
炎のような鮮やかな色の花を咲かせ、燃え尽きたかのように枯れる。なーんか人の一生みたいでほっとけないよね〜。命短し恋せよ乙女って感じでv」
暁は持ち前の明るさでそう言いながら、眞墨や蓮生を振り返る。
暗くなりがちなこの場の空気を、明るくしようとしてくれているらしい。
「……先ほども言ったが、無理にでも会わせてやるというのであれば、手は無いことは無い。だが……この方法を実行すれば、彼岸花は確実に死ぬ」
「…………!」
眞墨が静かにそう告げると、それに一番過剰反応を示したのは蓮生だった。
槻哉は自分の椅子に座ったまま、何も言ってはこない。デスクの上に片肘を突き、顔を隠してまでいる。
「無理にとは言わないがな」
蓮生の様子をちらりと見た眞墨は、溜息交じりに言葉を繋げた。
自分とは逆の立場にいる蓮生のことを、オーラで読み取ったのかもしれない。
「……んー、まぁ、そんなに焦ることも無いと思うけど? 彼岸花ってさー、毒持ってるし、よく墓地周辺に咲いたりとか見た目もこんなだから不吉だって言うヒトもいるけど、結構健気なヤツなんだよねぇ。
飢餓の時なんかは食料や薬にもなったって話も聴いたこともあるし、大切な場所を守るっていう役目なんかもあったりしてさ。こーんなナリして影で功労者〜って」
暁はあくまでムードメーカー的な役を自ら買って出る。それだけの洞察力が彼には備わっている言うことだ。
「そんな俺の提案としては、暗示かけてみる。花はまだ咲いてないよって教えてあげたら、葉が出てくるかも、だし。
……っても、俺のこの方法でもやっぱ無理させちゃうだろうから、最終的には眞墨サンの言うとおりに死んじゃうかもしれないけど」
「……自然の理を壊すと言うことは、結果的にはそう言うことになるのだろうな…。とは言え、俺に出来ることは限られている」
ぽつり、と暁の言葉に続いたのは蓮生。
俯きがちになりながら、右手を口元に当て考え込むような姿勢で言葉を続ける。
「お前は、どうするつもりだ?」
そんな蓮生に、眞墨も暁も興味があるようだ。
「俺自身に花の願いを叶えてやると言う能力は無い。だから……自然の力を借りる程度しか……」
「自然の力って、精霊とかいうやつ?」
「そうだ、生のあるものには全て精霊が宿っているからな」
蓮生は暁の言葉に頷きながら、ゆっくりと顔を上げた。彼の問いに応えてくれるのは自分に近しい存在か、その使いである精霊たち。ここでその存在を見つけようとするならば、花の精霊に頼むのが一番手が早いと思ったのだろう。
「ちなみに、眞墨サンの方法って言うのは?」
「――俺の方法は優しいものではない。根の中に眠っている存在を引っ張り出し、花と逢わせてやると言った方法しかないな。魂魄を取り出すから……どちらにしても葉には先に死んでもらうことになる」
眞墨が静かに暁に答えてやると、やはり蓮生は彼の言葉に小さく震えた。
「………………」
暁がそんな二人を見て、うーんと唸る。
そして思いついたかのように目を見開いて、口を再び開いた。
「なーんか、意見割れちゃってるよね。
えーと、そっちの金髪の子はさ、精霊とかと会話出来るんだよね。だったらさ精霊サンに問いかけるついでに、彼岸花に直接訊いて選んで貰ったらどう?」
暁の新たな提案に、少しだけ緊張の色を薄くしたのは蓮生だった。
眞墨は相変わらずの無表情で『好きにするといい』とだけ言い、また押し黙る。
蓮生は暁に促されるままに、行動に移ることになった。
「――――」
彼の見つめる先には、何も無い。
能力を持たぬ者にはその存在は見えもしないだろうが、蓮生の呼びかけに応じた精霊の類がいるらしい。
「……見ていて解っているとは思うが、なんとかしてやりたい。…ダメだろうか?」
す、と両手を差し出した先に、淡い光が宿る。精霊の光といったところだろうか。
その光はふわふわと蓮生の手を離れ、彼岸花のほうへと飛んで行きそこで動きを止めた。
そして溶けるように光はゆっくりと消えていく。
「……そうか」
「え、なになに? どーなったの?」
蓮生は光の消えた方向を見つめたまま、小さく言葉を漏らす。すると暁がすかさず様子を伺ってきた。
「――精霊も花に直接訊けと言ってきた。それと、それなりの覚悟が必要だ、とも」
暁にそう応える蓮生は、少しだけ悲しい表情をしていた。なるべくなら避けて通りたかった道をあえて進まなくてはならないと言うことが辛いらしい。
「んー、じゃあやっぱ彼岸花自身に決めてもらおっか。……最終的な結果は、あんまり喜べないものみたいだけどさ」
蓮生の言葉を受けて、暁も少しだけ表情を曇らせた。
結果が解っているからこそ、無駄に明るい素振りも出来なかった。
黙ったままでいる眞墨もまた、同じ気持ちなのだろう。
「…………お前は、どうしたい?」
蓮生が間を置き、彼岸花に向かい再び口を開く。
そして、彼岸花自身が選んだ道は、眞墨の提案した方法だった。
ただ、貴方に逢えればそれで良かった。
どんな形でも良かった。
そして私を、一緒に連れて行って欲しかったの……。
三人の脳裏に、直接語りかけられたようなそんな声音が響いていた。
「始めるぞ」
そう言った眞墨は、彼岸花に手をかざして己の力を注ぎ込む。
強い――彼の妖力。禍々しいオーラを包み込んだ光のようなもの。
その眞墨の力によって彼岸花は一度死に、そして魂魄だけが根から引き上げられる。
「………………」
蓮生はその光景を直視することが出来ずに、顔を背けたままでいた。
ゆらりと、ゆれたのは花が逢いたがっていた魂。それは自分の意思なのか、彼女の強い想いを受け止めたのか音も無く姿を変容させ、男性の形を取った。
すると花も見る間に萎れていき、そこから生まれ出たのは着物姿の少女。
「…………うわ……」
そう、声を上げたのは暁だった。
三人の話し合いに一度も口を出さなかった槻哉は、黙ってその光景を見上げている。
ヒトの姿を作り上げた『二人』はお互いに手を取りあい、嬉しそうに微笑む。
そして眞墨に視線をうつし、
『無理な願いを聞き入れてくれて、有難う……』
と、確かに告げた。少女のほうは涙を零している。
そうしていると数分もしないうちに、二人は足元からじわじわと形を崩し始めた。
二人は互いを強く抱きしめあい、微笑を崩さぬままで彼らの前から姿を消した。
残ったのは、呆然としている暁と悲しい表情の蓮生。
そして小さな溜息を漏らしている眞墨。
それから、茶色に枯れてしまった彼岸花の姿と――言葉無く目に涙を浮かべている槻哉だった。
「……ぇえっ、槻哉サンっ!? ど、どうしたの?」
最初にそんな声を上げたのは暁。
普段の槻哉からは想像もつかない姿だったのか、心底驚いている様子だ。
「――何か、彼岸花に拘る辛い出来事でもあったのか?」
蓮生も暁に続いて言葉を投げかけてくる。
眞墨はちらりとこちらを伺ったのみで、何も語りかけてはこない。彼なりの気の使い方なのだろう。
「……ああ、すまない。驚かせてしまったね…」
当の槻哉は自然に涙をふき取り、また笑ってそう答えてくるだけ。
「言いたくないことなら無理に訊かないけどさ……大丈夫?」
暁がまた、心配そうに顔を覗き込んできた。
そんな彼の優しさに槻哉は微笑み、僅かな間をおいた後ゆっくりと口を開いた。
「――昔、ね。彼岸花の願いを叶えてやって欲しいと僕に頼んできた子がいたんだよ。僕は未熟で……彼女の願いを、そして花の願いを叶えてやることが出来なかった。
いつか、二人を逢わせてやってくれと言い残して、彼女は死んでしまったんだよ。それが――今日なんだ」
自分の過去を多く語ろうとはしなかった、槻哉の一面。
それを垣間見てしまった暁たちは、言葉を見つけられずに押し黙ってしまう。
「駄目だな、やっぱり暗くなってしまうね。
……ほら、彼女の願いはさっき君たちが叶えてくれたじゃないか。だから――僕は大丈夫だよ」
槻哉は困ったように笑いながら、三人に向かいそう言った。ある意味、吹っ切れたような感じも見受けられる。
「……その、貴方の女性は、きっと見ていただろう。貴方の傍で」
蓮生が、しっかりとした口調でそう槻哉に言葉を投げかけてやった。神気を纏った彼の言葉には、少しの濁りも見られない。
「ありがとう……」
槻哉は蓮生の言葉を受け止め、心からの感謝の言葉を彼に返した。
「……田中さんも、桐生君も協力してくださって有難うございました。……それと、この件はどうか他のメンバーには内密で……」
眞墨と暁にそんな事を言う槻哉が何となく可笑しくて、黙って受け止めていた暁がくすりと笑った。
だが、茶化すわけでもなくきちんと受け入れ頷き返し、
「おっけーおっけー。誰にだって内緒にしておきたいことって一つや二つあって当然だし」
と応えてくれた。
眞墨も黙ったままだが、聞き入れてくれたのか小さく頷いてくれている。
「あ、俺この彼岸花埋めてきてもいいかな。……一緒のほうが、いいじゃん?」
「……じゃあ、お願いするよ桐生君。お茶を淹れておくから、戻っておいでね」
「はーい、んじゃ行ってきまーす」
彼岸花の鉢を抱きかかえた暁は、そう言いながら足早に司令室を出て行った。
彼を見送った後、槻哉は残された眞墨と蓮生に笑いかけソファのほうへと案内する。
「今お茶を淹れてきますので、ゆっくりしていってください。……桐生君が戻ってくるまででも」
そう言う槻哉に断る理由もない二人は、こくりと頷きながら素直にソファへと座り込んだ。
二人が座ったのを確認した槻哉はひとり、秘書がいつも使っている給湯室へと三人分の茶を用意するために足を運んだ。
その表情は、『いつもの彼』に戻っているようであった。
「リコリス――想うのはあなたひとり。そして、哀しい思い出……か」
小さな独り言は、暁のもの。
それは手にしている彼岸花に対してか、それとも――。
-了-
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登場人物
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】
【4782 : 桐生・暁 : 男性 : 17歳 : 高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【3626 : 冷泉院・蓮生 : 男性 : 13歳 : 少年】
【3108 : 田中・眞墨 : 男性 : 999歳 : フリーター/勾魂使者】
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ライター通信
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ライターの朱園です。
この度は『相思華の想い。』にご参加くださり有難うございました。
そして納品が遅くなってしまい申し訳ありません(汗
今回は少しだけしんみり系なお話でしたが如何でしたでしょうか。
皆さんそれぞれ、彼岸花のお願いを叶える為にご協力してくださり嬉しかったです。
そして槻哉にも構ってくださって有難うございました。
少しでも楽しんでいただけましたら、幸いに思います。
今回は本当に有難うございました。
朱園ハルヒ。
※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。
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